第11話 継ぐ者



ステージは進む――


前半戦よりもさらなる盛り上がりを見せ、会場を熱気の渦で覆いながら。


後半戦に出場するアイドルは全て予選の人気投票で10位以内。どの出場者も順位に


見合うだけの実力を兼ね備えており、優勝を狙えるポテンシャルを秘めている。


だからこそ観客の応援にも一層の熱が篭る。その大歓声にアイドル達も自分の限界を


超えるパフォーマンスで応えようとする。


相乗効果で会場のボルテージは際限なく昂まっていく。会場の天井付近に雲を生み出


すほどに。


そしてついに予選2位のアイドルがステージを終え――残すは1組のみとなった。






「うぅ~まだ足が痺れとる感じがするわぁ~。本番直前まで正座させるとか


マネージャー絶対鬼や。人の面を被った酒吞童子や」


「自業自得でしょうが。ってか巻き添えで一緒に正座させられた私達に言うことが


あるでしょうが」


「あ~、せやな。ごめんな~二人とも。堪忍やで、てへぺろ☆」


「軽い……!これっぽっちも誠意が感じられなくて逆に腹が立つ……!!」


「大丈夫ですよアカリさん!これくらい無敵で最強のマホ達にはハンデにもなりま


せんから!」


「……ちょっとマホ。なんかあんた、足がぷるぷるしてない……?もしかしてまだ


痺れてるの!?」


「マホはんは普段あんま正座したりせぇへんもんなぁ。うちらより耐性ないんちゃ


う?」


「他人事みたいに言ってるけど全部あんたのせいだからな!ほらマホ!マッサージ


してあげるから足出して!」


舞台袖で出番を待つAstraeaの三人は緊張とは無縁の、むしろこれからステー


ジに上がることを分かっているのかというほど通常営業であった。


そこに優勝候補最有力としてのプレッシャーなど微塵も感じさせない。それはまる


で、気負わずとも普段通りのステージさえすれば自分達は負けないという絶対的な


自信の表れにも見えた。


「ああ、せやリサはん。うちな、ラスサビで【アレ】、やるさかい」


「はぁ!?ちょ、ちょっと待て!本番直前に何言ってるんだ!?」


「だって事前に言うたらリサはんは絶対に反対するやん」


「当たり前だ!練習でも成功率がまだ5割程度なんだぞ!?大体そんな無茶しなくて


もいいステージでリスクを冒す必要がどこにあるんだよ!?」


「勝つにしたって勝ち方ってもんがあるやん。うちはな、若手No.1アイドルやっ


てちやほやされて満足するためにアイドルになったんちゃうんよ。


うちが目指しとるんは全部のアイドルの頂点。トップアイドルだけや。


せやからうちにとって今日のステージは若手No.1を決めるもんやない。これから


Astraeaが走ってく道におる人全員への宣戦布告やねん」


そう語るアカリの顔は獣が獲物に牙を向ける瞬間のような【スイッチが入った時の


顔】であり、リサですらその顔を見ると未だに背筋が一瞬で冷たくなる。


しかしそれも一瞬のことでアカリはすぐにのほほんとしたいつもの顔に戻ると、


「そない心配せんでもええって。うちな、今日はごっつええもん見せてもろたさか


い、めっちゃ気分がノってんねん。今なら空だって飛べるで」


「あ~!もう分かったよ!どうせ止めたってあんたは言うこと聞かないんだろうし


好きにすれば!」


「あはっ♪さっすがリサはん。うちの理解者やわ」


アカリはいつもの見慣れた笑顔を浮かべて、マホのマッサージを続けるリサの背後か


ら抱きつき首筋に頬をすりすりと擦りつける。


「ば、ばか!マッサージの邪魔だから離れろって!」


「あ~~!リサさんだけズルいですよ~!マホもアカリさんとすりすりしたい


です~!」


「ええでええで~。はい、マホはんにもすりすり~♪」


「あはは♪アカリさんのほっぺ、スベスベのツルツルでくすぐったいです~♪」


「あ、あの……Astraeaさん。そろそろ出番ですので準備のほうを……」


「す、すみません!ほら二人とも!いい加減離れろって!」


三人の空間を邪魔するのを申し訳なさげに言ってきたスタッフに気づき、リサは顔を


真っ赤にして二人から慌てて離れた。


「ど、どうだマホ。いけそう?」


「はい!おかげ様でバッチリです!これならマホ120%でいけます!!」


「うちもいつでもええでぇ。はよステージに上がりたくて体がムズムズしとるわ」


「よし。じゃあ、いつものやるぞ」


そう言って三人は円陣を組むと、アカリとマホが左右それぞれの人差し指と中指で


作ったVサインを繋ぎ合わせ、最後に空いている部分をリサが右手のみで作ったVの


字で埋めて星の形を作り上げる。


そしてリサはすぅ~~と息を吸い、


「星の女神が創生するは!」


『唯一無二の一番星!』


リサの掛け声にアカリとマホが合わせて続き――


『We are Astraea!!』


最後は三人で声を合わせ、星を形作っていたVサインを天高く掲げた。






「21組中20組がステージを終え、今年のF.I.Fもいよいよ最後の1組を残す


のみ!ラストを飾るのは予選をぶっちぎりの人気で通過した星の女神!


Astraeaだ~~!!」






司会のヨウコと入れ替わりでAstraeaがステージ上に姿を現すと、今日一番の


大歓声が沸き上がった。


1万を越える声が地鳴りとなり会場を震わせ、ヒカリ達がいる来賓室のガラスをも


震わす。


「わっ……すごっ……」


人の声が一つになるとこんなにも大きな力になるのかとヒカリが驚いていると、


「よく見ておきなさい。このステージを」


アキは正面を見据えたまま言葉を紡ぐ。


「あなた達がトップアイドルを目指すのなら絶対に越えなくてはならない存在。


それがあの子達――Astraeaよ」






「いつも応援してくれている人も初めましての人もこんにちはー!私達――」


『Astraeaです!!』


「あはは!凄い大歓声ですね、リサさん。アカリさん」


「せやなぁ。でも皆はん、ちょいとお疲れなんとちゃいますの?思うとったより声が


出とりまへんとうちは思うんどすけど」


「いやいやいや、なに言ってるのあんたは。こんなにも凄い大歓声を送ってくれて


いる観客の皆さんに失礼でしょ」


「う~ん……せやかてなぁ……」


ほな、ちょいと確認しとこかとアカリは一言挟んでから、


「まずはアリーナ!ホンマにまだまだイケるんか~~!?」


『イケる~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ!!!!!!』


「2階席はどないや~~!?」


『イっケる~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ!!!!!!』


「3階席~~!遠いからって声で負けらたアカンでぇ~~!!」


『もっっっちろ~~~~~~~~~~~~~~~~~んッッッッッ!!!!!!』


観客を煽り、すでに最高潮と思われていた会場のボルテージの限界を越えさせてさら


に昂らせた。


「オッケー!ほな行くで!AstraeaでShooting Star!!」


そして間髪入れずに勢いをそのまま全てステージへと持ち込む。


こういった自分たちのステージを最高に盛り上げさせるための土台を、当たり前の


ように作り上げていく前口上の一つ一つにしてみても、すでに自分達とは比べ物に


ならない経験の差があるとヨミは感じ取り、同時にMCに対する自身の認識の甘さと


勉強不足を今さらながら悔いていた。






Astraea――その名はギリシア神話に登場する星の女神に由来する。


一般的なアイドルが武器とする可愛さよりも恰好良さを追求したグループであり、


曲は重厚感が溢れるハードロック調の力強い曲調で統一されており、歌詞にも


【誇り】をテーマとしたメッセージ性が強いものが多い。


その決して男性に媚びないスタイルは多くの女性からも共感を呼び、女性アイドルグ


ループとしては異例なほどの数の同性ファンを獲得していた。


単独ライブを行えば観客席の3分の1は女性ファンで埋まるほどに。






同じ3人組なのに自分達のステージとはまるで違う。


リサとマホだけでなく、センターであるアカリもそれぞれの担当パート以外では大き


な動きで縦横無尽にステージ上を踊り回ってはポジションを次々と変えていき、あれ


ほど自分が広く感じていたステージが今は別物に思えるほど狭く感じられた。


そして観客席から見てステージが狭く感じられると、同時にステージが近くなったよ


うに錯覚するのだとヒカリは初めて知った。


「凄い……こんな魅せ方もあるんだ……」


しかし驚きはそれだけでは終わらなかった。


2番まで歌い終え、曲は間奏を挟みラストのサビへと入っていく。


そこでセンターのアカリが左右の二人よりも前に出て独唱を始めた――すぐ直後で


あった。


(あのダンスの動き――ナミお姉ちゃんの――!?)


ずっとその動きを追い求め続けてきたヒカリだからこそ瞬時に分かった。


伊座敷ナミが得意としたダンス。五分割の動きと同じものへとアカリのダンスが変わ


ったことに。


1秒間の動きを0.2秒ごとで均等に5分割することで動きを格段に滑らかに、


美しく魅せることができる。


言うのは容易いが実現するのはまず不可能な領域の技術。


故に伊座敷ナミが出現するまでは同じことをした者は誰もおらず、引退後もその技を


真似できた者は誰一人としていなかった。


今日――この瞬間までは。


さらにヒカリの驚きはそれだけでは終わらなかった。


ステージの上で誰よりも躍動するアカリの全身から金色に輝く光の粒子が次々と


生まれ、さらに彼女を輝かせていく。


それはヒカリが初めて伊座敷ナミのステージを見た時と全く同じ輝き。


それ以降も彼女のステージでしか見たことがなかった、特別な輝きであった。


「――――っっ」


しばらく呆然とした顔で言葉を失っていたヒカリであったが、やがて自分でも気づか


ぬうちに口端を悔しさで歪ませていく。


それは自分がやろうとして出来なかった技。誰よりも大切で、憧れた人の技。


そして――あの人と同じ輝き。


まるで自分こそが伊座敷ナミの後継者であると誇示しているようなアカリの完璧な


パフォーマンスに今のヒカリでは何も言い返すことが出来ず、ただ湧き上がる悔しさ


に耐えるしかなかった。


そしてアカリは5分割の動きを維持したしたまま最後まで踊りきり――


Astraeaの勝利を確信させる超歓声が会場の外まで響き渡った。



【続く】

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