第10話 デビューステージ
舞台袖からステージへと上がった瞬間、夜から昼へと急変したかのような眩さに
ヒカリは思わず目を細めた。
それでも僅かに開いた両目の隙間からは圧倒的な光が飛び込んでくる。
まるで夏の太陽を直視してしまった時のように、目の奥まで焼かれてしまいそうに
なる感覚。そんな強烈な輝きに目を慣らしながら、ゆっくりと瞼を開いていく。
その瞬間――
「わあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
今度はステージ衣装を貫いて肌まで震わせる大歓声が襲いかかってきた。
それは吹き荒れる台風を正面から受けたようであり、目に見えぬ強い力に体を押され
るような感覚がヒカリの右足を一歩後ろへと下げさせてしまう。
(これが……F.I.Fのステージ……。アイドルの……ステージ……)
当たり前だがリハーサルの時とは何もかもが違った。
ただ広いだけの空間であった観客席は隙間なく人で埋まり、その手に持った数え切れ
ぬほどのサイリウムで光の海を作り上げている。
事前にAmaTerasの配信動画で決めたメンバーカラー。ヨミの紫。アカネの
赤。ヒカリの緑。その3色で彩られた光の大海原。
先程まで目を焼こうとしていた光に慣れてきたというのに、今度はその光の海に呑み
込まれ――溺れそうになる。
(私は……アイドルとしてステージに立つという意味を何も分かっていなかったん
だ……)
夢にまで見た憧れの場所――そこに自分は今、立っている。
その憧れの場所はキラキラと輝いていて。
まるでおとぎ話に出てくるお城の舞踏会のように華やかで。
イメージしていた場所と何一つ変わらないのに。
――怖い――
唯一、今抱いてる感情だけはイメージしていたのとは真逆のものであった。
四方八方から自分へと向けられた1万を越える視線。今からAmaTerasが
どのようなパフォーマンスを魅せてくれるのかという期待が込められた視線から生ま
れるプレッシャー。
そして、その期待に自分は応えられるのだろうかと自信が揺らげば揺らぐほど足は
震え、竦んでいく。
(ナミお姉ちゃん……お姉ちゃんもこんな気持ちでステージに立っていたの……?)
ヒカリの記憶にあるステージ上のナミはいつだって笑顔だった。全力で心の底から
ステージを楽しんでいるように見えていた。
だからこそアイドルのステージは楽しいものだとばかり思っていた。事前にどれだけ
緊張していようが、そこに立ってさえしまえば自分もナミのように楽しめるものだと
信じ込んでいた。
が――そんな甘い場所などではなかった。
「皆さん、はじめまして!」
そこでヘッドマイクを通したヨミの凛とした声が会場に響き渡り、ヒカリはハッと
我に返った。
「私達は今日、このフレッシュ アイドル フェスティバルがデビューステージに
なります――」
『AmaTerasです!』
そして全員で事前に決めておいた、両手の手首を左右に二度ずつ捻り太陽の輝きを
イメージしたポーズ付きで自分達のグループ名を観客に伝える。
「照月ヨミです!よろしくお願いします!」
「――大須佐アカネだよー!みんなーよろよろー!」
(そうだ……。もうここまで来たらやるしかないんだ!)
今さら恐れている場合ではない。時間だって待ってはくれない。
だが、そのおかげで覚悟は決まった。
アカネの自己紹介が終わるとヒカリは大きく息を吸い込み――
「みなさ―――ん!はじめまして―――っ!!
高天原ヒカリで――――――すっっ!!!
今日はよろしくお願いしま―――――――――――すっっっっ!!!!」
吸い込んだ以上の息と共に今出せる最大の声量で叫ぶと、観客からも
『よろしくお願いしまーす!』とハモった声が返ってきた。
「先程も申しましたが、私達は今回がデビューステージとなります。
そのため至らない点もあるかもしれませんが、精一杯頑張りますので最後まで応援を
よろしくお願いします!」
ヨミのその言葉を合図にして三人は互いの顔を見合って頷く。
そして各々が所定の位置へと散開していった。
ヒカリも自分のポジションであるステージ左。観客席から見て右になるその場に
立つと、ヘッドマイクに息が乗らないよう注意を払いながら一つ深呼吸をしてから
視線を落とし、ステージに立つ自分の両足を見る。
(……よし!いける!!)
足の震えはもう止まっていた。
それを確認したのと同時に曲が流れ始めた。
曲に合わせて三人が踊り始める。
曲に合わせて観客がサイリウムを振り始める。
熱気に包まれていた会場の気温が。ボルテージがさらに上がっていく。
そしてヒカリが口火を切り――歌い始めた。
さぁボクらの輝きで真っ白な地図を照らそう
眠っていた夢が今――浮かび上がるよ
どこかへ行きたいな どこまで行けるかな
決めるのはいつだって自分次第 可能性は無限大さ
胸に小さな光が舞い降りたのなら その輝きがきっと合図だ
持ちきれない夢をポケットに詰め込んで 今すぐここから飛び出そう
まだ誰も見たことがない世界を ボクと一緒に探しに行こうよ
are you ready? not ready yet!?
問題ないない なんとかなるさ ほら!おいで!
さぁボクらの輝きで真っ白な地図を照らそう
未来へと続く道が浮かび上がるよ
キミと旅する未来は きっとキラキラで溢れてる
太陽みたいな輝き連れて 新しい世界を歩こう 一緒に
(よし!ここまではミスしなかった!)
1番のサビまで歌い終え、曲は2番へ向けて短い間奏に入る。
感覚的には一瞬ではあるが、それでも歌わずダンスにのみ専念できる分、ヒカリにも
僅かにだが余裕が生まれた。
(これならお客さんも盛り上がってくれているはず!)
そう確信しながら、今まではステージ上で行うパフォーマンスのことだけで頭が一杯
だったため窺う余裕がなかった観客席の反応を見て――
(あ…れ……?)
自分の想像とは違った観客席の様子にヒカリは当惑した。
ステージが始まった時と比べて観客の熱気が下がっている。そうヒカリには感じら
れた。
決して自分達のパフォーマンスにミスがあった訳ではない。
なのに――
観客席から湧き上がる声。
サイリウムの揺れ具合。
どれもが確実に勢いが落ちている気がする。
(な、なんで……!?どうして!?)
その理由が分からぬまま曲は2番へと入ってしまった。
再び歌い、踊りながらヒカリは必死に原因を考える。
先程ヒカリが思った通り、ここまでミスはなかったはずだ。それは多分ではあるが
ヨミもアカネも同じはずである。
ならばこそ分からない。混乱して頭がぐるぐるしてくる。
ふと――ヨミとアカネはこの事に気づいているのだろうかと思い、ヒカリは二人へと
視線だけを向けた。
(あれ……?)
そして、そこで初めて違和感を察知した。
(アカネさんのダンス……なんだかいつもよりキレがない気が……)
ダイナミックで思いっきりのいい動きがアカネの良さなのに、今はそれが感じられ
ない。
さらに違和感はそれだけではなかった。
歌声も練習時と比べて小さく聞こえ、張りや艶といったものが弱く、それらもアカネ
らしくないとヒカリは感じた。
そこでヒカリは自分と同じように視線だけをこちらへと向けてきていたヨミと目が
合う。
だがそれは一瞬のことで、ヨミはすぐ視線を正面の観客席へと戻してしまった。
(なんだろう……。照月さん、何かを私に伝えようとしていた……気がする)
ステージ中なので口頭はもちろん、体の動きで何かを伝える訳にはいかない。
だからこそこちらへと顔が向くダンスの流れの一瞬を使い、それを自分に視線で
伝えようとしてきたのではないのかとヒカリは直感していた。
(えっ!?もしかして私、なにかミスをしてた!?自分では気づいていなかっただけ
とか!?)
最も可能性がありそうなことが思い浮かび、慌てて今の自分の立ち位置と二人の立ち
位置とを比べ確認する。
しかしポジションはずれてはいない。ダンスの振付だって間違っていなかったはず
だ。
ならどうして……とヒカリは視線だけを二人へ向けたまま、ヨミの真意を探り続けて
いると――
(――あっ!)
ついにそれ見つけた。
(照月さんの動きも練習の時より小さい!……違う。アカネさんに合わせて敢えて
そうしてるんだ!)
練習ではセンターであるアカネのダイナミックな動きに合わせ、ヨミとヒカリも動き
で負けて小さく見えてしまわぬように意識して踊っていた。
当然、本番である今だってそうだ。
しかし理由は分からないが、今日のアカネはパフォーマンス全てにおいて精彩を欠い
ている。
センターとはグループの顔。最も観客の注目を浴びるポジションであり、
故にセンターの善し悪しがAmaTerasのステージ評価に直結すると言っても
過言ではない。
そのセンターの動きが悪い中でヨミとヒカリが練習通りのパフォーマンスを行えば
どうなるか……答えは明白であった。そう――アカネの悪い部分がより目立つことに
なってしまうのである。
だからヨミは完璧なパフォーマンスによる百点満点は無理と判断し、1番のサビに
入る直前からパフォーマンスのレベルをアカネに合わせることで評価を多少落として
でも無難にステージを終えようとしていたのだ。
そして恐らくは、その段階からヒカリに対しても視線でサインを送っていたはずで
ある。
(なのに私は自分がミスをしないことにだけ精一杯で全然気づけなかった……)
その結果が今の観客の反応だ。
観客にはセンターでもないヒカリだけ動きが大きく、一体感のないバラバラなダンス
に見えているに違いない。
(は、早く私も二人の動きに合わせなくちゃ!)
慌てて自身のダンスを修正しようとした――その瞬間。
『本当にそれが正解なの?』
ヒカリの内側からもう一人の自分が問いかけてきた。
『無難なつまらないステージで誰の記憶にも残らない。それが私のやりたかった
ステージなの?』
(だってしょうがないじゃない!今はそれが一番良い方法のはずなんだから!)
余裕なく胸中で怒鳴り返すヒカリに対して、もう一人の自分は『ふ~ん』と挑発する
ような相槌を打って、
『なら、言い方を変えてあげる。こんなステージでナミお姉ちゃんまで声が届くと
思っているの?』
(――――!!)
大切な人の名前を出され、ヒカリに動揺が生まれた。
そして思い出す。
アイドルとなれた今、叶えようとしている望みを。
(こんなステージじゃナミお姉ちゃんに声が届くはずなんてない……。
いつまで経ってもナミお姉ちゃんに会える訳なんてない……
それで……本当に私はいいの……?)
……嫌だ。
嫌に決まっている。
ナミのことだけではない。
毎日あんなにも練習してきたのに。
このまま何も出来ないまま終わってしまうなんて。
そんなの――
(嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!絶対に――嫌だ!!!)
一度は消えかけたこのステージに賭けるヒカリの想いが蘇ると――真っ暗になりかけ
ていた目の前の光景に一欠けらの光を生み出し、足元に道を照らし出した。
そしてヒカリは導かれるようにその道へ向かって――迷いを振り切った一歩を前へ
向かって踏み込む。
(ちょ、ちょっとヒカリ!?なにしてるのよ!?)
センターである自分よりもステージの前面へと躍り出たヒカリに気づき、アカネは
予定にはないその行動に胸中で驚愕の声を上げた。
驚きを隠せなかったのはヨミも同じであった。しかしヨミは瞬時に状況を把握する
と、ヒカリとは逆に自身のポジションを後ろへと下げる。
結果、ヒカリを単独で最前面に押し出し、斜めに一列で並ぶことで変則的だが
センターポジションを交代させることに成功した。
(笑え私!楽しめ私!今この瞬間を!誰よりも!!)
――アイドルってのは観客を楽しませてナンボだ。だからまずは下手くそでもいいか
ら自分自身が歌うことを楽しめ。
お前達が楽しめれば、それは必ず観客にも伝わる。
ノリトの言葉を思い出し、ヒカリは歌う。
今まで練習してきたことを全て出し切ろうなどとは最早考えていない。
この憧れのステージの上にいられる喜びを全身で感じ取り。
キラキラと輝くステージで歌い、踊ることだけを純粋に楽しみ、躍動していく。
「あの光……」
それまで、「これは期待ハズレもええとこやったな」とつまらなそうに来賓席から
AmaTerasのステージを傍観していたアカリはサングラスを外しながら席から
立ち上がり、その下に隠していた両目を見開いて呟いた。
曲が最後のサビに入るのと同時に、突然別人のように動きが一変した少女の姿を
見つめる。
歌を覚えたばかりの子供のように無邪気な笑顔で歌い、拙いながらも楽し気に舞う
ダンスはこちらまで一緒に踊りたくなってくる。
そして、アカリが何よりも目を奪われたのは――彼女の周りで夜のホタルのように
輝く光の粒子であった。
その光をアカリは一度だけ見たことがある。
まだ小さかった頃、父親に連れられて見に行った伊座敷ナミのライブで。
あの時のナミの全身から放たれていた、自身を輝かせている綺麗な光の輝きを忘れた
ことなど今日まで一日たりともない。
しかしそれを誰かに話しても、照明の効果でそう見えただけだろうと口を揃えて否定
された。
それでもアカリは信じた。あの日見た光を。
本物のアイドルだけが放つことの出来る、特別な輝きなのだと。
(あの子も……そうやっていうんか?)
自分が誰よりも尊敬し、憧れたアイドル――伊座敷ナミと同じだと。
ヒカリの歌もダンスもナミとは比べ物にならないほどレベルが低い。光の粒子だって
輝きは弱く、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。
それでもアカリは――
全力でステージを楽しんでいるヒカリの姿から未知数の可能性を感じていた。
「いましたリサさん!あそこです!」
「よし!両側から挟んで確保だマホ!」
そこで入口のドアの方からひそひそと話す聞き覚えのある声がしたのにアカリは気づ
き顔を向けると、もの凄い形相と勢いでこちらへと向かってくる二人組が見えて、
「いぃっ!?」と思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。
そして驚いているうちに左右へと回り込まれ、腕を絡まされがっちりとホールドされ
てしまった。
「やっと見つけたぞこのバカアカリ!ほら、マネージャーに見つかる前に楽屋に戻る
ぞ!」
「悪く思わないで下さいねアカリさん!マホも巻き添えで一緒に正座させられるのは
もう懲り懲りなんです!」
「ちょ、ちょい待ってぇや!このステージ!あの子のステージだけ最後まで見せたっ
てぇなぁ!後生やからぁ~~!」
「ダメに決まってるだろ!いいからキリキリ歩け!」
「御用だ!御用だ!すみません!お騒がせしました!!」
まるで下手人を連行するように部屋を出て行った三人をチラ見していた他の者達は、
(あれ……やっぱりAstraeaの星宮アカリだったんだな……)
(……やっぱりAstraeaの星宮アカリだったわね)
(やっぱりAstraeaの星宮アカリだわ)
自分達の予想が間違っていなかったと謎の満足感に包まれていた。
【続く】
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