第9話 F.I.F 4
「Re:SET芸能プロダクションのAmaTerasです。そろそろ呼び出しがかかる
頃かと思いまして参りました」
「あっ、ちょうど今からお呼びに行こうとしていたところです。ご協力助かります」
ステージ裏でせわしなく動き回るスタッフ達の一人にアキが声をかけるとビンゴだっ
たらしく、「ではご案内しますのでこちらへどうぞ」とスムーズに話が進んだ。
しかしアキはその後ろを追わず、一歩大きく横へとずれた。
「さっ、行ってらっしゃい。骨は拾ってあげるから悔いが残らないよう全力でね」
「幡豊さんは一緒に行かないんですか?」
ヒカリの問いにアキは首を横に振る。
「私は一緒にステージには立ってあげられないもの。ここから先はあなた達3人だけ
のステージ。だからあなた達だけで行きなさい」
急に親から手を離された幼子のようにヒカリが不安げな顔になると、
「分かりました。では行ってきます」
リーダーであるヨミはそんなヒカリの不安を拭い払うように肩に優しく手を乗せる
と、いつも通りの声色で言った。
「それじゃ行くわよ」
「はいはい。いちいち仕切るんじゃないわよ」
「そ、それじゃ幡豊さん!行ってきます!」
最後にぺこりとお辞儀をし、二人の後を追いかけるヒカリの背中をアキは見送る。
そして徐々に遠くなっていく三人の後ろ姿を瞬き一つせず、しっかりその目に焼き
付けながら――
「頑張れ。ヨミ。アカネ。ヒカリ」
今はそうしてやることしか出来ない、応援の言葉を口にした。
「では間もなく出番となりますので、それまではこちらでお待ちください」
自分達がここからステージへと上がることになる舞台袖までスタッフに誘導される
と、ちょうど3組前のグループがステージを終えて次の出場者と入れ替わりで戻って
きたところだった。
「っく…ひっく……ご…ごめん……私のせいだ……。私がミスしたから優勝が……」
「だ、大丈夫だって!ほんの少しだけタイミングがずれただけだし、それにまだ結果
が出た訳じゃないし!」
「うあ……ぁぁ……!ごめんみんな……本当にごめんなさい………!!」
満足なステージが出来なかったのだろう。蒼白になった顔でずっと謝り続けながら
泣きじゃくり、今にもその場に崩れ落ちそうな仲間の肩を支えて戻ってきたグループ
を見て、ヒカリは息を呑んだ。
このフェスに出場している全員が優勝を目指しているのは分かっていたつもりだっ
た。
けれどそこに賭ける想いの大きさ。覚悟の重さまでは理解できていなかったのだと
今さら知ることになる。
どの出場者も死に物狂いなのだ。そして、たった一つのミスすら許されないステージ
という名の戦場に今から自分は立たなければならないのである。
これまで感じていたプレッシャーとは比べ物にならないほどの重圧がヒカリの呼吸の
間隔を短くしていき、バクバクと暴れ始めた心臓を抑え込むように胸の上に手を当て
る。
そして他の二人はどうなのだろうと気になり、チラリと視線だけを向けた。
(照月さんは……すごく落ち着いてる……。流石だなぁ……)
集中力を高めようとしているのか、体の前で腕を組んで目を閉じている。
本番を前に瞑想に耽る姿からは一切の力みなどは感じられず、役者としてこれまで
数々の大舞台を経験してきた貫禄からは余裕すら伺えるほどであった。
その隣に立つアカネも、いつもに比べれば口数は少なく表情も硬く見えるが、それは
これからステージに臨む挑戦者の顔だ。そこには決して自分のように不安の色は浮か
ばせていない。
(二人ともステージに向けて心の準備は出来てるんだ……。それなのに私だけが
今さら……!)
ヨミとアカネの姿から勇気を得たヒカリは、弱気になっていた情けない心を奮い立た
せるべく両手で自分の頬をパーンッ!と思いっきり叩いた。
「うわっ!び、びっくりしたぁ……ってかヒカリ!なにしてんの!?本番直前にそん
な強く頬を叩いたら赤くなっちゃうでしょう!?」
「だ、大丈夫です!青白い顔でステージに立つよりはマシですから!」
そう言いつつも少し強くやりすぎたとヒカリは思いながら、ヒリヒリとした痛みから
生まれ始めた熱を排出するように鼻息を荒げる。
理由を知らなければ突然の奇行ともとれるヒカリの行動にアカネが顔をポカーンと
させていると、
「エスピナさん、間もなく出番となりますので準備をお願いします!」
『はいっ!!』
ヒカリ達の前にいた9人グループにスタッフから声がかかり、全員で返事をすると
円陣を組み始めた。
「それじゃみんな!準備はできてるよね!」
リーダーと思われる少女が問いかけ、他のメンバーが同時に頷き返す。
「今、私達に出来ることを全部やり尽くそう!いくよ~!エスピナ~~」
『ファイトーー!!』
そして最後は全員で言葉を重ねると、隣同士で体を抱き寄せ合っていた腕を放し、
代わりに握りしめた拳を作るとそれを高く突き上げた。
(うわぁ~!メイキング映像とかだと見たことあったけど、生の円陣って初めて
見た!)
見ているこちらまでテンションが上がる。ヒカリは羨ましそうに輝かせた瞳をまたも
チラリと隣の二人へ向け、
(私達もああいうの作っておけばよかったなぁ……)
今さら即興で作るには時間が足りないし、何よりそれでぐだってしまったらせっかく
整えてきたテンションにかかわる。
(それに照月さんはそういうの好きじゃなさそうだし……)
やっぱり私達には無理だ諦めようとヒカリは二人に気づかれないよう小さく嘆息する
と、隣のアカネがそれよりも大きく息をふ~~……と吐き出した。
「……いよいよ次か。流石に緊張するわね」
そしてポツリ……と息の後に零れ出た言葉にヒカリは思わず顔を驚かせ、
「え……アカネさんでも緊張したりするんですか?」
無意識のうちに呟いてしまった自身の言葉はアカネにも聞こえてしまったらしい。
ヒカリは一瞬、しまったという顔になったがもう遅い。
「は、はぁ!?べ、別に緊張なんてしてないし!ってか、このアカネちゃん様がこの
程度でビビるはずないでしょ!」
「でも今、確かに緊張するって……」
「言ってないし!今のはそう……あれよ!武者震いがするって言ったのよ!」
(……絶対に嘘だ)
珍しくしどろもどろになっているアカネをヒカリはジト目で見ながらも、それ以上の
追及は本気で怒られそうなので止めておく。
「別に隠す必要なんてないでしょ。初めてのステージ。しかもそれがF.I.Fという
大舞台。緊張しないほうがどうかしてるわ」
――と。そこで思いがけぬところから声が混ざると、アカネは「だから緊張なんてし
てないって言ってるでしょ!」とヨミに噛みつく。
しかし相変わらずアカネに吠えられてもヨミは表情一つ変えず受け流す。
「でも照月さんは緊張してるようには見えませんけど……」
「そう?なら役者としての私はまだ捨てたものではないことね」
「素直に自分も緊張してるっていいなさいよ。いちいち回りくどいのよ、あんたの
言葉は」
「そうね、悪かったわ。じゃあ私も大須佐さんと同じで緊張しているみたい」
「だからアタシは緊張なんて――」
「AmaTerasさん!そろそろ準備をお願いします!」
頑なに否定を続けようとするアカネの言葉を遮るように、進行スタッフから声がかか
る。
あと数分のうちに自分達の出番になる。その現実が一瞬にして三人の顔を強張らせ
た。
「……大丈夫よ。私達だって練習を積み重ねてきた。自信を持ってステージに臨みま
しょう」
ヨミが自分自身にも言い聞かせるように二人に言うと――
「は、はい!頑張りましょう!」
ヒカリは緊張が戻ってしまった面持ちで答え、
「フン……。言われなくたって初めからそのつもりだっての」
アカネもまた、小さな声で悪態をついてみせた。
「――エスピナでした~!それではいよいよ次が前半戦ラストの出場者!
今年の特別枠に選ばれた超新星!もとい超新陽!!
太陽の女神――AmaTerasの登場だ~~!!」
司会のヨウコがその名を呼ぶと、舞台袖にまで会場からの大歓声が聞こえてきた。
「行きましょう」
ヨミの言葉にヒカリとアカネは黙ったまま頷くと、光輝くステージへと向けて走り
出した。
【続く】
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