第9話 F.I.F 3



ステージが進んでいく。


次々とアイドル達がそれぞれの輝きを放ち、示し、せめぎ合いながら。


お祭りとは名ばかりの真剣勝負の舞台をAmaTerasの三人は固唾を飲んで見つ


めていた。


当たり前だがどの出場者もパフォーマンスのレベルが高い。


以前アキが言っていたが、今日のステージに立てるのはアイドルを知り尽くした


ディープなファン層から選ばれた精鋭中の精鋭ばかり。


これまで多くのアイドルを見てきたヒカリはもちろん、まだアイドルというものに


対して見識の浅いヨミとアカネですら、そのパフォーマンスがデビューから2年以内


とは思えないほどハイレベルなものばかりであるとはっきり感じとっていた。


とはいえ、自分達だってこの1ヶ月間、練習に練習を積んできた。どんなステージで


あろうともやれるという自信が持てるほどに。必死に。出来る限りのことをやってき


たつもりだ。


だが、その自信も他のアイドル達の圧倒させられるステージを見るたびに揺らいでし


まいそうになり、そのまま崩れてしまわぬよう必死に己の心を鼓舞し続けるしかなか


った。


「今ので7組目か……。よし、それそろ移動するわよ」


アキが立ち上がるとヒカリ達も緊張した面持ちのまま無言で頷き、それに続く。


そして部屋を出て、ステージ袖へと向かっていると――その途中で一人の少女とすれ


違った。


いや……それを少女と断定していいものか。


というのも、その者は兵庫県を本拠地とするプロ野球チームのレプリカ帽子を深く


被り、隠した顔から僅かに覗かせている部分も色付きのサングラスとマスクで情報を


シャットアウトさせていた。


さらには上下共に体育の授業で使うような芋臭いデザインの赤色ジャージを着てお


り、一見すればただの不審者でしかないその外見から性別を予測できる情報は肩まで


伸ばした綺麗な黒髪くらい。あとはジャージの下に隠された細い体つきからも女性で


はないかと予測できた。


ともあれ、その少女と仮定しておく不審者はヒカリ達とすれ違いざまに会釈をしてき


たので、こちらもとりあえず同じように会釈を返しておく。


(あれ……?今のってまさか……)


少女(仮)とすれ違った後にヒカリはふと思い当たる節があり振り返る。


すると少女は来賓室の前に立つスタッフに身分証らしきものを見せて中に入ろうとし


ていたが、その不審者100%の見た目のせいか止められて何か揉め始めていた。


「ヒカリ、どうかした?」


「あっ、いえ。なんでもありません」


アカネに声をかけられ、ヒカリは少女に気を取られ足並みが遅れていたことに気づく


と、振り向かせていた顔を前へ戻し、小走りで元の隊列に戻って行った。






「まったくもう……いちいち素顔を見せへんと通してくれへんとかなんのための


身分証やねんな」


ぶつぶつと不満を口にしながら来賓室へと入ってくる赤ジャージの少女。


すると、ちょうど今はステージの合間ということもあり、すでに室内にいた他の


来賓客が新たに入って来た者を確認しようと一斉に彼女へと顔を向けてきた。


それに気づき、慌ててずらしていたサングラスとマスクの位置を直し、帽子のツバも


深く下げる少女。


不審者全開な外見の彼女の姿を確認した者達は一様にぎょっと顔を驚かせてみせた


が、即座に関わり合いにならないほうが良いと判断したのか次々と視線を逸らし、


再び前方のステージへと戻していく。


(ふふん♪さっすが、うちのパーフェクト変装術や。誰にも正体はバレてへんようや


な♪)


そんな周囲の反応を見て、少女はそう自惚れて有頂天になっていたが――


(あれ……Astraeaの星宮アカリだったよな……?)


(……Astraeaの星宮アカリよね)


(Astraeaの星宮アカリだわ)


実際はこの部屋にいる全員に、あっさりと変装の中身を見破られていた。


とはいえ開演中は出演者との接触は禁じられているので声をかけるわけにもいかず、


全員が何故その星宮アカリが一人でここにいるのか。しかもファッションセンスの


欠片もない恰好をして――という疑問をもやもやした気持ちと共に抱えるしかなかっ


た。


一方でそんな周囲の空気に全く気づかないでいる不審者の少女――アカリは上機嫌の


まま先程までヒカリが座っていた左端の席に腰を降ろす。


そしてサングラスを鼻先までずらして肉眼でステージが見えるようにすると、


「さぁ~て。期待の新人AmaTerasはん。その実力、どないなもんか見せても


らいまひょうか」


そう言って不敵に笑った。






一方その頃――


【Astraea様】と手書きされた用紙が貼りつけられているドアを羽雁リサは


開き、個室の楽屋の中へと入っていく。


正確にいえばお手洗いに行って戻ってきたところなのだが、それはさておき。


8畳ワンルーム程度のさして広くはない畳張りの部屋に靴を脱いで上がる。


「あっ、お帰りなさい。リサさん」


「ただいま。ってあんたはまたそんな物を食べて……太っても知らないぞ」


まるでここが自宅であるかのように、うつ伏せのリラックスした姿勢でポテチと


エナジードリンクを摘まみながら携帯ゲーム機で遊んでいる私服姿の麦原マホが


声をかけきたのでリサは軽く注意するが、


「大丈夫です!マホ、余分な栄養は全部胸に行く体質みたいですから!」


「ああ、そうだったな。前世でどんだけ善行を積めばそんな羨ましい体質に生まれて


こられるんだろうな」


リサは深々とため息をついて座ると、そこであることに気づいた。


「あれ?アカリはどうした?」


「アカリさんならリサさんがトイレに行った後すぐに『うちもお手洗い行ってくる


わ~』って出て行きましたよ」


「……ん?ちょっと待て。トイレには私しかいなかったし後から誰も入ってきてない


はずだぞ」


「なら別のトイレに行ったんじゃないですか?」


「一番近くのトイレじゃないところへ、満室でもなかったのにわざわざか?」


「…………………」


そこでマホにも何か思い当たる節があったのか、携帯ゲーム機を操作していた手が


ピタリと止まった。


「……マホ。アカリのやつ、出ていく時にいつもの赤いジャージに着替えてなかった


か?」


「ご、ごめんなさい!マホ、ゲームしてたからアカリさんのことまで見てなくて!」


「いや、マホは悪くない。あのバカに釘を刺し忘れた私のミスだ」


額に手を当て、先程よりもさらに深いため息をつくリサ。


アカリが本番前に楽屋から抜け出すのは別にこれが初めてではなかった。


以前にも何度も。それも決まって今回のような他のアイドルと合同で行うイベントの


時は必ずと言っていいほど抜け出していた。


本人曰く、「うち以外のアイドルは全部自分の目で直で見たいねん」だそうで、


そのためにわざわざ変装(だと本人は思っている)をしてまでステージを見に行く癖


がある。


Astraeaのマネージャーからは余計なトラブルを避けるために必要時以外は


楽屋から出るのを禁止されているが、それでもアカリはお構いなしであった。


そして、そのことがマネージャーにバレて連帯責任で三人全員が怒られるまでが


ワンセット。


(そういえば……今回はこのフェスでデビューするグループがいたな)


確かアマテラス……だったかとリサはその名を思い出しながら、アカリのお目当てが


彼女達なのだろうと見当をつけた。


「とにかく、マネージャーにバレる前にアカリを見つけて連れ戻さないと……。


マホ、手伝ってくれる?」


「は、はい!もちろんです!」


ゲームを中断させて立ち上がるマホ。それを見てリサは「ありがとう」と礼を述べる


と、アカリ捜索のために二人は慌ただしく楽屋から出て行った。



【続く】

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