第9話 F.I.F


そしてAmaTerasは運命の日――F.I.F当日を迎えた。




「よっ、到着っと。じゃあ衣装に着替えてメイク済ませたら最終リハーサルに行くわ


よ」


フェスが行われる東京、武蔵の丸総合ホール。その関係者専用の駐車場に事務所で


所有している白のワゴン車を停めると、運転していたアキはシートベルトを外しなが


ら後部座席に乗っている三人に向かって声をかけた。


ヒカリ達は声を揃えて返事をすると、車窓から見える今日の舞台である建物を一度見


やる。


普段は地元プロバスケットボールチームのホームスタジアムとして使用されている


屋内体育館であり、収容最大人数は1万1千人。


それ以外にもバレーボールやバトミントンといった屋内スポーツの試合会場に。そし


て今回のようにライブ会場にも使われることが多い、その名の通りの総合施設であ


る。


「こんな狭いとこで着替えなくても楽屋ですればよくない?」


「それについては後で分かるわよ。あっ、ちゃんとカーテンは全部閉めてからにする


のよ」


「はい、もちろんです。高天原さん、こっちは私が閉めるからあなたは後ろ側をお願


い」


「分かりました!あっ、アカネさん。自分の席のカーテンだけ閉めてもらってもいい


ですか?」


「はいはい、おけまる~」


言われた通り三人で協力して車外から中を見えなくしたのをアキは確認すると、自身


も運転席と後部座席との間に備え付けられたカーテンを閉める。


そしてゴソゴソと聞こえ始めた衣ずれの音をBGMにしながら、バックミラーを使っ


て自身も身だしなみのチェックを始めた。






「幡豊さん。全員、準備整いました」


「オッケー。じゃあ行きましょうか」


後部座席から聞こえたヨミの声を合図にして、アキは今日のタイムスケジュールが書


かれている手帳を閉じた。


そして車外に出ると、続けてステージ衣装の上に膝まであるウィンドブレーカーを


羽織った三人がヨミ、アカネ、ヒカリの順でドアを開けて降りて来た。


「昨日説明したから頭に入ってると思うけど、最後にもう一度今日の動きを確認する


わよ。まず午前中に最終リハーサル。基本的にスタッフとのやりとりは私がするけ


ど、ステージ上の感覚は実際に立ってるあなた達にしか分からないんだから昨日の


リハーサルと違ったり、気になったことがあったらどんなに些細なことでも遠慮せず


に言うこと。いいわね?」


「はい」


「は~い」


「はい!」


相変わらず三者三葉の返事をする三人に向かってアキは頷くと話を続ける。


「リハーサルが終わったらここに戻ってきて車内で昼食。で、開場が14時からで


開演は15時。各組の持ち時間がMCとステージを合わせて8分以内だから、21組


中11番目のあなた達の出演順だと出番は予定じゃ16時から16時30分の間ね」


「昨日の説明通り、前半組の中では最後の出番ですね」


ヨミの言葉にアキは「ええ、そうよ」と頷き返す。


「ってかさ~、昨日も言ったけど中途半端な順番だよね。このアカネちゃん様がいる


んだからトップバッターかトリにしてくれればいいのにさ~」


「でもF.I.Fのステージ順は予選人気投票の下の順位から。特別枠は11番目って


いうのが通例ですから仕方ないですよ」


(確かに高天原さんの言う通り、特別枠は毎回11番目。でもフェスの目玉として


選ばれているのだから、大須佐さんの言う通りトリは無理でも盛り上げ役として


一番手になら選ばれてもおかしくはない)


しかし長いフェスの歴史でその例外は一度しかなかった。そしてその一度きりだけ


で、後の特別枠は11番手に固定されたのもヨミは独自に調べて知っていた。


そして、その理由についても大方の予想が出来ていた。


(特別枠は実力を問われず選ばれる。だからこそステージの直後に休憩が入る


11番手……)


仮にパフォーマンスが他よりも大幅に劣り会場の空気を盛り下げてしまったとして


も、休憩を挟むことでリセットできる。後からステージに上がる出場者に迷惑をかけ


ることもなくなる。


それ故の安牌――11番手。


(おそらく幡豊さんはこのことを知っている。それにアイドル事情に詳しい高天原さ


んも。二人がそれを口にしないのは、もし本当のことを知れば私達の士気が下がるか


もしれないと懸念しているから……でしょうね)


事実を秘匿される程度にしか信用されていないと分かっても良い気などしない。


だが、特に気分屋のアカネはこれに反骨して奮起する可能性も高いが、逆にやる気を


無くす可能性もある以上はやはり下手に伝えないのが正解なのであろう。


何より彼女はAmaTerasの命運を握るセンターなのだ。慎重はいくら重ねても


越したことなどない。


「確認は以上よ。何か分からないことがあった人はいる?」


思案を巡らせているうちにアキの説明が終わり、ヨミは他の二人と同じように問題な


い旨を伝えるべく首を縦に振る。


「なら、行きましょうか。AmaTeras出陣よ!」


最後にアキは自身も気合を入れるよう大きく頷くと、会場へ向けて先頭を歩き始め


た。



【続く】

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