第8話 タイムリミット
レッスンスタジオに曲が流れている。
アカネがセンターポジションで。その両翼を務めるヨミとヒカリの二人と共に曲に
合わせ踊り、歌っている。
しかし今日はアキの手拍子によるリズム補助は一切ない。これまで三人の頭と体に
ダンスのリズムを刻み込んできたその両腕は体の前で組まれ、いつにもまして真剣な
眼差しで最後の仕上げを観察していた。
タン!と一糸乱れぬ床を力強く踏み抜く揃った音がし、音楽が止まる。
そのまま武道における残心のように三人は動かずポーズを維持していると、しばしの
静寂の後にパチパチパチと拍手をする音が聞こえてきた。
「うんうん、良いじゃないか。なぁノリ?」
「まぁ……なんとか形にはなったみたいだな」
「後は本番でどこまで練習通りに出来るかですね」
AmaTerasの生みの親であるカネトと育ての親であるノリトとアキはそれぞれ
に感想を口にする。
それを聞いてどうやら合格のラインは越えられたようだとヒカリは大きな安堵の息を
ついた。
「じゃあ今日はここまでにしようか」
「えっ?もう終わりですか?」
今日はまだ今の一曲分だけ通しただけだったのでヒカリが軽く驚きながら言葉を続け
る。
「フェスはもう明後日ですし、時間があるなら少しでも練習したほうが……」
「だから、よ。本番は明後日だけど、明日からは会場でリハーサルがあるし関係者に
も挨拶回りしなくちゃならないの忘れてないわよね?
大袈裟でもなくて本当に明日からはフェスが終わるまで息をついてる暇なんてない
わよ」
「その為に今日はしっかり休んで二日分の鋭気を蓄えておくんだ。いいね?」
「は、はい。分かりました!」
アキとカネトの説明に納得したヒカリは素直に頷く。
「じゃあ明日は午前9時に事務所に集合。アカネは寝坊するんじゃないわよ」
「しないって。ってか、なんでアタシだけ名指しなわけ?」
「この中で唯一寝坊しそうなのがあなただけだからよ。一人暮らしなんだから起こし
てくれる人だっていないでしょ」
「アカネさんって一人暮らししてるんですか!?」
「う、うん……まぁね。そのほうが色々と都合がいいから……」
「いいなぁ~一人暮らし。しかも高校生でしてるなんて尊敬しちゃうなぁ~」
「なんだ。高天原の嬢ちゃんは一人暮らししたいのか?」
「そりゃ一度はしてみたいですよ。親からあれしろこれしろって言われないでいい
し、自分の思った通り自由に過ごせるなんてまさに夢の世界ですよ、夢」
「その代わり料理も掃除も洗濯も全部自分でしなくちゃいけないけどね。
私も最初はヒカリみたく憧れてたけど、すぐに実家のほうが楽で良かったってなった
わよ」
「ええ~。そんな夢のないことを言わないで下さいよ幡豊さ~ん」
「とにかくアタシは寝坊なんてしないし。もし遅刻したらヒカリが土下座するから」
「なんで私が!?」
「まぁ念のため私から全員に確認のモーニングコールをかけるわよ。後は何か今のう
ちに聞いておきたいことはある?」
「私は特に」
「アタシもないかな」
「私も大丈夫です!」
三人の答えを聞いてアキは頷くと、カネトへと顔を向け、
「では社長。最後に締めの言葉をお願いします」
「ん、僕かい?まいったなぁ、そういうのはあまり得意じゃないんだけど」
話を振られたカネトはぽりぽりと後頭部を指でかきながら一歩前へと歩み出る。
「照月くん。大須佐くん。高天原くん。今日まで本当によく頑張ったね。幡豊くんと
ノリもお疲れ様。
けど本番は明後日だ。まだ気を抜くのは早い……と、これは全員分かっているようだ
から言うまでもなかったね。
ボクは用事があるからキミ達のデビューステージを見に行ってあげれないけど心配は
していない。大丈夫。キミ達の努力は必ず結果に繋がるはずだ。
だから臆することなくデビューステージを楽しんできなさい。僕からは以上だ」
「じゃあ一本で締めるか」
「そうだね」
ノリトの提案にカネトは頷くと、胸の前で左右に両手を広げる。
それに倣ってその場にいる全員が自分と同じ構えを取ったのを確認してから、
「それではAmaTerasのデビューステージ成功を願って。よ~~」
パァァァンッ!!
改めてRe:SET芸能プロダクションが一つに団結した拍手がレッスンスタジオに響き
渡った。
【続く】
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