余談 はじめてのさつえい



いつものレッスンスタジオ。しかし今日は少しだけ様子が違っていた。


「じゃあ撮るわよ。3……2……」


三脚に乗せられたハンディカメラの後ろでアキはカウントダウンを始めると、残りの


1と撮影スタートの合図は手の動きだけで示す。


それに合わせ、レンズに映るアカネも動き始めた。


「おっはろ~☆アカネちゃん(様)ねる、はっじっめっるよ~♪


今回はちょっと配信が遅くなっちゃってごめんね~。今日はその理由も含めて、


アカネちゃん様から大切なお知らせがみんなにあっりま~す♪」


配信用のいつも以上にテンション高めになったアカネはカメラに向かってウインクを


すると、


「実は!」


顔がアップになるまでカメラに近づき、


「なんと!」


顔の向きを変えるだけで別のカメラから撮られているかのように表現する。


「このアタシ、大須佐アカネ!」


今度は顔を反転させ、2カメから3カメに映像が切り変わったようにして、


「このたび!アイドルとしてデビューすることが決まりました~~!


わぁ~パチパチ~!」


そして最後は脳内の1カメへと顔を正面へと戻し、ドヤ顔を決めてみせた。


そのまま数秒停止するが、それは恐らくアカネのイメージの中ではここで盛大な祝福


の効果音が編集で加えられると想定したからであろう。


「でもね、ソロでってわけじゃないの。当然この世界の主役であるアカネちゃん様な


ら一人でも余裕でトップアイドルになれるだろうけど、そこはそれ。大人の事情って


いうの?事務所の社長さんにグループでってお願いされたら断れないじゃん?


そういうわけで新たにアカネちゃん様の仲間になる子を紹介するよ~☆ほら、二人と


もおいで~!」


アカネは三人で横に並ぶとちょうどよく画面におさまる位置までさがると、両手を広


げて手招きをする。


すると台本の流れ通り、アカネを中央にして画面左手側からはいつも通りクールな


物腰と足取りでヨミが。逆の右手側からは緊張しまくって手と足の動きがカチコチな


ヒカリが画面にフェードインしてきた。


「まずはアカネちゃん様の新たな仲間その1!この顔を見てピンときた人もいるん


じゃない?でも110番通報はしなくていいからね☆


そう!なんとあの天才子役!照月ヨミだぁ~~!!」


「アカネちゃん(様)ねるをご覧の皆さん、初めまして。只今ご紹介にあずかりまし


た照月ヨミです。このたびは役者としての幅を広げるためにアイドルにも挑戦してみ


ることにしました。何卒よろしくお願いいたします」


「固い!真面目か!企業面接じゃないんだからねこれ!?」


画像映えを意識していつもに増してオーバーにツッコミを入れるアカネであったが、


ヨミは自分のスタイルを決して崩さず、「そうだったわね。ごめんなさい」と微笑ん


だ顔をアカネに向けてみせた。


(照月さん、いつもなら天才子役って言われたらこめかみの辺りがピクッて動くのに


カメラの前だと怒りのオーラすら隠してる……。流石は芸歴2桁の役者……)


人前用の照月ヨミを見事に演じきっている彼女にヒカリが心の底から感心している


と――


「続いてアカネちゃん様の新たな仲間その2は!事務所の社長さん直々にスカウトさ


れた期待の新星!はい!自己紹介いってみよ~!」


「み、皆さんはじめまして!高天原ヒカリでひゅ!!」


噛んだ。


思いっきり噛んだ。


誤魔化せないほど勢いよく噛んだ語尾に一瞬場の時が止まり、台本には無いNGシー


ンを出してしまったヒカリが青ざめさせた顔を錆びた機械のようにギギギ…と音を立


てながらアカネ達へと向けていく。


するとその顔と一連の動きを見届けたアカネは膨らませた頬をプッ!と吹き出し、


「ちょ、ちょっとヒカリ!緊張しすぎ!でひゅって何よでひゅって!あとその顔!


あはは!ヤバイ!ちょーお腹痛い!!」


両腕で腹を抱えながら大爆笑した。よく見るとヨミも顔を横に背けて必死に笑いを


堪えていた。


「だ、だって仕方ないじゃないですか~!私、こういう撮影って初めてなんです


からぁ~!」


「あっ、今のところは絶対カットしないで使ってね」


「えっ!?い、嫌ですよ!撮り直しましょうよ~!」


「ダ~メ。こんな美味しい撮れ高をお蔵入りにするなんてとんでもない。このまま


撮影続行で~す」


「うぅ~……アカネさんの意地悪ぅ~……」


恨めしい目でアカネを下から見上げるヒカリ。


――と、そこで笑いをなんとか抑え込んだヨミは小さく一つ咳払いをし、


「そんなことよりも視聴者の皆様へお伝えするべきことがあったんじゃないか


しら?」


脱線しすぎて台本の修正が難しくなる前にアドリブで本線へと戻した。


「おっとそうだったわね。只今ご紹介しました通り、この大須賀アカネ。照月ヨミ。


高天原ヒカリの三人でアイドルグループを結成することになりました。


その名は――」


『AmaTerasです!』


「今度は噛まずに言えたじゃないヒカリ。よ~しよしよし!偉いぞ~!」


「だ、だからそこをいじるのはもう止めて下さいよぉ~!」


芸を成功させた飼犬を褒めるようにアカネはヒカリを抱き寄せると、その頭をこれで


もかと撫で回した。


「このAmaTerasというグループ名ですが、私達の名前から一文字ずつとって


決まりました。


まず高天原さんの天。私の照月からは照。そして大須佐さんの大を並べると天照大神


の漢字三文字と同じになるのでこれにしようと私達で話し合い、決めました」


「これに気づいた時、なんか運命めいたものを感じたよね。それに天照大神って太陽


の女神様らしいし、キラキラ輝くアイドルにぴったりだと思わない?ね、ヒカリ」


「は、はい。恐れ多くも天照大神は日本の最高神とされるやんごとなき神様ですが、


そのお名前をお借りする以上はその名に恥じないアイドルになれるよう精一杯頑張り


たいです!」


「そんなわけでアタシ達、AmaTerasの配信チャンネルも出来ました!


多分この辺りにURLが出てると思いますので、そちらも是非チャンネル登録をよろ


しくお願いしま~す♪」


アカネが編集でテロップが出るであろうと予測した画面の下を両手で指さし、それに


合わせてヒカリとヨミも同時に同じ方向へと両手の人差し指を向け、「よろしくお願


いします♪」と声を合わせた。


「それじゃ今回はちょっと短いけどこれでお終い。この続きはAmaTerasの


チャンネルでね♪


でもでも♪いつも通りいいねと高評価をお願いしま~す♪じゃあ、まったね~♪」


最後は三人一緒にカメラに向かって可愛らしく両手を振る。


それを十分すぎるほどの時間分撮ってから、


「はいオッケー。それじゃ各自映像チェックして。問題なければ編集に回すから」


アキがカメラを止めて、液晶画面を三人へと向けて今撮った映像を再生する。


「編集は幡豊さんがなさっているのではないのですね」


「ええ。忌部いんべさん……ってヨミはまだ会ったことがなかったわね。


経理を担当している忌部さんが兼業してくれてるの。編集の腕も確かだから安心して


くれていいわよ」


多分これまでのアカネの配信動画もその人が編集してくれていたのだろうとヨミは


察する。


「アタシも会ったことないんだよねぇ、忌部さん。どういう人なんだっけ?」


「どうって言われると……そうねぇ、まぁとにかく個性的な人よ」


「ふぅ~ん……。まぁ今まで編集してもらったアタシの配信動画を見る限りだと


エフェクトのかけ方とか効果音のチョイスと入れ方とか、ホント面白くなるように


上手く合わせてくれるよね。


おかげでこっちも多分こういう編集をしてくれるなって想像できるからやりやすい


し」


と、そこで確認していた映像がちょうどヒカリが意図せず【魅せ場】としてしまった


ところになる。


「うぅ~……やっぱりこの私が噛んだところ、撮り直しませんか……?」


「アカネも言ってたけど、こういう予想外のハプニングって撮れ高として美味しいの


よねぇ。私も台本通り綺麗にやるよりもこっちのほうがヒカリらしさが出てていいと


思うから諦めなさい」


「わ、私らしさってなんですか幡豊さ~ん!」


「そりゃ素人っぽさじゃない?垢ぬけてない子っていうの?なんか応援してあげたく


なる子って人気出るパターン多いし、マジ美味しいポジションだって」


「人気……?私が人気者に……」


アカネの言葉を真に受けたヒカリは大勢のファンに囲まれ喝采を浴びる自分を想像し


たのか、「うへ……うへぇへぇへぇ……」と顔をだらしなく緩ませていく。


それを見逃さなかったアキはキラーン!と鋭く目を光らせ、


「でもヒカリがどうしても嫌だって言うなら撮り直すしかないわよねぇ~」


「えっ!?あっ!い、いえ!やっぱりあのままで大丈夫です!」


(……見事に手のひらの上で転がされてるわね)


アキとアカネにいいように弄ばれているヒカリを横目で見ながらヨミは小さく


嘆息する。


するとそれを別の意味で取ったのか、アキが申し訳なさそうな顔をヨミへと向けて


きた。


「ヨミも協力してくれてありがとう。本当は天才子役なんてフレーズ、使いたく


なかったでしょ?」


「……いえ。確かに不本意ではありますが、私にとってその言葉が何よりも勝る


宣伝効果となるのは間違いではないと理解していますから」


「ほんと、あなたが大人の対応が出来る子で助かるわ」


アキはヨミの言葉に甘えると、言葉を続ける。


「AmaTerasのスタートダッシュを少しでも良くするためにも、ヨミの知名度


とアカネの配信チャンネル登録者への宣伝は必要不可欠。後はどれだけの人が興味を


持って拡散してくれるか、ね」


「うぅ……。なんだか私だけ何も貢献できてなくて申し訳ない気が……」


「ヒカリは仕方ないわよ。まだ個人としてもデビューすらしていないんだから。


逆に考えれば、メンバーの中で唯一謎に包まれているっていうのが武器とも言えるし


ね」


「そうそう。ヒカリはアタシ達と違って、さっきみたく素人さ全開でやればいいの


よ。特に噛んだ直後のやっちゃったぁ……ってあの顔。あれは何度思い出してもマジ


で最高だったって」


「――ぷっ!」


ヨミもそこはツボだったらしく、思い出すと横に顔を背けながら吹き出した口を右手


で押さえつつ、体をぷるぷると震わせた。


「も、もぉ~!照月さんもそんなに笑わないでくださいよぉ~!」


「ご、ごめんなさい……。でもあの顔は演技じゃ絶対にできないと思うと……フ、


フフフ……」


「アタシの予想によるとあそこはめちゃくちゃ編集で弄られるね。


噛んだ瞬間に白黒になった画面が停止してチーン♪って効果音が鳴るパターンと見た


わ。で、ヒカリがあの顔でアタシ達のほうを向く時はアップ&スローモーションに


なってるのにジュース1本賭けるわ」


「そ、そんなの全然アイドルっぽくないですよぉ~~!!」


「はいはい、お喋りもいいけど自分の映り方に問題がないかチェックした?時間は


有限なんだからね。さっさとAmaTerasの配信用の撮影も終わらせて、余った


時間をレッスンに当てるわよ」


「は、はい、すみません。私が噛んだところからもう一度お願いします」


「アタシは最初からもう一回全部見たいからそっちでヨロ~」


「はいはい。次はちゃんと見るのよ」


アキは嘆息しながら動画を再生し直す。


こうしてAmaTerasの初仕事となった自社動画撮影は和気藹々とした空気の


中、順調に撮り終えたのだった。



【続く】

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