第5話 チームAmaTeras 3
「じゃあ曲をかけるぞ」
レッスン着に着替えて歌詞が印刷された用紙を手に持ち、体育座りをしているヒカ
リ、ヨミ、アカネの前でノリトはそう言うと、レッスンスタジオに備えつけられてい
るスピーカーとスマホとを接続し、再生ボタンを押した。
するとスピーカーを通じて室内に曲が流れ出す。
それは今までダンスレッスンで使用してきた曲と同じであったが、今日は一つだけ
違いがあった。
その違い――曲のイントロ部分が終わると歌声がメロディーに重なってくる。
(わ……凄く綺麗な歌声!)
歌詞がすっと自然な感じで頭の中に入ってくる澄み切った女性の歌声。
それに当然だが上手い。その歌唱力の高さから、ヒカリは歌っているのがプロの歌手
なのだろうと推測した。
アイドルソングらしい軽快な曲調に合わせて、歌声も譜面の上で踊り、跳ねていく。
それは最早この歌い手の持ち歌と言われても疑いを抱かないほど完璧に曲と歌詞を
理解し、歌いこなしているからだろうとこれから歌うことになる三人には感じられ
た。
「――とまぁ、こんな感じだな」
「いいじゃんいいじゃん!アタシ、この歌詞めっちゃ好きかも!
旅立ちのワクワク感がこれからデビューするAmaTerasと重なる感じ?
それが曲と凄くマッチしてて、よ~し!頑張るぞ~!って気分になってくる!
ヒカリもそう思わない!?」
「はい!私もアカネさんとまったく同じ感想でした!
歌ってるのがプロの方でそういうふうに聞こえたっていうのもあるんでしょうけど、
とにかく私もとても素敵な曲だと思います!」
「なに言ってるんだ?これを歌ってるのはプロなんかじゃねぇぞ」
「……え?」
「こいつは俺の行きつけのバーで歌ってる歌手志望のやつでな。だが、まだデビュー
も出来てないアマチュアだ。
まぁ実力も贔屓目抜きで見れば、まだいいとこセミプロレベルってとこだな」
「そんな……これだけ上手くてもプロじゃないなんて……」
「そうだな。このレベルでも簡単にデビューできるわけじゃない。
運よくデビュー出来ることになった嬢ちゃん達がこれから立とうとしているのは
そういう場所だってことだ」
「おいおいノリ。あまり高天原くんを脅かさないでくれよ」
ごくりと生唾を呑み込み、自分のレベルの低さを再認識したヒカリを気遣ってカネト
がフォローを入れてくれるが、
「デビューの舞台をF.I.Fなんて鬼設定にしたお前にだけは言われたくねぇな」
「ですよねですよねー。もっと言ってやって下さい春日さん」
ここぞとばかりにアキが乗っかってきた。
「まぁ嬢ちゃん達のレベルはともかく、この曲自体はそこで突っ立ってる社長の
『アイドルのデビュー曲として使えるやつでよろしく』なんて大雑把にもほどが
あるふわっとした発注だったから当たり障りのない出来になっているが、歌詞は
嬢ちゃん達のグループ名であるAmaTeras――太陽の女神に沿うよう書き直し
たつもりだ」
「確かに歌詞の中には輝きといったフレーズを中心に、【光】をイメージさせる言葉
が多く見て取れますね」
ヨミの言葉にノリトは頷き、
「ああ、そうだ。だが俺もまだ嬢ちゃん達のことをよく知らんから、この歌詞が
100%嬢ちゃん達のイメージに合わせられているとは思ってない。
だから気になる部分があったら遠慮なく言ってくれ。一緒にもっと良い曲にしてい
こう」
「へぇ~。なんかさ、意外だよね。作曲家の先生ってもっと気難しい人ってイメージ
があったわ」
「私もです。てっきりこの曲のイメージはこうだからこう歌えって言われると思って
ました」
「確かにそういうタイプもいるが、俺はこっちの想像を超えてくれるのを期待する
タイプでな。俺から指示を出しすぎて雁字搦めにしたらそうはいかなくなるだろ?」
「うへぇ~。それってむしろハードルが高くなってるやつじゃん」
「でもやりがいはあるわ。春日さんの想像を越えられれば、F.I.Fでも間違いなく
通用するはずよ。それに目標があったほうがレッスンにより身が入るわ」
「良い心がけだ。けど、デビュー前のひよっこどもが簡単に俺の想像を越えられると
思うなよ」
そう言うとノリトはヒカリ達に向かって不敵に笑ってみせた。
「……なるほど。大体は分かった」
三人の歌をそれぞれソロで聞き終えたノリトは腕組をしたまま閉じていた目をゆっく
りと開いた。
「まず役者の嬢ちゃん。感情を歌に乗せ過ぎだ。
歌詞を感情で表現する方法は間違ってないが、それじゃオペラかミュージカルに
なっちまう。もう少し抑えろ」
「はい」
「次にギャルの嬢ちゃん。お前さんは逆に何も考えずに歌いすぎだ。
カラオケじゃねぇんだから、ただ点数が高くなるだけの上手い歌い方なんて
いらねぇぞ」
「えー、上手いならそれでいいじゃないですかー」
「それについては後で説明してやる。で――最後に一番ちっこい嬢ちゃん」
「はい……私が一番ダメですよね……。下手くそな伊座敷ナミさんのモノマネで
すみません……」
「なんだ。なんで一番ダメなのか理由まで分かってるじゃねぇか」
「ダンスでも幡豊さんに同じことを言われましたから……」
「分かっているが修正できなかったってことか。そりゃ難儀だな」
ヒカリとナミの関係性はカネトから聞いていた。だからこそ幼少の頃からナミに
憧れ、長い年月の間、愚直なまでにその真似を続けてきた歌い方はもう体に染みつい
てしまっているのだろうということもノリトには簡単に想像がついた。
「なぁ嬢ちゃん。お前さんは歌う時に何を考えて歌ってる?」
「えっ。それは……音程を外さないようにとか、曲とのリズムがずれないようにとか
ですけど……」
「そんなのはいちいち頭で考えなくても出来なくちゃならんレベルだ」
「うぅ……すみません……」
「じゃあ質問の仕方を変えるぞ。お前さん、この曲を歌っている時に楽しめていた
か?」
「そ、それは……」
「どうせ上手く歌わなくちゃとか余計なことばかり考えてそんな余裕なんてなかった
ろ。歌う方がそんなんで、お前さんの歌を聞きに来た観客を楽しませられると思う
か?」
「……………」
「いいか。言霊っていう言葉が大昔からあるくらい、人は言葉に魂が宿ると信じてき
た。それは歌でも同じだ。
だから人は言葉に想いを乗せ、歌にしてきた。この世に歌が生まれてから幾万回と
流行りと廃りが変わろうともそこだけは変わらん。
歌声に魂がこもってなければそれはただの音でしかねぇ。そんなもんでは誰の心にも
響かんから歌が上手いの一言で終わってしまうだけ。俺がギャルの嬢ちゃんに言いた
かったのもそういうことだ」
「じゃあなに?アタシにもこいつみたく大げさな歌い方をしろってこと?」
「半分は当たりで半分は外れだな。俺は言ったよな、やりすぎればオペラやミュージ
カルになってしまうと。だが、お前達が立つのはアイドルのステージだ。客だって
演劇鑑賞に来てるわけじゃねぇ」
そこまで言うと、ノリトはヒカリへと視線を送りながらこの話で最も伝えたかったこ
とを言葉にして紡ぐ。
「アイドルってのは観客を楽しませてナンボだ。だからまずは下手くそでもいいから
自分自身が歌うことを楽しめ。
お前達が楽しめれば、その想いは必ず観客にも伝わる。技術うんぬんを教えるのは
それが出来るようになってからだ。いいな」
「はい」
「は~い」
「はい!!」
三者三葉の返事。特にヒカリが誰よりも力強く返したのを見て、アキはノリトの教え
方に感服しながらも、それは自分が伝えておかなければならなかった言葉でもあると
反省してから切り替えるようにパンと柏手を打った。
「じゃあ今日からはダンスと同時に歌のレッスンもやっていくわよ。春日さんが言っ
たけど、いきなり上手くやろうなんて考えなくていいから。まずは踊りながら歌うと
いうことに慣れていきなさい」
そしてアキが再び曲を流し始め、手拍子によるリズムを作り出す。
その後ろで立ちながら壁に背をよりかけレッスンを観察することにしたノリトの肩
に、隣に並んだカネトはぽんっと手を置いた。
「下手でもいいから楽しめ、か。流石は春日先生。教え方が上手いねぇ」
「茶化すな。大体あの程度ならお前でもアドバイスできただろうが。あと先生は止め
ろ」
「茶化してなんてないさ。迷子になりかけていた高天原くんには特に良い道標になっ
たと思うよ」
それに、とカネトは先程まで自信を失いかけていた表情から一変したヒカリを見つめ
ながら言葉を続ける。
「歌はキミに。それ以外は幡豊くんに全て任せると決めてるからね。
ほら、よく言うだろ?船頭多くして船山に上るってさ」
「そんなこと言って、単にお前が楽をしたいだけだろうが」
「あれ?バレた?」
「何年お前と腐れ縁やってると思ってんだ。お前はほんと大学の頃から人を上手く
使って自分は楽することにかけては天才だったからな」
「はっはっはっ。そんなに褒められると照れるじゃないか、春日先生」
「褒めてねぇから。あと先生は止めろ」
(いい歳したおじさん二人がいちゃいちゃしてる……。このシチュだけでご飯三杯は
いけるわね)
ヒカリ達のレッスンを行いながら背後の会話に聞き耳を立てていたアキは、こっそり
と腐りかけている乙女心をわなわなと震わせていた。
「……で。お前はあの嬢ちゃん達がどこまでやれると踏んでるだ?」
そこでノリトは声の音量を落とすと、声色も正してカネトに問いかける。
「多分、今のキミが思っているのと同じさ」
「だったら――」
「F.I.Fは時期尚早だって言うんだろ?幡豊くんにも同じことを言われたよ。
けど、あの子達は挑戦することを選んだ。
だったらその心意気を応援し、出来る限りの手助けをしてあげるのが僕達の仕事だと
は思わないかい?」
「……カネ。お前、焦っていないか?」
「そんなことはないさ。せっかく手に入れたまたとない好機なんだ。焦って台無しに
するほど僕は愚かではないよ」
「……そうか。ならいい」
言葉ではそう納得してみせたものの、ノリトの懸念は表情から消えていなかった。
だから、もう一言付け加える。
「この事務所を立ち上げた時に言った言葉をもう一度伝えておくぞ」
「ん?」
「あまり背負いこむなよ。彼女のことはお前一人の責任ではないんだ」
「……ああ、分かっている。ありがとう、ノリ」
それ以上の言葉は蛇足であると長年の付き合いで分かっている二人の会話はそこで
終わった。
後は無言で目の前に映る光景を見つめ続ける。
彼らにとって希望の光となり得る可能性を秘めた――三人の少女を。
【続く】
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