第5話 チームAmaTeras
そして――AmaTerasは活動を開始した。
「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン・エイト!
ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン・エイト!」
事務所を構える雑居ビル4階のレッスンスタジオに、規則正しくリズムを刻むアキの
声と手拍子が響き渡る。
そのリズムに合わせて教えられた動きで踊る三人。
ヒカリ、ヨミ、アカネ。それぞれが同じ動きをしているはずなのに、まだ各々が
バラバラに動いているようにしか見えない。
レッスン初日だから当然といえば当然なのだが、だからこそ見えてくる個性をアキは
見逃さないようにチェックしていた。
(この中で一番リズム感が優れているのはヨミね。それに子役時代から共演者に演技
を合わせてきた経験なのか、よく周りが見えていて二人の動きに合わせながら臨機応
変にフォローすることが出来てる。
アカネとの相性の悪ささえ考慮しなければリーダー向きな性格だわ)
まずアキの評価が最も高かったのはヨミであった。
続けて――
(アカネはまだまだ色々と不慣れだけど、勘が良いから飲み込みが早い。
何よりモデルをしているから自分の魅せ方というのをよく分かっているので、見る側
からすれば華が有ると感じられる。
今のところはセンターポジションに一番向きそうなのはこの子でしょうね)
次点でアカネを評価した。
そして――
「はい!次でラスト!しっかり決めなさい!!」
そこからは手拍子のみのリズムで躍らせ、最後は強く手を叩き一際大きな音で締め
た。
「OK!じゃあ2分休憩してから今のところをもう1回、また10分連続でやるわ
よ!」
「うえぇ……休憩たったの2分だけなのぉ?」
「この程度で音を上げてたらライブなんて出来ないわよ。まずは2曲分の時間を歌い
ながら踊り続けてもパフォーマンスが維持できるだけの体力をつけるのが最低ライン
なんだからね」
「ですがF.I.Fで行うのは1曲のみですよね?」
「あらヨミ。あなたはそこが最終目的地のつもりなの?」
「……失言でした」
「の、飲み物ぉ……何か飲まないと死んじゃうよぉ……」
「それとヒカリ、それを飲みながらでいいから聞きなさい」
ヒカリは自分のバッグからスポーツドリンクが入った水筒を取り出し、コップに
移したそれを言われた通り飲みながら器用に頷いてみせる。
「忌憚なく言うけど、今のところあなたが一番下手。ぶっちゃけ二人の足を引っ張っ
てるレベルよ」
「うぅ……すみません……」
自覚はあったのか、アキの言葉をヒカリは肩身を狭くしながら素直に受け入れた。
「別に責めているわけじゃないわよ。まだ初日だし、ヨミにしてもアカネにしても
ぶっちゃけこの程度だろうと私も思っていたし。
ただし、あなたの場合は話が別。下手なのは才能でも練習不足なのが原因ではない
し、問題点を直さなければ永遠にダンスは上手くならないわ」
「えっ……。そ、その原因ってなんですか!?教えて下さい!直せるのならなんでも
しますから!!」
「ん?今、なんでもって言ったわね?」
「は、はい……」
「なら、まずは伊座敷ナミへの憧れを捨てなさい」
「え……?」
「あなたの踊り方を見てすぐに分かったわ。必死にあの人の真似をしようと
しているって。けどね、それは今のあなたでは無理なのよ」
「ど、どうしてですか!?やっぱり私にはナミお姉ちゃんみたいな才能が
ないから――」
「早とちりしないの。言ったでしょ、【今の】あなたでは無理だって」
自分の目標を否定された気になり動揺するヒカリを落ち着かせるように、アキは言葉
を割り込ませるとそのまま説明を続ける。
「簡単に言えば、今のヒカリはプロのダンサーの真似をしようとしている素人だって
こと。プロの技っていうのはね、それを可能にするだけの下地があるからこそ出来る
ものなの。
それは基礎であったり経験であったりと色々だけど、とにかくその下地を作りあげた
上で体に覚え込ませるものであって、頭で覚えただけでは全く同じ動きが出来るもの
ではないわ」
「つまりヒカリがやってるのは伊座敷ナミの下手くそなモノマネってこと?」
「まぁ身も蓋もない言い方をすればそうなるわね」
アカネの例えにアキは苦笑しながら正解を与える。
「上手い人の真似をするのは決して悪いことではないわ。けれどそれはあくまでまず
基礎を完璧に身に付けた上で、どうしてそれが自分には上手く見えるのかを理解して
いればこそなの。
ヒカリ、あなたは伊座敷ナミのダンスがどうしてあそこまで人を惹きつけたのか考え
たことはある?」
「そ、それは……」
言われてみれば、そこまで深く考えたことはなかった。
ナミのダンスだから参考にすれば間違いないと妄信的になり、ただその動きを真似し
ようとしていただけだと気づく。
「あの人のダンスはね、1秒間の動きが全て均等になるように分割されているの。
って言葉だけでは分かりにくいでしょうから例を挙げてみましょうか。
まず直立の状態でまっすぐ地面に向けて垂直に伸ばした腕をそのまま円を描くように
横方向へ広げていき、45度の角度までぴったりまで上げる。
それを1秒ぴったり、コンマ1秒の狂いもなしで。あなた達は出来るかしら?」
「それは流石に……」
「無理でしょ。死ぬほど練習すれば出来るかもしれないけどさ」
「そうね。体内時計は鍛えられるから練習次第ではどうにかなるかもしれないわね。
じゃあ次。今の動きを均等に5分割して、1つ1つが全く同じ時間と距離を保ちなが
ら動かせると思う?」
「いやいや、それこそロボットでもなければ無理でしょ」
「でも伊座敷ナミは出来た。しかも1秒だけでなく、1曲分の時間の動きを全て通し
てね。だからこそ正確無比な彼女のダンスは他のアイドルやダンサーと比べても魅力
的な動きに見えた。
そして、それを可能にするだけの人並外れたフィジカルとテクニック、強靭なメンタ
ルといったものを彼女は全て兼ね備えていた。だからこそあの人は天才と呼ばれたの
よ」
「そんな……ナミお姉ちゃんの動きがそこまで計算されていたものだったなん
て……」
「まぁ普通は気づかないわよ。というかアカネが言っている通り、そんなことが
出来る人間がいるなんてまず考えもしないもの。
本人から教えられたりしない限り、ね」
「――――!」
そこでアキの言葉から何かに気づいたのか、ヒカリがハッとした表情になり、うつむ
かせていた顔を上げる。
「そ、それじゃあ幡豊さんはナミお姉ちゃんからダンスを教わったことがあるんです
か!?」
「私が元アイドルだったっていうのは言ったわよね。その時に所属していた事務所が
あの人……伊座敷ナミと同じ事務所だったのよ。
私はあの人がデビューした後から事務所に入った後輩でね。そういった縁もあって、
一度だけ彼女からダンスを教わったことがあるの。今言った、ナミ先輩がやっていた
動きも含めてね」
「そうだったんですか……」
「で、話を戻すけど、実力が伴わない人がナミ先輩の動きを真似しようするとどうな
るか……。結果は今のヒカリみたいな、まとまりの無いちぐはぐな動きになってしま
うわ。あなたはよくオーディションの実技で落とされていたって言ってたけど、多分
これが原因ね。
素人目には上手く踊っているように見えるかもしれないけど、ダンスに対してプロで
ある審査員からすればあなたのダンスは自分らしさを何も表現できていない上に下手
なモノマネでしかないもの。
ただでさえ今はナミ先輩に憧れてアイドルを目指した子が多いでしょうし、腐るほど
モノマネを見せられてきた審査員からすれば「ああ、この子もか」ってなるから印象
は最悪でしょうしね」
「うぅ……。そういうことはもっと早く知りたかったです……」
「まぁそこは独学でやってきた弊害ね。けど、もうそうじゃない」
そう言うとアキは自信満々に自身の胸を叩き、
「これからは私が徹底的に基礎からダンスのいろはを叩き込んであげる。
ヒカリは伊座敷ナミではない私のことを信じてついてこられる?」
「は、はい!もちろんです!ご指導ご鞭撻よろしくお願いします!!」
――と、そこでセットしてあった休憩終了を知らすタイマーがタイミングよく
鳴った。
「よし、じゃあ続きをやるわよ。それと言っておくけどヨミとアカネも基礎は
全然出来てないからね。今回は時間がないから、まず振付を完全に覚えるのを最優先
にしてから基礎を教えるけど、その為にもまず少しでも早く頭で考えず踊れるように
なりなさい」
「はい」
「了~。んじゃ、いっちょアカネちゃん様の本気ってやつを見せてあげますか」
まだ完全に息が整っていないヨミとアカネの二人であったが、最後にタオルで顔の汗
を拭うと再びレッスンへと戻る。
「じゃあ行くわよ。スリー・ツー・ワン――」
そして再び、アキの手拍子がレッスンスタジオに鳴り響き出した。
【続く】
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