第4話 私達は今日から 4



「うん。それでね、照月さんもアカネさんも写真よりすっごく美人でね。


照月さんはちょっと厳しそうな人だけど根は優しい人みたいだし、アカネさんもとっ


ても気さくで良い人だったし、なんとか一緒にやっていけそうで安心したよぉ~」


ヒカリが事務所から戻ったその夜。


風呂に入り終え、ぽかぽかになった体をベッドの上で横たわせながら電話でイスズに


今日の出来事を報告していた。


「そっかぁ。本当にヒカリちゃんはアイドルになれたんだね。おめでとう」


「うん、ありがとうイスズちゃん。って言ってもまだデビューはしてないから


アイドル(仮)なんだけどね」


「でもデビューは決まったんでしょ?しかもあのF.I.Fでデビューなんて凄いよ!


いいなぁ……私も会場でヒカリちゃんを見たかったなぁ」


「人気のイベントだし、もうチケットは完売しちゃってるもんね……。当日券が


あったとしても多分瞬殺だろうし……」


「大丈夫だよ。配信があるはずだから、そっちで必ず見るね」


「うん、ありがとう。私もイスズちゃんの期待に応えられるように頑張るね。


あっ、それとこの話はまだ公開されてないから……」


「分かってるよ。私のことを信用してくれているからヒカリちゃんが話してくれたん


だって。だから今はまだ私とヒカリちゃんだけの秘密だよね」


「流石はイスズちゃん。以心伝心だね」


「もちろんヒカリちゃんのことだもの。なんでも分かるよ」


「イスズちゃん……」


「ヒカリちゃん……」


ヒカリとイスズは電話越しに互いを見つめ合い、


『ヨシ!』


まるで相手が目の前にいるかのようにハイタッチから立てた人差し指を向け合ういつ


ものやり取りを行い、同時に笑い合った。


「それじゃ私、明日から早起きしなくちゃいけないから今日はもう寝るね」


「そうなの?」


「幡豊さん……あっ、私達のマネージャーになってくれる人からね、デビューまでに


少しでも体力をつけておきなさいって言われたから、これから毎朝ジョギングしよう


と思って」


「へぇ……。やっぱりアイドルになるのって大変なんだね……。うん、それじゃお休


みヒカリちゃん。また明日、学校でね」


「うん、お休みイスズちゃん」


スマホを操作して通話を終えると、そのままヒカリは別のアプリを立ち上げる。


そこには昔、伊座敷ナミと行ったメッセージのやりとりが残されていた。


彼女からの最後のメッセージは5年前――引退が発表されてから数日経って送られて


きた一言。




約束を守れなくてごめんね……




それだけを言い残して、以降は一言も送られて来ていない。


こちらからは何度もメッセージを送ったが、それらは一つも既読にならず、当然返事


もなかった。


それでもヒカリは今日まで毎日欠かさずナミへとメッセージを送り続けてきた。


基本的にはアイドルを目指すために行った練習などの報告。たまにその日食べた美味


しかった物や、欲しいと思った物、気になったこと。それに楽しかったことや辛かっ


たことなど自身のたわいもない近況を送り続けた。


1日でも自分からも連絡を絶ってしまえば、本当にナミとの繋がりが消えてしまう気


がして……


その不安がヒカリをそこまでさせていた。


そして今日――ついにこのメッセージを送ることが出来る。


ヒカリは誤字に気をつけながらメッセージの一文字一文字を大事に打ち込み、最後に


もう一度確認すると深呼吸をしてから送信ボタンを押した。




私、アイドルになれたよ!




そのメッセージが既読にならないのは分かっていても、ヒカリは送信した後の画面を


しばらく眺め続けていた。


すると今日は色々な初体験をして心身共に疲れていたのだろう。いつも寝る時間より


もまだ早いが口から大きな欠伸が出てきた。


イスズにも言った通り、明日からは早く起きなければならない。


なので今日はこのまま眠気に逆らわず寝てしまおう。そう思い、勉強机の上に置いて


ある充電スタンドにスマホをセットして、ちょうどその横に飾ってある写真立てへと


目をやる。


そこにはまだ自分が小さかった頃――入院していた時にナミと一緒に撮った写真が


飾られていた。


この写真の中で真っ白な歯を見せて笑うナミにお休みを言ってから就寝するのが


ヒカリの日課であったが、今日はそれに一言加える。


「ナミお姉ちゃん……。私、やっとここまで来れたよ……。


これからもっと努力して、ナミお姉ちゃんみたいな凄いアイドルになってみせるか


ら……。ナミお姉ちゃんが地球のどこにいたって私の声が届くくらい凄いアイドルに


なってみせるから……。


だから……もう少しだけ待っててね」


そしていつも通りに最後は、「お休み、ナミお姉ちゃん」と締めくくり、部屋の電気


を消して布団の中に潜り込んだ。



【続く】

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