第4話 私達は今日から 3


「AmaTeras……なるほど、太陽の女神か。良い名前じゃないか」


ヒカリ、ヨミ、アカネの三人は意気揚々と事務所へと戻り、決めたグループ名を


カネトに報告すると、まずは却下されなかったことに安堵の息を吐いた。


「でも大丈夫?元ネタのイメージが強すぎると名前負けしてるって言われる可能性が


あるわよ」


「そこは当然、言われぬよう努力は惜しまないつもりです」


「そうそう。むしろアタシ達のほうが有名になって、向こうの方が名前負けしてるっ


て言わせてみせるんだから」


「い、いやぁ……。流石にそれは無理というか最高神である天照大御神に対しても


不敬というか……」


「心意気の話よ。ヒカリってさ、ちょっと真面目すぎるとこがあるわよね」


(あなたが不真面目すぎるだけだと思うけど)


と、左隣に立つアカネへと胸中でボヤくヨミ。


そんな三者三葉の様子を眺めながらカネトは満足気にうんうんと頷き、


「どうやら親睦会のほうも上手くいったみたいだね」


「えっ?社長の目って曇ってるんですか?良い目薬持ってますから貸しましょう


か?」


「酷いなぁ幡豊くんは。よく見てごらん。事務所を出ていく前よりもずっと仲良さそ


うじゃないか」


(そうかな……そうかも……?)


傍目では違いがさほど感じられなかったかったアキであったが、確かに三人――特に


ヨミとアカネが意見を一つにまとめてこられたのは進歩とも言えなくはなかった。


(ヒカリが上手い具合に緩衝材になっているのかしらね)


もしそうなら、これからあの子は苦労人ポジションになるわねとアキは少しだけ同情


した。


「さて、グループ名も無事に決まってやる気に満ち溢れているキミ達に朗報だ。


来月の5日。東京で行われるフレッシュ アイドル フェスティバルのゲスト枠がまだ


空いててね。そこをキミ達、AmaTerasのデビューステージとさせてもらえる


ことがついさっき決まった」


「フ、フレッシュ アイドル フェスティバル!?それってあのフレッシュ アイドル


フェスティバルですか!?」


「知っているの?高天原さん」


「は、はい!フレッシュ アイドル フェスティバル。通称【F.I.F】は毎年開催さ


れている新人アイドルのNo.1を決める大会で、参加条件はデビューした日から


2年以内であることと、前もって行われる公式の人気投票で上位20位以内に入らな


いと出場できないんです。


そして優勝したアイドルの多くはそのままスター街道を歩むことが多いことからも、


新人アイドルの登竜門とも呼ばれてる由緒ある大会なんです!」


そんな大舞台にいきなり出られるという事実がヒカリを興奮させ、語る口も思わず


早くさせた。


「ふ~ん。要するに結構でかいフェスってことなのね。ってか、そんなのになんの


実績もないアタシ達が出られるの?」


「さっきも言った通り、キミ達はゲスト枠。つまり予選である人気投票を勝ち抜いて


出場してくるアイドルとは別枠で選ばれるから人気や実力はあまり関係がないんだ。


まぁ高校野球でいう21世紀枠みたいなものだね」


「要するに社長のコネで私達を捻じ込んていただいた、ということですか」


「身も蓋もない言い方をすればそうなるねぇ」


ヨミの直球な言葉にカネトが苦笑していると、


「……社長。確かにこの子達のお披露目としてはこれ以上ない舞台ですが、私は反対


です」


神妙な顔つきでアキが口を開いた。


「理由を聞いてもいいかい?」


「理由は二つあります。まず、あのフェスで使われる箱は毎年1万人クラス。確かに


観客数だけみればデビューの舞台としては異例の規模で話題にもなるでしょうが、


その観客のほとんどが普段からアイドルを見慣れた、いわゆる目が肥えた層です。


当然、並みのパフォーマンスでは彼らの心には響きませんし、むしろ酷評されて


イメージが悪くなる可能性だってあります」


「なるほど。リスクが高すぎるってことだね。それで、二つ目の理由は?」


「フェスまでの準備期間が短すぎます。大体1ケ月もないのに曲はどうするんです


か」


「曲ならもう作ってあるよ。こんなこともあろうかと、ってね」


そう言うとカネトは自分の机の引き出しを開け、ケースに入ったCDを指の間に挟ん


で取り出すとアキに見せつける。


「ただ、歌詞はグループ名が決まってから少し練り直すって約束だから未完成ではあ


るけどね。とはいえ大筋の歌詞に変更はないからすでに頼んで完成している振付で進


めても問題ないはずだ。


まぁこちらも本来は二人用の振り付けとして発注したものだから、そこは三人用に


するため少し手を加える必要があるけれど」


(……随分と用意がいいわね。もともとヨミとアカネでユニットを組ませるつもり


だったと言っていたから物があるのは当然と言えば当然だけど……)


けれどフェスに参加すると決めたのは恐らく今日――そのきっかけとなったのは間違


いなくヒカリであろう。


予期していなかった彼女の加入がカネトの計画を前倒しさせた。


そう――これは予め準備を進めてきたカネトにとっても想定外なシナリオのはずなの


だ。


(それでも社長が参加を決めた以上は、少なくても勝算があると考えているのでしょ


うけど……)


しかしアキにはその勝算が見えなかった。


「……社長が予め準備を進めていたのは分かりました。けど、やはりどう考えても


本番までに費やせるレッスンの時間が圧倒的に足りないと私は思います」


「ふむ……。幡豊くんはあくまで反対の立場か」


これはカネトにとっても想定外だったのか、困り顔をさせた頭の後ろで腕を組む。


「社長。私からも具申してよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


次に口を開いたヨミへとカネトは顔を向けて頷く。


「私も幡豊さんと同じで、事を性急に進め過ぎていると思います。


確かに他のアイドルの中に埋もれないため話題性の獲得は重要であると理解できます


が、だからこそ万全を期して事に当たるべきではないでしょうか」


「はぁ~やだやだ。そうやって石橋を叩いて渡り続けてきた結果が今のつまらない


自分なんだっていい加減気がつきなさいよね」


「……なんですって?」


横から割って入ってきたアカネの言葉にカチンときたのか、ヨミの表情が険しくな


る。


しかしアカネは彼女から向けられた鋭利な刃物のような視線を軽く受け流すと、


「社長さん。アタシは一人でもそのフェスに出るよ。いちいちリスクを恐れてたら


この業界で成功できるはずがないし、何よりこのアカネちゃん様のアイドルデビュー


となれば当然それなりの舞台じゃないとね」


「AmaTerasはあなただけのグループではないのよ。失敗してあなたのキャリ


アがどうなろうと知ったことではないけど、私と高天原さんにも迷惑がかかる以上は


軽々しい発言は控えてほしいわ」


「だからその初めから失敗するかもしれないっていう考え方が間違ってるって言って


るのよ!」


「間違っているのはあなたのほうでしょう。失敗の可能性がゼロではない限り、常に


考え得る限りの最悪の事態を想定して動くのは当たり前のことよ」


「あ~もう!その優等生発言がイライラする!!なんであんたの頭は漬物石みたく


固いのよ!!」


「脳みそが入っているのかも怪しいくらい軽い頭よりはマシだと思うけど?」


「なんですって!?」


「あわわ……。お、落ち着いてください二人とも!喧嘩はダメですってぇ!!」


「じゃあヒカリはどっちなわけ!?フェスに出るのに賛成!?それとも反対!?」


「わ、私ですか!?」


「確かにまだ高天原くんの意見を聞いていなかったねぇ。ちなみに今のところ賛成と


反対が同票だから……」


わざとらしく途中で切ったカネトの言葉に誘導され、その場にいる全員の視線がヒカ


リへと集まる。


そしてこの状況を楽しんでいるのか笑みを堪えるのを隠せずにいるカネト以外から


の、「どう答えればいいか分かっているわよね?」という三人分の圧を十分すぎるほ


ど含んだ視線を突きつけられ、ヒカリの額からはダラダラと滝のような冷や汗が流れ


始めた。


(もしかして……私がどっちに付くかで決まる……ってことぉ!?)


冗談ではない。そんな重要な決定権を新参者の自分に与えられても困る。


なのでここは中立の立場を取ろう。瞬時にそう考え、


「わ、私はどちらでも……」


「言っておくけど、どっちでもいいは無しだからね」


「おふぅ!!」


しかし逃げ道はアカネに塞がれてしまった。


「で、でも……本当に私はどちらの意見もその通りだと思いますし、だからその……


どちらかだけを選ぶなんて私には……」


「高天原くん」


「は、はい!すみませんすみませんとんだ蝙蝠野郎ですみません!!」


「僕達の意見の中からどれが正解かなんて選ぶ必要はないよ。大事なのはキミがどう


したいかだ」


「私が……ですか……?」


「聞かせてごらん。キミは。高天原ヒカリというアイドルは何を望む?」


「わ、私は……」


自分の答えを待つ全員に向けて、ヒカリは意を決すると重い口を徐々に開いていく。


「フェスに出てみたい……です。幡豊さんや照月さんが言う通り、上手くいかなかっ


た時のリスクが高いというのは分かっているつもりです。けど、こんな大きなステー


ジに出られるチャンスなんてもしかすると二度とないかもしれませんし、だからこ


そ……私は後悔しないほうを選びたいです」


「いいえ、高天原さん。あなたは何も分かっていないわ。


スタートで大きくつまずいてしまうと、挽回する機会すら与えられず取り返しの


つかないことにだってなるかもしれないのよ。それだけ芸能界という世界は初動の


イメージが大切なの」


それは子供の頃から芸能界を生き抜き、生まれては名を残せぬまま消えていった同業


者を数え切れぬほど見てきたヨミだからこそ言える、重みのある言葉であった。


「あなただって念願叶ってアイドルになれたというのに、誰の記憶にも残らないまま


消えていきたくはないでしょう?」


「そ、それは……」


確かにヨミの言う通りであった。


アイドルになり、伊座敷ナミと同じステージに立つ。その約束を果たすためにヒカリ


は今日まで努力を続けてきた。


しかしナミが引退してしまったので約束の半分はもう叶うことはない。


だからヒカリはその約束の代わりに、今は行方が知れずどこにいるのかも分からない


ナミにもアイドルとなった自分の名前が届くくらい有名になろうと決めていた。


もしフェスで上手くいかずヨミの言う通りになってしまえば、それも叶わなくなって


しまうかもしれない。


けれど――


ヒカリは一度目を閉じて、小さく深呼吸をする。


そして思い出す。


心が迷った時。


決意が揺らぎそうになった時。


どうしようもなく不安になった時。


いつも思い出してきた――その言葉と声を。


「大丈夫、ですよ」


ヒカリは開いた両目でヨミの瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、自らにも言い聞かせた言


葉を口にした。


「どんなに絶望的な状況になってしまったとしても、諦めなければ終わりになんてな


りません」


「――――!!」


「私は社長さんにそう教えてもらえました。そして言ってくれました。


私が夢を諦めない限り、一緒に道を作ってくれるって。


だから私は失敗することを恐れたくはありません!道の先が希望と絶望に分かれてい


て絶望のほうの道を歩くことになってしまっても、その道が最後には必ず希望の道に


繋がっているんだって信じて進んでいきたいです!!」


迷いなく、力強く言い切ったヒカリとヨミの視線がぶつかり合う。


互いの譲れない想いを乗せた視線の鍔迫り合いは、我慢比べをするかのようにどちら


も自分から引く様子を見せなかった。


「……綺麗事ね。あなたの言葉は大須佐さんと同じで、根拠のない自信で自分だけは


特別だと思い込んでいるだけ。特別な自分ならば上手くやれると思い込んでいるだけ


でしかないわ」


「そう……かもしれません。でも――」


「――でも」


偶然か。それともヒカリの熱意が呼び起こした必然か。


ヒカリとヨミの言葉が重なる。


言葉の先をヨミに抑えつけられた形になり、ヒカリは自分が紡ごうとしていた言葉を


呑み込むと彼女の言葉を待つことにした。


「諦めない限り終わりにはならないという考えだけは共感できたわ」


そう言うとヨミはヒカリから視線を外し、


「それすら否定してしまったら、今日までの私をも否定してしまうことになるもの


ね」


肩をすくめて小さく嘆息すると、再びヒカリと目を合わせて自嘲するように薄い笑み


を浮かべた。


「照月さん……?それじゃ……」


「やるからには半端は許さないわよ。フェス当日までにやれることは全てやり尽く


す。それまでは自由な時間なんてないと高天原さんも大須佐さんも覚悟しなさい。


いいわね?」


「は、はい!一緒に頑張りましょう!」


「ふん。むしろあんたが足を引っ張るんじゃないわよ」


フェスに向けて考えが一致した三人をカネトは眺めながら満足気にうんうんと頷く


と、チラリと横目でアキを見やり、


「……と、いうように彼女達の気持ちは一つにまとまったようだけど?」


「はぁ……。分かりましたよ。私もやればいいんですよねやれば。


えっと……フェスまでにダンスの振付を再編して、衣装を作って、そこからこの子達


をレッスンする時間を差し引いて……ああ……これは絶対に毎日終電コースだわ……


むしろ泊まり込みもしないと……」


「がんばれ♡がんばれ♡」


「……言っておきますけど、社長にも死ぬ気で手伝ってもらいますからね。一人だけ


高いところから地獄を眺めていられると思わないで下さいよ」


他人事のような軽い応援をしてきたカネトに本気で苛ついたのか、アキは額に青筋を


浮かべながら言う。


それに対してカネトは、「はっはっはっ。もちろん僕だけ楽をしようなんて考えてい


ないさ」とどこまで本気なのか分からない返事を返してきた。


――なにはともあれ。


こうしてRe:SET芸能プロダクションはF.I.Fでのデビュー成功を目標として、一丸


となり動き始めたのであった。



【続く】

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