第4話 私達は今日から 2



「……あんたも苦労してきたのねぇ。ってか、もう一度確認するけど本当にアイドル


やって大丈夫なの?さっきも言ったけど踊りながら歌うって思っている以上にハード


だと思うわよ」


ヒカリの幼少期。ナミとの出会い。そして今ヒカリが何故アイドルを目指しているの


かまで全て聞き終えたアカネは、話の途中で運ばれてきたパスタをフォークで巻いた


り解いたりを繰り返しながら改めて問う。


「確かにまだ発作は治っていませんけど……トリガーになっているのは精神的な


物だって分かって今は上手く付き合えるようになってきましたし、体力的な面での


心配はいりませんからそこは本当に大丈夫です」


「ふ~ん……。まぁ、あんまり無理はするんじゃないわよ」


年上として気遣いを見せてから上品さを感じさせるフォーク使いで残っていたパスタ


を口に運んだ。


「……なるほど。だからあなたはRe:SETうちに入ったのね」


「えっ……?それってどういう意味ですか?」


不意にポツリとヨミの口から零れた言葉の意味が分からず、顔をきょとんとさせる


ヒカリ。


その反応を見てヨミは彼女が何も聞かされていないのだと瞬時に察すると、


「いいえ、なんでもないわ」と濁した言葉と共にコーヒーを飲む込んだ。


そのままヨミもアカネも黙ってしまい、また気まずい雰囲気になってしまう。


「す、すみません……。やっぱり私の話なんて面白くなかったですよね……」


「こちらが聞きたいと申し出たことなのだから、そこは高天原さんが気に病む必要は


ないわ。それにあなたがどうしてアイドルを目指したのか、そして今のあなたを成し


ている物が少し理解できた気がする。


話してくれてありがとう」


「い、いえ!そんなお礼を言われるようなことはしてませんから!」


「それにしても伊座敷ナミかぁ……。確かに凄い人だったわよね。アイドルとしては


もちろん、マルチタレントっていうの?演技力とかもパなかったし、あれだけ人気が


あったのも納得っていうか。


アタシらの世代でも憧れてた子はかなり多かったと思う」


「そうね。あの人とは一度だけ同じ現場になったことがあるけど、天才という言葉は


彼女にこそある言葉だと思ったわ」


「そういえば照月さんはナミお姉ちゃ……ナミさんと同じ映画に出演したことが


あるんですよね?あの、もし良かったらその時のことを聞かせてもらっても……


はっ!?」


そこまでヒカリは言って、ヨミに子役時代のことを語らせるのはNGだとアキから


言われたのを思い出し、慌てて両手で自分の口を塞いだ。


それを見てヨミは小さく嘆息すると、


「別に構わないわよ。今のは自分から言い出したことですし」


「ほ、本当ですか!?」


目を輝かせるヒカリを見て、本当に伊座敷ナミのことが好きなのねと


ヨミは微笑ましく認識した。


「同じ映画に出演したとは言っても、私は伊座敷さんが演じたヒロインの子供時代の


役だったから、基本的に別撮影で同じ現場になったことはさっきも言った通り一度し


かなかったの。


けど、たった一度だけだったけど彼女のことはよく憶えているわ。


向日葵の花みたく見ているだけで明るい気分になれる人で、あの人がいるだけで普段


はピリピリとしている現場の雰囲気が不思議と和らいでいたわ。カリスマ――という


のでしょうね。飾らない自然体の彼女は共演者からもスタッフからも愛され、いざ自


身の撮影となればその圧倒的な輝きで存在感を示した。


天才子役だなんて呼ばれて自分は特別なのだと思い込んでいた当時の私に、それがた


だの自惚れであったと気づかせてくれたわ。


本物の天才とは……本物のスターとはこの人のようなことを言うのだろう、とね」


ヨミはそこまで目を細めながら語り、当時のことを思い返す。


たった一日であったが、実の妹のように優しく接してくれた伊座敷ナミのことを。


彼女との出会いが良い意味でも悪い意味でも自分の役者としての分岐点であったこと


を。


そうしてしばらくの間、感慨に耽ていたヨミであったが……


「あんたがそんな饒舌に語るなんて珍しいじゃない。こりゃ明日は雨でも降るかしら


ね」


アカネの軽口で現実へと引き戻され、ハッと我に返った。


そして未だに期待の視線を自分へと向けているヒカリに対して、


「……ごめんなさい。伊座敷さんの話だったのに私のことまで話す必要はなかったわ


ね」


「い、いいえ!ナミさんのこと、聞けて嬉しかったです!あと……それと……」


ヒカリはバツが悪そうにヨミから視線を逸らす。


「照月さんが天才子役って呼ばれるのを嫌がる理由が少し分かった気がします……。


なのに私、事務所で照月さんの気持ちを考えずに言ってしまって……本当にすみませ


んでした……」


「……いいのよ。知らなかったのだから気に病む必要はないわ」


「そうそう。こいつなんかのためにいちいち気を遣ってたら精神力がいくらあっても


足りないわよ」


「そういうあなたは少しくらい配慮という言葉を覚えたほうがいいと思うけど?」


「はぁ?アタシはめっちゃ気を遣えますけど?ただしあんた以外には、だけど」


そして再び睨み合い、バチバチと火花を散らすヨミとアカネ。


(あれ……?なんだかんだで実はこの二人、仲が良いんんじゃ……)


一周回ってそんな気がしてきたヒカリは苦笑すると、すっかり冷めてしまった自分の


料理を食べ始めた。






「それで。話を戻すけれどグループ名はどうするの?


結局のところ私達に共通点と呼べるような物はなかったようだけど」


ヒカリが食べ終わったのを見計らって、ヨミが本来の目的を二人に思い出させる。


するとアカネは空になったティーカップの持ち手を右手の指で撫でながら、


「なら、後はインスピレーションで決めるしかないわね。はい!じゃあヒカリから


案を出して!」


「えっ!?わ、私ですか!?」


いきなり難題を吹っかけられ慌てるヒカリ。


それでもなんとか良案を捻り出そうと、「えっと……ええっと……」と必死に


考え始め――


「三人組で……アイドルはキラキラ輝くものだから……ス、スリーサンシャイン……


とか……?」


「アタシ、デザート頼もうっと」


「私もコーヒーのお代わりを頼もうかしら」


「ス、スルーしないで下さいよぉぉぉぉぉっっ!!」


言ってみたものの自分でもそれはないなと思ったヒカリは顔を真っ赤にしながら


叫ぶ。


「じゃ、じゃあアカネさんは何か良い名前があるんですか!?」


「アタシは最初からこれしかないって決めてたわよ」


そう言うとアカネは自信満々に豊満な胸を揺らしながら張り、


「ずばり!アカネちゃん様と愉快な仲間達!!」


「却下ね」


「そうですね。却下ですね」


「はぁ!?実際にこの三人での知名度で言ったらその通りでしょうが!?」


「いやぁ……知名度なら照月さんも十分有名人だと思いますけど……」


「今の!現在進行形での知名度よ!アタシはこないだ動画配信チャンネルの


登録者が1万人を超えたんだから!あんた達の登録者数は何人よ!?」


「い、いえ……私は動画配信とかはやっていないので……」


「私もやっていないわ。ただ――」


そこでヨミの目が鋭く光る。


「SNSのフォロワーなら2万人以上いるわ」


「なっ……!?」


思いがけない数字の反撃にアカネが一瞬怯む。


しかしヨミはそこで畳みかけることはせず、


「もっとも、子役時代から使っているアカウントだから当時フォローしたまま放置し


ている人もいるでしょうし、現在の私にまだ興味を持ってくれている人がどのくらい


残っているか正確な人数は分からないけど」


「そ、そうよねぇ!どうせ全盛期だった子役時代のフォロワーが減ってその数なんで


しょ!?だったら今のあんたの人気とは言えないわよねぇ!?」


「否定はしないわ」


それは言われなくてもよく分かっていた。だからヨミも強くは出られなかったのだ。


だが――


「で、でもでも!今の照月さんが好きだからフォローし続けてくれている人だって


いるはずです!だから……その……もっとその数に自信を持っていいと私は思いま


す!」


突然、割って入ってきたヒカリの言葉にヨミは珍しく顔を驚かせると、


やがて己のマイナス思考を自嘲するように静かな笑みを浮かべた。


「……そうね。もし高天原さんの言う通りなら嬉しいわね」


そしてヒカリに対して、「ありがとう」と礼を述べると毅然に戻った顔をアカネへと


向け直し、


「それで。あなたのフォロワー数は何人なのかしら?」


「うっ……。ま、まぁ?こういう数字なんて目安の一つでしかないわけだし?こんな


のでマウントを取ろうとするなんてどうかとアタシは思うなぁ~」


(逃げた……)


(逃げたわね……)


下手くそな口笛を吹いて自身の発言を誤魔化そうとしているアカネをジト目で見る


ヒカリとヨミ。その二つの視線に耐えかねたのか、


「な、ならあんたも何か案を出しなさいよ!」


逆切れしながらヨミに向かって言う。


「そうね……。よくあるパターンとしてはメンバーの名前を混ぜるというのがある


けど」


そう言うとヨミは、左手の人差し指でテーブルの上に文字を書くようになぞりながら


言葉を続ける。


「照・大・高……照・須・高……照・佐・高……照・大・天……」


そうやって、それぞれの苗字から一文字ずつ取った文字を順にずらしていく。


「えっ?まさかそれ全部の組み合わせを試すつもり?何パターンあるのよ」


「なら私達も一緒にやりませんか?被らないように自分の名前を先頭にして」


ヒカリの提案にアカネは「仕方ないわね……」と渋りつつも同じように組み合わせの


パズルを始めた。


そして、しばらくして――


「高・月・佐……天・照・大…………天照大……? ――!アマテラス!!」


自分の名前を先頭にして組み合わせていたヒカリが何かに気づきその言葉を発する


と、ヨミとアカネも作業を中断して同時に顔を上げた。


「ヒカリ、今なんか格好いい響きの言葉言わなかった?」


「はい!あのですね、私の高天原から【天】と、照月さんの【照】と、アカネさんの


大須佐の【大】を並べると天照大……二文字足りませんけど、天照大御神あまてらすおおみかみになるんで


す!」


「天照大御神……確か日本神話に出てくる神様の名前だったかしら?」


「はい。太陽を神格化した女神様で、日本人の総氏神として崇められている神様で


す」


「へぇ~。ヒカリって物知りなのね」


「えへへ……入院中は本ばっかり読んでましたから。その時に両親が買ってきてくれ


た日本神話の歴史漫画にこの名前が載っていたのを覚えてたんです」


今になって思えば日本神話なんて子供が読んでも面白い物ではないのだが、それが


子供向けの学習漫画であったことと、入院中に世話をしてもらっていた看護師のカオ


ルが伊勢の出身で天照大御神について詳しく、かなり嚙み砕いて教えてもらえたのも


知識として吸収できたことに大きく影響していた。


「アマテラス……アマテラスかぁ。うん、やっぱアタシこの言葉の響き好きだわ」


「少し調べてみたけど同じ名前のアイドルはいないみたいだし、名前被りの心配も


なさそうね」


「じゃあ、これで決まりですか?」


「後は表記をどうするかが問題ね。漢字だと元ネタのイメージが強すぎるでしょう


し、そうなると平仮名か片仮名、あとは外国の文字といったところになるけど、二人


はどれにすればいいと思うかしら?」


「アタシはアルファベットがいいと思うわ。で、頭文字とここを大文字にして……」


アカネが自分のスマホに打ち込んだ文字をヒカリとヨミは覗き込み、


「あっ!それすごく良いです!」


「なら決まりね。私達は今日から――」


そこに書かれた文字を三人で同時に読み上げる。


『AmaTeras!!』



【続く】

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