第4話 私達は今日から



事務所を出たヒカリ、ヨミ、アカネの三人は近所のファミレスへと訪れていた。


「ヒカリは何を食べる?」


「わ、私は……えっと……ど、どうしよう。どれも美味しそうだし……」


四人掛けのテーブル席の窓側に座ったアカネが隣に座るヒカリに聞くと、


メニューが表示されたタブレットを覗き込んできて睨めっこを始める。


「アタシは山菜のパスタにしよっと。あとドリンクバーもっと」


「あっ、それ美味しそうですよね!でもハンバーグも食べたい気分だしぃ……」


「なら両方頼めばいいじゃん。どうせ社長さんの奢りなんだし」


「そ、そんなに食べたら太っちゃいますよぉ!これからはアイドルとしてやっていく


んですから、体重管理は今まで以上に気をつけないとですし……」


「……そろそろ決めてもらえないかしら」


と、テーブルを挟んだ向かいの席に手持ちぶさたで一人座っているヨミに急かされ


る。


「す、すみません!じゃ、じゃあ私はハンバーグドリアとドリンクバーで!」


「結局カロリーが重いの頼んでるじゃん」


「太るわよ」


「おふぅ!!」


先輩二人から遠慮のない言葉の矢で貫かれ、ヒカリは「だ、大丈夫です……。今日は


駅から家まで走って帰りますから……」と声を震わせながらタブレットをヨミに差し


出した。


するとヨミは予め注文を決めていたらしく、手早く入力を終えるとタブレットを元の


位置に戻す。


「照月さんは何を頼んだんですか?」


「ホットのコーヒーよ」


「え?それだけですか?」


「ええ。誰かに見られながら食事をするのは好きじゃないの」


「そ、そうなんですか……」


「ヤダヤダ、お高く留まっちゃってさぁ。少しは自分から歩み寄ろうって気はない


の?」


「事務所でも言ったけど、私は自分の為にならないと思ったらすぐにでもアイドル活


動を辞めるつもりでいるわ。だから必要以上にあなた達とも慣れ合う気はないの」


「そ、そんな!せっかく一緒のグループでやっていくことになったんですし仲良く


頑張りましょうよ!」


「無駄よ、ヒカリ。こいつはそういう奴なの。いつだって自分が一番大事。子役時代


の時みたくもてはやされたくて、役者として返り咲く為には他人のことなんてどうで


もいいのよ」


「ええ、そうよ。その為にも今の私には他人に構っている余裕なんてないもの。


でもそれは大須佐さん、あなたも同じじゃないのかしら?」


「……どういう意味よ」


「別に。私の思い違いだと言うのならそれでいいわ」


「…………………」


「…………………」


「あ、あの!わ、私!飲み物を取ってきますね!」


すまし顔のヨミとそれを睨みつけるアカネ。そんな一触即発の空気に耐えかねたヒカ


リがわざと明るい声を出しながら立ち上がる。


「大須佐さんは何を飲みます!?私、一緒に淹れてきますよ!」


「……ありがと。じゃあ紅茶のダージリンをお願い。何も入れないでストレートの


ままでいいわ」


「はい!畏まりました!」


「あっ、それとヒカリ」


今すぐこの場を離れたかったのか、足早にドリンクバーのコーナーへと向かおうとす


るヒカリをアカネは呼び止め、


「アタシのことはアカネでいいよ。歳だって一つしか違わないんだから、無理に畏ま


ろうとしなくていいから」


「は、はい。分かりました。でも……」


ヒカリは途中で言葉を濁すと、ヨミのほうをチラリと見る。


視線には気づいているはずだが、正面を向いたまま目を閉じておりこちらを見ようと


もしない。


(うぅ……照月さんはそういう上下関係には特に厳しそうだしなぁ……)


完全に考え方が全く違う先輩二人の間で板挟みになってしまったとヒカリはアカネの


言う通りにしていいものか迷っていると、


「……別に私のことは気にする必要はないわ」


「え……?」


困っていたヒカリに助け船を出してきたのは意外にもヨミのほうからであった。


「あなた達二人で仲良くするのにわざわざ私の許可を得る必要はないでしょ。


だから好きにすればいいわ。私があなた達に干渉してほしくないと思っているよう


に、あなた達も私から干渉されたくなんてないでしょう?」


「で、でもそれだと照月さんだけ他人行儀な呼び方になってしまいますし…」


「実際、他人でしょ」


「うっ……」


「そいつがそれでいいって言ってるんだからそうすればいいのよ。それとも何?アタ


シが名前で呼んでいいって言ってるのに、そいつに合わせて苗字で呼ぶわけ?」


「ううぅぅ……」


(圧が……!両面からの圧が強い!!)


まるで分厚い鉄の壁で左右からプレスされているよう気分になり、本当にこのまま


ぺしゃんこに圧し潰されてしまいそうだとヒカリは思った。


だからそうなる前に――


「わ、分かりました。照月さん……アカネさん……。と、とりあえず私、飲み物を


取ってきますね!」


どちらにも角が立たない、いかにも日本人らしい安牌の切り方をしてその場から逃げ


出した。






「お、お待たせしました……。アカネさん、これ紅茶です」


「ん、ありがと」


「照月さん、ミルクとシロップを持ってきましたけど使いますか……?」


「いいえ、結構よ。気持ちだけありがたく頂いておくわ」


「そ、そうですか……」


「………………………」


「………………………」


「………………………」


(お、重い……!空気が重いよぉ……!!)


ヒカリが少し時間を置いて席に戻ると、空気は最悪のまま……というかむしろ悪化し


ていた。


(幡豊さんも言ってたけど、この二人……本当に仲が良くないんだなぁ……)


まるで水と油。犬と猿。何がそこまで二人を反発させ合うのかヒカリには分からなか


ったが、馬が合わないというのはまさにこの二人のようなことを言うのであろうと


学ぶことは出来た。


「そ、それよりお料理遅いですね!私、お腹空いてきちゃいましたよ!」


「ん~。お昼時で混んでいるし、提供まで時間がかかってるんじゃない?」


「それより、こうやってただ待っているのも時間の無駄でしかないし、社長に言われ


ていたグループ名を今のうちに決めてしまわないかしら?」


「あっ!そういえば私達で決められるんですよね!?お二人はもう何か考えていたり


するんですか?」


「待った、ヒカリ」


ヨミから提案された話題のビッグウェーブに乗るしかないと全力でパドリングしてい


たヒカリのサーフボードをアカネが掴んできた。


まさかまたヨミに反発するのではないかとヒカリが嫌な予感を感じていると――


「その前にまずは自己紹介をしましょうよ」


「自己紹介なら事務所でしたでしょ」


「それは名前を教え合っただけじゃない。アタシは別にあんたのことはどうでもいい


けど、ヒカリのことをもう少し知っておきたいし、ヒカリだってアタシ達がどういう


人間か知っておいたほうが今後も何かとやりやすいでしょ?」


「そ、それはまぁ……そうかもしれないですけど……。あ、あと三人の共通点とか


見つかれば、グループ名を決めるのにも役立つ……かも……?」


ヒカリはヨミの顔色を窺いながら慎重に言葉を選んでいく。


それが功を奏したのかはこれっぽっちも分からなかったが、


「……そうね。一理あるわ」


ヨミは納得してみせた。


「それで。誰からするの?」


「言いだしっぺだしアタシからするわよ」


アカネは小さく挙手すると、コホンと一つ咳払いをしてから話し始めた。


「アタシの名前は大須佐アカネ。これは本名で、そのまま芸名として使っているわ。


誕生日は7月30日。歳は16歳。東京にある八坂女学院やさかじょがくいんってとこに通ってて今は


高二。


趣味はサイクリングで、高校にも事務所にも愛車のクロスバイクで通ってるわ。


好きな食べ物は筑前煮で嫌いな食べ物は白菜。野菜であれだけはなんでか苦手なの


よね」


「あっ、私もお野菜は嫌いじゃないんですけど、にんじんだけは昔から苦手です」


「へぇ~。じゃあヒカリとは特定の野菜嫌い仲間ね」


「照月さんは何か苦手な食べ物ってありますか?」


「私?そうね……海老、かしら」


「そこは野菜にしときなさいよ。ホント空気が読めないわね、あんたは」


「どうして私の嫌いな物をあなた達と同じジャンルで合わせないといけないのかし


ら?」


「ま、まぁまぁ……。それより話の腰を折ってしまってすみませんでした」


「別に構わないわよ。それでどこまで話したっけ?」


ああ、苦手な食べ物までかとアカネは一人で解決すると、自己紹介を続ける。


「後はそうねぇ……。事務所に入ったのは1年くらい前で、お兄さ……兄のつてで


ファッションショーのモデルのバイトをしてたんだけど、その会場にたまたま来てた


社長さんにスカウトされたのがきっかけだったわね」


そこで一通り話し終えたのか、アカネは紅茶を口に運び、乾いた喉を潤す。


「アタシに関してはざっとこんなものかしらね、他に何か聞きたいことはある?」


「あっ、じゃあ私から質問してもいいですか?」


挙手するヒカリに対してアカネは、「どうぞ」と許可を出した。


「アカネさんは写真撮影のほうのモデルもしているんですよね。それってやっぱり、


普段から体型の維持をしたりとか大変なんですか?」


「ん~~。アタシは太りにくい体質だから体重に関しては苦労した記憶はないのよ


ね。まぁ流石に撮影前は写りが良く見えるように調節したりするけど、そこまで大変


だと思ったことはないわね」


「太りにくい体質……羨ましい……」


恐らくその理由であろう過剰な栄養をたっぷり吸収した二つの丸い山を凝視しながら


ヒカリが呟くと、「言っておくけど女性同士でもセクハラは適用されるからね」と


アカネに釘を刺され我に返った。


「で、それ以外にまだ質問はある?」


「い、いえ。私は特に思いつきませんから大丈夫です」


「私も特にないわ」


「あっそ。じゃあ次はどっちがやる」


アカネに言われてヒカリとヨミは同時に互いの顔を見る。


「あっ……わ、私はどちらでも構いませんので照月さんにお任せします……」


「そう。なら私が先に済ますわね」


そう言うとヨミは顔を正面へ向き直し、静かに目を閉じる。


「照月ヨミ。


本名と芸名は同じ。


2月11日生まれ。16歳。


今熊いまくま芸術学園、芸能科に在籍。二年生。


趣味は演劇鑑賞。


好みの食べ物は蜜柑。苦手な物はさっき言ったから割愛。


三年前にそれまで所属していた事務所を退社して以後はフリーとして活動。


その時に八意社長に誘われて今の事務所と契約」


まるでニュースキャスターが原稿を読み上げるように淡々と自身のことを箇条書きで


語っていたヨミの言葉がそこでピタリと止まった。


そして閉じた時と同じようにゆっくりと目を開いていくと、コーヒーを口に運んだ。


「………………………」


「………………………」


「………………………」


「もしかしてそれで終わりなわけ?」


「あなたと同じ項目は全て話したと思うけど。それともまだ何か聞きたいことがある


のかしら?」


「べっつに~」


「高天原さんは?」


「わ、私も……特に思いつかないので大丈夫です……」


正直に言えばヨミが前の事務所を辞めた理由が気になっていたが、学校でカグラが


言っていたような理由であったとしたら間違いなく地雷原へと突っ込むことになるの


で好奇心は胸の奥底で押し殺した。


「じゃあ最後はヒカリね」


「は、はい!頑張って自己紹介します!」


ヒカリは顔の前で両拳を握り気合を入れると、一つ大きく深呼吸をする。


「高天原ヒカリ、9月4日生まれの乙女座で15歳です!


今年から高校生になりまして、横浜駅から電車で三駅の鶴川女学院つるかわじょがくいんに通っています!」


「おっ、元気があっていいわね。やっぱり若い子はそうじゃないと」


(……歳は一つしか違わないと言ったのは自分でしょうに)


面倒なのでアカネにツッコミを入れるのは胸中に留め、代わりに続きを言おうとして


いたヒカリに向かってヨミは言う。


「高天原さん。そんなに声は張らなくてもいいわ。店内だし、他のお客さんの迷惑に


なるでしょう?」


「あっ……。すっ、すみません!」


確かに目立ってしまっていたのか店内のあちこちから視線を感じ、ヒカリは顔を


真っ赤にさせると、コホンと小さく咳払いをしてからボリュームを下げて続ける。


「趣味はアイドルのライブを見ることとカラオケで、食べ物は特にイチゴが大好き


です。逆に苦手な食べ物は先程も言いましたがにんじんと、味が薄い料理も入院中の


ことを思い出してしまうのであまり好きではありません」


「ん……?入院中?」


「あっ。私、小さかった頃は体が弱くてよく入院させられてたんです」


「え?それ大丈夫なの……?アイドルって結構ハードなダンスとかするでしょ?」


「今はもう普通に運動もできますしご心配ご無用です。まぁ体力は人よりちょっと


無いかもしれませんけど……」


「ふ~ん……」


本人がそう言うのであればとアカネはそれ以上のことは聞かず、代わりに


「それで?」と続きを促した。


「えっと……アイドルになるのは小さい頃からの夢で、大切な人との約束でもあった


ので、今回こうしてアイドルになれたのが本当に嬉しくてたまりません」


「大切な人との約束って?もしかして男?」


「ち、違いますよ!私、そういう関係の人は今までいたこともありませんし!」


アカネに向かってブンブンと両手を振って否定するヒカリ。


「ナミお姉ちゃん……。伊座敷ナミさんと約束したんです。二人でアイドルになっ


て、同じステージに立とうって……」


「伊座敷ナミ……って、あの伊座敷ナミ!?えっ!?ヒカリ、あの人と知り合いな


の!?」


「多分……その伊座敷ナミさんだと思います」


思いもよらぬビッグネームとの繋がりに仰天するアカネに対し、ヒカリは苦笑しなが


ら返す。


「……高天原さん。その約束というの、差し支えが無ければ聞かせてもらっても構わ


ないかしら?」


――と。ヨミもまた興味を持ったのかそう問うてきたので、ヒカリは苦笑させたまま


の顔を頷かせ、


「でも、聞いても面白い話じゃないと思いますよ?」


公園でカネトにしたのと同じ前置きを挟んでから、もう一度自分がアイドルを目指す


ことになった理由を二人に向けて語りだした。



【続く】

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