第3話 二人の先輩 2



「……一体どういうつもりですか?」


ヒカリ、ヨミ、アカネの三人がカネトに言われるまま事務所から出て行ったのを確認


してから、アキは不満気に口を開いた。


「ん?何がだい?」


「あの子達にアイドルグループを組ませたことです。アカネはともかく、ヨミは一つ


間違えればここを辞めると言い出したかもしれないんですよ?」


「ああ、それはないと確信していたから大丈夫」


「……どうしてそう言い切れるんですか?」


「あの子は大人で賢いからさ」


そう言うとカネトは頭の後ろで腕を組み、椅子の背もたれに体を預ける。


「彼女は自分は人から言われてきたように天才などではないと、とっくに気づいて


いるだろうね。だからそう呼ばれるのを嫌う。


そして、そうでないのならばどうすればいいか。その答えを彼女はまだ見つけられて


いない。


となれば仮にうちを辞めてフリーに戻ったとしてもどうなるか想像できるだろうし、


その道が彼女の目的から遠ざかってしまうってことも分かっているはずさ」


「あの子の目的……。もう一度、役者として返り咲くことですよね……」


「ああ、そうさ。彼女にとって絶対に果たさなければならない目的。それを成すため


の利があれば彼女はなんだってするだろうさ。それこそアイドルだろうとね」


「つまり、ヨミはアイドルとして活動をすることで行き詰っている役者業に何かしら


光明を得られるのではと考えて自分を納得させる……と。


そこまであの子が考えてこの件を了承すると社長は読んでいたんですか?」


「だから言っただろう。彼女は大人で賢い、ってね」


「………………」


それはある意味でヨミのことをよく理解し、信用しているからこそ出来た予測とも


言えた。


だが――


「僕が照月くんの望みを利用したのが不満かい?」


「……いえ。あの子が今のままでは役者として返り咲くのは厳しいと感じて悩んで


いたのは事実ですし、それに気づきながら適切な道を示してあげられなかった私に


こそ責任はあります。ですので社長の考えに異を唱える権利はありません」


でも……とアキは言葉を紡ぐ。


「どうしてアイドルなんですか?社長なら人脈を使い、ヨミを役者のままステップア


ップさせてあげることだって出来たはずです」


「まぁ、今よりも良い役を取ってきたりは出来たかもしれないねぇ。そこは否定しな


いよ」


「だったら――」


「――けど、それじゃダメなんだよ」


カネトはアキの言葉に被せて遮ると、Yシャツの胸ポケットから取り出した煙草に


火を点ける。


「確かに昔みたく大役を演じられれば彼女の自信にはなるだろう。けど、それが僕の


力を借りてじゃダメなんだ。役も自信も、彼女が役者として成長し、自分の力で勝ち


取らなくては意味がないんだよ。


力量に見合わない、人から与えられただけの役をただ演じてもメッキはすぐに


剥がれる。そんな一時的な栄光では彼女の本当の目的は果たせないし、ならば


彼女自身だって望まないだろう。


だからこそ今日までどうすれば自身の殻を破れるのかと苦悩し、僕が取ってくる仕事


に対しても不満一つ言わずこなしてきたのだろうからね」


そこまで言って、携帯灰皿に一度灰を落とす。


「それに照月くんと大須佐くんにアイドル活動をさせる案は以前から考えてはいたん


だ。二人とも本業以外の活動をすることで自分の新たな可能性に気づければ、広げ、


成長することが出来る。


もっとも、高天原くんというきっかけがあったから計画が早まったのは事実だけど


ね」


「……社長の考えは分かりました。ですが、最後に一つだけ聞かせて下さい」


「なんだい?」


「あの三人をアイドルとして活動させるのは、社長――あなた自身の目的を果たすた


めでもありますよね?」


「……相変わらず勘が鋭いねぇ、キミは」


驚きの言葉を発しつつもカネトは表情一つ変えぬまま煙草の煙を吐き出し、言葉を


続ける。


「確かにその通りだよ。【彼女】が果たせなかった夢をボクが叶える。それが


【彼女】との約束であり、僕がしなければならない贖罪さ。


その為に僕はあの子達を利用する。あの子達にも僕を利用してもらう」


「……あなたにとって都合の良い駒として、ですか」


「結果的にはそうなってしまうかもね。僕は僕で自分の目的を果たすことこそが


最優先なのだから。


けど、だからといってあの子達を蔑ろにしようとは思ってはいないよ。


あくまで僕達は対等に。WIN―WINの関係でそれぞれの目的を果たせればと


思っている」


「私にそれを信じろと?」


「信じられなくてもいいさ。僕の行動があの子達の為にならないと判断したら、


その時は僕を見捨ててあの子達と一緒にここを出て行けばいい。その為にキミが


いてくれるのだから」


「…………………」


「…………………」


二人はしばらくの間、探り合うように無言のまま互いの目を見つめ合う。


――やがて。


「……分かりました。とりあえずは信じますよ、社長のこと」


やれやれと肩をすくめながら先に口を開いたのはアキであった。


「ありがとう、幡豊くん」


「それはそうと」


突然アキは口調を強めると、カネトが火を消している煙草をビシィ!と指さし、


「事務所内は禁煙って決めましたよね!」


「あっ、はい。ごめんなさい……」


いつものパワーバランスに戻ったカネトは平謝りすると、大急ぎで事務所の窓を


開けに席を立った。



【続く】

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