第2話 Re:SET芸能プロダクション



「ええええええええええええぇぇぇぇ!?


ヒカリちゃん、スカウトされたのおおおおぉぉぉぉぉ!?」


「しいいいぃぃぃ―――――――――!!


イスズちゃん!声が大きいってばああああぁぁぁぁぁ!!」


翌日、学校の教室。ホームルーム前。


ヒカリはイスズと一緒に登校してから昨日の出来事を打ち明けると、隣のクラスまで


聞こえそうな驚きの声を上げてしまったので、ヒカリは慌ててその口を両手で塞いで


から咎めた。


恐る恐る周囲の様子を伺うと案の定、自分達へとクラスメイトの視線が集まってい


た。


しかしイスズの声が大きすぎたのが逆に幸いしたのか、彼女の大声に驚きすぎて何を


言ったかまでは聞き取れてはいないようであった。


その証拠にヒカリが「あ、あはは……」と誤魔化しの笑みを作っていると、すぐに


興味を失って一人また一人とこちらへ向けていた顔を元あった方向へと戻していっ


た。


(はぁ……なんとかバレずに済んだみたい……)


クラスメイトとの人間関係が構築されるまではあまり目立たず平穏な学校生活を


送りたいと思っているヒカリは、その望みが首の皮一枚でなんとか繋がったようだと


安堵の息を吐く。


「なになに?ヒカリン、スカウトされたの?」


「おふうぅ!!」


と思っていたら一瞬で終わった。


今の声の主であるカグラが盛大に吹き出したヒカリの席に歩み寄って来ると、それに


合わせて再びクラス中の視線が自分へと集まってくる。


「え?スカウトってなに?」


「ほら、あの子……。自己紹介でアイドルになりたいって言ってた……」


「じゃあ本当にアイドルとしてスカウトされたってこと!?」


ひそひそと遠巻きに聞こえる会話が羞恥プレイとなり、ヒカリの顔を耳まで真っ赤に


染め上げていく。


これから何千、何万というファンの前に立つアイドルになろうとしてるくせにあるま


じき恥ずかしがり屋な性格であったが、こればっかりは簡単に克服できるものではな


かった。


とりあえずヒカリはすぐ傍まで来たカグラに対して、水平に寝かせた両手を上から


下へ移動させてその場にしゃがむように促すと、さらに無言のままイスズにも手招き


をして顔を近づけさせた。


「ご、ごめんねヒカリちゃん……。私が大声を出したせいで……」


「ううん、そもそもこんな人の多い場所で話しちゃった私が悪いんだし……」


「それでそれで?ヒカリン、どこの誰からスカウトされたの?」


「う、うん……。昨日ね、近所の公園にいたらこの人に……」


発作のことまで話すとイスズが心配してしまうので端折り、ヒカリは通学鞄の中で


クリアファイルに入れて大切にしまっておいた名刺を机の上に置いた。


それをイスズとカグラの二人は同時に覗き込み、


「ええっと……Re:SET芸能プロダクション……代表取締役、八意カネト……」


「おお~。社長さんから直接スカウトされるなんて、ヒカリンやるねぇ~!」


「でも、聞いたことない芸能事務所かも……」


「うん……実は私も。だから昨日ネットで調べてみたんだけど、あまり大きくない


事務所みたいなの」


そう言うとヒカリはスマホを操作して表示させた画面を名刺の隣に並べた。


それを二人はまた同時に覗き込む。


「あっ、ホームページがあるんだね。……って当たり前か」


「ふむふむ……所属タレントは二人だけかぁ。確かに小さい事務所みたいだねぇ」


カグラが机の上に置かれたスマホを操作して、さらに詳しく調べていく。


「じゃあまずはこっちの人から見てみよー。


一人目は大須佐おおすさアカネ、16歳。モデルさんっと」


「凄い綺麗な人だね……ってモデルなんだから当たり前か。うぅ……私、さっきから


当たり前のことしか言えてないよぉ……」


「あはは……。でも、私も最初はイスズちゃんと同じことを思ったよ。


私達と1歳しか違わないのに、凄く大人びて見える素敵な人だなぁと思ったもん」


ヒカリはフォローしながら、「それでもう一人の人なんだけど……」とカグラに次へ


移るよう促す。


「ではではエントリーナンバー2番!デデン!照月てるつきヨミ!


おっ、この人もあーし達の一個上だね」


「モデルさんの次は役者さんかぁ。……あれ……?役者で照月ヨミって確か……」


「知ってるの?イスズちゃん?」


「知ってるも何も超有名人だよヒカリちゃん!?天才子役の照月ヨミ!!


ヒカリちゃんが大好きな伊佐敷ナミさんが出演してた映画、『銀河の中心でAIが


叫ぶ』にも出てたじゃない!」


「えっ……そ、そうだっけ?ナミお姉ちゃんの出てるシーンなら全部憶えてるんだけ


どなぁ……」


ヒカリは必死に思い出そうとするが、それよりも早く――


「照月ヨミ……照月ヨミ……。あ~、あーしが小学生の頃にテレビでよく見たあの子


かぁ~。お魚体操、よく真似して踊ったな~」


そう言うとカグラは急に立ち上がり、当時の記憶を思い出しながら「確かこうだっ


け?」と踊り出す。


「あはは!そういえばそういうのもあったね!カグラちゃん上手~!」


「あっ!それなら私も憶えてる!お魚お魚お魚~♪煮ても焼いてもそのままでも


美味しい~♪ってやつだよね!」


共通の懐かしい思い出で盛り上がる同年代あるあるで花を咲かせていると、またも


自分達へと集まってしまっているクラス中の視線に気づいたヒカリはハッと我に


返り、まだ踊り続けているカグラの制服の端を掴んでしゃがむように促した。


「と、とにかく……。そんなに有名な役者さんが所属してるなら、ちゃんとした


事務所なのかな……」


「でもさ、最近は全然テレビで見なくない?この人」


「出てるには出てるみたいだよ。ただ昔みたく主役級じゃなくて端役ばかりみたい」


だから印象に残らないのかも、と自分のスマホで照月ヨミの出演作を調べてみたイス


ズは分析して、


「あと、今の事務所には2年前に移籍したみたいだね。


子役時代は有名な大手芸能事務所に所属してて、3年前に退所。その後はフリーで


少し活動してからこのRe:SETってところに入ったみたい」


「へぇ~……。でも、どうして事務所を代えたんだろ?」


「そりゃ売れなくなったからクビになったんじゃないの?ちょうどテレビで見なくな


った時期と一致してるしさ」


「そ、その可能性は私もちょっとだけあるのかな思ったけど、あれだけ人気のあった


人がそんな簡単に切り捨てられるなんて考えたくないかも……」


もしかすると自分がこれから身を投じることになるかもしれない世界がそんなにも


シビアで世知辛いとは思いたくないヒカリは顔を曇らせた。


そんなヒカリをフォローするようにイスズは明るい声で、


「ま、まぁ私達があれこれ考えても本当のところは分からないんだし、話すだけ無駄


だよね。それよりヒカリちゃんはこのスカウトの話を受けるつもりなの?」


「うん。多分……ううん。これは私にとって間違いなくラストチャンスだと思ってる


し、絶対に逃しちゃいけないと思うんだ」


ヒカリはこの機会に賭ける意気込みと覚悟を言葉だけでなく表情でも示す。


(へぇ……。ヒカリンってこういう顔も出来るんだ)


「大丈夫だよ! ヒカリちゃんならきっと成功できるって私は信じてるもの!」


「ありがと、イスズちゃん」


「あ~、でもヒカリちゃんがアイドルデビューしちゃったら世界中にヒカリちゃんの


可愛さが知られちゃう~……。私だけが知ってるはずだったヒカリちゃんの可愛さ


が~。でもヒカリちゃんにはアイドルとして成功して有名になって欲しいし、でも


有名になればなるほど私だけのヒカリちゃんじゃなくなるし悩ましいよぉ~~!」


両手で頭を抱えて、ぐねぐねと全身を悶えさせる動きで葛藤を表現するイスズを見て


ヒカリは楽し気に笑い、


「あはは、心配しなくても私にとってイスズちゃんは何があってもずっと一番の親友


だよ」


「ヒカリちゃん……」


「イスズちゃん……」


二人は意味もなく潤んだ瞳で見つめ合うと、同時に掲げた両手でハイタッチを交わし


て、『ヨシ!』と人差し指だけを立てて残したその両手でお互いの顔を指し合った。


「あはは!ホント、二人って息がぴったりで面白いねぇ~」


そんな幼馴染同士のコンビ芸を見て、カグラも声を出して笑うのであった。



【続く】

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