第1話 捨てる神あれば拾う神あり 3
「その日から私はナミお姉ちゃんとの約束を果たすために……あの人みたいな
凄いアイドルになるっていう夢を今日までずっと追い続けてきたんです」
全てを語り終えると、ヒカリは前を向いたまま自嘲するような薄笑いを浮かべた。
「まぁ……さっきも言いましたけど、まだアイドルにすらなれていませんし、
ナミお姉ちゃんと同じステージに立つっていう約束も、もう果たせなくなっちゃった
んですけどね……。引退してからは連絡だって取れなくなっちゃいましたし……」
「そうか……キミがあの話の……」
それまで終始無言でヒカリの話に聞き入っていた男が、不意に驚きと戸惑いを含んだ
声でぽつりと呟く。
しかしそれがはっきりと聞こえなかったヒカリは、「ごめんなさい。今、何か言いま
したか?」と顔を向けてくるが、
「いや、なんでもないよ」
男はずれていた眼鏡を人差し指で押して、元の位置に戻す仕草で誤魔化した。
「それより、そんな大切な約束があるのにキミはアイドルになる夢を諦めて
しまっても本当にいいのかい?」
「だって……仕方ないじゃないですか……。どんなに努力したって叶わなかったん
ですよ……。もう私には……これ以上どうすればいいのか分からないんです……」
ヒカリはまた顔をうつむかせると、きつく結んだ唇を噛み、震える両手を握りしめ
た。
そして男はその仕草を確認すると――
「よかった」
ヒカリには全く意味が分からない一言を口にした。
分からないから反射的に顔を上げ、男の顔を見上げた。
その顔は――優しく、慈愛を感じられる微笑みであった。
「キミはまだ夢を叶えられないことを悔しいと感じられている。
それはまだキミが本当に夢を諦めきれていないから。本当はまだ諦めたくないと
思っているからだ。
その気持ちがたった一欠けらだけでも残っているのなら【大丈夫】。キミはまだ
立ち上がれるはずさ」
「あ……」
大丈夫。それはあの人の口癖。
けれど今、その言葉を口にしたのはあの人ではない。
なのに……
(なんでだろう……まるでナミお姉ちゃんに言われたみたいな……)
あの時と同じ――あれだけ苦しくてしかたなかった心が不思議と一瞬で落ち着いてい
く感じがした。
「夢ってやつは人間にとって希望にもなれば絶望になる。本当に厄介なものさ。
だから人は夢が希望であり続けるために共有して、力を合わせ、叶えるために
努力していくんだ。
それは伊座敷ナミも例外ではなかった。
彼女は確かに天才だった。けれど独りでトップアイドルまで昇りつめたわけじゃ
ない。数えきれない人達の助けが。支えがあってこそ初めて成し得ることが出来た
偉業さ」
「あ、あの……あなたは一体……」
ヒカリの心臓が高鳴っていく。まるで物語の始まりを告げてくるように。
「キミの夢が独りでは叶えられないと言うのなら僕が力になろう。
キミがキミの夢を諦めない限り、これからは僕も共に道を作ろう」
そう言いながら男はよれよれに着こなしていたスーツを一瞬にしてビシッと正し、
ネクタイを締め直すと、最後にぼさぼさだった髪もオールバックに整わせてから一枚
の名刺を取り出す。
「申し遅れました。私、こういう者です」
マナーが完璧に守られた見惚れるほど美しい動作で差し出された名刺を、逆にマナー
など全く知らないヒカリは、「は、はぁ……これはご丁寧にどうも……」と、
とりあえずドラマか何かで聞いた気がする台詞を返しながら両手で受け取った。
そして受け取った姿勢のまま、手の中にある名刺に書かれた文字を読み上げていく。
「ええっと……
一通り読み終えて、その一つ一つの単語の意味を頭が完全に理解するまで数秒。
その処理が終わるとヒカリの点になっていた目が少しずつ限界まで大きく見開かれて
いき――
「げ、芸能事務所の社長さんんんんんんんんっっっっっ――――――――!?」
生まれてからこんな大声を出したのは初めてだと言い切れるほどの声量で叫んだ。
「ええ、そうです。そして高天原ヒカリさん。貴方を我が事務所にスカウトさせて
いただきたい」
「え……」
男――八意カネトの言葉の意味をフリーズを起こしかけていた頭が完全に理解するま
でまた数秒。
なんとか処理が終わるとヒカリはあんぐりと開けていた口をさらに限界まで開いて
いき――
「えええええええええええええええええっっっっっっ―――――――――!?」
過去最高を30秒も経たぬうちに更新した超声量で叫んだ。
【続く】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます