第1話 捨てる神あれば拾う神あり



日本の四季の中で春が一番好きだという人は多い。


桜を始めとした華やかな花々が咲き誇る過ごしやすい穏やかな気候であるのも


人気の理由ではあるだろうが、入学、入社といった新たな出会いの季節に心が躍ると


いう人も多いのではないか。


今年の春……というか今日から高校生となる彼女――高天原たかまがはらヒカリもそんな理由から


春を推す一人であった。


まっさらな新しい制服にワクワクしながら袖を通し、未知の新しい通学路をワクワク


しながら歩き、桜が舞う新しい学校の校門をワクワクしながらくぐり、ほとんどが


知らない顔の新しいクラスメイトとこれからどういった高校生活を送っていくのかを


想像してワクワクしながら自分の席に着く。


今日、目が覚めてから一体何度ワクワクしたかもう憶えていない。


新たに始まる高校生活にヒカリは浮かれていた。浮かれきっていた。


そして――入学して早々に【やらかした】。






(やってしまった……やってしまったやってしまったやってしまったやってしまった


やってしまったやってしまったやってしまったやってしまったぁぁぁぁっっ……!)


高校生活1日目。


入学式を終え自分達のクラスへと戻り、最初のオリエンテーションを終えた直後の


休憩時間。


高天原ヒカリは自分の机の上で頭を抱えながら突っ伏し、芋虫のように全身を


くねらせながら悶絶していた。


「ヒ、ヒカリちゃん……大丈夫……?」


「大丈夫じゃない……。


終わった……終わっちゃたよぉ……私のバラ色高校生活……」


自分の席の前から聞こえてくる声に顔を上げぬまま、相変わらずくねくねと見悶える


ヒカリ。


その動きと連動してツーサイドアップに細く分けた髪も一緒に踊るように揺れるのが


可愛いと思いながら、声をかけた少女――神明しんめいイスズは小学生の頃からの


親友であるヒカリには申し訳ないと感じつつもほっこりとしていた。


「大丈夫だよ。ヒカリちゃんが思ってるほど皆はそんなに変な子だなんて思って


ないって」


「そ、そうかなぁ……」


「うん、そうだよ。私の夢はアイドルになることです!って入学初日の自己紹介で


言えるなんて、むしろこいつは将来は大物になるぜ!って感じが伝わって良かった


んじゃなかな」


「……本当?」


「ホントホント」


イスズがフォローした甲斐があってか、引きこもっていた天岩戸から顔を覗かせる


天照大御神のように少しずつヒカリの顔が上がっていく。


そして外の世界の様子を探るようにキョロキョロと周囲へ視線を飛ばし、


そのうちの一つが窓側の席で談笑する3人グループと合致した。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


目と目が合い、無言のまま互いを見つめ合うこと数秒。


「……(ぷいっ)……」


やがてヒカリの何かを期待する目力に圧されたのか、三人グループの少女達は


同時に苦笑いを浮かべると、これまた同時にそれぞれ違う方向へと目を逸らした。


「あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁ!やっぱり痛い子だって思われてるぅぅぅぅぅっっっ‼」


「う~ん……まだよく知らない人からあんな血走った謎の熱視線を送られたら、


私だって同じリアクションするかなぁ……」


再び机に突っ伏し、天の岩戸の中へと閉じこもってしまったヒカリにイスズも苦笑い


していると――


「ねぇねぇ、ヒカリン」


背後から親し気に誰かのあだ名を呼ぶ声と共に、足音が近づいてきた。


しかしそれが自分に向けられたものだと気づかなかったヒカリは突っ伏したままで


いると、声の主であるポニーテールの少女は机の横で立ち止まり、頭のつむじを


人差し指でツンツンと突いてきた。


「おーいヒカリーン?ねぇってばぁー」


「えっ!?ヒカリンって私のこと!?」


そこでやっとその声が自分を呼んでいるのだと理解したヒカリは、驚きもあって


勢いよく上半身を起き上がらせた。


そしてポニーテールの少女と目が合うと、彼女は切れ長の整った両目を細めて


ニッコリと笑ってみせる。


「うん。高天原ヒカリだからヒカリン。そっちはイスズンだよね?」


「イ、イスズン……」


ヒカリと同様に初対面にもかかわらずいきなりあだ名で呼んできたポニーテールの


少女にイスズも当惑していると、同じように戸惑いの視線をこちらへと向けてきた


ヒカリと目を合う。


(イスズちゃん、この人……)


(……うん。多分、間違いないと思うよ)


((この人……陽キャだ……!!))


そして、二人の意見が見事に一致した。


そうでなければ初対面の相手にいきなりこんなにも零距離まで詰め寄ってこられる


はずがない。


陽キャ。


それは基本的に陰の世界の住人であるヒカリとイスズにとって対極の存在であり、


憧れの存在。


その明るい性格とコミュ力で誰とでも簡単に仲良くなれ、いつだってクラスの中心


として輝く太陽。


ポニーテールの少女がそれであると認識した瞬間、彼女の背後から陽キャのみが放つ


ことの出来る後光が眩しく輝き出し、ヒカリとイスズは「目が~!目がぁぁ~~!」


と両手で顔を覆いながら悶絶した。


「はぁ……はぁ……。あ、危なかった……イスズちゃんがいてくれなかったら即死


だったよ……」


「わ、私もだよ……ヒカリちゃん……。陽キャって私達にはこんなにも危険な存在


だったんだね……」


「ぷっ!なんか二人って息が合ってて面白いね~。もしかして一緒の中学だった


とか?」


いきなり苦しみ始めた二人を、頭上に?を浮かべながら眺めていたポニーテールの


少女が吹き出すと、ケラケラと陽気に笑い出す。


「う、うん……。私とイスズちゃんは小学校からの友達で……」


「いいなぁ~。あーしは家がこの辺じゃないから同中の子が一人もいないんだよ


ねぇ~」


「家、遠いの?えっと……確か御苫みとまさん、だよね?」


「カグラでいいよ。うん、家は小田原だよ」


イスズの問いにポニーテールの少女――御苫カグラが答えると、ヒカリは顔を驚かせ


ながら、


「小田原だとここまで電車で1時間くらいかからない!?」


この高校を選んだ理由の半分が徒歩通学ができる最寄りであった自分からして


みれば、そこまでしてこの学校へ通いたい理由でもあったのだろうか?


そんなヒカリの胸中の疑問に気づいたのか、カグラは相変わらず爽やかな


笑顔を浮かべつつ、


「だって県内でダンス部が有名な高校って鶴川ここが一番近かったし。


後はもっと先の都心のほうまで行かないとって感じだったしねぇ。まぁ、そもそも


ダンス部がある高校自体少ないんだけどさ」


「ダンス、得意なんだ?」


「うん、得意だし大好き。あーしさ、子供の頃から踊るの大好きだったんだよねぇ。


町内会の盆踊りとかでもよく褒められたし」


(盆踊りってダンス……なのかなぁ……?)


ふと疑問に思ったが、それを口にするのは無粋だと思いヒカリは喉元で留まらせた。


「動画とかもアップしてるんだ。ちょっち待ってね……。はい、これ」


カグラが差し出してきたスマホの画面を覗き込むヒカリとイスズ。その直後――


「さ、再生数22486ぅぅ!?」


真っ先に目に留まった数字を見て、ヒカリの両目が驚きで丸くなった。


カグラの動画は流行りの有名人のダンスを真似した、よくある【踊ってみた】系の


もの。


しかしよくあるだけに並みの出来では誰の目にも止まらず埋もれてしまう。


そんな激戦区の中でこれだけの再生数を稼いでいるということは、それだけカグラの


踊りが興味を惹く――つまりはレベルが高いことを示していた。


「す、すごいねカグラちゃん……。あれ……もしかしてカグラちゃんって


有名人……?」


「あはは。そのくらいの再生数で有名人はないって。


あーしより上手い人なんて数えきれないくらいいるし、再生数だって最低でも


100倍くらいは違うし」


「に……22486回の100倍……」


「ヒカリンはこういうのやってないの?アイドルの曲を歌ってみた、みたいの」


「わ、私!?わ、私は……こういうのはちょっとやってない……かなぁ……」


言えない。


中学生の頃に親友のイスズにすら内緒でこっそりと憧れのアイドルの真似をした動画


を何度か上げたことがあるが、どれも未だに再生数が300にすら届いていないなど


絶対に言えない。


突然、分かりやすいほど目を泳がせまくる挙動不審者となったヒカリをカグラは


見ながら、「ふ~ん、そうなんだぁ」と疑うどころか心底残念がってみせた。


しかしそれも一瞬のことで、すぐに元の自分へと切り替えると


「それはそうとさ、ヒカリンはアイドルを目指してるんだよね?」


「おふぅ!!」


すでに自分の中で黒歴史化が確定していた呪物を忘れかけてた頃に掘り返され、


ヒカリはダラダラと脂汗が流れる顔を青ざめさせながら、


「ハ……ハイ……ソウ、デス、ヨ……?」


「なんで片言になってるの?」


「初日の自己紹介でアイドルになる!って言っちゃたのが痛い子みたく思われたん


じゃないかって気にしてて……」


過呼吸になりすぎてチアノーゼの症状が顔に出始めているヒカリの代わりにイスズが


説明すると、カグラは不思議そうに傾げていた首の角度をさらに深くして、


「なんで?いいじゃんアイドル。あーしも好きだよ。ダンスの参考にアイドルの


ライブ映像とかもよく見るけど、キラキラ輝いてて綺麗だよねぇ~」


「……笑わないの?」


「笑う?なんでさ?」


「だって……アイドルになれるのなんて選ばれたほんの一握りの人達だけだし、


私みたいなどこにでもいる普通の子が目指すのは分不相応だって皆思ってる


だろうし……」


「笑わないよ。ってか、笑いたい人には笑わせておけばいいじゃん」


ふとカグラの声が真面目なものになり、釣られるようにヒカリはうつむきかけていた


顔を上げた。


「あーしもさ、世界一のダンサーになるのが夢なんだ。けど、それを言うと本気


だっていう気持ちを受け取ってくれなくて笑う人もいる。


もちろん応援してくれる人もいるけど、今のあーしのレベルだと笑おうとする人の


ほうが多いかな」


「……そういうのって嫌にならない?」


「本音を言えばムカつくよ。でも、あーしのことはあーしにしか分からないわけ


じゃん?そのあーしがなれるって思ってるんだから、他人から何を言われても


気にするだけ無駄かなって。


むしろ本当に世界一のダンサーになって、笑ってたやつを見返してやるんだ!って


モチベにしたほうが健全だと思うんだよねぇ」


「強いんだね……カグラちゃんは……」


「それよりさ、話を戻すけどヒカリンはアイドルを目指してるならダンスの練習も


してるんだよね?それってどっかの教室とかで習ってたりするの?」


「あ、ううん。私は憧れてる人のライブ映像を見て研究したり真似してるだけで


独学なんだ」


「そうなんだ。良さそうなとこを知ってたら教えてもらおうと思ったけど、


まぁいいや。これからもヒカリンとはダンスのことで色々と話せそうだし、


ダンス友達ってことでよろしくね。あっ、もちろんイスズンも」


「う、うん。こちらこそよろしくね、カグラちゃん」


「じゃ、また後でね」


最後にカグラはニカッと極上の笑顔を浮かべると、今度は他のクラスメイトに


声をかけていく。


どうやら自己紹介で気になった全て者にそうしているようだ。


「はぁ~……。凄い行動力だなぁ、カグラちゃん……。


それに明るくて良い子だし、ああいう子がアイドルになれるんだろうなぁ……」


すでに新しい友達を増やし他の子と打ち解けているカグラを羨ましそうに眺めると、


ヒカリはため息をつきながらまた机の上に突っ伏した。


「でも行動力ならヒカリちゃんだって負けてないよ。前に受けたアイドルグループの


追加メンバーオーディション、一次選考は通過できたんでしょ?」


「うん……でも一時選考は書類審査だけだったし、今までも一時選考だけなら


何回か通過は出来てたし……」


「それでも通過できたのは凄いよ!ネットで見たけど、今回のは二次選考に進めた


のが全応募者1万2842人のうち12%しかいないって書いてあったもの!」


「えへへ……。そう言われるとちょっと自信でてくるかも」


ヒカリは顔をだらしなく緩ませると、言葉を続ける。


「春休み中に受けた二次選考の面接と実技試験もミスはしなかったし、今回は正直


ちょっとだけ自信があるんだよね」


「二次選考の結果は今日連絡が来るんだっけ?」


「うん。合否にかかわらずメールで通知が来るはず……って、思い出したら緊張


してきた……」


急に調子が悪くなりだしたお腹を両手で抱えると、


「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくる……」とヒカリは立ち上がる。


「あっ、私も一緒に行くよ」


そんな親友の隠しきれていない不安に気づいたイスズもヒカリの横に付き添うように


して並ぶと、


「大丈夫。ヒカリちゃんならきっと合格できてるよ」


「……うん。ありがと、イスズちゃん」


照れ臭そうに、そして嬉しそうに笑ってみせたヒカリに対し、イスズも同じように


笑ってみせた。



【続く】

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