天から照らす光となれ

玄月三日

プロローグ



――歓声が聞こえる。


自分達の登場を今か今かと待ちのぞむ、観客の声が。


「……流石に緊張するわね」


これから自分達が立つステージの袖で、アイドルの衣装を纏った一人の少女が


誰にでもなく呟く。


「うわっ。アカ姉が弱腰になるなんて珍しくない?」


「べ、別に弱腰になんてなってないわよ!ってか、このアカネちゃん様が


この程度でビビるはずないでしょ!」


「いやいやいや。確かに今、緊張するって言ってたじゃん」


「言ってないし!今のはそう……あれよ!武者震いがするって意味で


言ったのよ!」


「はいはーい、そういうことにしといてあげますよー」


自らをアカネちゃん様と名乗る少女の前で、声をかけた同じステージ衣装を


着た少女がポニーテールを揺らしながら愉快そうに笑う。


「で、でも……アカネちゃんの気持ち、私もよく分かるよ……。


私だってずっと心臓がバクバクで……手も足も震えが止まらなくて……。


それなのにカグラちゃんは余裕があって凄いなぁ……」


二人の傍に立っていた、黒い左目とは色が異なるオッドアイの蒼い右目をした


少女がか細い声で言う。


するとカグラと呼ばれたポニーテールの少女は、眉を下げて鼻の頭を


人差し指の先で擦ると、


「いやぁ~、実はあーしもアカ姉やイスズンと一緒で余裕なんてないんだけど


ねぇ……」


そう言うとオッドアイの少女が震わせている手に、同じように震える自分の


手を重ね合わせ、「ね?」と固くなった笑みを浮かべてみせた。


「まったく……どこかで見た光景ね」


それまで三人から少し離れた場所で腕を組んで立っていた、落ち着いた雰囲気の


少女が苦笑を浮かべると、右肩の前に垂らした三つ編みを静かに揺らしながら


歩み寄って来る。


「アカネ。あなた、初めてのステージの時も同じことを言っていたわよね」


「えっ?そうなの、アカ姉?」


「バ、バカヨミ!余計なこと言うんじゃないわよ!」


「なにその話すごく聞きたい。教えて教えてヨミちゃん」


「イスズも入れ食い状態の魚みたく食いついてるんじゃないわよ!」


イスズと呼ばれたオッドアイの少女が「え~、だって興味あるんだもん」と


頬を膨らませてみせると、


同じくアカネからヨミと呼ばれた三つ編みの少女は口に手を当てくすくすと


上品に笑って、


「これだけの大舞台。加えてあんなことがあった後ですもの。緊張するなと


いうのは無理な話よ。


でも私達は今日この時の為に出来ることは全てやってきたはず。だから自信を


持ちましょう」


手を繋ぎ合うカグラとイスズのそれぞれの肩にポン、と優しく手を乗せて


微笑んだ。


「ヨミちゃん……」


「へへっ、さっすがリーダー!こういう時のテルテルはホント頼りになる


よね~!」


「ちょっとヨミ!あんまりいい恰好するんじゃないわよ!


このグループの。いえ、この世界の主役はあんたじゃなくてアタシ!アカネちゃん


様なんだからね!」


「はいはい。分かっているからアカネもこっちに来て手を繋ぎましょ」


「は、はぁ!?べ、別にアカネちゃん様にはそんな必要なんてないしぃ!?ビビっ


てなんてないしぃ!?


で、でもまぁ……?あんた達がどうしてもって言うなら仕方ないわね!」


素直ではないアカネの態度に三人はクスクスと笑い合いながら彼女を輪に迎え


入れる。


そして最後に――


「――ヒカリ!」


ヨミは舞台袖からまだ真っ暗なステージを眺めている最後の仲間の名前を呼んだ。


肩まで伸ばした髪を頭の両側で細いツーサイドアップにして結んだ、5人の中では


最も幼い顔立ちの少女。


しかし今日の彼女の横顔は、いつもより大人びて見えた。


「………………」


ヒカリと呼ばれた少女はすぐに返事をしなかった。


けれどそれが無視されたわけではないということは、その集中しきった表情から


ヨミにもすぐに分かった。


自分達と同じステージ衣装を着た小柄な体の内からは強い決意が秘めきれず溢れ


出していた。


もう何度も同じステージに立ってきたヨミですら見たことがない、思わずゾクリと


身震いするほどの集中力。


故にヨミはヒカリの精神集中の邪魔にならぬよう、もう一度名前を呼ぶのを控え、


待つことにした。


やがてゆっくりと――それまで微動だにしていなかったヒカリの両手が握られて


いく。


そして力強く作られた拳の中にこのステージに賭ける自身の想いを全て宿し、


包み込ませると、一度両目を閉じ大きく深呼吸をしてから――カッ!と


見開き、体ごと振り返った。


そこでやっと自分を見つめていた仲間達と目が合う。


「えっ!?な、なんで皆だけで円陣組んでるの~!?」


そして、手を繋ぎ合って輪になっているのに気づき、慌ててそこへ自分も


加わるべく駆け寄っていく。


「名前呼んだのにあんたが気づかなかったせいでしょうが」


「そ、そうだったの!?ご、ごめんアカネちゃん……全然気づかなかったよ」


「あはは。ヒカリン、めっちゃ気合入ってるじゃん。こりゃあーしも負けて


いられないね!」


「あはは……ちょっと入れすぎちゃったかもだけどね……」


「仕方ないよ……あんなことがあった後だもの……。ヒカリちゃん、本当に


大丈夫?」


「うん、大丈夫。心配かけてごめんね、イスズちゃん。


皆にいっぱい迷惑をかけた分は、今日のステージで必ず……」


「その必要はないわよ」


「え……?で、でもヨミちゃん……」


「私達は五人で一つ。これまで辛いことも苦しいこともたくさんあったけど、


それを誰か一人だけで背負う必要はない。背負わせたりなんてしない。


楽しかったことも含めて、皆で分かち合ってきたからこそ私達はここまで


来れたのでしょ?」


「ヨミの言う通りよ。大体、主役はこのアカネちゃん様なんだから脇役は


もっと気楽に構えてればいいのよ」


「でも今日のセンターはヒカリンだよね?」


「確かにセンターの役割は半分譲ったけど、主役の座まで譲ったつもりはないわよ。


ヒカリがだらしないパフォーマンスをするようならアタシが全部美味しいところ


もらっちゃうんだから。よ~く肝に銘じておきなさいよね」


「だってさ。アカ姉も認めてくれてるんだし、ヒカリンは何も気にせずドーンと


やっちゃいなよ!」


「ヨミちゃん……アカネちゃん……カグラちゃん……」


「もちろん、私も皆と一緒の気持ちだよ」


「イスズちゃん……」


ヒカリは零れそうになった涙を指先で拭うと、差し出されたイスズの手を握る。


そしてもう一つの左手はヨミと繋ぎ、円陣に加わった。


「それじゃ、今日の声出しはヒカリに任せるわ」


「うん!」


ヒカリは元気よく頷くと、仲間達の顔を一人ずつ順に見てから口を開いていく。


「今、ヨミちゃんが言ったけど、ここまで来る間に色々あったよね……。


楽しかったこと。嬉しかったことだけじゃなくて、悲しかったこと。苦しかった


こと。


きっと私一人だけだったらここまで来られなかった。皆と一緒だからここまで


来られた。


だから必要ないって言われるかもしれないけど、これだけは言わせて。


ありがとう。ヨミちゃん。アカネちゃん。カグラちゃん。イスズちゃん。


皆と出会えて本当に良かった。皆と一緒にアイドルをやってこれて本当に


良かった。


私達が駆け抜けてきたこの道がどこまで続いているのかは分からないけど、


皆とならこれからもどこまでだって行ける!今日だって私達五人なら最高の


ステージに出来る!そして、日本一のアイドルになろう!


さぁ行くよ!私達の輝きを届けに!!」




『AmaTeras!シャイニング~~――スタートッ‼』



【続く】

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