第40話 美羅琉,臨時教師になる
雲禅13号に乗った水香と美羅琉は,林玄宗の付近で人目につかない場所に降りた。美羅琉は気絶しているので,彼女が目覚めるまでそこで待った。
日が沈んできたので,水香は雲禅13号に尋ねてみた。
水香『13号,あなたの雲って,ベッド代わりになるの?雨風を凌げるの? 外敵から守ることもできるの?』
雲禅13号『水香様,雲の量を多くすることで,雨風を防ぐことができます。外敵については,ちょっと自信がありません。樹木の上部の枝で留まるようにすれば,それなりに安全だと思います』
水香『つまり周囲の警戒まではできないのね。なんか警戒できるペットが欲しくなったわ』
雲禅13号『すいません,役立たずで。なるべく人目につかないところで移動します』
水香『じゃあ,そうしてちょうだい』
雲禅13号は,森の奥地に移動して,他の動物や妖獣に発見されにくい樹木の高所に陣取って,そこで,夜を明かすことにした。
水香は,雲禅13号や樹木の周囲に透明な霊力の紐を周囲に縦横斜めなどに何重にも展開して,警戒装置の代わりとした。
翌日の朝,雲禅13号は地面に着いた。昨晩は何事もなく過ぎたようだ。
美羅琉もすでに酔いから完全に回復していた。美羅琉が,メシ,メシというので,水香はまた周辺から小動物を取ってきて彼女に与えた。
美羅琉「禅子様,林弦宗に入宗するのはいいのですが,しっかりと自分の身分を明確にしないとダメですよ」
水香「はいはい」
美羅琉「わたしは,『気』では初級前期の,超,弱々です。禅子様はどのレベルにするのですか?」
水香「そうね,美羅琉と一緒でいいわ」
美羅琉「でも,わたし,超,超美人だし,おっぱいもそこそこあるし,もし,男どもに襲われたら,抵抗する力がありません。どうしましょう?」
水香は,ちょっと可笑しくなった。美羅琉は,身長147cm,Cカップで,確かに美人には違いないが,決して超がつくほどの美人というほどでもない。それを自分で超,超美人とは,なんて自己評価が高いのか?
水香「ん? 犯さても減るもんじゃあるまいし,犯されればいいのよ。何を心配するの?」
美羅琉「・・・」
美羅琉は水香の足元にしがみ付いて叫んだ!!
美羅琉「禅子様! わたし,自分の処女は将来の夫に与えるって決めているんです! こんな凡界の野蛮人に奪われたくありません! 禅子様ー! わたしの処女を守ってください! それが主人の義務ですぅー!」
主人の義務と言われて,水香はそんなものかと思った。
水香「だったら,その状況になったら,わたしにお願いしなさい」
美羅琉「え? ほんと? ほんとにほんとですか?」
水香「そうよ。その時は,念話でわたしにイメージを送ってちょうだい」
美羅琉「念話って,わたし,使ったことないし,,,」
でも,念話ができないと水香に依頼もできない。そこで,即席で念話の練習を始めた。
数時間後,美羅琉は,なんとか念話でイメージを水香に送れるようになった。
美羅琉「禅子様,もう念話も完璧です。わたしを犯す連中を,どのように血祭りにしてもらうか,明確にイメージできるようになりました」
水香「わたしがカバーできる範囲は,半径1kmまでよ。それ以上離れたら対処しきれないわよ」
美羅琉「へへへ。大丈夫ですよ。禅子様の足,絶対に離しませんから! 憎き仙界と神界をぐちゃぐちゃにしてもらうまでは。それまでに,どうやって,仙界や神界をぐちゃぐちゃにしてもらうか,しっかりとイメージしておきますね」
美羅琉は,ほんとうに嬉しくなった。水香に依頼できる方法がわかったからだ。後は,水香がどこまで,イメージ通りにできるのかを見極めることだ。
水香は,雲禅13号をブレスレットに変身させて左の手首に装着させて,美羅琉と一緒に,林弦宗に向かった。
美羅琉は,門番に金貨2枚を渡して編入試験を受けれるようにした。
門番「では,試験会場に案内してやる。後は,自分たちで頑張れ。裏金は最低でもひとり金貨100枚は必要だ。あと,期中期末試験で成績が悪いと退宗になる。もっとも金貨10枚で免れることは可能だ。フフフ,世の中,すべて金で動くのだよ」
この辺の情報は,以前,美羅琉が入手した情報と大差ないものだった。
試験会場は,使用していない教室だった。そこで,しばらく待っていると,ひとりの初老の男性教官がやってきた。
教官「お前達が,入宗希望者か?」
美羅琉「はい,そうです。この方は,禅子様といいます。超美人で,12歳です。身長142cm,Iカップのボインです。わたしは,禅子様の奴隷で美羅琉といいます。超,超美人で,13歳です。身長147cm,Cカップの美乳です」
美羅琉は,必要な情報を述べたつもりだ。水香のことを超美人,自分のことを超,超美人と形容した。確かに2人ともかなりの美人には違いない。でも,どうみても,水香のほうが美羅琉よりも美人だった。
もっとも,ここは美を争うところではない。ほんとうに必要な情報な,そんなことではなく気法術のレベルだ。
教官は,水香の着ているベージュ色の着物にちょっと違和感を覚えた。雲禅仙人がいつも着ている着物と酷似していたからだ。でも,そのことは,すぐに,水香の性欲的な顔付きと胸の大きさに眼が奪われて,着物のことはすぐに頭の片隅に追いやった。
教官「コホン,コホン!」
教官は,少し咳払いをした。
教官「さて,正規に試験を受けるにはひとり金貨5枚が必要だ。それがいやなら,裏口から入るか? 裏口の場合,最低でも,ひとり金貨100枚になるのだが? もっとも,その場合,雑役係になる」
美羅琉「雑役がイヤならどうすればいいですか?」
教官「気法術で初級後期以上の実力があれば,金貨200枚で外弟子にしてやってもいい」
美羅琉は,水香から預かったお金から金貨200枚を教官に渡した。それと,チップ金貨20枚を追加した。
美羅琉「わたしたち,初級前期です。雑用係でいいです。でも,住む部屋はいいところにしてください」
教官は,通信札を使って自分の直弟子を呼んだ。
直弟子「南羽宗主,お呼びでしょうか?」
この『南羽宗主』という言葉を聞いて,美羅琉と水香はビックリした。なんで宗主自ら,こんな編入試験ごときに対応するのか?
もっとも,たまたま,外弟子と内弟子たちの集団演習の時期にぶつかってしまい,他の教官が出払っていた。已むなく,教官控え室に,宗主が暇そうにお茶をしているところに,編入希望者が来たという知らせを受けただけのことだ。
今,門弟で手が空いているのは,直弟子か雑役係しかない。そこで,宗主が自分の直弟子を呼ぶしかなかった。
教官「彼女たちの実践レベルを知りたいので,試合をしてみなさい」
直弟子「気法術は使っていいのですか?」
教官「彼女たちは,初級前期レベルだそうだ。それに会わせなさい」
直弟子「そんなに低いのですか,,,はい,わかりました。それなら,『気』を使うまでもありませんね。了解です」
その直弟子は盛雄という。上級前期の腕前だ。ちなみに,南羽宗主はS級中期の強者だ。
教壇の横は,ちょっとしたスペースがあり,2名が武術で試合するには十分のスペースがあった。
最初に美羅琉が直弟子と武術による試合をすることになった。
美羅琉は,神界では上級前期レベルだ。だから,上級前期レベルがどの程度かはよくわかっていた。
宗主「では,試合を始めなさい」
直弟子「了解しました」
直弟子は,美羅琉に声をかけた。
直弟子「美羅琉さんでしたかね? どうぞ,攻撃してください。わたしからの反撃は,最小限に留めますから」
美羅琉「ありがとうございます。では,『気』を溜めますので,ちょっとお待ちください。十分に貯まったら,攻撃しますから」
直弟子「ハハハ,慌てなくていいですよ。時間はいくらでもありますから」
美羅琉は,体内の気を拳に溜めていった。美羅琉は,実際に拳に気を溜めてみると,あることに気がついた。気がどんどんと溜まっていくではないか。
美羅琉『え? これって,どういうこと? パワーが100分の1に制限されるのではなかったの? いや,確かに制限されているわ。でも,その制限って,わたしの場合,速度制限だわ。0.01秒でできることが1秒かかってしまうだけみたい。これって,ヒトによって制限される場所が違うってことかな?』
美羅琉は,神界では弱者なのだが,気の展開では,超がつくほどに速かった。美羅琉の神人としての優れた一面だ。
凡界に来ると,その優れた部分が100分の1に制限される。美羅琉の場合,それは気を展開する速度制限だった。
美羅琉は,このまま初級前期として過ごすか,上級前期のパワーを展開するか,一瞬迷った。水香に聞いたって,自分で考えてと言われるわけだ。
美羅琉『でも,1秒もかかって気を展開するのは,いざっという時,致命的だわ。せめて,さらにレベルアップして,制限された状況でも0.1秒で展開しないとダメだわ。ならば,,,それまでは,初級前期ということにしましょう』
美羅琉は,気の展開を中止した。このまま気を拳に集中してしまうと,とんでもないことになってしまいそうだ。神界では,上記前期の腕前だが,それは武術で体を動かしている時に『気』を展開する場合だ。
精神を集中した状態なら,彼女はいくらでも気を凝縮させることができる。そのレベルは,天女レベルを超えて神人レベル。所詮,美羅琉は神人だった。
美羅琉は,生身の体で直弟子に回し蹴りを放った。彼は,その蹴りを両腕で防御した。その蹴りには,まったく気の波動は感じられなかった。
美羅琉は,さらに,体勢を立て直して,蹴りの連続攻撃を行った。直弟子は,それらの攻撃を両腕で確実に防御していった。ここまでの攻撃なら,別にどうってことはなかった。
だが,美羅琉は,さらに速度を速くして攻撃していった。直弟子は最初はぜんぜん気にしなかった。美羅琉の攻撃の威力も攻撃速度もぜんぜん大したことがないからだ。
だが,直弟子の顔がだんだんと曇っていった。というのも,美羅琉の攻撃速度が徐々に早くなってきたからだ。
直弟子『ヤバい! このままでは,彼女の速度に追いつけない!』
直弟子は,加速1.2倍がぎりぎり使える。直弟子は,頭の中で叫んだ!
直弟子『加速1.2倍!』
その加速を行って,なんとか美羅琉の攻撃を防ぐことができるようになった。だが,それも,10秒程度しか持続しなかった。
美羅琉は,さらに攻撃速度を上げていった。
直弟子『なに?? 彼女の攻撃に追いつけない?!』
ドーン!
美羅琉の回し蹴りが直弟子の横腹にクリーンヒットした。その威力はぜんぜん大したことはないので,実質的に何のダメージを与えなかった。だが,美羅琉の蹴りが,直弟子の下顎にヒットしてしまうと,確実に直弟子に少なからずのダメージを与えた。
美羅琉は,反撃が来ると思って,数メートル引き下がった。
美羅琉にとって,今の速度の攻撃は加速技ではない。そもそも加速技が使えない。それでも,100メートルを10秒で走ることが可能な,妖獣の中でも最速の速度を誇る妖豹族の血を引く美羅琉にとっては,まだまだ実力の10分の1しか出していない。
宗主「そこまで! どうやら直弟子でも,速度面では,防御が追いつかないようだ。次,禅子とか云ったかな? 彼と試合をしなさい」
禅子「はい」
美羅琉は,水香に耳打ちした。
美羅琉「禅子様,くれぐれも低調にお願いしますよ」
その話を聞いて,水香はおかしくなった。だって,美羅琉はぜんぜん低調ではなかったからだ。
水香は直弟子に言った。
水香「あの,,,全力で防御結界構築してくださいね。わたし,初級前期なんですけど,ときどき,爆発的に威力がアップすることがあるんです。それで,何人も重症を追わせたことがあります」
直弟子「そんなこと,聞いたこともない。でも,わかった。最大の防御結界を構築する」
直弟子は,1分ほどかけて,自分の周囲に気の防御結界を構築した。
直弟子「準備はできました。すぐに攻撃してください。この結界は30秒しか持続しませんので」
水香「はーい」
水香は,雲禅仙人から授かった気を運用する記憶を紐解いた。初級レベルでは,『雲禅第一式』があった。拳,腕,足などに『気』を凝集して,小さな刃を多数構築して,チエンソーみたく刃を回転させる術だ。
水香は,この『雲禅第一式』を使用することにした。両腕と両脚に『気』を流した。
『気』の応用はいろいろあるのだが,基本的な性質として,『気』の量が少ないと,肉眼では見ることができないが,多くなると実体化させることができる。
『気』をまともに修練したことのない水香は,『気』の量の加減ができず,なんと実体化させてしまった。それは,少なくとも上級レベルの技量だ。しかも,水香の場合,フルパワーだ。
ブォーーーン!
水香の両腕と両脚に無数の小さな刃が超高速で回転した。
その技を見て,直弟子は焦ってしまった。どうみたって,その技量,彼よりもはるかにレベルが上だ。
水香にとっては,雲禅仙人から奪った『気』のほんの一部にすぎないつもりだったのだろうが,『気』の熟練者が見れば,それは仙人・天女レベル!
宗主は,その技が『雲禅第一式』だとすぐにわかった。つまり,水香は雲禅仙人の弟子か後継者!
宗主「禅子! いや,禅子様! お待ちください!」
宗主は,その試合を止めた。このまま試合をすれば,直弟子は肉片ミンチになってしまっただろう。
宗主は,その場で土下座して頭を下げた。
宗主「禅子様,いえ,あなた様は,雲禅仙人の後継者,雲禅天女様ですね? なによりも,そのベージュ色の雲禅道着を着ているのがなによりの証拠。その道着を着る者,すなわち,雲禅天女の証です」
水香はすぐに身元がバレてしまった。もっとも,雲禅道着を着ている以上,遅いか早いかの違いだけだった。
水香が何を言おうか躊躇っているとき,美羅琉が水香の一歩手前に出てきた。
美羅琉「宗主,やっと気がつきましたね。そうです。禅子様は,雲禅仙人の後継者,雲禅天女様です。ですが,まだ,年齢も若いことや,雲禅仙人の子どもを妊娠していることもあり,子どもを生むまでは低調にしたいと思い,雲禅天女ではなく,『雲・禅子』として,このように新人門弟の編入試験を受けにきたのですよ。感謝しなさい」
美羅琉は,水香のお腹の子どもを勝手に雲禅仙人の子どもにしてしまった。水香は,それはそれでいいかもしれないと思った。
宗主「ははぁーー! よくわかりました! では,そのご意向にそうように手配させていただきます。
ですが,その前に,禅子様,わたしも,雲禅仙人様から少しは,教えを受けた身です。ぜひ,雲禅仙人の最大秘術である『雲禅術』を見せていただけませんでんでしょうか?」
水香「え? 雲禅術って,雲が動くやつのことですか?」
宗主「はい,そうです。雲で空を自由自在に飛べる秘術だと伺っています。わたしは,間近で見たことはないのですが,ぜひ,間近でみたいと思っております」
水香「別にいいわよ。13号,姿を表しなさい」
雲禅13号『はい,では,直径10cmくらいの小さな雲状にして出現しますね。あまり他人に知られるのはよくないですから』
水香は,両手を背に回して,宗主や直弟子から見えないようにした。ブレスレットが雲状に変化して,フワフワと水香の背後から出現して,宗主の前まで浮遊していった。
宗主「こっ,これが,かの有名な秘伝『雲禅術』ですか,,,はぁ,,,見事なものです」
宗主が感嘆したのをみて,その雲は,また水香の背後に戻って,ブレスレットに変身した。
宗主は,それに満足した。
宗主「では,ひとまず貴賓館でお休みください。禅子様が妊娠中とのことですので,適切な身分を考えまして,後で連絡させていただきます」
美羅琉「宗主,では,お言葉に甘えます。よろしくお願いしますね」
美羅琉は,超嬉しかった。なんといっても,宗主よりも立場が上になった気分だった。
その後,宗主自ら,水香と美羅琉を貴賓館に案内して,直弟子は,食事のアレンジをしに厨房に急いだ。
その道すがら,美羅琉は,宗主に仙人や天女の義務について聞いてみた。
美羅琉「仙人や天女は,いろいろと義務があると聞いていますが,具体的にはどんな義務があるのですか?」
宗主「わたしも詳しくは知りません。ですが,雲禅仙人は,凶悪な妖獣が出たとき,村人の依頼で討伐をしたことがたびたびありました。もっとも,謝礼はたんまりいただいきましたが」
美羅琉「この凡界では,よく凶悪な妖獣が出るのですか?」
凡界という言葉に,宗主はちょっと違和感を覚えた。そんな言葉を使うのは神人しかいない。仙人・天女でもそんなことばは使わない。
ふと,美羅琉の先ほどの試合を思い出した。美羅琉は,『気』の波動を出さなくても,直弟子の1.2倍速をも凌駕する速度で動いた。どうやら,この美羅琉も,普通の人間ではないようだ。神人で,神界に戻ることができず,水香にしがみついているだろうと類推した。
そう思ったものの,美羅琉からの質問に丁寧に答えた。もし,美羅琉が神人なら,丁寧に対応して損はないからだ。
宗主「はい,美羅琉様。 妖獣も『気』の力をアップさせようと必死です。主に,敵を食べて気力をアップさせていきます。でも,一度に『気』をアップし過ぎると,『気』力暴走を起こし,自分を見失って破壊行動に出てしまいます。少なくとも1年に2,3件はそんな事例が起こります」
美羅琉は,自分のことを様づけされて超嬉しかった。凡界でこんな待遇を受けるなら,このままここで生活するのも悪くないと思った。
水香と美羅琉が貴賓館で数日を過ごした後,宗主がやって彼女らと会談を持った。
宗主「禅子様,わたしもいろいろ考えたのですが,禅子様を雑役係,外弟子,内弟子,直弟子などにすると,定期的な試験や試合をする必要があります。そこで,いっそのこと,教官になるのはどうでしょう。
禅子様は,わたしの見立ててでは,細かな『気』の制御は不得手かもしれませんが,圧倒的なパワーがあるのは間違いありません。そこで,月に何度か,門弟たちは野外で薬草採取などに行くことがありますが,それに,臨時教官として付き添いしていただくのはどうでしょう? 門弟たちで対処しきれない妖獣が出た場合に,対処してもらえればいいだけです。つわりなどでしんどい場合には,参加しなくて結構です。それなら,他の門弟や教官も不思議に思わないでしょう」
ここでも話をするのは美羅琉だ。
美羅琉「座学を教えてなくていいのですか? 他の教官の手前,やはり,何か,教えたほうが,,,,」
そこまで言って,美羅琉は,水香のことをほとんど何も知らなかった。
美羅琉「禅子様,何か,人に教えれるようなことはありますか?」
そう言われて,水香は人に教えることなどしたこともない。
水香「わたし,雲禅仙人のすべての知識を伝授されています。人に教えることはできませんが,質問された内容については,教えることはできるかもしれません」
宗主「え? すべての知識? それって,どういう意味ですか?」
水香「そのままの意味です。わたしの頭の中に,雲禅仙人のすべての記憶があると思っていただいて結構です」
ガーーン!
宗主はびっくり仰天してしまった。いったい,どうすればそんなとんでもないことが起きてしまうのか?
この話を聞いて,美羅琉はニヤッと微笑んだ。
美羅琉「宗主,禅子様の知識は,価千金です。おいそれと他人に教えれるものではありません。どうでしょう? 希望する門弟だけに限定して,有料で禅子様と1対1の質問時間を設ける程度にしてはいかがでしょう。例えば,1週間に2回程度で,夕方の5時から6時までで,1回金貨1枚程度という感じでしょうか?」
宗主「なるほど,,,ではその案でいきましょう。
では,禅子様は,非常勤教官という立場で,仕事の量に応じて給金を支払う体裁にします。他の教官からも文句はでないし,禅子様の身分も隠せますので」
美羅琉「はい,それでお願いします」
美羅琉は,水香の代わりに返事した。美羅琉は,水香の完全なる代理人だ。
その後,水香と美羅琉は,空いている教官の屋敷に住居を移した。数日経って,問題が生じた。水香は食事をとらないからいいが,美羅琉は違う。
美羅琉「禅子様,食事の世話係がほしいです〜! どうしましょう」
水香「そんなの自分で考えて。今,忙しいの」
水香は,まがりなりにも臨時教官に就任した。しばらくは霊力を封印して,『気』だけで妖獣を退治しなければならない。少しは,『気』の練習をしなくてはいけない。
美羅琉「じゃあ,禅子様のお金から,女中を採用する給金を出しますね。それも,ご主人様の義務ですよ〜」
美羅琉は,水香の了解を取らずに勝手に進めた。宗主にお願いして,料理上手の女中一名を雇いたい旨伝えた。宗主は,たまたま雑役係で成績が悪く,退宗が決まっている『柴夷拉』(シイラ)を呼びつけた。
シイラは,15歳で初級中期レベルで,半年前に裏口で入宗した門弟だ。でも,いじめられ体質で体中あざだらけで,しょっちゅう授業を欠席しなければならなかった。というのも,美人で胸もGカップと大きかったため,いじめの対象となってしまい,女性門弟たちから徹底的にいじめられた。そのため,ろくに授業にも出席できず,成績も最下位になってしまい,赤点ばかりとってしまった。
宗主「シイラ,来週,退宗だな。もうその準備はできたかな?」
シイラは涙顔になった。
シイラ「はい,いつでも退宗できます。でも,宗主様から借りた裏金の金貨100枚の借金も返せないし,,,両親もいなくて,,,親戚もいないし,,,どこに行けばいいのか,,,」
シイラは,気がついたときには記憶を失っていた。たまたま,宗主の実家の近くにいたこともあり,しばらく宗主の実家で住んでいたが,もう面倒みきれないとのことで,宗主に預けられた。宗主はしょうがないので,自腹を切って,裏金の金貨100枚をシイラに貸して,シイラを入宗させた。
ちなみに裏金は,きちんと出納係が管理して,収支決算を明確にしている。そのため,裏金というには語弊があり,正式には寄付金というほうが正しい。
宗主「実は,最近,非常勤教官を採用した。禅子様という。見かけ12歳くらいのちび助だ。秘書もいて,美羅琉様という。そこでは,家事手伝いを募集している。どうだ? そこに就職しないか? 給金ももらえるぞ。1ヶ月金貨5枚らしい。少ないかもしれないが,寝床も食事付きだから,条件としてはそう悪くはないと思う」
その提案に,シイラは飛びついた。こんないい条件,願ったりかなったりだ。
シイラ「はい! 喜んで引き受けさせていただきます!借金もそのうち返せるようになりますし!」
宗主「そうか。では,禅子様のところに案内してあげよう」
シイラは,宗主に連れられて,水香のいる屋敷に案内された。
ー 水香の屋敷,居間 ー
水香は,他にするこもないので,『気』を繰り出して,水を出したり,小さな火をだしたりと,小技を練習していた。その過程で,『気』を制御する感覚を掴んでいった。
美羅琉は,水香に小動物を捕まえてもらったものの,この敷地内では,ネズミくらいしかおらず,ネズミをどう料理しようか悩んでいた。
そこに,宗主がシイラを連れてきて,シイラを紹介した。
美羅琉「シイラという名前ね? レベルは初級中期ですか,,,まあ,そんなものでしょうね。では,女中として採用試験を行います。ここにネズミ10匹います。そこの台所で30分以内に食べれる状態にしてください。その味をみて,採用するかどうか決めます」
シイラ「・・・」
宗主「・・・」
なんでネズミなの?と思ったもののシイラにはもう後がない。万難を排して,採用を勝ち取らないといけない。
シイラ「はい,,,頑張ってみます」
シイラは台所に移動して作業を始めた。
その間,宗主は,シイラの身の上話を水香と美羅琉に説明した。
宗主「シイラは,自分の名前だけは知っていましたが,そのほかのことはまったく知りませんでした。記憶喪失だと思いました。着ている服も,一風変わった服を着ていて,その材質も初めて見るものでした」
そのことを聞いて,水香は,もしかしたら,水香と同じ異世界からの訪問者かもしれないと思った。それにしては変な異能がないようだ。
宗主「幸い,わたしの実家の近くだったので,しばらく,わたしの両親が面倒をみていましたが,年頃でもあり,『気』の扱いが少しはできるようだったので,わたしに面倒をみるように押し付けられました」
美羅琉「そうですか,,,シイラは,記憶喪失だったのですか。ちょっと可愛そうですね。ネズミ料理が多少不味くても,しばらくはここで面倒みましょうかね」
美羅琉は,自分も神界からの異邦者なので,シイラの心細い気持ちはよくわかった。
パジパジパジーー!
油でネズミを焼く音が聞こえた。それに伴って,香ばしい臭いが漂ってきた。
美羅琉「あら? なんか美味しそうな臭いがするわ」
宗主「確かに,そうですね。でも,こんな臭い,嗅いだことはない」
だが,水香にはその臭いがわかった。天ぷらをあげている臭いだ。宗主の言葉から,この世界に天ぷらはないようだ。でも,シイラは天ぷら料理ができる。
水香は,シイラが水香と同じ月本国からの異邦者だと思った。不幸にもこの世界に来て記憶をなくしてしまった。よく悲惨なめに遭わなかったものだ。
時間が30分を過ぎてしまったが,美羅琉たちの前に,ネズミ肉の天ぷら料理が差し出された。
美羅琉「え? これ,なんていう料理なの?」
シイラ「名前,覚えていないけど,料理の仕方は覚えていました。その記憶を頼りに作ってみました」
美羅琉「そう? じゃあ,ちょっと味見するね」
美羅琉は,コロコロとした天ぷら揚げしたネズミの肉片を食べた。
美羅琉「え? 何? 超美味しい!! 宗主さんも食べて,食べて!」
宗主「おっ,そうか? では,ちょっと失敬して,,,」
宗主も一口食べた。
宗主「なんと!! これは美味だ!!」
美羅琉と宗主は,2人で,パクパクと出されたネズミの天ぷら料理をすべて平らげてしまった。
ふと,宗主は水香が口をつけないので尋ねてみた。
宗主「禅子様? どうして料理を召し上がらないのですか?」
美羅琉「へへへ,禅子様は天女様なのですよ。大気からいくらでもおいしい『気』を吸収できるんです。食べなくていいんですよ」
美羅琉は知ったかぶりで説明した。その説明は,少々間違っている。水香は大気から『気』など吸収できない。それに,雲禅仙人の膨大な『気』を吸収してしまったので,お腹パンパンだ。
とにかく,シイラは,この屋敷で住み込みの女中として採用された。宗主は,あまりにシイラの作る料理が美味しかったので,数日後には,用事もないのに,ときどき,水香の屋敷で朝食を取るという習慣になってしまった。
・・・ ・・・
水香が臨時教官として採用されてから1週間後,教官たちの朝の全体会議で,水香を教官たちに紹介する日が来た。
だが,,,その全体会議に出席したのは,美羅琉だけだった。美羅琉は,事前に宗主には,水香がつわりがひどく参加できない旨伝えていた。宗主は,やむなく美羅琉を,臨時教官として採用するという体裁とした。
宗主「では,このほど,新しく臨時教官を採用したので紹介します。美羅琉様です。彼女には,薬草採取などで,危険な妖獣が出現しそうな場所に出向く場合に,同行していただく予定です。そのほか,門弟への個別指導も担当してもらいます」
その説明を聞いて,常勤教官で,野外演習を主担当する財御教官が質問した。
財御教官「宗主,確か,新しく教官を採用する場合は,教官採用試験をパスする必要があったかと思いますが,彼女は,その試験は受けたのですか? どうも,まだ12,3歳くらいの小娘のようにしか見えないのですが?」
それは,まっとうな意見だと,ほかの教官も思った。皆,教官採用試験を受けて,パスした連中だ。いくら臨時とはいえ,勝手に宗主が採用していいものでもない。
宗主「コホン,コホン,あーー,その,,,なんだ,門弟には裏口入宗というのがある。ひとり金貨100枚になる。実は, 美羅琉臨時教官も,実は裏金で金貨100枚で臨時教官になってもらいました。
ただし,『臨時』ですので,正規の教官としての給与は支払われません。野外活動に出た場合にだけ,一日金貨3枚が支払われます。また,生徒への個別授業も,生徒がその料金を支払うというシステムです。なお,教官の屋敷の使用料は,毎月金貨10枚を徴収します。それが,臨時教官の採用条件です」
それを聞いて,誰も臨時教官になるものはいないと思った。あまりに条件が悪すぎる。だが,財御教官は,意地悪な質問をした。
財御教官「まあ,そのような条件なら,多少目をつぶってもいいかもしれません。ですが,『教官』と名乗る以上,『気』のレベルでは,少なくとも上級中期以上はなくてはなりません。その少女にそれほどのレベルはあるのですか?」
この話を言っておきながら,財御教官は自分で矛盾を感じた。そもそも上級中期の実力があるなら,正規に教官試験を受ければいいだけのことだ。仮に採用されなくても,他にいくらでも職はある。誰も好き好んで,条件の劣悪な臨時教官などになるものはいない。
宗主「彼女の場合,上級中期のレベルに未達なため,教官の採用は不合格になりました。それでも,ぜひにというので,条件がかなり悪くなりますが,臨時教官に就任してもらいました。しかも,裏口からです。その説明で納得できませんか?」
財御教官「彼女は,いったいどのレベルなのですか? それを明確にしてもらないと納得できません」
ほかの教官も,「そうだ,どうだ」という意味合いで首を縦に降った。
宗主も,実は,美羅琉の『気』のレベルがわからない。
宗主「美羅琉臨時教官,自分の『気』のレベルを開示いただけませんか?」
美羅琉は,こんな教官連中に,自分の『気』のレベルを明かすのは嫌だった。この凡界にあって,13歳なら,せいぜい初級前期か,良くて初級中期だ。今の美羅琉は,『気』の展開速度が100分の1に制限されているとはいえ,体を動かしている状況でも,上級前期のレベルで展開可能だ。それを公開してしまうと,天才中の天才になってしまい,変に注目されてしまう。それは避けなければならない。ここは,やはり,初級前期で通すことにした。
美羅琉「・・・,わかりました。では,わたしのレベルを公開します。わたしの,,,レベルは,,,初級,,,前期です!」
宗主「・・・」
財御教官「・・・」
その他教官「・・・」
この沈黙を破ったのは財務教官だった。
教官「ハハハーーー! やはり,ただのアホ娘だったかー! 初級前期? まったく,新入生と教官の違いも分からないとは!」
この言葉に,ほかの教官も同意して相づちを打った。
その言葉は,美羅琉だけでなく,宗主にも向けられたものだった。
美羅琉は宗主の立場を擁護しなければならない。そうしないと,そのままでは,宗主は失脚,美羅琉だけでなく水香も路頭に迷う運命だ。
美羅琉「教官の皆さん,少々誤解があるようです。わたしは,見た目13歳ですし,初級前期のレベルしかありません。ですが,いざというとき,妖獣から門弟を守ることできます!」
財御教官「ハハハーー! 何度,笑わせるんだ。 こんなに笑ったこと,久しぶりだ」
美羅琉「わたし,逃げ脚は早いんです。妖獣が門弟を襲おうとしたき,わたしはその門弟を逃がせます。場合によっては,妖獣のターゲットをわたしに向かわせれます。その説明で納得いただけませんか?」
財御教官「ふん,そんなんで納得できるか!」
美羅琉「では,どうすれば納得できますか?」
美羅琉は,ちょっとヤケになった。
財御教官「まあ,俺みたいに,上級中期の実力で,剣技もできる俺様とまでは要求しないが,少なくとも,俺と戦って3分以上持ちこたえられないと,門弟を逃がす時間も稼ぐことはできまい。それが出来たら,臨時教官として認めてやってもいい。へへへ,ダメだったら,素直に雑役係から出直すんだな」
美羅琉は,ニヤッと微笑んだ。この凡界で能力制御を受けているのは『気』の展開時間だ。幸いにも,『気』の出力も,肉体の速度なども一切制限を受けていない。ならば,なんとかなるかもしれない。
美羅琉「わかりました。その申し出,受けてもいいですが,条件があります。賭けを受けてもらいます。わたしが3分持ちこたえたら,わたしの勝ちで,あなたから金貨500枚いただきます。3分,持ちこたえられなかったら,金貨500枚を差し上げます。どうですか?」
財御教官「何? 金貨500枚?」
さすがにそれはリスクが多すぎる。仮にも宗主が臨時教官として認めた者だ。なんらかの特殊技能があるとみていい。それに,自分が上級中期だと知って,賭けを申し出てきた。相手は勝算があると判断したのだろう。
財御教官が躊躇っていると,別の教官が彼に言い寄って,ある提案をした。他の教官を抱き込んで,金貨500枚を分担するというものだ。教官は20名ほどいるので,ひとり金貨25枚出せばいい。財御教官が勝てば良し。仮に負けても,各教官に金貨5枚を返金するだけでいい。つまり,財御教官の損失は金貨100枚で済む。
財御教官も,そこまでして他の教官の後押しを受けたのだから,もう後には引けない。
財御教官「よ,よし,わかった。では,生死決闘場で試合だ。仮に,攻撃を受けて死んでも後悔するな。きちんと,宣誓書にサインしてからの試合だ。どうだ? それでも試合,受けるか?」
美羅琉「つまり,相手を殺してもいいし,殺されても文句を言えないということですね?」
財御教官「そうだ。それがイヤなら,さっさと雑役係からやり直せ!」
財御教官は,美羅琉が手を引くと思った。だが,それは違った。
美羅琉「わかりました。その試合,受けましょう」
かくして,美羅琉と財御教官の試合が行われることになった。試合日は,2日後の午後1時からとなった。
その試合は,公開される。さらに,別途,運営側が主催して,観戦者を対象に賭けが行われる。ただし,勝った側は,儲けの2割は,運営側に支払う義務を生じる。双方の掛け金の比率が大幅に偏ってしまうと,賭けは不成立となることもある。
ルールは,呪符,陣盤,陣法,毒物の使用は禁止で,それ以外は,なんでもOK。もちろん,武器の使用はOKだ。
死亡,場外,または,負けを認めると勝負がつく。さらに,美羅琉が3分間,どんな形であれ,試合場内で生きていれば,美羅琉の勝ちとなる。
宗主としても,その試合を止めるわけにもいかない。最悪,宗主としての責任問題にまで発展しそうだからだ。
ー 水香の屋敷 ー
美羅琉は,シイラの手料理を食べながら,水香に事の詳細を報告した。
水香「あらら? それで? 勝てるの?」
美羅琉「わかりません。でも,なんとか3分持ちこたえてみせます。わたし,『気』で加速はできないけど,動きがメチャ速いんです。それに,神界では,現役の神武宗の門弟でした。もっとも,雑役係でしたけど。へへへ」
水香「ふーん,神武宗ってすごいの?」
美羅琉「わかりません。他の武林宗を経験していないので。でも,武術も剣術も基本的な修練はしていましたよ。気法術の修練は,基本的に凡界も神界も代わりないです」
水香「とにかく,死なないでね。それだけはお願いよ」
美羅琉「了解でーす」
そんな会話をしているところに,宗主がやってきた。彼は,率直に美羅琉に勝算を聞いた。
宗主「美羅琉様,あなたの勝算はどの程度ありますか?」
美羅琉「その答えを言う前に,ちょっと聞いていいかしら? わたし,あの教官を殺してもいいの?」
宗主「そりゃあ,その内容で宣誓書にサインするのですから,問題にはなりません」
美羅琉「そう? だったら,わたし,100%の勝算があるわ。でも,殺さないとなると,勝算は大幅に減ってしまうけどね」
宗主「なるほど,,,そうですか,,,美羅琉様も,かなりの化け物だったのですね,,,」
美羅琉「宗主は,どうして,わたしに『様』づけするの?」
宗主「え? だって,美羅琉様は,神人なんでしょう?」
美羅琉は,宗主に見抜かれていた。
美羅琉「えへへへ,なんと,,,バレていましたか,,,内緒でお願いしますね? 訳ありで,この凡界に来た者ですから」
宗主は,ニヤッと微笑んだ。
宗主「もちろん,誰にも言いませんよ。では,試合の賭けでは,美羅琉様に賭けますね」
宗主は,意外とがめつい男だった。
ー 財御教官の屋敷 ー
財御教官は,美羅琉と対戦したという宗主の直弟子を呼びつけて,話を伺った。もっとも,直弟子は,水香の身分を明かすことはできないのだが,美羅琉については,何も口止めされていない。だから,正直に話すことにした。
財御教官「それで? 美羅琉の技量はどうなんだ?」
直弟子「はい,美羅琉さんは,自分では初級前期の腕前だと言っていました。初級前期ですので,気の波動はまったく感じませんでした。ただ,わたしの加速技1.2倍の攻撃を軽く躱しました。それは,ちょっと驚愕でした」
財御教官「何? 『気』の波動なく,1.2倍を軽く躱しただと? ということは,,,少なくとも,1.5倍,いや,2倍ほどの加速が使えるということか,,,」
財御教官は1.5倍の加速が使える。でも,そこまでだ。だが,彼には剣技がある。剣を振るう速度は,1.5倍どころではなく,2倍にも3倍にもなる。
財御教官「なるほど,,,となると,純粋に剣技で相手を打つ必要があるな。下手な『気』弾攻撃では隙が出来る。最初から,1.5倍に加速して,剣技で相手を打つ! それが必勝策だな」
財御教官は,直弟子が何も言わないので,彼の勝算がどの程度あるか聞いてみた。
財御教官「今度の試合,俺が勝つ確率はどの程度あると思う?」
直弟子は,5部5部とも言えないので,なんと返事しようか迷った。
直弟子「そうですね,,,圧倒的に財御教官が有利です。でも,100%とはいいきれないでしょう。でも,9割以上は確実に勝利できると思います」
この返事に,やっと財御教官は安心した。
財御教官「フフフ,そうか,そうか。ありがとう。もう,戻っていいぞ」
直弟子「はい,失礼します」
直弟子は彼の屋敷を後にした。彼は,なんか去り際にイヤな予感がした。
・・・ ・・・
試合当日の日となった。美羅琉と財御教官との個人的な賭けとは別に,林弦宗主催による公の賭けの受付が朝から始まった。
圧倒的に,財御教官側に掛け金が集まったが,意外にも,美羅琉側にも少なからず集まった。美羅琉は,公的な賭けにも水香のお金,金貨800枚すべてを賭けた。宗主も金貨200枚を賭け,直弟子も金貨50枚を賭けた。
もっとも,誰がどちら側に賭けるのかは,分からないようにしている。集まった金額をみると,財務教官側が金貨1500枚で,美羅琉側も金貨1500枚と,まったくの同額となった。
これには,誰もが驚いた。
「え? 誰が美羅琉に賭けているの?」
「さあ,俺も周辺では,皆,教官側だぞ?」
「ごく一部の人が高額を賭けたわけね。もしかして,美羅琉って,強いのかしら?」
「だって,初級前期だぜ,どう考えたって,負けるに決まっているだろ」
「ほんとうにそうだといいんだが,,,」
金を賭けた連中は,一抹の不安が残った。
個人的な掛け金では,美羅琉は,金貨500枚もないので,宗主に無理にお願いして,金貨500枚を貸してもらった。美羅琉が勝ったら宗主に金貨600枚を返す約束だ。負けた場合,水香が万難を排して返す約束だ。
やっぱり,宗主はがめつかった。
・・・
試合の開始時間となった。
美羅琉と財御教官は,この試合で死んでも,すべては自分の責任である旨の宣誓書にサインした。その後,高さ2メートルほどある試合場に上がった。
審判は,他の教官が務めた。審判は,試合場の外から声をかけた。
審判「では,両者いいですか?」
美羅琉「はい」
財御教官「いつでもいい」
審判「わかりました。では,試合,始め!」
フッ!
美羅琉の姿が一瞬,消えたように見えた。彼女は100メートル10秒で駆ける速度,すなわち,1メートル0.01秒で動いただけだ。常人の15倍速に相当する速度だ。それだけで仙人・天女レベルか,それ以上の速度だ。
その後,,,
ドタ!
財御教官は,その場に倒れて動かなかった。
審判も,観戦者も,いったい何が起こったのか,まったく分からなかった。
3分が経過した。
この時点で,美羅琉の勝利が確定した。
審判「えー,3分が経過しました。美羅琉選手は,まったく無事ですので,この試合,美羅琉選手の勝ちです」
「わおーー!!」
「大損だーー!」
「財御ーー!! どうしんだーー! 金返せーー!!」
「そうだーー! 金返せーー~!」
などなどの声が湧き上がった。
審判は,財御教官の様子をみた。彼は,背中側の首筋から小さな穴が開いていて,そこから少し血が流れているのを確認した。さらに,心臓の鼓動や息の有無を確認した。
審判「え? 死んでいる? まさか,,,でも,やっぱり死んでいる?! おい! 救護班を呼べ! 回復術が得意な教官を呼んでくれーー!」
急に,試合場が騒がしくなった。その後,救護班や,回復術が得意な教官たちが集まった。だが,死んだ人間を蘇生させることはできなかった。
ここにきて,教官たちは,美羅琉の恐ろしさを初めて理解した。試合が始まった直後,消えるように移動できるその速度!しかも,まったく気の波動を見せることなく相手を殺す技! 傷跡から,何か鋭利な串状のようなもので,首の後ろを刺して殺したのは間違いない。教官は,美羅琉が,何か『殺人技』を仕込まれた暗殺者ではないかと疑った。だが,疑うだけで,何も行動しなかった。誰も,美羅琉の反感を買いたくないからだ。
この大きな事件があってから,教官にも門弟たちにも,臨時教官として,美羅琉が就任したことが周知徹底された。また,公には,水香(禅子)は美羅琉の秘書という立場になってしまった。でも,これは,水香にとっては幸いだ。だって,何もしなくていいのだから。
その言葉に,ウソはありませんね?」
財御教官「ああ,俺はかまわいぜ。ただし,他の連中は知らないがな」
ほかの教官も財務教官の提案に同意した。
美羅琉「宗主もそれでよろしいですか?」
こうなっては,宗主も同意するしかない。
宗主「そうだな。構わない」
美羅琉「
森峰の雑役係に案内しなさい。彼女たちの住居については,少し便宜を図ってあげなさい」
直弟子「了解しました」
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