第39話 浩一と悟一

 梅山城で,浩一が持参した陣盤人形とヒカル,彩華の試合が終了した翌日,小芳は,自分のベッドの上で座禅を組んでいた。


 最近,富に直感が鋭くなってくるのがわかった。ヒカルが陣盤人形と試合をするのだって,ヒカルが勝つと直感で分かった。それは,とりもなおさず,神の力である『巫女』の啓示だ。


 ならば,ほんとうに未来を占ってみようと思った。この凡界に来て,まだ一度も『巫女』の力を発現してしない。いくら100分の1に制限されるているとはいえ,そろそろ一度くらいは使えるとの判断だ。


 小芳は,神人の名前である『美蘭』にもどり,両手を独特の手印を切っていった。


 小芳「えい!えい! ええーーい!」


 小芳は,勢いよく掛け声をかけていた。その行為によって,『巫女』の力が解放される。


 フーーー


 小芳が占う未来は,すなわちヒカルの未来だ。これから,あの忌み子であるヒカルが,いったいどんな人生を歩むのか?


 その未来は,確定したものではない。ある条件を満たせば,こうなるであろうという未来を垣間見ることができる未来だ。


 小芳「やっぱりね,,,ヒカルと大妖怪・水香が出会ったら,とんでもないことになるのね,,,でも,それだけじゃおもしろくないわ。もっとおもしろくしたたいし,,,」


 小芳は,ハタと禍乱の存在を思い出した。


 小芳「そうよ,禍乱よ!彼はどうしているの?」


 小芳は,再度,ヒカルと大妖怪・水香を会わせ,かつ,禍乱を地獄界から凡界に連れ戻した場合の未来を垣間見た。


 小芳「え? 何? この灰色だらけの景色は?」


 その未来は,煙がもうもうとして,いったいどうなっているのかまったく分からなかった。小芳は,これ以上,見るのをやめた。なんか,ちょっとヤバイ気がした。

 

 小芳は,神界にもどって,平穏に暮らしたいと思ったこともあった。でも,今は,まったくそんな思いはない。水香に毒されたのかもしれないが,波瀾万丈の人生が面白い。


 小芳は,再度,手印を切って『巫女』の力を封印した。


 小芳「なるほど,,,大妖怪・水香はいずれここに来るわ。だから,水香のことは今はどうでもいい。それよりも,禍乱を地獄牢から連れ戻す必要があるわ。そうしないと,おもしろくないじゃない!」


 小芳は,大きく溜息をついた。


 小芳「でも,地獄界って,いったいどうやって行ったらいいの? もしかして神界に行くよりも難しい??」


 小芳は,さきほど頭の中に浮かんだイメージを再度思い返した。そこに,微かながら,見知った顔があるのを思い出した。それは,浩一だった。


 小芳「え? 何で浩一の顔が出てくるの?」


 小芳は,再度,大きく溜息をついた。


 小芳「これだから,わけが分からなくなるのよ。頭にイメージが浮かぶのに,その解釈方法が違ったらどうしようもないわ。もう! わたしのバカ! もっと,しっかりイメージ映してよ!!」


 小芳は,いくら自分に文句を言ったところで何も始まらない。


 こんな情報は,今,ヒカルに与えたところで意味は無い。ただ,とにかく浩一がどうも大きなカギを握っていることは間違いないようだった。


 ・・・ ・・・


 その翌日の10時,浩一を処刑する時がきた。


 梅山城の大広間に,浩一と5名のS級煉丹師5名が勢揃いした。立華もいた。彼女は,一応,浩一側の人間だ。


 ヒカル側の人員は,さほど変わっていない。ヒカル,小芳,憫佳,榮楽宰相,その娘・珠莉の5名と,さらに,奥医師がいた。


 小芳「浩一様,覚悟はできていますか?」

 浩一「はい,できています。いつでも処刑してください」

 小芳「処刑方法を検討したのですが,首を刎ねると血が飛び散って悲惨です。そこで,毒殺ということに決まりました」


 珠莉が,盆を両手で支えて小芳のところに来た。その盆の上には,青い瓶があった。小芳はそれを受けとって,浩一に渡した。


 小芳「そこには,蛇毒とフグ毒の混合物が入っています。全量を一気に飲むことをお奨めします。中途半端に呑むと,徒に苦痛期間が長くなるだけです」

 浩一「わかりました。ここで呑んでいいのですか?」

 小芳「いいえ,浩一様の死に様は見たくありません。個室を用意していますので,そこでお願います。個室に入った後は,30分以内には,呑んでいただきたいと思います。いろいろと後始末がありますので」

 浩一「・・・」


 小芳「憫佳,浩一様を個室まで案内してください」

 憫佳「了解しました。浩一様,こちらです」


 浩一は,S級符篆師たちの顔をみて,立華の顔をみた。彼女らの顔を見るのも最後だ。


 こんな時,S級符篆師たちは,ただ,目から涙を流すしかなかった。変な言葉を発することなどできるはずもない。


 浩一は,涙を流している彼女たち,ひとりひとりの涙を拭いていった。そして,一言,「ありがとう」という言葉を言って,憫佳の後をついていった。


 彼女たちは,まだいずれも20歳に達していない乙女たちだ。こんな状況に耐えられるはずもない。その場でとうとう泣き崩れてしまった。


 ・・・ ・・・


 1時間後,,,


 隊員らが個室から棺桶を運んで来て,大広間に持ってきて,静かに床に降ろした。そして,棺桶の蓋を開けた。そこには,目を閉じた浩一がいた。


 小芳が奥医師に命じた。


 小芳「浩一の死亡を確認ください」

 奥医師「了解しました」


 奥医師は,浩一手首に触って脈の確認を行った。


 奥医師「間違いなく死亡しています」

 小芳「そうですか,,,惜しい方をなくなしました。玞蘭さん,浩一様の遺体の確認をお願いします」

 

 玞蘭は,これも役目だと思い,浩一の遺体を診て,さらに,手首の脈を測った。5分も握ったが,まったく心臓の鼓動はまったくなかった。間違いなく死亡していた。


 玞蘭「はい,浩一様の遺体に間違いありません」

 小芳「では,棺桶に蓋をして馬車に積みなさい」


 棺桶を運んできた隊員たちは,軽く頭を下げて,その棺桶に蓋をして,馬車の荷台に積んだ。


 5名のS級符篆師は,小芳たちに別れの挨拶をした後,その馬車に乗り込んだ。彼女たちは,浩一の遺体を菊峰城まで運ぶ役目がある。


 立華は,彼女らと帰る方向は同じだが,一緒に行動するのを避けた。少し,他の都市を廻ってから,真天宗を経由して仙界に戻る予定とした。


 立華「ヒカル,わたしもそろそろ出発するわ。神界からの討伐隊が来るかもしれないから,修練は欠かさずにするのよ」

 ヒカル「お母さん,大丈夫です。ここで,修練をしながら,水香さんを待つことにしますから」

 立華「フフフ,そうね。それがいいわ。あなたと水香さんが一緒になれば,もう怖いものは何もないと思うわ」


 立華の言葉に,小芳はちょっと不満だったが,今は口出しするのは止めにすることにした。


 立華も,ヒカルたちに別れの挨拶をしたあと,ここから去っていった。


 ・・・ ・・・


 その日の夜,,,


 浩一の遺体を乗せた馬車は,少し奥まった林の空き地で,野営した。テントを2帳張って,2名と3名で添い寝した。その内のひとりは,寝ずに周囲を警戒した。


 真夜中の12時頃,,,


 ボン!


 何かが爆発する音がして,馬車の荷台が燃えだした。


 警戒役の女性が他の連中を起こした。


 警戒役「ヤバイわよ。馬車の荷台が爆発して燃えている!」

 

 その声に,玞蘭はイヤな予感がした。


 玞蘭「もしかして,爆発元って,浩一様の棺桶なの?」

 警戒役「まだわかりません」


 その後,馬車の消火活動を行って,棺桶の状況を調べた。棺桶はバラバラになって,遺体もまったく見当たらなかった。肉片ごころか,骨ひとつ発見できなかった。


 玞蘭「え?これって,どういうこと?」

 洋蘭「さあ,さっぱりわかりません?」

 玞蘭「もう,どうしよう?! 浩一様の遺体が燃え尽きてしまったわ。もう菊峰城に帰るに帰れない!」


 玞蘭たちは,混乱の中でも,これからどうするかを相談した。遺体さえもない状態で帰れば,絶対に死刑か,そうでなくても10年以上は牢獄暮らしだ。


 ならば,このまま失踪するしかない。ただ。幸か不幸か,彼女たちは,各地方出身で,その地域では天才中の天才と言われた逸材ばかりだ。それぞれの武林宗でS級レベルに達し,符篆術方面で突出した逸材ばかりだ。


 「顔は化粧で誤魔化せるわ。気法術のレベルは,上級中期程度に格下げしておいても,就職するのは容易でしょう」

 「でも,符篆術は封印しないとダメよ。わたしたち,あまりに有名になりすぎたから」

 「じゃあ,煉丹師かどこかの護衛あたりってこと?」

 「そうなるわね。でも,他の城の軍人になるのはまずいし,他の武林宗に行くにもまずいわ。すぐにバレてしまいそう」

 「そうなると,だんだんと限られてくるわ。民間で,煉丹師か,もしくは護衛で5人同時に採用してくれるところとなると,,,」


 彼女らの頭の中に,2ヶ所の候補が上がった。『貴康堂』か,もしくは『衆康堂』だ。彼女の答えは簡単だった。ここから近い方を選ぶことにした。それは,南へ約150kmほど移動したところにある松風城下町にある『衆康堂』だ。


 彼女らは,『衆康堂』に向けて出発した。だが,彼女らの歩行速度は異常に遅かった。おしゃべるをするか,気篆術の練習をしながらなので,遅々として進まなかった。


 それでも,睡眠時間が2,3時間でいいので,結局のところ,3日後には『衆康堂』のある松風城下町に着いてしまった。


 彼女たちは,そこで化粧道具を購入して化粧を施し,各自,偽名を使うことにした。隊長の玞蘭は紫江子,副隊長の洋蘭は緑子し,他の3名は,橙子,青子,白子とした。気法術は,実際は,S級前期の腕前なのだが,上級中期ということにした。それでも,どこかの軍隊の大将クラスになれるほどの腕前だ。


 玞蘭という名前から紫江子と改名した5名の乙女たちは,衆康堂に訪れて就職の希望を伝えた。


 門番は,すぐに凛に報告して,凛が彼女たちの対応をした。



 ー 屋敷内の会議室 ー

 凛と面談を持つには,屋敷内では,刃傷沙汰を起こさないということを誓約させられる。それは当然のことだ。


 凛「それで,ここで就職希望ということね? みんな上級中期? とんでもなく強者ね。しかも初級煉丹師? しかも5名一緒? なんか,絶対おかしいわ。訳ありね。

 素直に,あなたたちの身元を正直に話しなさい。ここは,わたししかいないわ。秘密は厳守します。あなた方の了解なく,他人には漏らしません」


 凛は,その場で秘密を守るという誓約を行った。


 紫江子は,他の4人の顔色を見た。彼女たちは頭を軽く下げた。それを見た紫江子は覚悟を決めて正直に言うことにした。


 自分たちが,菊峰城の浩一の部下であり,S級符篆師であること,浩一が死亡したこと,その遺体が途中で爆発して消滅したこと,それで帰るに帰れなくなったことなどなど,包み隠さずに説明していった。


 彼女らの説明で,今,現在,梅山城がどのような状況になっているのかがよく分かった。


 凛「なるほど,,,馬車が爆発で燃えて,浩一様の遺体が一切残らなかったってところ,ちょっとひっかかるわね。わたしが梅山城に行ければいいんだけど,もう,逃げ出してきたようなものだから,,,」

 

 凛は,しばらく考えてから返事した。


 凛「わかったわ。上級中期でも目立ちすぎるから,中級後期のレベルにして,初級煉丹師として採用します。とにかく,今は,何も考えずに,煉丹術を学び直してください。できるだけ速く中級煉丹師になるように努力しなさい。

 非常時の場合,あなた方はS級のパワーをもって,この衆康堂の護衛任務も受けてもらいます。いいですね?」

 紫江子たち「はい! よろしくお願いします!」


 紫江子たち5名は,衆康堂に就職することに成功した。しかも,自分たちの素性を理解してもらっての上だ。こんな有り難いことはない。


 ・・・ ・・・

 一方,梅山城でも,動きがあった。


 死んだはずの浩一が目覚めた。ただし,顔には切り傷があって,だれも浩一だとは分からない。


 浩一「いててて,,,頭が痛い」


 看護していた憫佳が,慌てて小芳を呼びにいった。


 しばらくして小芳がやってきた。


 小芳「あなた,どう? もう,1週間も寝ていたのよ?」

 浩一「え? 1週間も? それって,死ななかったのか?」

 小芳「そうよ。殺すのは止めにしたわ。でも,あなたはもう死んだことになっているのよ。今から,別人として生きてもらいます」

 浩一「どうして,そんなことを?」

 小芳「フフフ,あなたが生きていると,将来,菊峰城と敵対するとき,人質になるのよ。わかる? それに,あなたをダシにして,菊峰城から気含石をたくさん奪うことだってできるしね」


 浩一は,死ななかったことに,正直,嬉しく思った。


 小芳「浩一様,今から,どんな人生を歩むか,10分で決めなさい。少しは助けてあげれると思うわ」

 

 そんなこと言われても,簡単に決めれるわけがない。だけど,してみたいことはある。それは,一から『気』の修行をしてみることだ。


 浩一「では,どこかの武林宗に入宗して,修行をし直してみたいと思います」

 小芳「武林宗ですか,,,この近くのはダメよ。遠いところにしなさい。となると,300kmほど離れている桂河城の近くにある林玄宗あたりかな? 源湧宗でもいいけど,気覇宗に近いのがなんかイヤ」

 

 小芳の好みの問題で,浩一が修行する場所が林弦宗と決まった。


その後,浩一は,小芳に指示に従うこと,ただし,特段の理由があれば,その内容を修正できること,浩一の身分をヒカルや小芳の了解なく公開してはいけないこと,さらに1ヶ月に一度は近況報告をすること,という誓約をさせられた。


 浩一の身分は,榮楽宰相の義理の息子とし,かつ,名を『悟一』として,300kmほど離れた林玄宗に向けて出発することになった。護衛は,20人ほどつけてもらえた。曲がりなりにも,宰相の息子という立場だからだ。


 『悟一』は,梅山城の新しい城主であるヒカルの押印がついた推薦状と,さらに,寄付金金貨500枚を持たされた。それだけあれば,どう間違っても入宗できないことはない。やはり,世の中,金の力がものをいう。


 いずれ,悟一が浩一としてカミングアウトするとき,すべての経費を菊峰城から奪いとるつもりだ。倍以上の利子をつけて,,,



 ・・・ ・・・

 ー 梅山城,城主の執務室 ー

  

 執務室は,相変わらず小芳が城主が座る場所を陣取っている。ヒカルは端の方で気篆術の練習をしている。


 小芳は,菊峰城の城主,菊峰浩蔵に伝書鳩で送る2種類の情報を吟味していた。 


 一通は,正式な梅山城の城主からの発信で,以下の内容だ。


 『菊峰浩蔵様 2件ほど連絡があります。①梅山城の新しい城主は『ヒカル』様に就任しました。②浩一様は生死を賭けた試合で敗北して死亡しました。ここにお悔やみ申し上げます。城主 ヒカル』


 もう一通は,匿名の発信で,以下の内容だ。


 『菊峰城城主様 浩一様は今もどこかで生きています。彼には偽物が用意されました。偽物は毒殺され遺体が運搬途中で爆破,護衛達はそれに巻き込まれ生死不明。匿名希望者』


 小芳は,この内容でよしとして,部下にこの2通を伝書鳩で菊峰城の城主,菊峰浩蔵に送るように指示した。


 ヒカルは,この2通の内容を小芳から知らされている。


 ヒカル「でも,どうして匿名でそんな情報を送るの?」

 小芳「フフフ,浩一が生きているかもしれないって知ったら,無理な攻撃はしてこないものよ。まずは,正確な情報収集に時間を費やすはず。周辺の城主に討伐依頼を出すと思うけど,でも,行動が鈍るわ。少なくとも半年は時間稼ぎができると思う」


 ヒカル「でも,どのみち,戦争は避けられないのでしょう?」

 小芳「そうね。でも,わたしたちも,周辺の城と同盟を結べばいいのよ」

 ヒカル「え? どうやって?」

 小芳「バカね。浩一と同じ手を使うのよ。人質を取ればいいのよ。人質を」

 ヒカル「・・・」


 ヒカルは,なんとも卑怯な手だと思った。ヒカルは,自分の意見を初めて言った


 ヒカル「ボク,人質を取るのは反対です。戦争するのも,正々堂々とすべきです。それで,負けたっていいじゃないですか」


 小芳「・・・,ヒカルが意見を言うなんて珍しいわね。その意見,聞いてあげてもいいけど,でも,水香を仲間に,,,いや,仲間ではダメね,奴隷にするのが条件よ。奴隷よ,奴隷!」

 ヒカル「水香さんを奴隷に? そんなことできません」

 小芳「ふん,じゃあ,ヒカルの言うことなんか聞かないわ」

 ヒカル「・・・,じゃあ,,,できるだけ,,,そうるように,,,頑張ってみる,,,」

 小芳「・・・」


 小芳は,ヒカルがなんとも意思の弱い子だと思った。なんで暴れん坊の禍乱から,こんな意思の弱い子が生まれたのだろうか?? きっと,神様のイタズラに違いない。


 ーーー

 

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