第34話 性光気の舞

 その後,途中で馬車を,近くの村に預けて,徒歩で山の中に入っていった。途中の道は峻烈だった。幅10cmしかない道幅を歩き,ちょっと踏み外すと,その下は溶岩だったり,トンネルのようなところを通ると,吸血コウモリが襲ってきたり,毒液を放つカエルの大群に遭遇したりした。


 だが,吸血コウモリは焼き払われたり,毒カエルの毒はヒカルにはまったく効果はなく,毒カエルの丸焼きにされて,彼らの餌になったりした。


 彼らは,道に迷ったかと思ったが,ところどころで人が通った跡があるので,そのまま進んでいった。


 その先に,大きな崖があり,壊れた橋があった。その橋は修復されていなかった。向こう岸まで100メートルはありそうだ。


 彩華「どうする?通れないわよ。空を飛ぶこともできないし」

 琴弥「わたしなら,ここから昇り坂を作って,加速すれば,向こう側にジャンプできると思う」

 彩華「師匠はそれでいいかもしれないど,,,ヒカルはどうするの?」

 ヒカル「ちょっと試したいことがある」


 ヒカルは,ある種の気篆術を展開して足元に放った。地上から10cmほど離れた場所に,幅50cm長さ1メートルほどの長方形の気篆術による半透明のプレートが出現した。その篆書体の文字は,『空中固定』と記載されていた。


 ヒカルは,恐る恐るその展開したプレートに足を踏み込んだ。そのプレートはヒカルの体重を支えた。


 ヒカル「よし。彩華,この面に上がってみて」

 彩華「ほんと? これ,大丈夫なの?」

 

 彩華は,そういいつつ,その面に上がった。

 

 彩華「あっ,上れる」


 パリン!


 彩華がそう言った途端に,その気篆術の面は割れて消滅してしまった。


 ヒカル「ちょっと,これは練習しないといけないかな?」

 

 ヒカルは,その後,何度か空中固定の気篆術の練習を行った。


 ヒカル「よし,まだ,体力があるうちに一気に駆けましょう。彩華,琴弥,ボクについてきて」

 

 ヒカルは,1メートルほど先に空中固定の気篆術を次々に構築していき,それを足場にして歩いていった。その後を,彩華と琴弥がついていった。


 1分もしないうちに,100メートル先の崖端に到着した。


 彩華「ヒカル! すごいわ! 気篆術って,超すごいのね」

 琴弥「エッヘン,もちろんよ。なんたってヒカルはわたしが赤ちゃんの時から育ててきたんだから」

 

 この話に,彩華は,琴弥が歳上であるヒカルを赤ちゃんの頃から面倒みることなど,どうしたって出来るわけがないと思った。


 パチパチパチ!


 拍手をしながら,ひとりの若者が物陰から出てきた。

 

 「見事でした。まさか,そんな奇跡的な方法でここを渡ってくるとは思ってもみなせんでした」


 そんな言葉を発して,彼は自己紹介をした。


 銀狸「わたくし,この地域一帯を預かる妖狸族の銀狸と申します。あなた方は?」

 彩華「妖狸族の銀狸さん? あの,それって,『護狸森村』と関係があるのですか?」

 銀狸「『護狸森村』は俗称のことで,要は妖狸族の村ってことです。ここがその『護狸森村』ですよ」

 

 彩華は自分たちの自己紹介をした後,ここに来た要件を伝えた。


 彩華「わたしたちは,剣流宗からの依頼でここに来ました。なんでも,試合をする選手を望んでいるとか? 村長に会わせていただけますか?」

 銀狸「剣流宗からの依頼? よく分かりませんが,族長のところに案内しましょう」


 銀狸は彩華たちを族長のところに案内した。


 ー 妖狸族の族長宅 ー


 妖狸族の村は,外観上,普通の人間の村とほとんど変わらない。妖狐族と同じく,変身能力に長けた妖怪だ。


 その変身能力については,妖狐族は,一度,ヒト型に変身を固定してしまうと,顔は多少変化させることはできるものの,体格を変えることは困難なのに対し,妖狸族は,顔だけでなく体格もある程度変化させることができると云われている。もっとも,個人の資質によるところが大きく,一概に両者の優劣を決めつけることは難しい。


 妖狸族の族長は,自分が剣流宗に依頼したことをすっかりと忘れていた。だって,80kmも離れているところまで,わざわざ来てもらえないと思っている。仮に来てもらうにしても,道は悪いし,危険な生物がうようよしているし,更には,崖にかけられた橋が壊れているという状況だ。そこを迂回すればいいのだが,さらに数日を費やしてしまう。


 族長「そうか,まさか,本当にあの依頼を受けてもらえるとは思ってもみなかった」


 族長は,彩華たちをマジマジと見た。10歳くらいの少女,12歳くらいの少年,そして17歳くらいの女性,,,果たして,どれほど強いのか?


 族長「申し訳ないが,あなた方の強さをテストさせてもらう。よろしいかな?」

 彩華「もちろん結構です」

 族長「では,金狸と青狸を呼んでくれ」

 

 それを聞いて,銀狸は少しビックリした。


 銀狸「え?金狸はまだいいとして,青狸も呼ぶのですか?」

 族長「ああ,そうだ。最近,命からがら,桜川城かた戻ってきたのだろう? 遊び相手がいなくなったと云ってぼやいていたそうじゃないか」

 銀狸「まあ,そうですが,,,あやつは,両刀使いですから,,,」

 族長「いいから呼べ!」

 

 銀狸は,彩華たちの顔を見て,溜息をつきつつ,長老宅から出ていった。


 しばらくして精悍な男性が族長宅に姿を現した。金狸だ。


 金狸「族長,お呼びですか?」

 族長「おお,金狸か,よく来た」

 

 族長は,金狸を彩華たちに紹介した。彩華たちも自己紹介をした。


 族長「金狸,彩華たちは剣流宗の門弟たちだ。彼らの戦闘レベルを知りたいので,お前を呼んだわけだ」

 金狸「え? でも,相手を殺してしまいますよ」

 族長「金狸は,手加減というものを知らんのか? 全力を出さなくても,相手のレベルは確認できるだろう?」

 金狸「そりゃできますけど,でも,それなら,銀狸でいいじゃないですか?」

 族長「銀狸はS級後期の腕前だ。もし負けたら,結局はお前が試合に出ることになる」

 金狸「え?相手は,上級後期を超えるのですか?」

 族長「彼女らは,S級中期以上と云っている。それが本当かどうか確認したい」

 金狸「なんと,,,」


 金狸がビックリしているところに,美しい女性の声が聞こえた。


 「族長? わちきを呼んだんでありんすか?」


 胸を半分ほどはだけた花魁姿の女性が現れた。


 族長「おっ,青狸,来たか? 今日は花魁姿か?」

 青狸「そうでありんす。でも,この姿の時は,青嵐と呼んでくださいなまし」

 族長「ハハハ,わかったわかった。青嵐よ,お前に,ちょこっと,そこにいる連中の腕試しの相手をしてもらいたい。剣流宗の高弟だそうだ。気法術は皆,S級レベルだそうだ」

 青狸「S級でありんすか?では,上級のあちきでは相手になりんせんでありんす」

 族長「勝負は気法術だけで決まるものではない。各自の特異能力も影響してくる」

 青狸「まあ,そうかもしれませんでありんすが,結局のところ,最後には,気法術の優劣で決まるものでありんあすえ」

 族長「フフフ,青嵐,お前の能力,わしが知らないとでも思っているのか? 気法術で勝てないなら,妖術で勝てばいい。幸い,お前は,四分の一は妖狐族の血を引き継いでいる。魅惑にかけては,お前の右に出るものはおるまい?」

 

 族長は,青狸と試合する相手を決めてくれるように彩華に依頼した。青狸は,幻覚,魅惑,催淫,催眠など,精神に作用させる妖術に長けていることを彩華たちに説明した。


 それを受けて,彩華達は,誰が出場するかを相談した。彩華を出場させてしまうと,確実に妖術の陥ってしまう。琴弥やヒカルは,妖術に対して天性の耐性を持つ。もっとも,琴弥は妖猫族だし,ヒカルは,妖蛇族と妖猫族の血を引く。母親が妖蛇族で,父親の禍乱は人と妖猫族のハーフだからだ。


 琴弥の一声で,彩華が出場することになった。琴弥やヒカルが出場してしまうと,妖術使いの相手を自信喪失させてしまう恐れがある。それに,彩華にとっても,妖術を経験するいい機会だ。


 結局,彩華が試合をすることに決まった。試合のルールは,相手が参ったというか,戦闘不能になるまで。試合時間は30分までと決まった。


 族長「では,両者いいかな? 特に,青狸,これは殺し合いではない。彩華さんの戦闘能力を見極める試合です。妖術にかかったとしても,攻撃は止めなさい」

 青狸「はいはい,おやっさん。了解でありんす」


 青狸は,相手が女性なので,その場で,ゆっくりと体を回転させた。一回転するのに10秒ほどかかった。


 その10秒後,ふたたび,彩華と面と向かった時,さきほどの女性特有のS字カーブをした豊満なエロい体が消滅し,筋肉質の男性の体に変わった。


 彩華「え? 青狸さん,あなた,男性だったの?」

 青狸「あちきに,男性も女性もありんせん。強いて言えば,中性でありんす。でも,最近は,女性の体になっているほうが多いでありんす。男性をたぶらかして,お金を奪い放題でありんすから」

 彩華「・・・」


 族長が声をかけた。


 族長「彩華さん,そろそろ準備はいいかな?」

 彩華「え? はい,いいです。大丈夫です」

 族長「では,両者,試合を始めてください」


 彩華は,まじまじと青狸を見た。青狸は,妖術など使わなくても,女性たちをたちどころに彼に恋させるほどの魅惑的な顔をしていた。もし,ヒカルに恋していなかったら,青狸にメロメロになっていたかもしれない。


 彩華は,自分から攻撃しないと決めた。折角の機会なので,妖術というものを体験するいい機会だ。


 青狸「あら? 彩華さん? わたしの顔を見て,顔が赤くなりんせんね? これはめずらしいでありんす。それではしかたがありんせん。妖術を発動させていただくでありんす」


 青狸は,体を少し震わせた。すると,彼の体から,特有の臭気が溢れだした。彼は風上に陣取っている。そのため,その臭気が彩華を襲った。


 青狸が,なにゆえに妖狐族や妖狸族を含めて,妖術使いでは随一と称されているのか? それは,彼の放つ臭気に関係している。彼の放つ臭気は,それ自体が催淫と幻覚を引き起こすものであり,それを媒体にして,種々の妖術をかけていく。


 彩華「あれ? おかしいわ? ピンク色のバラの花々が周囲に咲き乱れているわ? あれ? あの人,ヒカル? どうしてヒカルが花魁の服を着ているの? え? わたしに服を脱げって? いやーね,このスケベ!」

 

 彩華は,そういいつつも,今来ている着物の腰紐をゆっくりと解いて,着物を脱いでいった。


 彩華に,この幻覚を打ち破るという意思はない。このまま,すてきな夢の中で過ごしたいとさえ思ってしまう。


 彩華は,着物を脱いで,さらにサラシをゆっくりと解いていった。彩華はDカップの豊満な胸をしている。その胸の谷間が徐々に姿を露わしだした。


 それを見た琴弥は,このままでは彩華は裸になってしまうと思い,念話で彩華に声をかけた。


 琴弥『彩華! あなた,幻覚にかかっているのよ! 目覚めなさい! このままでは,あのスケベ花魁に犯されてしまうわよ! 彩華! 彩華!』


 幻覚中の彩華は,念話を受けても,夢心地な気分だ。


 彩華「え? 誰? おかしな声が聞こえるわ。フフフ,でも,ヒカルがわたしを早く抱きたいって言っているのよ。それに答えないとね」


 この言葉に,こんな試合にまったく興味のないヒカルも,ちょっとだけ彩華を助けてあげようと思った。


 ヒカル『彩華さん,ボクは眼の前にはいません。彩華さんの背後にいます。彩華さん,眼の前の彼に犯されたら,もう絶交です! 離縁です!』

 

 彩華は,離縁という言葉に強烈に反応した。


 彩華「え? 離縁?! イヤーー!」


 彩華のイヤーという叫びと共に,彩華は,青狸の幻術を打ち破った。


 彩華「え? なんで,わたし,服を脱いでいるの?」


 彩華は,慌てて,サラシを巻き直して着物を着た。


 彩華「なるほど,,,これが妖術なのね? すごいわ。わたしひとりだったら,確実に犯されていたわ」

 青狸「彩華さん,どうやら仲間に助けられたみたいでありんすね? では,あちきの本当の姿をお見せしやしんしょう」


 青狸は,またゆっくりと回転していった。その回転する時も,特有の臭気を放っていた。


 一回転すると,そこには,花魁の服を着た者は姿を消して,体調3メートルもの大きな狸姿をした妖怪が出現した。


 その妖怪は,ノシノシと音を立てて彩華に向かっていった。


 彩華「え?妖狸族って,こんなに大きかったの? ええい,体が大きいってことは,動作がのろいと決まっているのよ。氷結の矢攻撃で倒れなさい!」


 彩華は,氷結の矢を妖怪に向けて放った。


 スーー!


 その矢は,そこに何もないかのように素通りしていった。


 彩華「え?どうして? 素通りした?」


 その妖怪は,大きな手で,斜め上方から,彩華を叩きのめそうと襲ってきた。


 彩華は,自分の周囲に気の防御結界を構築した。その直後,妖怪の手がその結界に接触した。


 スカッ!


 妖怪の手は,あたかも実体がないかのように,その結界を通り抜けて,彩華の体も通り抜けた。


 ヒューン! バシュー!ーー


 その刹那,どこからともなく,氷結の矢が飛んできて,彩華の展開した結界にヒットした。


 その衝撃音で,彩華は,ふたたび我に返った。その時,目の前にいた体長3メートルもの妖怪は姿を消した。


 彩華「え?あの妖怪,幻覚だったの?」

 

 ヒューン!バシュー!ーー


 ふたたび’氷結の矢が飛んできた。幸い,彩華は気の防御結界を構築し続けていたので,防ぐことができた。それに,この氷結の矢は,さほど強力なものではないことも幸いした。


 パチン!


 彩華は,自分のポッペを思いっきり叩いて,意識をハッキリさせた。すると,花魁服を着た男,青狸が氷結の矢を構築して彩華を攻撃しているのがハッキリとみてとれた。


 彩華は,すぐに横方向に移動して,彼女も氷結の矢を構築した。


 それをみた青狸は,慌てて叫んだ。


 青狸「彩華さん,ここまです! 降参です! 攻撃を止めてください!」

 彩華「え? どうして?」

 青狸「この試合,ここまでにしていただきたいでありんす。正気に戻った彩華さんに,あちきは勝てる自信はありんせん」

 

 そう云われては,どうしようもない。


 青狸は族長に向かって言った。


 青狸「族長,彩華さんは,妖術にかかりやすいようでありんすが,正気に戻るもの早いようでありんす。妖狐族との試合では,事前に妖術対策をしていれば,いい結果を生むと思うでありんす」

 族長「そうか,青狸,ありがとう。でも,お前の妖術は相変わらずすごいな。わしでさえも,はっきりと3メートルもの化け狸を認識できた」


 青狸はそう言って,またゆっくりと回転していき,一回転して再び妖艶な女性の姿に戻った。


 青狸「では,族長,あちきはこれで失礼するでありんす」


 青狸は族長の了解を得るまでもなく,その場から去っていった。


 族長は溜息をついた。さすがに青狸の妖術はすごいと思った。彩華が仲間の助けを受けなければ,確実に青狸に犯されていただろう。


 族長は,彩華に声をかけた。


 族長「彩華さん,大丈夫ですか?」

 彩華「あっ,はい,大丈夫です。幻覚から完全に回復しました。本来の気法術の試合もすぐに出来ます」

 族長「そうですか。では,次に,金狸と試合していただきます。そちらから選手を選んでください」


 琴弥は,彩華に念話した。


 琴弥『彩華さん,次の試合も出てください。名誉挽回しなさい』

 彩華『了解です!剣術の極意,ちょっと感じるようになりましたから』


 彩華は,偉陵ノ介から教えてもらった純剣気の訓練を真面目にしてきた。まだ,数日しか経っていないが,なんとなく感覚が掴めた感じがしてきた。


 彩華は,族長に返事した。


 彩華「次の試合もわたしが出場します」

 族長「わかりました。では,両者,準備はいいですか?」

 金狸「いつでもどうぞ」

 彩華「わたしも大丈夫です」

 族長「では,試合,始め!」


 金狸の実力は,S級後期にまで達している。彼は,気で剣を実体化した。そこに,さらに気を流した。


 彩華は,金狸が剣を実体化するのをみて,金狸はS級に到達しているものと判断した。果たして,前期か,中期か,またまた後期か?


 彩華も剣を実体化した。それを見た金狸は,彩華もまたS級レベルに達していると判断した。だが,ちょっと違うのは,彩華はその気の剣に,気を流していないようだ。


 金狸「え?彩華は,気を剣に流さないのか? もしかして,実体化はできるのに,そこに気を流せないのか?ならば,遠慮はいらん。俺の剣風刃の威力を見せよう」

 彩華「はい,ぜひ,お願いします」

 金狸「怪我しても悪く思うなよ」


 彩華が叫ぶのと時を同じくして,金狸も叫んだ。


 金狸「金狸S級剣風刃ー!」


 金狸は,気の刃を空中に斜め十字に切ることで,剣風刃を放った。しかも十連発だ。


 パピューン!ーー


 その威力,まさにS級後期の圧倒的なパワーだ。直径1メートルの岩石をも切り裂くほどだ。


 一方,彩華は,微かながら『純剣気』を実現させていた。

 

 彩華の気の剣に,精神を集中させなければならない。そのため,彩華の体に気の防御結界など,余計なことをする余裕などない。すべては,この実体化した剣にすべてを託す!


 彩華は,自分なりの精神統一する方法を確立していた。今の彩華は,常態的にあのことを考えている。雑念を払うことなどできるはずもない。ならば,思い切って,ヒカルとあの行為で絶頂になる感覚を再現させ,すべてを絶頂の境地に任す! その境地,それこそ,彩華ができる最高の精神統一だ!!


 彩華の股間部から変な液体が出てきた。それが出ること,すなわち,精神統一が成功したことを示す。それと同時に,実体化した剣の表面に,通常の気とは異なる黄金の輝きが微かにきらめき出した。


 彩華は『純剣気』を繰り出す技の名前をすでに決めている。その名を『性光気の舞』! 


 名前を付けることで,それがより一層実現味を帯びさせる。彩華は,半恍惚状態と半現実の状態の狭間の中で,大声で叫んだ。


 彩華「性光気の舞ー!」


 この叫び声によって,彩華は半恍惚状態から,完全な現実状態に戻った。その顔は自信に満ち満ちた顔だ。


 彩華は,迫り来る十連発の剣風刃に対して,微かに黄金の微粒子で帯びた気の剣で,斜め水平切りによる一太刀を放った。


 シュィーーー!


 その一太刀は,迫り来る剣風刃の三連発を切り裂いて消滅した。彩華は,僅かな時間を置いて,二発目の『性光気の舞』を放った。


 シュィーーー!


 その攻撃で,金狸の4発目からの三連発を切り裂いて消滅させた。それをさらに2回ほど連続させた。


 彩華が最後に放った『性光気の舞』は,10発目の剣風刃を切り裂き,その勢いを維持して金狸を襲った。


 金狸は,剣風刃の10連発で,相手を倒せると思っていたので,剣風刃を放った後,気の防御結界など構築していなかった。


 金狸「何?」


 金狸は,まさか彩華から,金狸よりも強力な風刃によって逆襲されるとは思ってもみなかった。


 彼は,慌てて自己最高の5倍速のパワーを自分の右足に力をかけて,地面を叩きつけるように後方に飛び去った。それによって,ぎりぎり彩華の風刃を避けることができた。


 パキッ!


 その5倍のパワーが急すぎたため,右足の骨がそのパワーに耐えきれずに骨折してしまった。


 金狸「痛てーー!」


 金狸は,右足を庇って,体の側面から地面に倒れた。その際,気の防御結界を構築したので,落下時にショックを緩和した。


 急激な加速技は骨折を招く。加速技の熟練者であれば,骨にも気による強化を行うので,このような素人的な失敗は起こさない。


 金狸は,まだ,加速技に慣れていなかった。


 族長「そこまで! 見事だ! 彩華さん,あなたのその風刃の威力! 感服いたしました」


 族長は,あたかも神を拝むかのように,両手を合わせて,頭を下げた。


 彩華「族長,頭を上げてください。わたしの先ほどの技はまだ未完成です。たまたまうまくいっただけです」

 族長「いやいや,それでもさすがです。立派なものです」


 金狸がビッコを引きながら族長のところに来た。


 金狸「族長,足を骨折したようです。完全に治るのに1ヶ月ほどかかってしまいます。これでは,3日後に控えている妖狐族との試合に出るのは無理です」

 族長「もう3年連続出ているから,妖狐族も打倒金狸をかがげて対策してくるだろう。ちょうどいい機会だ。彩華さんに託そう」

 金狸「それがいいと思います。彩華さんの風刃は,強烈無比,今度も勝利は間違いないでしょう」


 族長は,彩華が何の話をしているのか分からないと思ったので,彩華に説明した。


 族長「彩華さん,今の話,もう少し詳しく説明したほうがいいでしょう」


 族長は,何度か溜息をついてから言葉を続けた。


 族長「妖狐族と妖狸族は,昔から仲が悪く,争いばかりしていました。ところが,両者が疲弊している隙を狙って,これまで脅威を感じなかった妖兎族が跋扈しだしたという経緯がありました。

 そこで,妖狐族と妖狸族の族長同士が相談して,境界付近の領土については,両者の代表者3名による試合によって1年間の帰属を決めるこことになりました。今から5年ほど前のことです。

 初年度は,妖狐族が勝利を収めました。2年目からは金狸が参戦して,連続3年間,われわれ妖狐族が勝利しました。そして,3日後に5年目の試合があります。

 ですが,すでに,金狸の実力が敵にバレています。やつらも打倒金狸をかがげて,試合に臨んでくるはずです。

 今年は,金狸を出場させても,勝てる可能性は低いと思い,2ヵ月も前から剣流宗に選手候補を依頼していました。まさか,彩華さんみたいな強者が来てくれるとは思ってもみませんでした」


 彩華「族長,経緯はよくわかりました。ですが,どうしてその領土の帰属を争うですか?両者で分ければいいじゃないですか」

 族長「そうもいきません。その領土には,温泉が含まれています。しかも,上流から,気が豊富に含まれている温水が流れてきます。それがあるからこそ,金狸や銀狸たちが,レベルを上げることができましたし,青狸だってその恩恵を受けています。それに,妖狐が入った温泉は,臭いがきつく,使い物になりません。4年前に妖狐族から奪え返した時,やつらの臭いを消すのに1ヶ月以上もかかってしまいました」

 彩華「要は,気が多く含まれる温泉の使用権をかける勝負ということですね?」

 族長「そう理解して結構です。お疲れになったでしょう。お休みください」

 彩華「ありがとうございます。あの,琴弥やヒカルの実力は確認しなくていいのですか?」

 族長「試合は勝ち抜き戦です。強者が1名いればいいんです。それに,他の2名も彩華さんと同等レベル以上の強者であることは,容易にわかります。それに,男性のヒカルさんは,伝説の気篆術を使えることも聞いています。金狸がどう逆立ちしたって勝てる相手ではりません」

 彩華「なるほど,そこまで理解していましたか。無駄なことを聞いてしまいました」


 彩華はペロッと舌を出した。正直言って,この3名の中で,彩華が一番弱い。琴弥の加速は,もう仙人レベルを超えてしまっている。ヒカルの気篆術も,いったい,どのレベルに達しているのかも分からないほどだ。


 琴弥にしてもヒカルにしても,彩華がどう逆立ちしたって勝てる相手ではない。


 彩華は,金狸の剣風刃を封じることができて,ちょっと嬉しかった。でも,琴弥やヒカルのレベルを考えてしまうと,まだまだ弱いと認めざるを得ない。

 

 彩華は,3日後に控えている試合に向けて,自分の剣技のレベルアップをさらに引き上げることにした。そのために,,,即時に絶頂の無我の境地を感じながら,剣技を磨くという変態的な修行にのめり込んでいった。


ーーー

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