第33話 ヒカルたち,妖狸族に助っ人にいく

 ー 剣流宗 ー


 今,ヒカルは,琴弥と彩華の屋敷に居候している。それはいいのだが,ヒカルは,琴弥に責められていた。


 琴弥「ヒカル様のあの部分,まったく節操がありませんね! わたしという者がいながら,他の女に手をだすなんて! まあ,彩華さんとのことは,事故みたいなものですから,許すとして,憫佳とは,もう会ってはいけません! 災いしか持ってきませんから!」


 そんなこと云われても,ヒカルにはどうしようもない。彩華はヒカルの肩を持った。


 彩華「ヒカルにそんなこと云うの酷ですよ。男のあそこって,節操がないのは周知の事実ですから」

 琴弥「では,もう,ここには居られません。ヒカル様,一緒に剣流宗を出て行きましょう」

 

 ヒカルは,早乙女宗主の奴隷の身分だ。無断で出て行くわけにもいかない。


 ヒカル「今は無理です」


 彩華は,早乙女宗主との約束の期日のことを持ち出した。


 彩華「師匠,まだ約束の1ヶ月は経っていませんよ。今,抜け出してしまうと,気覇宗側に迷惑がかかってしまいます」


 琴弥は,手の指を左右に振って否定した。


 琴弥「チッ,チッ,チッ! 大手を振って,剣流宗から出ていく方法があるんですよ」

 彩華「え? ほんと? 何,何? 師匠,教えて?」

 琴弥「簡単なことです。剣流宗の門弟としての義務を果たせばいいんです」

 彩華「え? それって,『貢献所』で仕事を受けて,貢献点をもらうってこと?」

 琴弥「そうよ。わたしたちが仕事を受けれないなんてことはないはずよ」

 

 彩華は,拳を手の平で叩いた。


 彩華「さすがは師匠! 腕も立つけど,頭の回転も天女並みね」


 天女が頭の回転が早いのかどうかはわからないが,こう云われては,琴弥も鼻高々だ。


 琴弥「えっへん!」

 彩華「師匠,では,早速,貢献所に行って,どんな依頼があるか見てきますね~」


 彩華も,剣流宗から出て気分転換をしたかったので,すぐに対応した。


 献身所は,門弟たちに仕事を斡旋する場所だ。ノルマの仕事以外は,自由に選択していい。仕事内容は薬草採取の類いが多いのだが,妖獣などに遭遇することもあり,どうしても貢献点がほしいという場合以外,進んで仕事を受けることはしない。

 

 仕事を達成すると貢献点が得られる。貢献点で出来ることは意外と多い。貢献点が5点あれば特別な図書室への入室ができ,10点あれば気含石含有風呂に入浴でき,15点あれば闘技九塔にも入塔できるなどといった具合だ。


 闘技九塔とは,大きな9層の塔があり,各層では,幻影によって造られた妖獣と模擬対戦することができる。


 大体にして,このようなシステムは,どこの武林宗でも共通している。師範たちは各武林宗を渡り歩くことが多いので,自ずとどの武林宗も同じようなシステムになってしまう。


 彩華は,壁一面に張り出されている仕事内容をみた。その中で,1枚の張り紙に注目した。


 『試合の選手求む。最低1名,最大3名。気法術レベルは中級後期以上。試合の相手は,近隣の村人。身の安全は保障します。依頼期間は2週間。献身点1人20点』

 

 彩華は,その張り紙を奪って,受付の女性に渡した。


 受付「え? これって中級後期以上ってなってますけど,受けるのですか?」

 彩華「はい,わたしたち,3名,皆,中級後期のレベルですので」


 受付は,まじまじと彩華を見た。外見からは相手の気のレベルなど不明だ。

 

 受付「そうですか,,,得てして,このような依頼は,詐欺的な要素が多いものです。気をつけてください。過去にも,このような依頼を受けて,戻って来なかった門弟がいましたから」


 受付は,そういって,1枚の仕事引き受け書を彩華に渡して,そこに,参加者の氏名,レベルなどを記載するように指示した。


 彩華「ご指摘ありがとう。でも,自分の身は自分で守れますから,大丈夫だと思います」


 彩華は,適当に受け答えして,テキパキと必要な情報を書いて受け付けに渡した。レベルの記載欄は,適当に自分だけでなくヒカルや琴弥も中期後期とレベルを低くして記載した。


 受付「はい,まあ,これでいいでしょう。では,これを受け取りください。2週間までの外出許可札です。3人分あります。それと,依頼主は,ここから80kmほど離れた場所にある『護狸森村』です。そこで村長を尋ねてください。これが地図です」


 彩華「はい,確かに」


 彩華は,簡単に外出許可札を受けとることができた。こんなに簡単に2週間も外出許可札がもらえるなら,もっと早くここに来ればよかったと後悔した。


 彩華の屋敷に戻った彩華は,早速,依頼内容をヒカルと琴弥に伝えた。


 彩華「依頼内容って,試合に出るだけでいいのよ。それに,2週間も外出許可がもらえたのよ。最高でしょう」

 

 彩華は,自分の成果を誇張した。


 ヒカルは,意外とルーズだ。このまま剣流宗で,早乙女宗主の庇護のもと,だらだらと生活するのも悪くないと思っている。何を好き好んで80kmも離れた場所に行かなければならないのか?

 

 ヒカル「ボク,動きたくない」

 彩華「大丈夫よ。途中までは馬車で行くから」

 ヒカル「ボク,宗主の了解とらないといけないし」

 彩華「大丈夫よ。ほかの門弟にお金を掴ませて,われわれが出発した後,宗主に連絡してもらうから」


 ヒカルは,これって事後承諾だと思った。


 彩華は準備万端整えた。ヒカルは,イヤイヤながら,彩華と琴弥に引きづられるかのように,用意された馬車に乗り込んだ。


 彩華「この地図をみると,60kmほどは馬車で行けるわ。その後は,徒歩になるわ。道に迷うかもしれないけど,それはそれで楽しいかもね。フフフ」


 彩華も琴弥も,久しぶりの外出で上機嫌だった。


 琴弥「これで,やっと女狐どもからヒカルを遠ざけることができるわ」


 女狐どもとは,憫佳と早乙女宗主を指す。


 彩華は,この移動中にも気の修行するつもりだ。そこで,振動の少ない馬車を借りた。それは,最新式の馬車だ。振動を低減するサスペンションのような構造を持っていた。


 馬車の中は快適だった。修練するにも,意外と集中できそうだった。彩華は,加速技を5倍以上に引き上げるのは困難だと感じた。そこで,腕の動きを早くする訓練に集中した。琴弥は,彩華の訓練に付き合った。

 

 途中,村のある民家を借りて一泊した。


 その民家では,たまたま梅山城下町に出稼ぎに行っていた若者が戻っていて,若者だけがいた。彼の両親は離れに住んでいる。


 梅山城が敵に占拠されるという噂が立って,出稼ぎ労働者たちは,一時的に故郷に戻っていた。この村でも同様だった。


 若者「お嬢ちゃんたち,まだ子どもなのに偉いね」


 琴弥は10歳,ヒカルは12歳くらいにしか見えない。彩華でも17歳だ。子どもの一行といった感じだ。


 若者「どこまで行くの?」

 彩華「両親が山奥にいるので,家族で移動中なんです」


 彩華は適当なことを言った。若者はいろりで雑炊を作りながら,彩華たちの戦闘能力を推し量った。もし弱者であれば襲う考えだ。


 若者「この辺,治安が悪いよ。盗賊だって出るしね。俺の場合,仲間の連中と一緒に戻ってきたらよかったけど,でも,お嬢ちゃんたち,ほんとうに偉いね。護衛もつけないで旅しているのでしょう? 何か武術でも習っているのですか?」

 彩華「はい,これでも剣流宗で修行しています。もっとも,皆,雑役ですけどね」

 若者「雑役って,よくわからないのですど,どのレベルなんですか?」

 彩華「雑役って,簡単に言うと落ちこぼれです。労働を奉仕しながら修行する身分なんです。琴弥は初級中期,ヒカルは初級後期,わたしは中級前期の腕前です」


 若者は,ほぼ予想通りの答えが返ってきたので,彩華の言葉をまったく疑わなかった。初級後期や中級前期のレベルは,このような田舎では強者に属する。


 でも,若者は勝算があった。彼は気を扱えないが,一緒に戻ってきた友人に中級中期のレベルの『強者』がいる。このレベルなら,軍隊にだって入ることは可能なのだが,縁故採用を優先されるので,彼は採用されなかった。


 中級中期レベルの友人にとっては,こんなガキどもの制圧など容易なことだ。男はどうでもいいが,女2人を手なずけて,客を取らせれば,それでヒモ生活だって可能となる。若者の夢は広がった。


 若者「雑炊ができました。適当に食べてください。わたし,ちょっと席を外します」

 彩華「ありがとうございます。遠慮無く頂きます」


 彩華たちは,勇気を出してその雑炊を食べた。だって,あきらかに数種類の毒キノコが含まれていたからだ。死ぬことはないものの,嘔吐や下痢,腹痛は覚悟しなければならない。でも,ヒカルや琴弥は,まったく気にせずにその雑炊を食べた。


 彩華「師匠,ヒカル,この雑炊,毒キノコが入っているのよ。よく平気で食べれるわね」

 琴弥「わたしに,毒キノコなんて言葉は当てはまりません。すべておいしい食用キノコです。ヒカルも毒矢にやられてからは,毒に強くなったと思います」


 彩華がこの雑炊を食べた理由は,そのような症状になっても,気を体内に流してある程度抑制することができると思ったからだ。それよりも,食欲が優先した。


 案の定,雑炊を食べ終わってから10分後くらいに,琴弥は全身から発汗がして,嘔吐の症状を呈し始めた。


 ここからが気法術者の本領発揮といったところだ。彩華は,気を体内に巡らせて,症状の緩和を試みた。さすがはS級レベルの気の使い手だ。徐々に症状が緩和されていった。


 琴弥やヒカルはまったく無症状だった。


 琴弥「ヒカル,美味しかった?」

 ヒカル「とても美味しかったです。なんかやみつきになりますね」

 琴弥「こんなキノコ料理もたまにはいいですね」

 

 彩華は,琴弥やヒカルのことを人間ではないと断定した。もともと人間ではないと思っていたが,こんな何種類もの毒キノコを食べて,まったく平気な人間などいるはずがない。


 彩華が気を巡らさなくても,症状が治まりかけた頃,若者が友人を連れてもどってきた。その若者は剣を背に括り付けていた。


 若者は雑炊の鍋を見た。空っぽだった。彩華たちは,たらふく毒キノコ入り雑炊を食べたことになる。でも,どうして,こいついら平気なんだ?


 その若者は友人である『偉陵ノ介』(いりょうのすけ)を紹介して,彩華たちに尋ねた。


 若者「雑炊食べて美味しかったですか?」

 彩華「ちょっと汗と嘔吐の症状が出てしまいましたが,なんとかおいしく食べれました」

 若者「・・・」


 若者は,毒キノコの毒成分がほとんど抜けてしまったのではないかと疑った。


 若者「そうですか。それはよかった。偉陵ノ介は,少し武道の心得があるそうです。食後の運動に少し手合わせをお願いしたいと思って連れてきました。お願いできますか?」

 彩華「ちょうど体を動かしたいと思っていました。はい,よろしくお願います」


 彼らは,表の空き地に移動した。


 最初の相手は,偉陵ノ介とヒカルだ。ヒカルは初級後期の腕前と云っている。そのレベルについては,ヒカルは充分に周知している。


 偉陵ノ介も田舎の道場で武道を訓練してきたし,軍隊に入るために今でも修練は怠っていない。今は,中級の後期を目指している。中級後期になれば縁故の志願者が大幅に減ってくるので,軍隊に採用される確率が大幅に上がる。


 偉陵ノ介とヒカルの試合が始まった。最初は共に気を使わないでの試合だ。体格差に劣るヒカルは,徐々に劣勢になっていった。そこで,ヒカルは初級後期の気を展開して,劣勢の挽回を図った。それをみた偉陵ノ介は,中級中期の気を展開して,腕と脚の表面を硬化させて,突き技と蹴り技でヒカルを襲った。


 ダン!,ダン!


 ヒカルは腕でそれらの攻撃を防御したものの,偉陵ノ介の蹴りや突きの勢いに押されて,数メートルほど飛ばされてしまった。


 偉陵ノ介「ヒカル君とか云ったな。なかなかセンスがいい。その若さで初級後期なら,秀才レベルだ。先が楽しみだ」


 偉陵ノ介は,ちょっと即席の師匠になったような気分だった。


 次は琴弥の出番だ。彼女は初級中期としている。彼女も気のレベルをそれに合わせて攻撃した。だが,数分後には友人によって数メートルほど飛ばされた。


 偉陵ノ介「おっ? 琴弥ちゃんと云ったかな? 子どもにしては筋がいい。それに体が機敏に動くようだ。これからも精進していきなさい」

 

 最後は彩華だ。彼女は中級初期としている。そのため,偉陵ノ介との試合で,そこそこいい勝負をした。だが,結局は,体格の差や気のレベル違い,さらに,偉陵ノ介が日頃,修練していることもあり,彩華も腕で防御しつつも数メートル飛ばされた。


 偉陵ノ介「彩華さんとか云ったかな?さすがに中級初期レベルだ。女性でそこまでになるには,かなりの修練を積んだのだろう。だが,さらに気の展開をスムーズにして,体表の硬化をもっと強化できれば,すぐにランクアップできよう。これからも精進しなさい」


 偉陵ノ介が師匠のような言葉を吐くものだから,彼を連れてきた若者が友人に小声で言った。


 若者「あの,さっさと気絶させてくださいよ。まず,彼女たちを犯さないと何も始まりませんよ」

 偉陵ノ介「慌てるな。もう少し疲れさせてから気絶させる」


 そんな小声でささやき合っているとき,物陰に隠れていた7名ほどの連中が姿を出した。


 「われわれの商品を傷つけるとは,大した度胸だな」


 そう口にしたのは盗賊団のボスだ。定期的に剣流宗の貢献所から情報を横流ししてもらっている。野外で活動する女性門弟を誘拐するのが目的だ。今回も,美人で可愛い系の女性が2名が遠出するという情報を得て,彩華たちが乗っている馬車を密かにつけてきた。

 

 途中で襲ってもよかったが,3名も中級後期の腕前の連中がいるので,用心のため,状況がはっきりするまで襲うのを控えていた。


 ボスは,試合をした偉陵ノ介に声をかけた。


 ボス「おい,お前。こいつら,皆,中級後期の腕前だぞ。実力を隠しているのが,わからんのか?」

 偉陵ノ介「え? まさか? 彩華さんは別にして,琴弥ちゃんはまだ10歳くらいだし,ヒカル君はまだ12歳くらいですよ。いくらなんでも中級後期はないですよ」


 そう云われてしまうと,ボスも自信をなくして,ヒカルと彩華をみた。確かに偉陵ノ介の云うとおりかもしれないと思った。


 ボス「確かにそうかもしれん。あの貢献所の情報が間違っていたのか?」

 

 この言葉を受けて部下のひとりが答えた。


 部下「貢献所の情報って,自己申告ですから,水増しするのはよくあることらしいですよ。これだったら,われわれも,わざわざ7名ものメンバーを揃える必要はなかったですね」

 ボス「フフフ,全くだ」


 ボスは,偉陵ノ介と隣にいる若者に言った。


 ボス「そこにいる女性2名はもらい受ける。男のほうは好きにしなさい」

 

 ボスは,部下たちに彩華と琴弥を拘束するように命じた。


 「待て!」


 この時,偉陵ノ介が意を決して叫んだ。


 偉陵ノ介「彼女たちは,俺の弟子たちだ。連れていくなら,俺を倒してからにしなさい」


 この言葉に,一番ビックリしたのは彩華たちだ。まさか,あの偉陵ノ介がこんなたいそうな言葉を吐くとは思ってもみなかった。偉陵ノ介の腕前では,盗賊団に勝てるはずがないからだ。なんで,そんな無謀なことを言うのか? 死に急ぎたいのか?


 ボス「お前,死にたくないなら,そこで大人しくしていなさい。俺たちは盗賊団だが,殺人狂ではない。無駄な殺しはしなくない」

 偉陵ノ介「弟子たちを,みすみす連れていかれるのを座視することはでない」

 

 偉陵ノ介は,ほんとうに師匠になった気分で言葉を発した。


 ボス「お前,レベルはどの程度だ?」

 偉陵ノ介「中級中期です」

 ボス「まあ,そこそこやるようだな。だが,俺たちは,最低でも中級後期だ。俺は上級前期だ。他に2名も上級前期だぞ。それでもやるっていうのか?」


 その偉陵ノ介は格闘技はもちろんのこと,剣術も使う。剣術こそ,彼の得意分野だ。


 偉陵ノ介「及ばずながら,お相手させてください」


 偉陵ノ介は,背に括り付けている剣を抜いた。それを繰り出すということは,殺し合いになるという意味だ。


 気法術で中級中期の剣術使い。


 気の操作よりも,剣術自体の腕に左右される。偉陵ノ介は,敵が上級前期と聞いてもまったく動じなかった。よっぽど腕に自信があるとみていいかもしれない。だが,いくら剣を持っていたとしても,多勢に無勢,友人が圧倒的に劣勢なのは明らかだ。


 若者は偉陵ノ介に耳打ちした。


 若者「ここは手を引きましょう。命あっての物種ですよ」

 偉陵ノ介「いや,一度,師匠となったからには,例え死しても彼らを救う」


 偉陵ノ介は,正義感に酔っているようだと若者は思った。彼は,とばっちりを受けるのはイヤなので,その場から離れた。


 彩華は,琴弥と念話していた。


 彩華『師匠,どうします? あの偉陵ノ介さんを助けますか?』

 琴弥『いや,止めておきましょう。もう少し様子をみてから判断しましょう。それに,あの剣の構え,かなり腕が立つようです』

 彩華『了解です』


 こんな時,ヒカルは蚊帳の外だ。そもそもヒカルは,自分で身を守れるし,琴弥や彩華の身を心配する必要もない。琴弥や彩華のアレンジに身を任すだけだ。


 ただ,ヒカルは,こんなことがあると,ついつい大妖怪・水香を思い出してしまう。


 ヒカル『水香さんだったら,どうするんだろうか? 一瞬でやつらをミイラにしてしまうんだろうか? ボク,水香さんに遇ったら,どんな態度で接すればいいんだろう?』


 ヒカルは,同じ問いを,事あるごとに思い出していた。


 ボスたち盗賊団は,匕首は持っているものの長剣は持っていない。そこで,気法術で対抗することにした。


 ボス「しかたがない。では,各自の得意技でやつから始末しろ」

 部下たち「了解っス」


 部下たち6名は,各自のレベルに合った攻撃を偉陵ノ介に向けて放った。氷結の矢,火炎弾,風刃の3種類の攻撃だ。この攻撃で,偉陵ノ介は重症もしくは死亡するだろうと思った。


 だが,彼は,剣を流れるかのように前後左右に振り払い,四方から飛んで来る攻撃をことごとく受け流してしまった。その技量,達人レベル!


 これには,この場にいる誰もがビックリしてしまった。ボスが何か言うとしたが,偉陵ノ介は,部下のひとりに向かって剣を放った。その部下は慌てて自分の周囲に気の防御結界を構築した。


 だが,その防御結界は,本人と同レベルの気の攻撃には有効かもしれないが,剣の攻撃を防ぐことはできなかった。


 バシュ!


 剣の一太刀は,防御結界をものともせず,その勢いのまま,部下の体を肩から胸にかけて切り裂き,さらに,隣にいる部下をも襲った。


 接近戦になると,剣を持っている方が圧倒的に強い。それに,偉陵ノ介の剣の腕は一流レベルに達していた。その鋭い剣さばきに,部下の全員が気の防御結界もろとも体を切られてしまい,地面に倒れた。


 残されたのはボスだけだ。


 琴弥は,太ももに忍ばせていた匕首を取りだして,倒れている部下たちの喉首をかっきっていった。その動作はわずが1,2秒で行われた。


 ボスは,部下6名が一瞬で殺されたことに憤慨した。一流剣士がいることは予想外だった。それに加えて,ドチビの琴弥が切られた仲間を一瞬で殺害した。


 ボスは,わなわなと震えた。


 ボスは,懐からある丹薬を取りだして呑んだ。一時的に3段階のレベルアップを図ることが可能な『即効絶強丹』だ。


 ボスの場合は,S級前期にレベルアップした。効果は10分間。その代わり,その後,1ヶ月ほどまったく気が使えなくなってしまう。死を覚悟した時,絶体絶命の時以外,使用しないものだ。

 

 ボス「ふーー,まさか,『即効絶強丹』を呑む羽目になるとは驚きだ。だが,やむを得ん。まずは,剣士,お前を血祭りにあげる。その後,ドチビを殺す!」


 ボスは,全身に気の防御結界を展開した。


 ボス「ほほぉ,これがS級の防御結界か,,,すごい! これなら,どんな剣さばきでも防御可能だ」


 ボスは,初めて経験するS級の防御結界に酔った。


 偉陵ノ介は,さきほどから精神統一を図っていた。次の一太刀に,彼の剣術のすべてをかける。その剣の表面に,僅かに黄金の光りを帯びていることに,彼は気がついていなかった。


 ボスは,S級の防御結界を展開して,かつ,腕から気の刃を1メートルほど伸ばした。その刃は実体化まではしておらず,淡い光の粒子によって,剣状に形成されていた。

 

 ボス「この丹薬は,わずか10分間しか持続しないが,お前達を殺すには充分だ!では死ね!」

 

 ボスは,最大の速度で偉陵ノ介を襲った。その速度は,2倍速にまで達していた。その気の刃は,大ぶりで彼の頭上から偉陵ノ介の頭部めがけて打ち下ろされた。


 それをみた偉陵ノ介も両手で持っていた剣を頭上から垂直に振り下ろした。


 バシュー!


 そのボスの気の刃は,偉陵ノ介の正面切りによって破壊され,かつ,S級防御結界も切られた。


 ボスは,まさか,S級防御結界が切られるとは思わなかった。だが,そんなことを考える余裕さえ与えられなかった。


 偉陵ノ介の振り下ろされた剣は,その勢いを緩めることなく,ボスの頭,首,胴体を真っ二つに切り裂かれてしまった。


 ブシュー!(血しぶきが飛ぶ音)

 ドタ!ドタ!(真っ二つになった体が地面に崩れ落ちる音)


 偉陵ノ介は,部下たちに対しては,まだ殺すつもりではなかった。でも,琴弥が彼らの息の根を止めてしまった。それにボスがS級レベルになったことから,彼は本気を出さざるを得なかった。


 後方に控えていた若者は,偉陵ノ介の剣技のすごさに圧倒されてしまった。


 若者「お前,,,その剣技,そんなにすごかったのか? そんな腕があるなら,どうして軍隊に採用されなかったんだ?」

 偉陵ノ介「軍隊は個人の剣技など評価してくれない。気法術のレベルだけで判定されてしまう。俺は,気法術が得意ではなく,それを補うために剣技の技を磨いてきた。

 はぁ,,,なんとも,理不尽な世の中だ」


 若者「そうか,,,お前も不運なやつだな。では,当初の予定通り,女どもを気絶させてくれ」

 偉陵ノ介「お前,あの琴弥ちゃんの動作を見たか? あの動作,常人ができるような動作ではない。俺の剣技でも倒せるかどうかだ」

 若者「ばかな?!」


 こと,ここに至っては,互い実力を隠す必要はもうない。


 琴弥「偉陵ノ介さん,さすがです。わたしたち,皆,S級以上のレベルでよ。偉陵ノ介さんとは,剣技での試合なら勝てませんが,単純な殺し合いなら,わたしの勝ちです」


 これには,若者が驚いて数歩引き下がった。もう,彼がすべきことはひとつだ。


 若者は,彩華たちに精神誠意謝った。宿泊料や食事はすべて無料提供することで許してもらうことになった。つまり,ここで何泊しても一切料金は発生しないことになる。これに気を良くした彩華は偉陵ノ介にお願いした。 


 彩華「偉陵ノ介さん,あなた,もしかして,純粋の『剣気』を放てるのではないですか?」

 

 偉陵ノ介は,剣気のことは知っている。だが,それは,単純に剣に気を流すことだと思っていた。


 偉陵ノ介「純粋の剣気?」

 彩華「はい,そうです。剣に気法術の気を流すのは邪道です。真の一流剣士は,あらゆる気の防御結界を切り裂く『純粋の剣気』,略して『純剣気』を纏うことができると,『剣術奥義伝』に記載されています。わたしも,今,その純剣気を初めて見させていただきました」

 偉陵ノ介「・・・」

 

 この説明に,偉陵ノ介は思うところがあった。何時の頃からか,彼が精神統一して試し切りを行うと,剣の刃こぼれもせずに,岩石さえも切断できるようになった。その原因が今,氷塊したような感覚を覚えた。


 琴弥「偉陵ノ介さん,2,3日でいいので,わたしに稽古をつけていただけませんか? 偉陵ノ介さんから剣の修行方法を学びたいのです」

 

 こんなことを云われては,偉陵ノ介も嫌とは言えない。それに,剣技は別にして,実践での戦いとなると,偉陵ノ介は彩華にさえも勝てないだろう。


 偉陵ノ介「わかった。わたしも彼の企みに加担した後ろめたさがある。その罪滅ぼしに彩華さんの依頼を引き受けよう。

 日中は他の仕事があるから,明日の朝7時から1時間ほど,夜は8時から2時間ほどなら都合がつく。それでいかがかな?」

 彩華「はい!ぜひそれでお願いします!」


 彩華は超ご機嫌だった。彩華には攻撃面での得意技がないのを憂いていた。実際の殺し合いでは,突出した技が必要だ。琴弥には加速が,ヒカルには符篆術や気篆術があるのに,彩華には何もない。だが,もし,純剣気が扱えるようになるなら,彩華の得意技になるかもしれない。


 琴弥やヒカルも,ここで2日ほど道草することに同意した。だって,彼らの目的は,剣流宗から外出することであって,真面目に依頼仕事を履行することではない。


 その後,遺体の後始末を全員でテキパキと処理した。


 彩華は,翌日から2日間ほど偉陵ノ介に指導を受けた。もちろん2日間では純剣気を修得することは無理だ。だが,純剣気の訓練方法は覚えることができた。


 その後,彩華たちは『護狸森村』を目指して出発した。


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