第31話 気含石の由来

 凡界では,伝説になっている仙人・天女が8名がよく知られている。童話に出てくるからだ。その者たちは,『仙人天女・八戦鬼』と呼ばれている。


 剣上仙人,笛吹仙人,瓢箪仙人,蓮黒天女,玉輝仙人,琴音天女,花馨天女,芭蕉仙人の8人だ。


 彼らは,仙界で修行を継続するのを好まず,凡界で,おもしろ可笑しく生活することを選んだ連中だ。つまり,仙界でも落ちこぼれと云っていい存在だ。


 それでも,それぞれ仙器を与えられていて,それを受け継ぐことは,ひとたび,仙人・天女レベルの妖怪が出現したら,討伐する責務を負うことも意味する。


 その意味では,神界の『仙人殺し』と同じ役目を負う。ただ,違うのは,神界の『仙人殺し』が出動するということは,仙人・天女レベルでは,太刀打ちできないと判断された場合だ。


 仙界にいるからといって,仙人・天女クラスの戦闘力があるわけではない。仙界で生まれた人間も多くいる。そんな連中の中には,気の修行がいやで,わざわざ凡界で生活する連中が多くいる。だって,凡界の方が刺激が圧倒的にあるからだ。そもそも,仙界の人口は,たかだか2千人にも満たない。小さな村レベルだ。そのうちの半数以上は,凡界からの出稼ぎ労働者で,仙界で農業,林業,漁業,料理店経営,気含石の管理などの仕事をしている連中だ。この人材派遣業務も菊峰城の職員が引き受けている。


 仙界のトップである仙王は,偉いと思われがちだが,要は村長みたいな存在だ。


 仙王は世襲ではない。5年に一度,仙人・天女たちによって選挙で選ばれる。別に,戦闘力が強いからではなく,人望がより重要になる。仙王の権限は,さほど強くはない。凡界で,罪を犯した仙人・天女レベルの妖怪を討伐する強制的命令権を持っているくらいなものだ。もっとも,仙王は,仙界に唯一存在する武林宗である『仙界気法学院』の学院長を兼務するので,学院の支配権も持っている。


 その学院も,要は寺小屋みたいなもので,凡界の気覇宗や剣流宗などの武林宗のほうがよっぽど充実している。


 常識的に考えて,誰が好き好んで仙界なんぞに住むものか! おまけに娼館も,賭博場もヌード劇場もないし,,,ちなみに,神界には,それらはあるらしいのだが,,,


 それが原因なのか,仙界で厳しい修行をしてレベルアップして,神界に行こうなどという殊勝なものはまずいない。もっとも,最近,立華という少女が絶対に神界に行くと云って,『仙界気法学院』に入ったが,非常に希な例と云わざるをえない。


 その立華は,この学院に入って,2ヶ月後に行われた最初の中間テストで優秀な成績とった。その褒美として,仙王邸で仙王と面談を持つことを許された。



 ー 仙王邸,応接室 ー

 

 仙王と仙王秘書のランは,優秀な成績を取った立華と面談を持った。


 仙王「立華さんだったかな? 仙界に来てたった2ヵ月なのに,全教科満点取るなんて優秀だね。特に医療気法術は,教官のレベルを超えているって,教官が嘆いていましたよ」


 全教科とは,『仙界一般常識』,『気篆術基礎』,『仙界煉丹術基礎』,『陣法陣盤解析』,『医療気法術』,『仙界気法術』,『仙界剣術』の7教科をいう。


 立華「お褒めに預かって恐縮です。凡界では,『気法術治療師』と名乗って医者の真似事をしていました。人を助けるのって,すごい充実感があってとてもやり甲斐がありました」

 仙王「そうでしたか。あなたみたに,善人の妖怪天女ばかりだと,凡界も騒がしくなくていいのですけどね」


 立華は,『善人の妖怪天女』と呼ばれて,ちょっと片腹痛くなった。


 もっとも,この仙界で常任の教官は2名しかない。しかも,学院に通っている生徒は10人にも満たない。そんな中で,真面目に授業を聞いているのは立華だけだ。そもそもテストを真面目に受けたのは立華しかない。果たして,これで学院と云えるのか?


 コンコン!


 女中が,ドアをノックして入って来た。


 女中「仙王様,真天宗の宗主様が,チーズケーキを持ってまいりました。こちらに通していいですか?お連れ様が3名ほどおります」

 仙王「おっ,チーズケーキか,それは有り難い。では,ここに通しなさい」

 女中「了解しました」


 仙王は,立華の座る場所を仙王の並びに移してもらった。その後,真天宗の宗主とその連れ3名が来て,各自事故紹介をした後,着席した。


 宗主「そうでしたか。立華さん,まだお若いのに,優秀なんですね。これで,また,仙界の天女様のイメージがグンとアップしますね」

 仙王「まぁ,それはお世辞半分,真実半分と云ったところかな?なんせ,立華さんは,凡界では,『気法術治癒師』という肩書きを持っていて,多くの人々を病から救ったそうだよ。まさに天女様というに相応しい。今後の成長が楽しみだ」


 この話題で,浩一は,立華を詳しく観察した。


 立華,身長140cm前後,超可愛い系の少女で,外見上12歳程度。Fカップ。人間ではなく,なんらかの妖怪であることは間違いないようだ。


 ちなみに,仙界では,妖怪と人間の比率は,1対9で,圧倒的に人間が多い。妖怪が仙人・天女レベルになっても,仙界に行くという情報がないためだ。


 浩一は直感が鋭い。その直感が外れることはまずない。立華は,直感的に立華が『善人』ではないと感じた。でも,『極悪人』というほどのことでもない。つまり,われわれと同じレベルの悪人ということだ。


 浩一は,思わずニコッと微笑んでしまった。客観的に,自分が悪人という範疇に入ることにおかしかった。


 真天宗の宗主から促されて,秘書が要件を切り出した。


 秘書「実は,今回,仙王様にあるお願いをさせていただきたいと思い,真天宗の宗主様に仙王様を紹介させていただきました。これは,心ばかりのお礼です。お受け取りください」


 秘書は,持参した金貨1000枚を仙王様に渡した。


 仙王「ほほぉ,,,これはこれは,ご丁寧に。それで?どのような依頼なのかな?」

 秘書「はい,実は,梅山城の城主が新しく就任したということで,その適正確認のため,城主のご子息である浩二様と浩三様が使節団として派遣しました。ところが,誤解があったのか,梅山城と使節団で交戦状態となってしまいました。

 その結果,使節団は,ぼぼ壊滅状態となり,浩二様,浩三様も死亡しました。

 伝書鳩からの限られた情報ではありますが,爆裂符によって爆死させられたようです。その爆裂符は,現在,剣流宗にいるヒカルというS級レベルの気覇宗出身の門弟らしいことも判明しています」


 ここで,『ヒカル』という名前が出たことに,立華は,さほど興味もなかった話が,俄然興味が出てきた。立華の知るヒカルは,初級後期レベルでなかったのか?こんな短期間にS級レベルにレベルアップした? 何かがおかしい,,, もしかして,父親である禍乱の『神の力』のせいか? 


 立華は,もう少し,秘書からの話を聴き逃さないようにした。


 秘書「ですが,浩二様にしても,浩三様にしても,強化陣盤によって,仙人レベルの防御結界を構築できます。果たして,S級レベルの者が,そんな強力な爆裂符を描けるものでしょうか? 他の可能性はないのでしょうか? もしかしたら,大妖怪・水香が生きていて,強力な爆裂符を描いたのではないでしょうか?」


 ここまで言って,秘書は仙王の顔色を見た。何か質問したそうだったが,言葉を続けた。


 秘書「もちろん,大妖怪・水香は,玉輝仙人によって討伐されたことは知っています。でも,遺体を確認できていないという事実も知っています。つまり,大妖怪・水香は,確実に死亡したとは云えないのではないでしょうか?

 そこで,大妖怪・水香が,ほんとうに死亡したのかどうか,調査していただけないでしょうか? もし,生きているとすれば,梅山城にいる可能性が高いと考えています」

 

 仙王は,少し考えてから返事した。


 仙王「その情報の根拠になった情報を見せてもらえませんか?」

 秘書「はい,これです。ごらんください」


 秘書は,3通の伝書鳩が持ち帰った紙片と,上級強化陣盤3器(浩三,浩二,馬車のキャビネット用),中級強化陣盤4器,下級強化陣盤40器の貸し出し帳を仙王に提示した。


 仙王は,それらを見て質問した。


 仙王「梅山城で新しく城主になった方がいるということですが,その経緯について,どれだけの情報を持っていますか?」

 秘書「梅山城にいるスパイからの情報ですが,伝書鳩と,手紙の両方からですが,おおよその経緯は把握できています。それらの情報元も持参していますので,ご覧ください」


 秘書は,それらの情報を渡しながら,概略を説明した。


 秘書「最初の事件は,梅山城の第2夫人の息子・勇馬が鹿狩りに際に失踪しました。それに引き続いて,第2夫人が自害しました。また,第3夫人の息子・霧仁とは爆死し,第3夫人は不審死を遂げています。梅山城の城主と第1夫人の息子・藤斗は,郊外で大妖怪・水香によって殺害されました。これにより,第1夫人は自害しています。

 大妖怪・水香は,たまたま遭遇した玉輝仙人によって,大妖怪・水香は討伐されました。

 その後,霧仁の女中である小芳が,城主として名乗りを挙げました。それに反対する第3分隊から第6分隊の隊長は,小芳によって殺害されました。小芳のレベルは,S級レベル,もしかしたら,天女レベルかもしれないと報告されています」

 

 この詳しい報告を聞いて,立華は,感慨無量だった。あの城主が大妖怪・水香によって殺された?別に,愛情などまったくないのだが,曲がりなりにも,ヒカルの偽りの父親になってもらっう人物だ。もう少し長生きしてほしかったところだ。

 第2夫人が自害したのは,いい気味だと思った。もう何人も女中を殺害しているからだ。


 仙王「なるほど,,,つまり,剣流宗にいるヒカルという人物と,新しい城主,小芳がすべてを知っているということになりますね。さて,どうしようか,,,」


 直弟子のランが仙王に進言した。


 ラン「やはり,花馨天女と玉輝仙人に,ヒカルと小芳の2名を調査しに行かせるべきではないでしょうか? 大妖怪・水香の状況もはっきりすると思います」

 

 ランは,お金をもらっているのだから,それくらいは当然だという考えだ。


 仙王は,実のところ,大妖怪・水香に,『仙人・天女レベルの弱者』がこれ以上,関わるべきでないと思っている。大妖怪・水香討伐に,神人が派遣されているのだから。でも,そんなことは,口が裂けても言えない。

 

 もちろん,仙王は,大妖怪・水香は生きていると思っているし,玉輝仙人ごときに殺されるわけがない。でも,そんなことは言えないし,,,


 仙王「あの,,,基本的なことを質問します。菊峰城は,どうして,新しい城主が,適性があるとかないとか,判定しているのですか? 

 いや,誤解しないでください・わたしがいいたいのは,もう,この件は,一切,タッチしないで,放置したらいいのではないでしょうか?

 仮に,われわれが,仙人や天女を調査に派遣しても,もしかしたら,強力な爆裂符で殺されるかもしれません。ほんとうに,大妖怪・水香が生きていたら,ただ単に殺されに行くだけかもしれません。そんなリスクを負うのは,仙王としては,避けたい。

 仙界がタッチできるのは,仙人や天女レベルで対処できる悪者に限られます。

 今回の敵は,仙人レベルに達するほどの上級強化陣盤の防御結界をも破壊して殺害しています。もしかしたら,仙人・天女レベルを超える可能性が高いと思います」


 仙王は,遠回しに言ったつもりだが,果たして,どれだけ真意が伝わったのだろうか?


 この仙王の発言に,浩一が反撃した。


 浩一「仙王様のご意見は,もっともだと思います。仙王様の立場であれば,そうのような判断になるかと思います。ですが,わたしは,すでに,ヒカル,もしくは,大妖怪・水香が作製した爆裂符によって,2名の弟が殺されました。

 せめて,大妖怪・水香が,からんでいるのか,そうでないのかだけでも知りたいと思います。その調査だけなら,戦闘レベルに発展することはないと思います。

 われわれも,当然,調査しますが,わわわれのスパイが入手できる情報は限られます。やはり,仙人・天女レベルの強者でないと,正確な情報の入手は困難だと思います。なにとぞ,ご協力をお願い申し上げます」

 

 浩一だけでなく,秘書や城主も頭を下げた。

 

 だが,仙王も強情だった。


 仙王「あなたがたもご存じだと思うが,得てして,仙人や天女にまで成る人物は,スパイとか隠密活動には不向きです。残念ですが,なんとか,そちら側で情報をとって,い,,,」


 仙王が,話終わろうとするとき,立華がその話を遮った。


 立華「仙王様,あの,わたし,この仙界に来てから,まだ『天女の義務』をしていません。わたしに,このお話を『天女の義務』として,振っていただけませんか? わたし,隠密活動は,得意だと思います。はい』


 立華は,自己アピールした。


 この発言に,仙王や直弟子ランはかなりビックリした。そもそも『天女の義務』は,初めて仙界に来る者には,一様に伝えているが,すぐに仙界の悪習に染まってしまう。誰もそんなことは気にしていない。


 結局は,皆,打算で動く。『仙器を貸与してあげるから,仙人・天女の義務を負いなさい』という感じだ。


 立華のように,生真面目に考える者など,誰もいない。

 

 直弟子のランは,ニコッと微笑んで仙王に進言した。


 ラン「仙王様,立華さんがそこまで云うなら,そうされてはどうですか?学院の教官も,1ヶ月ほど休暇がほしいと云ってきてますし」

 仙王「また,休暇を申請してきたのか。せっかく真面目な生徒が来て,教官もやる気を出すもんだと思ったら,すっかり,怠惰に慣れてしまって,くそ!」

 

 仙王は,立華本人がそういう以上,断ることもできない。


 仙王「立華さん,では,立華さんに依頼します。ですが,調査だけですよ。万一,大妖怪・水香が生きていたとしても,決して戦ってはいけませんよ」

 立華「はい,了解です。では,『天女の義務』を受けさせていtだきます」


 立華は,仙王に頭を下げた。


 浩一は,立華が『悪』だと感じている。立華は,善意で受けたわけでは絶対にないはずだ。ならば,浩一は,やはり,自らの手でなんとかしなくてはならないと強く感じた。


 浩一「仙王さま,立華さんに調査をお願いしてくださり,ありがとうございます。ですが,立華さんの仕事は,あくまでも調査に留まってしまいます。わたし個人としては,やはり,どうしても殺された弟たちの仇をうちたい。敵わないまでも,一矢を報いたい」


 浩一は,1枚の紙を仙王に示した。仙王はそれを受けとった。


 仙王「上級強化陣盤,気含石24個,5器損失で120個,,,中級強化陣盤,気含石12個,4個喪失で,48個,,,下級,,,さて,これは,なんなのかな?」

 浩一「はい,これは,弟たちが消費した気含石の総数と強化陣盤の数を示してします。その損失の総額は,気含石1000個に相当します」


 ここで,秘書は,さらに金貨1000枚を仙王に差し出した。


 浩一「仙王様,真天宗の宗主も同意しているのですが,臨時で気含石1000個を分けてください。それを使って,弟たちの仇をなんとか討たせてください。それをもって,この件では,これ以上,仙界に迷惑をかけません。よろしくお願いします!」


 浩一,浩蔵,秘書の3名は,再度,頭を下げた。


 仙王は,彼らの最終的なもくろみは,ここにあったのだと思った。


 仙界は,気含石1個を金貨1枚で,真天宗と菊峰城に分けている。真天宗は,気法術の普及を担当し,菊峰城は,無償で仙界に労働者を派遣している。持ちつ持たれつの関係だ。


 歴史的に云うと,仙界というものは存在しなかった。神界で,気含石を糞として生み出す『気糞獣』を管理する特殊な地域があっただけだ。その後,気含石の用途が,徐々に増えるに従って,もっと,真剣に気糞獣と気含石を管理する必要に迫られて,適当に『仙界』という格好いい名前をつけたに過ぎない。


 その後,気糞獣が排出する糞である気含石が地面に蓄積されるに及んで,その気を多く含む温泉が見いだされ,『極楽温泉』というものが出来,そこで,仙人や天女たちが修行するようになった。昔は,真面目に神界を目指す連中が多かったが,今では,いくら極楽温泉があっても,修行に何十年もつ費やすよりも,凡界で『強者』として尊敬を浴びておもしろ可笑しく過ごすように変わっていった。


 所詮,人間は怠慢なのだ,,,


 仙王も,気含石1000個で話が終わるのならそれでもいいと思った。


 仙王「わかりました。では,気含石1000個で,この話は終わりです」

 

 その後,別の話題となり,宗主や浩一たちは,また,転移陣法を経て真天宗に戻っていった。


 仙王は立華に言った。


 仙王「立華さん,これ,少ないけど,凡界での活動資金です。受け取りください」

 

 仙王は,金貨500枚を立華に渡した。


 立華「え?こんなにいただけるのですか?」

 仙王「情報を取るのにお金は必須です。これでも足りないくらいだ。それと,立華さんにだけは伝えておきます。大妖怪・水香は生きています」

 立華「・・・」


 立華は,水香に会ったことがないので,なんとも返事のしようがなかった。


 仙王「大妖怪・水香は,すでに,われわれ仙人・天女レベルを遥かに超えています。神界がすでに動いています。大妖怪・水香の討伐は神界に任せなさい。ある程度,情報を入手したら戻って来なさい。教官も1ヶ月の休暇がほしいと言ってきたのですから,1ヶ月後には戻るようにしてください。教官が戻ってきて,真面目な生徒がひとりもいないのは寂しいですから」

 立華「・・・」


 立華は,しばらく経ってから,「はい」と返事した。


 立華は,旅したくを整えて,2日後,転移陣法で真天宗に転移して,そこから徒歩で,菊峰城に向かった。

 


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水香の悲哀 @anyun55

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