第29話 凛の奮闘
後宮護衛隊の隊長や他の仲間たちは,梅山城に戻った。そこで,凛と合流した。今,この梅山城は凛が仕切っている。
凛は,隊長たちが爆裂符や超級催眠符をさほど使わずに戻って来てくれたことに安堵した。
隊長は,途中で使節団らしき連中と遭遇して,超級催眠符を使用したことを伝えた。
凛「律,よくやったわ。これで少なくとも,半日は稼ぐことができたわ。律,お前たちに,残りの超級催眠符と爆裂符のすべてを預けます。これで,大門を守ってください。もし,敵わないと判明すれば,逃げて構いません。一般市民を守ることは不要です。彼らは,自分でなんとかします。すでに,一部の市民は自主的に避難をしています」
隊長「え? ほんとうに敵わないと思ったら,逃げていいのですか?」
凛「はい,逃げなさい。命あってのものだねですから」
隊長「凛様,ずいぶんと物わかりがよくなりましたね。それなら,大門の守り,引き受けましょう」
凛は,自分の持っている呪符すべてを隊長に渡した。隊長は,部下に弓矢を準備するように命じた。大門を守るのは,それが基本だからだ。
・・・ ・・・ ・・・
菊峰城の使節団,その実,討伐隊なのだが,梅山城の西側から来る可能性が高い。西側をの郊外を警戒・警護する梅山城の第5部隊に遭遇する可能性はあるが,凛も律隊長も,その可能性はまずないとみている。というのも,現在のせっぱつまった状況を第3から第6分隊に連絡していないからだ。下手に交戦して,死人を出すは避けたいというのが,城主・小芳の考えであり,凛はそれに従っている。
案の定,梅山城の分隊が,使節団と交戦したという知らせはまったくなく,大門の傍に,使節団が到着した。
すでに交戦状態ではあるのだが,でも,表面的には,正規の『使節団』ということになっている。
従者の源武が,数歩,歩み出て,大声を上げた。
源武「われわれは,菊峰城からの使節団である。新しく梅山城の城主になった小芳という者が,城主に相応しいかどうかの調査に参った。大門を開けなさい」
源武は,2日ほど前に訪問した先兵の使節団については,言及しなかった。言及するだけ無駄だ。訪問していないと云われたらそれまでだ。
大門の城壁の上では,後宮護衛隊の隊長と,その部下が20名ほどいる。たったこれだけだ。
この国では,大人数が衝突して戦争を行うというスタイルは取らない。そもそも,S級の使い手がひとりいるだけで,雑魚の兵士1000人以上に匹敵するからだ。つまり,S級の使い手をどれだけ確保するかにかかっていると行ってもよい。
もっとも,大門の城壁にいるのは,上級前期レベルの隊長を筆頭に,あとは,皆,中級中期か後期の連中だ。ただ,ちょっと,違うのは,彼らは弓を持っている。弓矢の先には,注意深く貼り付けた簡易版爆裂符があった。
後宮護衛隊の隊長・律は,弓矢の射程距離に入ったと判断した。
隊長「よし,矢を放て!今,この場で爆裂符の矢をすべて使え!」
隊員たち「了解ー!」
隊員たちは,一斉に矢を放った。しかも,各自が10本の爆裂符の矢を持っているので,早く使い倒そうと連続して放った。
というのも,10本の矢を放った後は,ここから逃げる許可をもらっている。さっさと10本の矢を放って逃げるに限る!
使節団たちは,矢が飛んできたので,気の防御結界を構築した。しかも,護衛隊の連中は,皆,上級レベルだが,下級強化陣盤を体に装着しているので,S級前期のレベルに強化されている。そのレベルで,気の防御結界を構築した。
源武と源吾は,中級強化陣盤を装着している。もともとS級だが,今は,仙人レベルの気の使い手だ。
極めつけは,団長の浩三だ。もともと中級レベルなのだが,上級強化陣盤を装着しているので,彼も仙人レベルの気の使い手になっている。
彼らは,全員が,レベルアップしたので,そんな矢など怖くもない。打たせるに任せた。
ところが,,,,
ドーン!ドーン!ーーー
矢が気の防御結界に当たると,爆発してしまい,S級の気の防御結界を破壊してしまった。しかも,間髪を入れず,次の矢が襲ってきたので,気の防御結界を構築する間もなく,それらが体にヒットした。
ボーーン!
体にヒットしたと同時に,その隊員は,体が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
それは一瞬のことだった。団長は慌てて叫んだ!
団長「全員,退避ー!」
それにつられて,使節団は退避した。それを見た,隊長・律はも叫んだ。
隊長「打ち方,止めー!」
後宮護衛隊の隊員20名が,打ち方を止めた。
隊員A「隊長,まだ矢が4本も残っていますよー!」
隊員B「わたしなんか5本も残ってますー!」
などなど,全部打ちたかったのに,少ないもので3本,多くて6本も残ってしまった。
隊長・律はちょっとおかしくなった。
でも,それにしても,この簡易版爆裂符は,思いの外,強力だものだと判明した。使節団で爆死したのは20名。すべて即席でS級レベルになった者たちだ。彼らは,皆,自分たちの気の防御で簡単に防げると判断した結果だった。
使節団で生き残ったのは,団長と2名の従者,源吾と源武のみ。彼らは,皆,仙人クラスの気の防御を構築した。
もっとも,源吾の場合,すでに1回,使用してしまったので,今回使用したことで,もう使えない状況になった。
隊長・律は,3名が確実に,この簡易爆裂符でも,完璧に防御したことを知った。ということは,かなりの気の使い手というえよう。
つまり,もう,爆裂符では効果ないということだ。
隊長「全員,矢から爆裂符をはずして,わたしに渡しなさい。その後,すぐにここから逃げなさい」
隊員A「え?いいのですか?」
隊長「逃げた連中は,もう,われわれの手に負えるレベルではない。あとは,凛様に任す」
隊員たち「了解ですー」
隊長は,80枚ほどの簡易爆裂符を回収して,隊長も,ここから去って,梅山城にいる凛に会いに行った。
ーーー
一方,敗走した団長たちは,1kmほど離れて,そこで待機した。
団長は,気が重かった。まさか,S級にレベルアップした護衛隊の全員が矢に仕込まれた爆裂符によって死亡してしまうとは!
団長「この状況,どう説明する?」
源吾「説明するもなにも,あの爆裂符は,S級の防御を破壊したという事実です。ですが,われわれ仙人レベルの防御は破壊できませんでした。つまり,われわれは,あの矢を突破できるということです。でも,わたしの強化陣盤は,そろそろ気含石が尽きています。戦線離脱したほうがいいでしょう」
源吾は,もう,この団長とつきあうのは避けたかった。敵は,意外にも,超級催眠符だったり,強力な爆裂符を多数持っていたりと,予想以上に手強い存在だと知ったからだ。
素直に,ちゃんとした使節団として,美味しい料理をご馳走になり,美人といちゃいちゃするほうがよっぽどよかった。
団長「強化陣盤がなくても,源吾は,S級中級レベルだぞ。戦線離脱は許さん。何としても,梅山城を攻め落とす」
源吾「ですが,わたしには,あの爆裂符を防ぐ手段はありません」
団長「なんとも悲観的だな。源武,お前はどう思う」
源武「わたしは,もっと楽観的な判断をします。敵は,われわれには,爆裂符は効果がないと分かったはずです。ならば,もう爆裂符は使わないでしょう。
つまり,敵は,すでに,お手上げ状態だということです。夜を待って,どこかの城壁を登って,城下町内に侵入するべきだと思います。強化陣盤が使えなくても,わわれわはS級中期レベルです。われわれに勝てる連中は,仙人レベルしかいません」
団長「それも一理ある。俺の意見を言う。源武の意見を,さらに前倒しにする。わたしと源武は,まだ,仙人クラスの防御結界を張れる。それで,一気に大門の前に来て,われわれも爆裂符を使って大門を破壊する。
侵入しさえすれば,われわれの天下だ。再度,爆裂符の矢が飛んできても,結界を張らなくても,避けることはできるだろう?」
源吾「確かに飛んで来る方向がわかれば,回避するのは可能かもしれませんが,,,」
団長「よし,2時間くらいで疲れはとれそうか?」
源吾「いや,,,わたし,,,かなり疲れていて,もっと休みたいです」
源武「わたしは,大丈夫です」
団長「では,最終決戦だ。2時間後に大門を破壊して突破するぞ」
源吾「・・・」
団長は,源吾の意見を無視した。
ー 梅山城 城主邸,書斎 ー
隊長「凛様,爆裂符を使って,使節団,20名の殺害に成功しました。しかし,その爆裂符に耐えたものが3名いました。おそらく,S級の後期,下手すれば,仙人レベルかもしれません。もう,われわれのレベルではないです。命あっての物種,われわれは,すぐにここから避難します」
隊長の律は,余った簡易版爆裂符80枚を凛に渡した。
凛「なるほど,,,となると,今夜あたり,この城下町に密かに侵入してくる可能性があるわね,,,憫佳が間に合ってくれればいいんだけど」
凛は,隣で本を読んでいる珠莉にアドバイスを求めた。8歳の子どもにアドバイスを求めるなど,旗から見れば,あまりに異常だ。
凛「珠莉,どうしたらいいと思う?」
珠莉「律隊長の判断は正しいと思います。城を放棄すべきです。住民は,自主的に避難していて,今日の午後には,もぬけの殻になるでしょう。郊外の避難所で,憫佳さんがヒカル様を連れてくるのを待つべきです」
凛「そっか,,,もはやここまでか。最後は,やはり,仙人クラスでないと,城は守れないのか,,,悔しいわね。以前の常識なら,S級ひとりいれば,城を攻め落とせると云われていたのに」
凛は,少し,涙を流した。決して,まだ負けてはいないのだが,実質,この戦い,負けたも同然だ。いずれ,捲土重来できるかもしれないが,でも,さすがに城を放棄するのはつらい。
通信符を9枚同時に発動させた。それは,城を放棄するという合図だ。その信号で,梅山城の主要箇所で,アラームが鳴る仕組みだ。それで,瞬時に,情報が梅山城内のすべての職員に伝わる。第3から第6分隊には,通信係の隊員がいるので,同様にすぐに伝わる。
凛「隊長,珠莉をお願いしていい?わたしは,ちょっとすることがあるの」
隊長「了解です」
隊長の律は,珠莉を連れてこの場を去った。
凛は,梅山城の金庫室に来た。正直いって,中にはもうほとんど金目のものはない。
今は,両替制度が発達していて,衙門が発行する小切手のような紙を渡すだけになっている。職員は,その紙を持って,両替所で現金に換えるというシステムだ。
凛は,金庫室の足元は,マットレスのようなものが敷き詰められていた。彼女は,それを注意深くめくって,爆裂符80枚すべてをその下に配置して静かにもとに戻した。地雷とするためだ。
凛「これで,わたしの城での役目は終わりだわ」
梅山城は,すでにもぬけの殻だった。凛が連絡するまでもなく,すべての職員が避難していた。
凛は,最後に,西側にある大門に向かった。大門は,今では誰も管理していない。人っ子一人いない。彼女は,側面にある階段を上って,大門の壁上に辿り着いて,西側に広がる大地を眺めた。
隊長が言っていた使節団の死体が転がっていた。肉体がバラバラになっていた。
ふと,城壁の真下を見ると,城壁の壁で貼り付くようにして,身を隠している連中がいた。彼らのひとりが,手に呪符を何枚も持って,大門目がけて放っているところだった。
ドドドーーー!
大門が爆発してしまった。
凛は,まさか,こんなに早く襲ってくるとは思ってもみなかた。
凛「やばっ! すぐに逃げなきゃ!」
凛は,急いで階段を下って,地表に降りて,全速力で逃げだそうとした。
ヒューン!ヒューン!ーー
数発の氷結の矢が凛を襲った。凛は,逃げる動作を止めて,体全体に気の防御結界を構築した。なんとか,その結界でそれらを防御することができた。
源武「ほほぉ,,,わたしの氷結の矢を防ぐとは,お前,すでにS級レベルだな?それも中期か?」
その言葉を聞いて,凛は,少しずつ後ずさりをしながら答えた。
凛「あなた方は,使節団でしょう? なんで大門を破壊して攻撃してくるのですか?」
源武「あほか? われわれの護衛隊を皆殺しにして,タダで済むと思うのか?」
凛にとって,このような舌戦はありがたい。時間を稼げるからだ。
凛「あなた方の方から,仕掛けてきたのでしょう?お互い様よ」
団長は源吾と源武に命じた。
団長「その女を生け捕りにしろ。慰み者にしてやる」
源吾と源武は了解した。源吾はもう強化陣盤は使えない。源武はまだ使えるが,同レベルの敵に対して,かつ2人がかりなので,使うまでもないと判断した。
源吾と源武は,単発的に氷結の矢を凛に向けて放った。凛は,気の防御結界を構築してそれを避けた。凛も,2人同時に同レベルの敵を相手にするのは分が悪い。それに,S級の氷結の矢は,半端ない速度で襲ってくる。
凛は,継続的に気の防御結界を張りっぱなしにせざるを得ない状況だ。『気』が切れる時,それは,凛の敗北を意味する。
パシュー!ーー
彼らの氷結の矢は,連射せずに,少し時間をおいて発射してくる。そのため,氷結の矢の威力が,連射よりも何倍にもなっている。凛は,全力で気の防御結界を構築し続けなければならない。
1分経過,,,2分経過,
凛は,もう限界だった。こんな強力な気の防御結界を2分も持続させるだけで,すでに自分の限界を超えている。
凛は,死を覚悟した。彼女は,気の防御結界を解除した。
その時,,,,
バォーーン!
大きな旋風と共に,源吾と源武が吹き飛ばされてしまった。30メートルほど飛ばされて,地に倒れた。だが,地に倒れると同時に体表に気を纏ったので無傷だった。さすがS級レベルといえよう。
凛「え? 何? どうして?」
その疑問は,使節団の団長も同じだった。団長は,少し後方にいたので,その旋風の影響は強く受けなかった。
団長は,凛の背後にいる男に向かって言った。
団長「なんだ? お前は?」
その質問に,男は答えた。
男「凛の婚約者です。こんなところで,凛を虐めてもらっては困りますな。この場は,お引き取り願いましょう」
そう,彼は,凛の婚約者,芭蕉仙人だった。梅山城が大変な状況になっていることをいち早く察知した芭蕉仙人は,凛を探しに来ていた。
芭蕉仙人の扇子が空中に浮遊して旋回して円を描いた。周囲の大気がその旋回した円の中に吸収されていった。
それを見た源吾は,大声で叫んだ。
源吾「あれは,芭蕉仙人の仙器が放つ「旋風龍乱派」です! すぐに逃げてください!」
源吾の叫びとほぼ同時に,芭蕉仙人がやや小さな声で叫んだ。
芭蕉仙人「旋風龍乱派ー!!」
バォーーーン!
描かれた円から,どどっと,乱流した突風が吹き出して,団長を巻き込んで,さらに地から起き上がろうとしていた源吾と源武をも巻き込んで,破壊された大門を突っ切って,後方,遥か数百メートルまで吹き飛ばされた。
不幸中の幸いだったのは,壁などが無くて,衝突を避けることができたことだ。そのため,ほとんど無傷だった。
芭蕉仙人は凛に微笑みかけた。
芭蕉仙人「凛さん,梅山城は,遅かれ早かれ敵の手に落ちます。3代目芭蕉仙人の身であるわたしは,これ以上,市井の争い事に関わりたくありません。凛さん,梅山城を離れて,松風城にあるわたしの本店に移りませんか?」
そんなこと言われては,凛もイヤとは言えなかった。
凛「・・・,はい!」
芭蕉仙人「いやに素直ですね。では,ここから去りましょう」
芭蕉仙人は,扇子に気を流して,大人2名が充分に座れる大きな扇子状にして,そこに2人が座った。その大きな扇子は,ゆっくりと上昇して,松風城の方向に飛んでいった。
地面に倒れていた源吾と源武は,ちょうど仰向けに倒れていた。たまたま,上空を大きな扇子が飛んでいった。
源吾「源武,あれ,芭蕉仙人の扇子だよな?」
源武「確かに,間違いない。2代目芭蕉仙人の扇子を見たことがある。彼は,きっと3代目芭蕉仙人だと思う」
源吾「そうか。たまたま婚約者と争ってしまったのか」
彼らの話を聞いた団長は,すこしほっとした。
団長「つまり,芭蕉仙人は,もういないということか?」
源吾「はい,この国で,伝説の8仙人と呼ばれる人物は,特別な仙器を与えられています。その仙器があるがために,強力な力を発揮すると云われています。それもあって,市井の争い事には関知しないと聞いています」
団長「なるほど。まあ,今回の件は,事故みたいなものと思っていいわけか。なんか,疲れたことしていないのに,どっと疲れた感じがする。ここで,少し仮眠する。起きたら,再度,梅山城を襲うぞ」
源吾「・・・」
源武「・・・」
彼らは返事しなかった。
再三に渡って失敗続きだ。彼らは,今度も失敗するだろうと思った。
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