第22話 芭蕉仙人
蛟竜の死体を持って帰った多紀医師の部下たちは,蛟竜との戦闘の状況を説明した。でも,何分にも湖底でのこともあり,その状況までは不明だった。
ただ,『水香』は,胸があまりなく,『小芳』はかなりの巨乳になっていたことは伝えた。
多紀医師は,ミイラ状になった遺体を詳しく観察した。
多紀医師「お前たち,よくやった。ミイラの体とはいえ,精力が少しは残っているようだ。一度,下級の精力丹を煉丹してみて,その性能を評価してみる。満足な結果が得られたら,一気に,大量に煉丹するぞ」
多紀医師の満足そうな顔を見て,部下たちも嬉しくなった。
部下たち「はい!頑張ります!!」
多紀医師は,煉丹養成所の所長をしている。この養成所に入所希望者はかなり多いが,何分,入所させても,生徒たちに,煉丹させるだけの材料が欠乏している。そのため,入所人数を大幅に制限している。でも,このミイラ体から精力丹が煉丹できれば,欠乏状況が大幅に改善する。
養成所をさらに大きくすることもできる。多紀医師の夢は広がった。
ーーー
一方,蛟竜討伐を果たした水香たちは,梅山城に戻った。蛟竜のキモを入れた容器を夕霧に渡した。
これで,夕霧が出した第2の条件をクリアした。
夕霧「ほんとうに蛟竜を討伐したのですね。見事です。では,あなたがたは,もう下がりなさい。第3の条件をクリアするよう動いてください」
この言葉に,水香に扮した小芳が返事した。
小芳「夕霧様,了解しました。お任せください」
小芳と水香はその場を去った。
夕霧「では,わたしは,これを,師匠のところに持っていくことにしましょう。これで,超級精力丹ができるのですね。わたしの不妊症が治るのですね♥」
夕霧はウキウキしながら,お供を連れて,多紀医師のところに赴いた。
ー 幽霧庵 ー
一方,幽霧庵では,銀次,水香,小芳狐が,虎丸の報告を聞いていた。
虎丸「では,後宮護衛隊の隊長と副隊長の状況を説明します。まず,隊長ですが,剣流宗出身で,上級後期の腕前です。S級になるべく,精力的に研鑽を積んでいますが,どうしても,ボトルネックを突破できないようです。
どうやら,S級になったら,討伐したい妖怪がいるという噂を聞いています」
銀次「なるほど,,,とにかくS級になりたいのだな,,,うん,よし。副隊長のほうは?」
虎丸「副隊長ですが,同じく剣流宗出身で,上級中期の腕前です。ですが,すでに剣技のレベルアップには興味ないようで,もっぱら,娼館通いをしています。ただ,どうも,その娼婦のひとりに恋に陥ったらしく,給与のすべてをその女性に投入しています。春代という名の娼婦です。身請けしたいのですが,そのためには,金貨1000枚が必要とのことです」
銀次「なんで,そんなに高いんだ?」
虎丸「それは,高い利子がつくからです。もともとは,金貨50枚程度を借りるという条件なのですが,それを返却期日に返さないと,利子がつきます。それが雪だるま式になってしまい,いくら客をとっても返せなくなります。
得てして,娼館の女将はそうやって,娼婦を一生縛っていくものです」
銀次は,しばらく考えてから口を開いた。
銀次「小芳,お前,煉丹術は,少しは進歩したか?」
小芳狐「まだ,数回したしたことがないので,ぜんぜんです」
銀次「さて,,,誰か,暇していて,われわれのために煉丹できる人物はいないのか?」
銀次の,自分勝手な要望に答えるものはいなかった。
銀次「そうか,,,となれば,なんとかして,あの中級煉丹師である柚葉を抱き込まないとだめだな。虎丸,柚葉をここに連れてきなさい」
虎丸「でも,霧仁様は,重病で寝ていることになっていますが?」
銀次「そうだ。だから,死ぬ間際に,柚葉と話をしたいとでも言って,ここに連れてきなさい」
虎丸「了解しました」
虎丸が去った後,銀次は,水香に指示した。
銀次「水香,母乳に霊力ではなく,ヒトから奪った素の精力をそのまま混入することは可能か?」
水香「・・・」
銀次は,再び,水香に質問するという愚かなことをしてしまった。
銀次「いや,すまない。また,水香に質問するという愚かなことをしてしまった。
小芳も,わたしのこのような失敗を,しっかりと記憶しなさい。いずれ,小芳が,水香に指示する立場になる。いいか,水香に出来ないことはい! 突拍子もないことは無理だが,実現できるかできないかという曖昧な部分は,すべて実現できると水香に信じさせなさい」
小芳狐「はい,肝に銘じます。ご主人様」
銀次「では,水香,お前に命じる。今,その乳房に貯まっている母乳と霊力の混合物は,すべて,コップに出しなさい。その後,母乳に霊力を混入させるのは中止して,その代わりに,素の精力を,母乳に混入させなさい」
水香「了解しました。ご主人様!」
水香は,服を脱いで,Iカップの乳房を露わにして,霊力がたっぷりと含んだ母乳を絞っていった。その量は,3リットルにもなった。その母乳は,すべて,小芳が飲むことになる。
その後,素の精力を母乳に混入した。水香は,命じられるままにイメージしていけばいいだけだ。そのイメージに,霊力の核が全力で応えていく。
しばらくして,素の霊力が混入した母乳が,コップに貯まっていった。その量は,すぐに2リットルにもなった。
銀次「よし,水香,ご苦労さまでした。そこまで結構です。服を着てください」
水香「はい,ご主人様」
銀次や小芳狐は,5リットルも母乳を放出したので,乳房がやや小さくなるかと思ったが,相変わらずIカップの大きさだった。水香は,ちょっと濃縮を緩めただけのことだった。
ーーー
こまごまとした用事を急ぎ片づけた柚葉が虎丸と一緒に,幽霧庵に来た。
柚葉「霧仁様,お呼びでしょうか?」
銀次「柚葉か,よく来た。今日は体の調子がよく,頭も少し冴えている感じがする。そこで,柚葉に,ちょっとお願いしたいことがある」
柚葉「はい,わたしに出来ることであればなんなりと申しつけください」
銀次「ほう? なんなりと申しつけていいのか?」
柚葉「はい。夕霧荘の運営にあまり影響しない程度であれば,喜んで対応しましょう」
銀次「では,下級でいいのだが,聚気丹を煉丹してほしい」
柚葉「え?聚気丹? でも,それは,上級煉丹師でないとできないです。それに,材料となる冬屍夏草もありませんので,,,残念ですが煉丹は無理です」
銀次「なんとも,無駄な常識に凝り固まった頭だな。そこにある白色の液体をよく見なさい。何の液体かわかるか?」
柚葉は,目の前にある白色の液体を見た。どうやら,ヒトか動物の母乳のようだ。でも,さらによく観察した。
柚葉「え? この液体,気? いや,ちょっと違うかも,,,それ以上の生命の源のようなパワーを感じます」
銀次「詮索はしなくていい。とにかく,ヒトのパワーを強化させる液体がある。これで冬屍夏草の代わりになると思うが?」
柚葉「・・・,はい,できるかもしれません。これだけのパワーを感じれるのであれば,上級煉丹術に使用する気含石12個も使う必要がないかもしれません」
パチン!
銀次は,肘を叩いて頷いた。
銀次「柚葉! よくぞ言った! それでこそ柚葉だ。中級煉丹師だ。煉丹する場所は,隣の部屋で行い,その煉丹技術を『水香』(小芳が扮している)に伝授してほしい。だが,このことは内密にお願いしたい。柚葉への報酬は,柚葉が煉丹した聚気丹3個だ。どうかな? 不満かな?」
聚気丹,下級レベルで金貨200枚,中級レベルで金貨500枚にもなる。不満などまったくない。
柚葉の眼が燦然と輝いた!
柚葉「もちろん,受けたまわります! わたし,まだ,試したことはないのですが,どうせ創るな,炉に気含石6個を使う中級煉丹術ではなく,気含石12個を使う上級煉丹術を用いて煉丹したいと思います。仮に煉丹が失敗しても,この材料なら,効果が低減する可能性は低いと思いますので」
銀次「よし!明日の朝までに,煉丹製法を確立して,『水香』にも煉丹できるように指導しなさい。ハードルは高いかもしれまいが,やりがいはあるだろう?」
柚葉「はい! 霧仁様!」
銀次「さすがに疲れた。また横になる。もう下がりなさい」
柚葉「はい!霧仁様,お大事に」
その後,水香に扮した小芳と柚葉は,隣の部屋で聚気丹の煉丹製法の検討に入った。もともと,母乳に高濃度の精気と寿命エネルギーが含まれている。それを丸薬状にするだけなのだが,濃度を高くして,それらのパワーを低減させないように凝縮させることがノウハウとなる。
初級よりも中級,中級よりも上級の聚気丹を煉丹できると,膨大な利益を生む。柚葉としても,やりがいのある仕事だ。
暇になった銀次は,することはひとつだ。水香といちゃいちゃすることだ。だって,あと1週間程度しか寿命のない銀次が,生き残る可能性があるかもしれないことだからだ。
ーーー
翌日の早朝,,,
顔が火照った顔して,柚葉が銀次に報告しに来た。柚葉の後ろから小芳がついてきて,手には丹薬を収納した専用の陶磁製の容器2個を持っていた。
銀次の隣には,小芳に扮した水香がいた。柚葉が来るので,銀次も水香も,そそくさと着物を1枚羽織って,ベッドから起き上がった。
柚葉は,銀次や小芳狐服装など,まったく気にしないで,要件を切り出した。
柚葉「霧仁様,ご依頼の聚気丹,完成してございます。下級だけでなく,中級に達した聚気丹も完成しました。4個は下級レベル,6個は中級レベルです」
柚葉は,下級聚気丹を入れた容器と中級聚気丹を入れた容器を銀次に渡した。
銀次「その下級とか中級の区別は,どこで判断するんだ?飲んで効果を確認するわけにもいかんだろう。売り物になるんだから」
柚葉「はい,そこが煉丹術の妙なのです。ある一定の高濃度になると,発する臭気が異なるようになるのです」
銀次「つまり,臭気で区別するわけかな?」
柚葉「はい,その通りです」
銀次は,初級の容器の蓋を開けて臭いを嗅いだ。次に,中級の容器の蓋を開けて臭いを嗅いだ。明らかに,臭気の臭いが異なる。中級の方は,臭いを嗅ぐだけで,レベルアップしような感じがした。
銀次「でも,臭気だけなら,いくらでも偽物ができてしまうぞ?」
柚葉「その可能性もあるでしょう。でも,この商売,制作者を明確にすることが義務になっています。つまり,偽物をかまして逃げるというような次元の低い詐欺商法は使えません。偽物を創れば,すぐに信用をなくして,最悪,殺されてしまうかもしれません。そんなバカな真似をするものはいません」
柚葉「・・・,わかった」
柚葉は,銀次にどのような検討方法を行ったのかを,一通り説明して,そのノウハウは,すべて小芳に伝えてあることも説明した。
銀次は,約束の謝礼として,下級聚気丹1粒,中級聚気丹2粒を謝礼として渡した。柚葉は,ニコニコとして,軽く頭を下げて去っていった。
ーーー
その日の昼休み,水香に扮した小芳は,小芳に扮した水香を連れて,後宮護衛隊の警備室に顔を出した。そこは,男性の護衛隊員執務室だった。女性の執務室は,入り口が別にあった。
後宮護衛隊は,女性護衛隊と男性護衛隊に分かれていて,共に15名ずつだ。隊長は女性で凜,副隊長は男性で律という名だ。
小芳狐は,近くの護衛隊員に,隊長と副隊長がどこにいるかを聞いた。隊長室は3階にあり,その隣に,会議室がある。通常は,そこで,隊長,副隊長,女性と男性の護衛隊分隊長の4名で会議をしている。
会議のテーマは後宮の安全対策だ。隣の桜川城が壊滅したことから,圧倒的な強者が出現した場合の,避難経路などの対策をどうするかを議論していた。もっとも,今は,昼休みなので,食事をしながら,雑談中だった。
その護衛隊員は,小芳と水香を連れて,会議室に案内した。
コンコン!(ドアを叩く音)
護衛隊員「失礼します。今,ちょっとお邪魔していいですか?」
律副隊長「構わん。入れ」
護衛隊員は,ドアを開けて,小芳と水香を会議室の中に案内した。
護衛隊員「あの,,,霧仁様付きの女中が,どうしても隊長と副隊長に会いたいとのとこで,お連れしました」
護衛隊員は,小芳に,流し目をして,会議室から出ていった。
律副隊長は,水香と小芳を診た。小芳は,Dカップで,水香の顔をしている。水香はIカップで,小デブの少女という感じに見えた。それに,自慢の樹皮製のリュックを背負っている。
律副隊長「何の用かな?」
小芳「あの,,,隊長と副隊長にだけ,ご相談したいのですが,,,プライベートに関することなので,,,」
この言葉に,男性と女性の分隊長は,しばらく席を外した。
律副隊長「これでいいだろうか?」
小芳「はい,では,早速,要件を申し上げます」
小芳は,水香の顔を見た。それを受けて,リュックから2本の陶磁製の容器を取りだして,ひとつずつ,凜隊長と律副隊長に渡した。
小芳「これは,大変貴重なものです。やっとの思いで精製させたものです。もし,わたくしどもの依頼を受けていただけるのであれば,それを差し上げます」
隊長と副隊長は,その容器の蓋を開けた。
プーンと豊潤な臭いが周囲に漂った。
隊長「え?まさか,これって聚気丹? それも中級レベル?!」
副隊長「え?ほんとうか? 市場価格,金貨500枚以上もするという?!」
小芳「はい,その通りでございます」
水香は,隊長と副隊長から,その容器を回収した。『まだあげませんよ』というポーズだ。
副隊長「わかった,その依頼とは何かな?」
小芳「簡単なことです。城主様,第1夫人,そのご子息,第2夫人,そのご子息のここ2週間までの詳細なスケジュールをわたしに提供ください。変更があれば即座に連絡してください。わたくしどもの虎丸に連絡しても結構です。それだけです。納得できる情報であれば,この聚気丹をすぐに差し上げます」
律副隊長は,凜隊長の顔を見た。凜隊長は,軽く頭を縦に振った。所詮,身内の行動予定だ。別に秘密でもなんでもない。
律副隊長は,現在,把握している情報を小芳に渡した。それによれば,明日,第2夫人の長男,勇馬が鹿狩りに出かける予定だ。
また,2日後に,桜川城に出張中だった城主と大夫人の長男・藤斗は,この城に午後5時頃到着する予定となっている。
小芳は,城主たちが,どのルートを経由して帰城するのか,また,鹿狩りの場所と時間,護衛の人数など,詳しい情報提供を求めた。
この場では,すぐにわからないので,別途,担当者を呼んできてもらい,詳細に説明を受けた。
この詳細な情報に,小芳と水香は満足した。そこで,担当者が去った後,聚気丹を凜隊長と律副隊長に渡した。凜隊長は,すぐにそれを飲んだ。律副隊長は,換金すべく,薬問屋に駆けていった。
凜隊長は,その場であぐら座りをして,聚気丹のパワーを体内に取り込むべく,調息と気の制御を行った。
凜隊長「うううーー,これが,,,中級聚気丹のパワーか。見事だ」
凜隊長の体から気のパワーが満ちあふれてきた。凜隊長は,S級前期の気の使い手になった。
それをみた小芳は,凜隊長に,ニコッと微笑んだ。
小芳「凜隊長,おめでとうございます。S級戦士の誕生ですね。この城で,S級は新隊長だけです。でも,当分の間,気の放出を控えてS級になったのは隠すほうがよろしいかと思います。他の隊員たちの嫉妬を買うだけですから」
凜隊長「もう,そんな心配は無用よ」
凜隊長は,いつも内ポケットに忍ばせていた書類を小芳に渡した。そこには,辞職願と書かれていた。
小芳「え?これって,なんですか? まさか,辞職するのですか?」
凜隊長「その辞職願を後で副隊長に渡してください。城主が戻ったら,彼から渡してもらいます」
小芳「・・・」
小芳は,作戦を打ち明けるかどうか迷ったので,水香の顔を見た。水香だって何も考えないし何も判断しない。そんなの分かっているが,最終的に尻を拭ってくれるのは水香だ。
小芳『水香様,凜隊長なら,作戦を打ち明けてもいいのではないでしょうか?』
水香『お好きなように。小芳はわたしの命令者です。わたしは,小芳の命令に従います』
小芳は,銀次に念話したかった。だが,小芳は念話を覚えたばかりなので,近くにいる水香にしか念話できない。小芳は,自分の直感を信じた。だって,小芳の直感は,神界でも天下一品だ。
小芳「あの,,,凜隊長,この辞表,無駄になります」
凜隊長「え?どういうこと?」
小芳「だって,城主様は城に戻ることはないからです。帰城途中で死亡します。藤斗様も同様です。勇馬様もお亡くなりになります。霧仁様も病死します」
凜隊長「・・・,では,いったい誰がこの城の主になるの?」
小芳「言わなくてもわかると思います」
凜隊長「それって,まさか,夕霧様?」
小芳「はい,その予定です。これから,激動の時代が来ます。いえ,激動の時代にしていきます。われわれの手で。
凜隊長には,夕霧次期城主の主席従者になってほしいと考えています。いかがですか?」
凜隊長「・・・,でも,わたしは,S級になったら,したいことがあるんです。それは,,,三帝森林で,三帝の一角を担う蛇王妖怪を倒すことです。わたしの父の仇です」
小芳「三帝森林? ここから,徒歩で2週間はかかりますよ。三帝森林に行ったとしても,蛇王を発見するのも容易ではありませんよ。それに,S級になったからといって,蛇王に勝てるかどうかわかりません。
せめて,わたしと勝負して,そこそこいい勝負をすることが必要です」
凜隊長「え?何?水香,あなた,S級レベルなの?」
小芳「わたし,桜川城を壊滅させた大妖怪ですから」
小芳は,大妖怪である水香を演じきった。
凜隊長「え?大妖怪?」
小芳「そうです。信じられないなら,この場で,勝負してもいいですよ」
かくして,凜隊長と小芳は,裏庭に移動してで勝負することになった。
小芳にとっては,S級レベルの剣士の実力を知るいい機会だ。
小芳「凜隊長,殺す気でかかって来てください。わたしが攻撃すると,1秒もかからずに凜隊長の首が飛んでしまいます。それでは味気ないですから,わたしは防戦だけに集中します」
この小芳の言葉に,凜隊長はカチンと来た。
凜隊長は,S級レベルに引き上がった気のパワーを体全体に流した。
ドドドーーー!
中級聚気丹,そのパワーの源は蛟竜の精気だ。その暴れるような強烈な気のパワーを感じた。
凜隊長「この気のパワーって猛獣のもの? 冬獣夏草が材料なの?」
小芳狐「惜しいですが違います。蛟竜の体の一部を材料にしています」
凜隊長「え?あの伝説の蛟竜?」
小芳「はい,そうです。蛟竜は伝説ではありませんでした。菩提大湖の湖底に棲んでいました。もっとも,これからは,ほんとうに伝説になるのですけど」
凜隊長「・・・」
凜隊長は,どうりで,制御しにくい暴れる気だと思った。
この中庭の周囲は建物が連なっている。剣風刃を放ってしまうと,建物がすぐに瓦解してしまう。となると体全体を強化・硬化して,相手を蹴り・殴り倒すしかない。
凜隊長はこれまでは加速1.7倍ができた。ほぼ2倍だ。今,S級になったばかりだが,加速3倍はいけそうだ。修練すれば,加速5倍も可能のはずだ。
凜隊長は,加速3倍を試した。
シュッ!
凜隊長は,残像を残すかのように,3倍速で移動して,小芳に蹴りを放った。
スカッ!
その蹴りは,小芳にとどかず,きれいに避けられた。
凜隊長は,それに怯まず,蹴りの連続技を展開した。
シュッ!ーー
凜隊長の蹴り技は,ますます威力を増してきて,3倍速だったのが,4倍速にまで引き上がった。
蛟竜のキモを食べる前の小芳だったら,凜隊長の蹴り技で,多少はヒットしたかもしれない。しかし,今の小芳狐は違う。加速10倍を達成してしまった。凜隊長の攻撃は,ことごとく華麗に避けられてしまった。
凜隊長は,蹴りによる攻撃を諦めた。
凜隊長「さすがに,大妖怪と言うのは,はったりではないようね。では,わたしの奥義を繰り出ことにするわ」
彼女は,近くに置いた剣を手にとって,鞘を抜いた。手から気を流して剣全体に帯びさせた。
凜隊長は,自分がジャンプして,高所から小芳に剣風刃を放てば,周囲に被害が及ぶことはないと思った。S級の剣風刃,巨大な岩石をも一刀両断するほどの威力だ。
凜隊長は,自分のS級剣風刃になにか,かっこい名前をつけることを思い立った。技を放つ時,掛け声をかけると,さまになるからだ。
凜隊長『よし!『竜星剣風刃』としよう。竜の気による,星の数ほど同時に放つからだ。それに,この方向なら,背後の建物は物置だ。多少被害が及んだとしても影響は少ない』
凜隊長は,深呼吸を何度かして,気の調整を行った。これから,自己最高奥義を放つ。
凜隊長が奥義を繰り出そうとして準備を始めた。実践では,そんな悠長な時間を相手に与えるバカはいない。でも,小芳は,凜隊長の好きにさせることにした。今の小芳は,どう逆立ちしたって,凜隊長に負ける気はしない。
だって,小芳は,蛟竜のキモを3分の1も食べてしまった! 小芳は,気の扱いだけで,すでに仙人レベルに到達していた。
気の操作だけで10倍速を達成し,気による防御層を10重に瞬時に構築可能だ。風刃,氷結弾,火炎弾などのレベルもS級を越えて仙人レベルになってしまった。小芳でさえも,仙人レベルに変化したのだから,蛟竜の体全体から精気や寿命エネルギーを奪った水香は,いったい,どれだけのレベルに変化したのだろうか?
今の,小芳は,基本を気の操作だけにして,霊力を隠し球として秘蔵することにしている。
小芳は,自分のことを『大妖怪・水香』と豪語しても,決して大げさではない。
蛟竜のキモをそのまま食べるのは,もっとも効率のいい方法だ。わざわざ丹薬にする必要はない。
丹薬にするメリット,それは,長期保存を可能にすること,種々の機能を付加できること,品質を一定にできることなどのメリットを持つ。つまり,丹薬にするメリット,それは,製品化して販売できることにほかならない。
凜隊長は,調息を整えた。
凜隊長「よし!」
凜隊長は,その場から5メートルもジャンプした。その最頂点に達した時,全力の気が覆っている剣を,十字斬りと斜め十字斬りを合わせた8軌道による竜星剣風刃を小芳に向けて放った。
凜隊長「竜星剣風刃!」
ピュィーン!ーーー
その竜星剣風刃は,小芳を襲った。小芳は,自己の周囲に気の防御層の5重層で応じた。
パリン!ーー
小芳が構築した気の防御層の1層で,3発の剣風刃を防御できた。5層もあるので,15発の剣風刃を防いだ。それだけの時間があれば,破壊された分だけ,追加で防御層を構築するのことが可能だ。
それに,凜隊長が放てる剣風刃は,ジャンプして頂点にいるときのみ!その時間,わずか1秒間!
せいぜい30発の剣風刃程度だ。それはそれですごいことなのだが,小芳の防御層を突破することはできなかった。
地表に着地した凜隊長は,これ以上戦っても小芳に勝てる見込みのないことを知った。
凜隊長「大妖怪,水香様,おみそれしました。S級になったわたしでも,まったく歯が立ちませんでした」
小芳「いえいえ,隊長はもっともっと強くなると思います。
どうですか?1週間でいいです。わたしたちに協力してもらえませんか? その後は,わたしたちが,蛇王討伐に協力しましょう」
凜隊長は,強者こそすべてという理論をよく知っている。
凜隊長「わかりました。大妖怪・水香様のシモベとして働きます。ですが,これまで使えていた主人たちの殺害には直接タッチしたくありません。寝覚めが悪いですから」
小芳は,それでもいいと判断した。なんせS級レベルの強者を部下にできるのだから。
小芳「フフフ,先を越されてしまいましたね。明日の鹿狩りの際,勇馬様を事故死に見せかけるように命じたかったのですが,,,まあいいでしょう。わかりました。それで結構です」
凜隊長「では,副隊長が戻ったら,わたしの指揮権を彼に譲渡して,こまごまとした引き継ぎを行います。その後,幽霧庵に行くようにします」
小芳「はい,お待ちしています」
小芳と水香はその場を去った。
・・・
1時間後,律副隊長が戻ってきた。顔が真っ赤状態で,人生の絶望を感じたような様子だった。
凜隊長「あれ?律副隊長? どうしたの? 身請け話,うまくいかなかったの?」
律副隊長は,目から涙が流れてきた。
その後,気持ちが少し落ち着いたので,重い口を開いた。
律副隊長「実は,数分,出遅れてしまいました。わたしよりも高い金額で身請けする客が現れました。その客は,,,なんと,わたしが中級聚気丹を現金に換えた薬問屋若旦那でした。
わたしは,ダメ元で,なんとか手を引いてほしいとお願いしました。
もちろん,そんなお願い,聞いてくれるはずもありません。ですが,わたしが何度もお願いしたところ,とうとう,若旦那は,ある条件を出してきました」
彼は,涙をさらに流して,凜隊長の足元を抱いて言った。
律副隊長「それは,隊長がわたしの代わりに若旦那に交渉することです。隊長!お願いです!わたしの代わりに交渉してください!この金貨1000枚を持って,薬問屋に行ってください!隊長! 隊長!--」
この話を聞いて隊長は思い当たることがあった。これまで,数回,親戚を通じて,薬問屋の若旦那との見合い話が来たことがあった。凜隊長はすべてそれらを一蹴した。
凜隊長「律副隊長,いいですか,よく聞きなさい。この話,とにかく,わたしが交渉します。ですが,うまくいく可能性は低いでしょう。それでも納得してもらえますか?」
律副隊長「・・・,はい,それはやむを得ません」
凜隊長「それと,もうひとつ,大事な話があります。今から,律副隊長は,わたしの代わり,つまり,後宮護衛隊の隊長として,その任を勤めなさい。その最初の任務,,,それは,,,明日の鹿狩りの際,勇馬様を事故死に見せかけることです。それが条件です」
律副隊「え? なんで?」
凜隊長は,小芳とのやりとり,さらに小芳が大妖怪であること,S級になった凜隊長が小芳にまったく勝てなかったこと,夕霧が次期城主になることなどを明かした。
凜隊長「なんと,,,そんなことが,,,わかりました。やりましょう。ですが,かならず,菊江を身請けしてください。それが条件です」
凜隊長「話は,もうわたしのレベルを超えたようです。安心してください。今から,大妖怪のところに行ってお願いしてきます。薬問屋の連中を皆殺ししてでも,菊江を奪還してきます。律副隊長は,勇馬様の事故死の計画を立案しておきなさい」
律副隊長は,元気な顔になって答えた。
律副隊長「はい!任せてください!」
・・・
凜隊長は,幽霧庵に出向いて,小芳に律副隊長の件を伝えた。また,律副隊長に勇馬様を事故死にさせる依頼をしたことも伝えた。
小芳は,それらの内容を銀次に報告した。彼は,小芳に,水香も一緒に連れて薬問屋にいくように指示した。最悪,薬問屋を壊滅させる必要があるからだ。銀次の護衛がいなくなるが,銀次は,あと数日で病死する状況であることは,皆が知っているので,わざわざ殺しに来るようなものはない。護衛など必要はない。
小芳は,薬問屋は風雲の灯火になったと感じた。
・・・
ー 薬問屋の応接室 ー
凜隊長,小芳,そして水香の3名は,のんびりと出されたお茶を飲んで,若旦那が来るのを待った。
尚,応接室の隅に,薬問屋の護衛隊6名がすでに控えていた。
しばらくして,番頭と若旦那が顔を出した。若旦那の後ろには美しい女性がいた。菊江だ。律副隊長が身請けしたい女性だ。
若旦那は,見かけ20歳くらいで,超がつくほどのハンサムだ。ハンサムというよりも,着る服が女物なら,美女と云っても過言ではない。しかも,見るからに,何かを極めて悟りを開いたような印象を受けた。問屋の若旦那は,なんの取り柄もないが,商才だけはあって,支店を12店舗まで増やしてきた。
凜隊長は,若旦那を,何度か見合い写真で見たことはあるものの,父の仇を討つことに頭がわまって,結婚など考えていなかった。周囲からは,彼女がすでに30歳だし,いい条件で結婚できる最後のチャンスだと口をすっぱくして云われていた。
彼女としても,父の仇討ちが終われば,結婚してもいいかもしれないと,少し気持ちが傾いていた。
小芳は,念話で凜隊長に聞いた。
小芳『彼,めっちゃハンサムなんだけど,,,凜隊長は,彼と結婚したくないのですか?』
凜隊長『わたしも若旦那と会うのは始めてです。まさか,これほどのハンサムとは思っても見ませんでした。わたし,,,彼と結婚してもいいです』
小芳『フフフ,だったら,話は簡単ね』
彼らが着席して,お互いの自己紹介を一通りした後,番頭が要件を切り出した。
番頭「では,菊江の身請け話ですが,われわれとしても,鬼ではありません。何よりも,菊江が副隊長と結婚したいと云っているのですから。そこで,私どもが身請けした金額,金貨1200枚なのですが,いろいろと経費がかかっています。その経費を加えた金額,金貨2000枚を出していただけるのであれば,すぐに菊江を引き渡しましょう」
小芳「あの,,,すいません。そんなお金ありません。なんとか,その金額を引き下げていただけないでしょうか?」
番頭「そうですか,,,若旦那,どうしますか?」
若旦那は番頭に耳打ちして,番頭は頭を縦に振った。
番頭「では,こうしましょう。以前,何度か凜隊長には,見合い話を提案させていただきました。ことごとく断られてしまいました。ここで,それをお取引材料にしたくはないのですが,もし,凜隊長が若旦那と結婚していただけるのであれば,そうですね,,,金貨1500枚にまで引き下げましょう」
小芳「それは,大変ありがたい話です。ですが,凜隊長は,契約で,すでに後宮護衛隊の身分ではなく,わたしの奴隷身分になりました。凜を所望したいのであれば,金貨2000枚が必要です。つまり,菊江さんと同額になります。差し引きゼロということです。いかがされますか」
この話に,番頭や菊江は開いた口が塞がらなかった。若旦那は,何やらニヤニヤしていた。
番頭「まあ,なんといいますか,,,世の中,交渉が決裂した場合,どうするか知っていますか?」
小芳「いいえ,知りません」
番頭「武力で訴えることになります。水香さんは,霧仁様の女中の身分なのでしょう? 女中など,お城にあっては,なんの人権もありません。拉致されようが殺されようがどうにでもなります。あなたを殺して,かわりの女中を霧仁様に献上するだけのことです。まあ,凜隊長は,かなりの腕がたつと思いますが,それでも,多勢に無勢,われわれの護衛部隊の敵ではありません」
パン!
番頭は,両手を叩いた。
屈強な護衛隊6名が,剣を抜いて,小芳たちの周囲に来た。
小芳「なるほど,交渉が不成立な場合,武力に訴えればいいのですか。勉強になりました。では,どうでしょう? 勝ち抜き戦で試合をしてはいかがですか?もし,わたしどもが勝てば,さきほどの提案を受けてもらいます。そちらが勝てば,さきほど提案していただいた金貨1500枚を支払います」
番頭は,若旦那の顔を見た。若旦那は軽く頭を縦にした。
番頭「いいでしょう。勝っても負けても凜隊長は若旦那と結婚する。勝てば,金貨1500枚が手に入り,負ければゼロということですね」
小芳「はい,それで結構です」
番頭「では,そちらの選手は,どうなりますか?」
小芳「では,先鋒は凜隊長,2番手がわたし水香,そして,3番手が小芳でお願いします」
番頭「フフフ,水香さんと小芳さんは,人数合わせてですね? 実質,凜隊長を倒せばいいわけですか,,,でも,かなり強敵ですね。1対1では分が悪いかもしれませんね,,,
では,こちらは,先鋒が護衛隊の副隊長,2番手が護衛隊隊長,3番手が若旦那になります」
小芳「え?若旦那様は,戦えるのですか?」
番頭「あなたたちと同じく,ただのお飾りですよ」
番頭は,意味深で答えた。
彼らは試合する場所に移動した。ここから馬車に乗って,いったん,城下町を出て,人気のない山林に来た。すでに日も沈んでいた。半月の月明かりだけがたよりだ。
馬車2台,護衛隊100名が急遽,寄せ集められた。お城の後宮護衛隊長との試合を観戦するためだ。後宮護衛隊長,凜は,軍隊の隊長と並ぶ双璧で有名だ。特に凜隊長は,お城でも一番,二番を争う美人なので,今は,まさに月下美人というにふさわしい。もっとも,その凜隊長も,小芳や水香と一緒だと,色褪せてしまうのだが。
番頭「試合のルールは,どうしましょう?」
小芳「では,武器,その他,呪符など,なんでもOKの殺し合いでお願いします。ただし,相手が参ったを言うか,もしくは,戦闘不能になった場合,そこで戦いを中止するということでいかがでしょうか?」
番頭は,若旦那の顔を見た。若旦那は終始,ニコニコとしていた。それはOKという意味だ。
番頭「はい,それで結構です」
第1試合が始まった。凜隊長と薬問屋側の護衛副隊長との勝負だ。彼は,上級前期の腕前だ。技量が上がればあがるほど,得意技を極めていく。彼は剣流宗出身なので,得意技は,もちろん剣風刃だ。彼は,剣風刃を小出しして,凜隊長の様子を伺った。彼女は,カウンターで,自分の剣風刃を放った。
バッシューン!ーー
彼女の剣風刃は,彼のそれを砕いて,尚且つ,その勢いを止めず,彼に向かっていった。彼女のそれは,速度があまりに早かったため,彼は,躱すこともできず,自分の周囲に気の結界を構築した。だが,その結界さえもはじき飛ばされて,彼に直撃した。
その衝撃で,彼は数メートルほど飛ばされて地に倒れた。
番頭「勝負あり,そこまで! 凜隊長の勝ち!」
番頭は,そうそうに試合を中止させて,観戦している隊員に,倒れた副隊長の治療をさせた。隊員の中に治療に得意な気の使い手がいるので,彼が治療に当たった。彼からの治療状況を聞いた隊員が番頭に報告した。
隊員「番頭,かなりの重傷を負っています。ですが,命に別状はありません。あの剣風刃の威力は,すでに上級レベルを越えているそうです。つまり,凜隊長はS級レベルではないかとのことです」
番頭「S級,,,なんと!では,上級後期からS級にレベルアップしたのか?! では,次の試合では,隊長の出る幕ではないな」
番頭は,若旦那の顔をみた。困った時は,若旦那の顔色を見ることにしている。
若旦那は,軽く頭を下げた。番頭はその意味を理解した。彼は小芳に言った。
番頭「1回戦は,凜隊長の勝ちです。2回戦の試合は棄権します。凜隊長には,3回戦をしてもらいます」
小芳「え?若旦那様って,もしかして,S級レベルなのですか?」
番頭「戦えばわかります」
小芳「まあ,そうですね。はい,わかりました」
3回戦が始まった。若旦那と凜隊長との戦いだ。つまり,いずれ夫婦になる2人だ。若旦那は,ニコニコとしていた。戦っても戦わなくても,凜隊長を娶ることができる。ニコニコもするというものだ。
凜隊長は,将来の夫を傷つけることはしたくない。そこで上級レベルに威力を下げた剣風刃を数回放ってみた。彼がどのような対応をするのか見たかった。
彼は,扇子を取りだして,あたかも,扇子で扇ぐかのように,その剣風刃を一瞬で消滅させてしまった。
凜隊長「え? まさか?!」
その感想は,小芳だけでなく,水香はおろか,薬問屋の護衛隊員も同様の感想だった。だって,若旦那が戦えるなど,これっぽちも思っていなかったからだ。
凜隊長は,若旦那は,すくなくともS級レベル,下手すれば,仙人クラスに届いているかもしれないと判断した。彼女は,全力の気を剣に流した。
シュパーー!!ーー
彼女の全力の剣風刃の4連発は,若旦那を襲った。しかし,若旦那は,それさえも,軽く扇子を払うだけで,消滅させてしまった。あたかも,何事もなかったかのようにだ。
凜隊長は愕然とした。なんという圧倒的な強さ!確実に仙人クラスの実力だ。だが,負けるにしても,せめて,相手を少しでも疲れさせてやりたい。
彼女は,剣風刃の連続100発攻撃を放った。かつ,放ちながら,間合いを徐々に詰めていった。
10メートル,9,8,7,,,5メートル。
間合いを詰めた剣風刃でも,若旦那は涼しい顔でS級レベルの剣風刃をすべて消滅させていった。
若旦那は,その場所から一歩も動いていない。なんとも圧倒的な技量だ。
小芳「はい,そこまで! この勝負,若旦那様の勝ちです!」
その声を聞いて,凜隊長は攻撃を止めてその場で跪いた。息が荒かった。すべての気を使い果たした感じだ。
水香が駆け寄って,凜隊長を支えて,その場から移動させた。
「ワオーー!」
「若旦那様ーー!」
「すげーー!」
「最高ーー!」
「仙人様の出現だーー!!」
などという小さな歓声があがった。若旦那は,大声が嫌いなので,皆,小さい歓声の声だった。
小芳は,水香に念話した。
小芳『水香様,もし,わたしが負けた場合,水香様が戦うことになります。ですが,不戦敗にしてください。水香様は,戦闘力のないか弱い少女で通してください。水香様が力を発揮する時,それは,相手側をすべて皆殺しにする時です』
水香『了解でーーす』
水香は,今の立場が好きだ。自分に命令してくれる人がいる。本当は,戦い方法までの指示してくれればいいのだが,それは,ある意味,贅沢なのかもしれない。
小芳が,若旦那の前方,7メートルほどの位置に陣取った。
小芳「では,若旦那様,準備はいいですか?」
この言葉に,初めて若旦那様が声を出した。
若旦那「いつでも」
その声は小さくて,ややもすれば聞き取れないほどだった。それでも,男性の声にしては,やさしく潤いのある声色だった。
小芳「では,参ります」
小芳は,全身に気を展開した。
ブブブブーー!!
小芳の周囲が白色に輝き,空気の流れがその白色の光に吸収されていくようだった。
パパパパーー!!
小芳の周囲に氷結の矢が10本,20本,30本,,,さらに増えて,100本まで繰り出した。
「なんと! あの少女,天女クラスか?!」
「間違いねえ!」
「若旦那と同じく,身を隠していたんだ!」
「じゃあ,仙人と天女の戦いじゃねえのか,これって?」
「すげーー!! ありえねえ?!」
そんな歓喜の中で,小芳は,100本もの氷結の矢を,若旦那の前方,後方,側方,さらに天上から攻撃を展開させた。
膨大な気を必要とするが,小芳も大気から無限の気を吸収していった。
若旦那は,いくら扇子でもすべてを霧散させることはできないと判断して,初めて,自分の周囲全体に,半円形の気の結界を構築してそれを防いだ。
若旦那は,微妙に地面の震動を感じた。
若旦那『まさか,地面からの攻撃か?』
彼は,とっさに,空中にジャンプして,自分の周囲を球状の気の結界を3重に構築した。
彼がジャンプした地面から,無職透明の霊力による触手の刃が,突き出てきた。しかし,それは空振りに終わった。
だが,空中にジャンプしたことで,触手の刃を,直接,小芳の背後から繰り出して,彼を襲った。
パリン!パリン!パリン!ーー
霊力の刃は,若旦那の気の3重結界をことごとく破壊した。それと同時に,全方向からの氷結の矢が彼を襲った!絶対絶命!
勝負あったと思ったが,そこには,彼の姿がなかった。
小芳「どこに消えた?」
小芳がそう思った瞬間,彼が小芳の前に顕れて,足蹴りで彼女を蹴り飛ばした。
ドーン!
小芳は,10メートル以上も吹き飛ばされた。だが,彼女に,さほど大きなダメージはなかった。気の防御を,自分の皮膚上に展開していたからだ。
小芳の周囲に発動している白色の光は相変わらず,燦然と輝いていて,大気から気をどんどんと吸収していた。だが,気の吸収をしていると,加速ができない。
小芳は,気の吸収を諦めた。白色の光は徐々に暗くなって消滅した。彼女は,ゆっくりと立ち上がった。
小芳『若旦那は10倍の加速で移動していた。つまり,わたしは。加速20倍くらいにしないとだめね。でも,まだ加速20倍は無理。だったら。加速10倍で,ダメージを受けてもいいから,できるだけ躱すようにするだけ,,,やっぱり,圧倒的な差がないと,最終的には肉弾戦になるのね』
小芳は,まだまだ自分が弱いことを実感した。でも,折角のいい機会だ。肉弾戦を楽しむことにした。
若旦那も,小芳が肉弾戦に持ち込むことを知った。
若旦那「なるほど,気の吸収を諦めて,わたしと真っ向勝負する気になったな。フフフ,いい判断だ」
小芳「正直言って,あなたが仙人並みに強いとは驚きです。きっと名のある仙人なのでしょう」
若旦那「童話の世界ではわたしは,芭蕉仙人と呼ぶようだ。もっとも,わたしは3代目だけどね。フフフ」
小芳「3代目芭蕉仙人,ご尊名承りました。どうです?ここで,お互い,引き分けということにしませんか?わたしから金貨1000枚を提供します。それで菊江さんを引き渡していただければ,そちらの損害も最小になるかと思いますが?」
若旦那「悪くない申し出だ。でも,あなたとの勝負,もう少し楽しみたい」
小芳狐「わかりました。そんなに殴り倒されたいのなら,ご希望のままに」
今度は,小芳が,その場から消えるように移動した。彼女も10倍速で加速した。若旦那が,彼女の攻撃を同じく加速で回避しようとして足を動かそうとした。
だが,その足は,何かにがっちりとロックされて動かなかった。
若旦那「なに?」
若旦那は,一瞬,足元を見た。そことには,無色透明の触手のようなもので絡まっていた。その一瞬の隙で,彼は,防御結界を構築するのが遅れた。
ドンドンドンーー!
小芳狐の鋭い連続蹴りが若旦那を襲った。10発以上もクリーンヒットした。
小芳は,すぐに距離をとって,彼の足に絡まっている触手に,棘を繰り出して,彼の足の中に刺し込んでいった。
ドスドスドスーー!!
若旦那は,扇子を取りだして,その触手を切断した。だが,すでに棘で足がやられて,立ち上がれない状態だった。
若旦那,いや,3代目芭蕉仙人として,このままでは引き下がれない。扇子を自分の周囲に旋回させた。その後,手を離して,扇子だけで円を描いた。その円内に大気が,猛烈の速度で吸収されていった。
だが,その大気は,いったいどこに?
数秒後,,,
芭蕉仙人「旋風龍乱派ー!!」
芭蕉仙人の掛け声とともに,描かれた円から,あたかも圧縮された空気が,一気に放出されるがごとく,空気弾が小芳狐を襲った。その速度,ヒトの加速100倍以上! とても回避できる速度ではない!
小芳は,その空気弾にぶち当たって,何百メートルもの背後にある大きな樹木に衝突して,樹木を数倒してから地に倒れた。
気の治癒術に心得のある隊員が若旦那のところに駆け寄って,気による治癒を行った。
番頭は,これ以上,勝負する必要なしと判断して,隊員に小芳を救助するよう命じた。
小芳は気絶していたが,命に別状はなかった。気の防御を最大限に展開したことと,彼女の肉体が霊力によって何倍にも強化されていた結果だった。
小芳は,隊員たちの気を用いた集中治療によって,20分後にやっと意識を取り戻した。
小芳は,隊員たちに支えられて,番頭たちにいる場所に戻ってきた。若旦那も,足の応急手当が済んで,隊員に支えられて立ち上がった。
小芳「若旦那様,今回の試合,わたしが負けでいいですか?」
若旦那「それでいいが,わたしは,気を使い過ぎた。次の対戦相手が,いくら弱くても,わたしはもう勝負できそうもない」
小芳「小芳も,まったく戦闘ができません。気を扱うことすらできないです。それで,引き分けということでいかがですか?先ほど言ったように,金貨1000枚は支払います。それで菊江さんを渡していただきたいと思います」
若旦那「それで構わない。ところで,あなたは,誰かの弟子なのか?」
この時,水香は小芳に念話した。
水香『ここは,蓮黒天女という名前を出してください。ウソでも構いません』
小芳『了解』
小芳「わたしは,蓮黒天女の弟子です。蓮黒天女の名前を踏襲する候補のひとりです」
若旦那「なんと,,,蓮黒天女の弟子か,,,それにしては,強すぎる。でも,いい戦いだった。感謝する。次の戦いは,引き分けでかまわない」
小芳「ありがとうございます。これで,戦った価値があったというものです。
では,菊江さんを連れて帰ります。凜隊長との結婚については,結婚の日取りなどの案を2,3通り準備して,提案していただけますか?追って,返事を差し上げます」
若旦那「了解した」
小芳は,金貨1000枚を番頭に渡して,観戦していた菊江を連れて,水香と凜隊長と共に馬車に乗って去っていった。
若旦那は,小芳たちが去るをのをじっと眺めた。彼は,やっと小さい頃の自分の夢が叶うことを知った。毎日,夢にまで見た凜隊長をお嫁さんにするというものだ。
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