第20話 蛟竜討伐準備

 銀次の診断を終えた多紀医師は,第3夫人のいる夕霧御殿に出向いて,そこで,夕霧と会食を取っていた。


 多紀医師は,夕霧の長男,霧仁の病状や,1週間前後で死亡する可能性が高いこと,過去に3例ほどの事例があったことなどを細かく説明した。


 その話を聞いて,夕霧は,悲しむどころか,口をほころばせていた。


 多紀医師「夕霧? なんで嬉しそうにしているんだ? 霧仁が1週間後に死亡する可能性がかなり高いんだぞ?」

 夕霧「でも,可能性が高いというだけで,必ず死亡すると決まったわけではないのでしょう?」

 多紀医師「まあ,そうだが,,,」

 夕霧「例えば,伝説の存在である蛟竜のキモを手に入れることができれば,超級精力丹ができるのでしょう? それで治らない病気なんてないと思いますよ」

 多紀医師「確かに,超級精力丹で治らない病気はないかもしれん。しかし,蛟竜は,菩提大湖の底に棲むと云われている伝説の竜だ。蛟竜を見たという話はこれまで聞いたこともないし,仮にいたとしても,仙人か天女レベルの強者でないと,太刀打ちできない」

 夕霧「それがいるんですよ。蛟竜に対抗できるかもしれない強者が。フフフ」

 多紀医師「なに? ほんとうか?」

 夕霧「はい,わたしも半信半疑なのですが,霧仁に仕えている女中の水香,彼女の縁者に,その強者がいるという話です。ものは試しです。依頼をしてみましょう」


 夕霧は,銀次たちが,多紀医師を見事なまでに記憶操作と偽の病気『ダイヤ病』を創造したことにとても満足した。それなら,蛟竜を捕まえることだって出来るかもしれない。


 超級精力丹,それは,どんな病をも治すと云われている。


 夕霧は,霧仁を産んでから,もう妊娠できない体になってしまった。その霧仁は,銀次に殺された。でも,銀次たちをさほど恨んではいない。逆に,これは,いいきっかけだと思った。


 自分の不妊症を治し,ほんとうに好きな,堅牢な体をした軍隊長とラブラブになって,彼の子を産む。これが,夕霧の密かに思っている思いだ。それを実現させるために,銀次たちを道具として使う!


 しばらくして,小芳を従えた水香が夕霧庵に来た。


 水香は,おしゃべりが下手だ。そのため,水香は念話で要件を小芳に伝えて小芳が水香の代わりに言葉を伝える。


 小芳「夕霧様,水香様が来られました」

 夕霧「よく来たわね。この地図を見てちょうだい」


 夕霧は,1枚の地図を示した。そこには,菩提大湖の場所が示してある。ここから100kmほど離れた場所にある大きな湖の位置が示してある。


 小芳「菩提大湖の所在が記載されていますね。伝説の蛟竜が棲むと云われている場所ですが,これがなにか?」

 夕霧「あらら? よく知っているわね。そうよ。その蛟竜を捕まえて来てほしいの。でも,大きずぎるから,蛟竜のキモを,そうね,この容器一杯分でいいから切り取って持ってきてちょうだい」


 夕霧は,ドンブリ1枚分の入る栓付きの高級陶磁器を小芳に渡した。


 小芳「え? わたしがですか?」

 夕霧「バカね。水香の知人にお願いしなさい。蛟竜のキモが手に入れば,超級精力丹ができるのよ。どんな病だって治るのよ。奇跡の薬なのよ」

 

 小芳は,水香の顔を見た。水香は念話で小芳に返答を送った。


 小芳「水香様の知人に,確かに仙人クラスの強者はいます。ですが,連絡するのに3日ほどかかるようです。蛟竜討伐ともなると,その報酬は金貨1万枚でも足りないと思われます」

 

 夕霧は,討伐に行くのは銀次と水香だと知っている。でも,金貨1万枚はふっかけすぎだ。


 夕霧は,水香を傍に呼んで,耳元でこそこそと云った。


 夕霧『水香,金貨1万枚はふかっけすぎです。100枚で我慢しなさい。その代わり,銀次や水香たちの待遇を厚くしてあげましす』


 水香は,200メートルほど離れている銀次に,その内容を念話で送った。水香の念話送信範囲は5kmにも及ぶ。銀次から,金貨200枚はふんだくれとの返事だった。


 水香は,右手の指を2本立てた。夕霧は,その程度なら已むなしということで同意した。水香は,元の位置に戻った。


 小芳「水香様から,さきほどの条件で,知人の強者を説得してみるとおっしゃっています。説得が成功すれば,3日後に出発することになります。仙人の力なら,蛟竜のキモ確実に持って帰れるでしょう。往復の移動時間を考えれば5日後に夕霧様にお渡しできると思います。それで,霧仁様は,助かるのですね?」


 夕霧「超級精力丹ともなると,わたしの技量ではできないわ。師匠,超級精力丹の煉丹をお願いできますか?」

 多紀医師「わたしも,上級の上レベルまでしか煉丹したことがない。でも,5日後なら,体調を整えて,準備を十全に準備すればなんとかなる自信はある。それよりも,水香さんの,その知人の強者というのは,ほんとうに仙人レベルの強者なのですか?」


 小芳「はい,水香様の知人は,隠遁生活を送っていますが,その戦闘力は,仙人レベルに十二分に匹敵するとのことです。もし,ほんとうに蛟竜がいるなら,確実に討伐できるだろうとのことです」

 多紀医師「それが事実なら,一緒に討伐に加わりたい連中は山ほどいる。夕霧,もっと組織的に対応したらどうだ?」

 夕霧「師匠,もし,ほんとうに蛟竜のキモが手に入ったら,その半量を師匠に分け与えます。その代わり,ここでの話は内密にお願いします。もちろん,その半量には,超級精力丹の煉丹費用も含んでいます。いかがですか?」

 

 多紀医師は,しばらく逡巡した結果,夕霧の提案を呑むことに同意した。内密にするほうが,自分の取り分が多いと思ったからだ。


 多紀医師は,会食終了後,城主に会いに行った。しかし,城主は,真天宗に出張中とのことで,まだ戻っていなかった。


 多紀医師は,城主付きの女中に,城主の出張の目的を聞いてみた。どうせ分からないだろうと思ったが,意外にもその理由がわかった。


 女中「桜川城の被害状況の視察にいかれました。伝書鳩で,ときどき報告が来ます。それによれば,『大妖怪・水香』が大暴れたとのことです」

 多紀医師「え? 『大妖怪水香』?」

 女中「はい,霧仁様の新しい女中と同じ名前なので,すぐに覚えました」

 多紀医師「まさか,あの女中が大妖怪?」

 女中「いえいえ,それはありません。もし彼女が大妖怪なら,霧仁様はもとより,この城に住む住人は,とっくに殺されていると思いますよ」

 多紀医師「・・・」


 この女中は否定していたが,多紀医師は,あの霧仁付きの女中が大妖怪の可能性が充分にあると睨んだ。つまり,水香自身が仙人レベルに達する強者であるという可能性だ。 


 自宅に帰る道すがら,彼は,いろいろと考えた。彼はS級煉丹師であるが,同時に,剣流宗の上級剣士でもある。大妖怪を討伐できるような力量はない。


 それよりも,水香の縁者の強者がほんとうに蛟竜を殺すのなら,その死体を回収するのが肝要だ。その死体は,キモだけでなく,どんな部位も貴重な種々の丸薬の材料になりえる。その価値は,優に金貨何万枚にも達するだろう。


 自宅に戻った多紀医師は,剣流宗の宗主に,梅山城の第3夫人の長男の女中に,水香という女中,もしくは縁者が,大妖怪の可能性が高いこと,さらに,菩提大湖に棲むという伝説の蛟竜を討伐する予定という情報を流した。重要な情報は,宗主に報告する義務となっている。多紀医師もそれに従ったまでだ。

 


 ーー

 夕霧は,自分従者2名と,水香,小芳狐を従えて,銀次のいる幽霧庵に来た。


 夕霧は,霧仁に扮した健康そうな銀次を見た。夕霧は拍手をしながら彼に言った。


 夕霧「霧仁,元気そうね。フフフ,最初の条件は見事にクリアしたわね。記憶操作,,,すばらしい能力だわ。桜川城を壊滅したのがあなた方だと信じるわ」

 銀次「それはよかった。桜川城はその後,どこが支配することになるのかな?」

 夕霧「歴史的観点からだと,菊峰家に嫁いだ桜川家の縁者が支配することになるわ。でも,それを気覇術の仙人が容認するかだわね」

 銀次「気覇術の仙人?」

 夕霧「そうよ。一般には知られていないんだけど,桜川城の場合は,そこは,気覇宗の勢力範囲なのよ。つまり,気覇術を極めた伝説の仙人がいるはずよ。仙人は世事には関わらないって言われているけど,でも,城主が外部から来るとなると,話は別。菊峰家に嫁いだ桜川家の縁者が,どれだけ,正当性のある縁者を派遣するかで決まるわね」

 

 水香が銀次に念話した。


 水香『ご主人様,桜川城で対戦したあの老人,剣上仙人だと自分で言っていました』

 銀次『あの弱虫か?なるほど,,,仙人と言ってもあの程度か。でも,もっと,仙人の情報は必要だな』


 銀次「母上,桜川城の仙人は,さほど強くありませんでした。水香が倒しました」

 夕霧「え?ほんと? 仙人と戦ったの?」

 銀次「はい,たまたま出くわしました。剣上仙人と自分のことを言ってました」

 夕霧「剣上仙人?そうなの,,,どうやら,ほんとうらしいわね。そうなると,,,いずれ,他の仙人の仕返しが来るわ。でも,それは,わたしが心配することではないわ。水香には,最悪,身を隠せばいいだけだし。

 剣上仙人がいないなら,うちの軍隊が占拠しても問題ないかもしれないけど,,,でも,菊峰家と争うことになるかもしれない。今は,まだまだ菊峰家と対抗できるほどの戦力はないわ」


 銀次「母上,城主と相談しなくていいのですか?」

 

 夕霧は,ジロっと銀次を睨んだ。


 夕霧「霧仁,まだ,第二,第三の条件があるのよ」

 銀次「はい,知っています。どうぞ,おっしゃってください」

 夕霧「第二の条件,それは,蛟竜を倒して,キモを持って来ること。水香に依頼済みよ。そして,第三の条件,それは,わたしを,この城の女城主にすること!」

 銀次「・・・」



 銀次「母上を城主にするには,他の城主候補を殺せばいいのですか?」

 夕霧「そうよ。病死か事故死でね。そうしないと,反発が大きいわ」

 銀次「第二,第三の条件,了解しました。とにかく,着実にこなしていきましょう」


 夕霧は,ニコッと微笑んで去った。


 ーーー

 夕霧が去った後,銀次は,水香と小芳を交えて会議を持った。


 銀次「小芳,ここ数日で,煉丹術で理解したことを説明しなさい」

 小芳狐「はい,ご主人様。丹薬には,大きく2種類に分かれます。一般丹薬と気含丹薬です。一般丹薬は,値段は安いのですが,効果が弱いです。おもに風邪丹薬,解熱丹薬などがあります。気含丹薬は,かなり高価になってしまいます。初級精力丹でも,一粒金貨10枚(10万円相当)もします。その理由として,初級丹薬を煉丹するのに,気鉱石を3個使用します。気鉱石は1個金貨100枚します。有効期間は半年です。この梅山城では,割り当てがあって,半年で,200個の気含石しか購入できません。しかも,購入先が菊峰家からしか購入できないそうです」

 

 銀次「なるほど,,,気含石って,魔鉱石のようなものか?」

 小芳「魔鉱石って,何かわかりません。でも,気含石は,『気』のパワーを大量に含んだものです。わたしたち,妖怪界でも,この気含石を盗むのが,最大の関心事になっています。『気含石を制する者,この世界を制す』と昔から言われている格言です」

 銀次「なるほど。この世界は,『気』で支配されているのか。ということは,魔力の源はないとみていいな」

 水香「ご主人様,ということは,魔体のご主人様の頭部は,どうなるのですか?」

 銀次「もうこの世界に来て,3週間が経過した。あと,1週間もすれば,魔体の頭部は消滅する」

 

 小芳「ええーー?! うそーー!!」


 小芳,ひとりが騒いだ。

 

 水香「やはり,そうでしたか。ご主人様,対策はありますか?」

 銀次「ない。この胴体の血には,魔力がまったく含まれていない。無理すれば,あと2週間程度は延命させることはできるかもしれない。でも,そこまでだろう」

 水香「・・・」

 小芳「えーー? ないんですか?!」


 銀次「自分が助かる方法がないという意味だ。水香と小芳は,わたしがいなくなった時に備えて,今から準備しなさい」

 小芳「はい,,,そうします」

 水香「・・・」


 水香は,なんとなく,銀次がなにを考えているのか理解した。水香が再生したことを,今度は,自分が銀次のためにすることになると思った。でも,そうなると,身重になってしまい,戦闘力が大幅に減ってしまう。

 

 銀次「水香,母乳をできるだけ多く出して,小芳に与えなさい。彼女の戦力アップが急務です」

 水香「はい,ご主人様。小芳の場合,『気』の素養がありますから,1週間もあれば,そこそこのレベルにはなると思います。わたしを保護することもできるでしょう」

 銀次「それはたのもしい。それはいいとして,よく聞ききなさい。今から,重要なことを伝えます。水香は小芳に変身し,小芳は水香に変身すること。 言葉も,そのように振る舞うこと」

 水香「え?」

 小芳「ええーー? うそーー?!」


 銀次「小芳,今から,3日間,集中して寝ずに霊力の修行をしなさい。水香の母乳には,豊富に霊力が含まれている。その後,小芳が,水香として,蛟竜討伐に行くこと。水香は,小芳の身分で,水香をサポートしなさい」

 小芳「ご主人様,その理由を聞いてもいいですか?」

 銀次「水香は,間違いなく,別の仙人か天女に襲われる。わたしがいない以上,水香ひとりでは,苦戦を強いられる。最悪,殺されてしまう。それは,絶対に避けなければならない」

 小芳「ええー? じゃあ,わたしは,水香になって,仙人や天女に殺されてもいいってことですか?」

 銀次「正直言うとそうなる。でも,この3日間,死ぬ気で修行すれば,自分の身を守れるはずだ。防御を徹底的に極めて,敵の攻撃を避けつつ,狐に戻って,さっさと戦線離脱しなさい。『水香』という大妖怪は,狐の妖怪であることを明らかにして,逃げればいい」

 小芳「でも,,,それでは,妖狐族に迷惑がかかってしまいます」

 銀次「水香を妖狐族に連れていきなさい。水香に,妖狐族全員を,小芳と同じくらいに強化させればいい。それなら,仙人にも天女にも負けないだろう?水香を,妖狐族全体で守ってほしい」

 小芳「・・・,でも,どうして,仙人や天女を妖狐族とぶつけるのですか?」

 銀次「フフフ,世の中,バトルが多いほうが面白いだろう? 水香が,人間界の人混みの中に隠れてしまうと,すぐにミイラが多数発見されて,すぐに討伐の対象になってしまう。少なくとも,1年ほどは,妖狐族の地盤で水香を保護してほしい。


 それに,仙人や天女に匹敵するほどのパワーがあれば,この人間界だけでなく,妖怪界も制服できるだろう?」


 小芳「・・・,でも,,,わたし,妖狐族から目の敵にされてしまいます。村八分にされてしまいます」

 銀次「ボクには,異能がある。ときどき未来が見える。そんな未来ではなく,妖狐族が皆,強者になって,仙人たちを滅ぼすという未来だ。しかも,小芳,あなたは,妖狐族の女神様に祭り立てられる運命だ。

 もちろん,そのためには,厳しい修行をするという条件がつきますが」

 

  銀次は,ウソをつくことで,小芳を納得させた。だが,未来を予知する能力は,美蘭である小芳のお得意芸であることは,銀次は知らなかった。


 小芳「え? それって,ほんとうですか? わたし,女神様になってしまうの? 超すてき!」


 神人である美蘭こと小芳は,この凡界において,神に匹敵するパワーが得られると思って,超喜んだ。


 小芳「はい,わかりました! そうします! 頑張って修行します! それはそうと,夕霧様の条件は,どうしますか?」


 銀次「仙人や天女に襲われるまでは,夕霧の条件を達成するように行動しなさい。でも,一生懸命する必要はない。適当でいい」


 水香は,この日から母乳が1Lも出るようになった。それをすべて小芳に飲ませた。小芳は,別の部屋で,あぐら座りをして,霊力の操作をイメージトレーニングしていった。

 

 銀次は,水香の補助を得て,とうとう,あの部分を反応させることに成功した。銀次の次ぎのステップは,自分の魔法因子を水香の体内に注ぎ込むことだ。


 その後3日間,小芳は霊力の修行に,銀次は自分の魔法因子を水香の体内に注入する行為に集中した。


 そんなことをして,時間を潰し,蛟竜討伐する日が来た。


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