第19話 霊力の感覚

ー 夕霧荘 ー

 翌朝,


 そこの貴賓室に,新しい肉体を得た銀次,水香,小芳,そして,従者の虎丸が,夕霧荘の主人,第3夫人の夕霧を待っていた。


 銀次は,水香と盛んに念話で会話していた。


 銀次『水香,あなたは,月本国での人生では,後悔はありましたか?」

 水香『後悔はありません。メリル様の加護を受け,まな美さんの子として生を受け,林サミコさんの時間加速の恩恵を受けて,こうして生きています。

 ですが,後悔があるとすれば,月本国では,牢獄に入れられたり,逃げ隠れする負け組の人生でした。せめて,この世界では,負け組ではなく,勝ち組側に立って,ご主人様の命令を遂行したいと思います。

 ですが,,,この変な世界に飛ばされて間もなく,牢獄で1週間過ごしてしまいましたけど,,,』


 銀次『勝ち組側に立つか,,,わかった。もう少し,この世界のことを把握してから,水香の理想を追ってみよう』


 そうこうするうちに,第3夫人の夕霧が,従者2名を連れて貴賓室に着た。従者は,共に女性で剣を持っていた。明らかに護衛を担当する女性剣士のようだ。


 夕霧「虎丸,霧仁はどこにいるの? この方たちは?」

 虎丸「第3夫人,これにつきまして,わたくしのほうから説明させていただきます」

 

 夕霧は,ソファに座って,貴賓室担当の女中が差し出したお茶を一口飲んだ。


 虎丸「実は,,,話が長くなりますが,よろしいでしょうか?」

 夕霧「大事な話なのでしょう? かまわないわ。詳しく話してちょうだい」

 虎丸「ご了解,ありがとうございます。では,詳細に説明させていただきます」


 虎丸は,銀次から説明を受けた内容を話し始めた。


 虎丸「第3夫人は,すでに隣の桜川城が壊滅したことはご存じと思います」

 夕霧「もちろん,聞いているわよ。あんなことが出来るのは,仙人か天女に匹敵するほどの妖怪の仕業に違いないわ。それに,近いうちに,仙人か天女が,その妖怪を討伐するだろうって,もっぱらの噂よ」

 虎丸「なるほど,,,仙人か天女が出てくるのですか,,,」


 虎丸は,一瞬,銀次側についたことを後悔した。でも,水香が仙人との戦いで,打ち破ったことも聞いている。やはり,銀次側につくしかない。


 虎丸「その桜川城を壊滅させた妖怪ですが,彼女は,霧仁様の前に現れて,その顔が気にくわないからと,今,こちらに座っている方の顔に変えてしまいました。つまり,この方が,霧仁様です」

 夕霧「・・・」


 夕霧は,銀次の顔をよく見た。どう見ても,霧仁ではない。髪の質だって違うし,皮膚の質も微妙に違う。いくら顔を変えたと言っても,そこまで変えることなど不可能だ。


 夕霧「それはないわ。皮膚のつや,髪の生え具合,頭の形,すべてが違う。顔だけが変わったのではないわ」


 この言葉を受けて,銀次が返答することにした。


 銀次「虎丸,後は,ボクのほうから説明します」

 虎丸「わかりました。よろしくお願いします」

 銀次「母上,では,ボク,,,わたしの方から説明します。わたしは,霧仁であって,霧仁ではありません。母上の推察通り,この頭部全体は,別人のものです。首から下は,霧仁のものです。ご理解いただけましたか?」

 夕霧「・・・」


 夕霧は,少し震える手で,再度,お茶を飲んだ。霧仁が死んだという事実を,明確に明かされる前の心の準備をするためだ。


 夕霧は,少し深呼吸をした。


 銀次「母上,少し,落ち着いたようなので,ハッキリと言います。昨日までの霧仁は,死亡しました。今日から,わたしくが,新しく,霧仁として,第3夫人,夕霧の長男として振る舞います。この事実を受け入れていただくようお願いします」


 銀次は,その場に立って頭を深々と下げた。


 夕霧「・・・,どうして,こんな状況になったのかしら?もっと,明確な理由がほしいわ」

 銀次「・・・」


 銀次は,しばらく考えて,水香の言っていた3人の霊体のことを引き合いに出すことにした。


 銀次「わたしは,正確には,わたしの頭部だけですが,隣にいる水香と一緒に,別の世界から偶然,この世界に飛ばされてしまいました。その後,いろいろあって,わたしのこの頭部を背負った水香は,この城の後宮の女中として採用され,夕霧荘に配属されました。

 最初は,見習いで煉丹術を学ぶ予定でした。でも,生前の霧仁が水香を彼の専属女中として指名しました。その決定に柚葉も抵抗できず同意しました。

 その後,水香は,幽霧庵につれていかれました。水香は,特殊能力を持っています。死者と会話できる能力です。いつもは,そんな能力は発動しないのですが,昨日は,たまたまその能力が発動しました。そこで,3名の女性が霧仁に拷問されて殺された事実を知りました」


 その事は,銀次が虎丸から事前に聞いていた。


 銀次「水香は,彼女の無念を晴らすことにしました。その方法は,霧仁の首を切断して,代わりにわたしの頭部を霧仁の胴体に据えるという方法です。

 霧仁の頭部が切り離されたことで,3名の可哀想な女性の霊体は,気持ちが晴れたのか,浄化されて完全に消滅しました。水香は,彼女たちの無念を晴らしたのです」


 霧仁が女中を3名殺したことは,夕霧も薄々知っていた。でも,見て見ぬ振りをした。でも,まさか,こんな形で制裁を受けるとは思ってもみなかった。


 夕霧が何も反論しないので,銀次は言葉を続けた。


 銀次「この胴体は,いや,この体は,正常に脈を打っています。この体は生きています。

 母上,わたしは,新しい霧仁です。昨日までの,殺人鬼の霧仁ではありません。新しい霧仁として,母上の望む霧仁を演じます。この城の城主になれといえば,成ってあげましょう。この国を統一せよと命じられれば,統一してあげましょう。この世の,最高の贅沢をさせてあげることもできるでしょう。


 なぜなら,さきほど,虎丸が言っていた,桜川城を壊滅させた妖怪は,ほかならぬ,隣にいる水香,その人だからです!」


 夕霧「ええーー?」


 ガシャー!ガシャー!


 夕霧の後ろに控えていた2名の女性剣士が鞘から剣を抜いた。


 銀次「そこの女性剣士さん,その体勢から少しでも動いたら,昨日の霧仁と同じ目に遭います。首が飛びます。決して脅しではありません」

 

 銀次は,念話で爆裂魔法陣の図案を水香に送った。


 銀次『水香,霊力の層に,この爆裂魔法陣の図案を小さく描いて,並べなさい。その部分をあの剣の刀身部分に接触させて,魔法陣に霊力を流しなさい』

 

 水香は,銀次のイメージ通りに行った。


 ポン!ポン!ーーー


 2名の女性剣士の刀身部分が小さな破裂音と共に砕け散った。


 女性剣士たち「え? 何?」


 彼女たちは,まったくわけがわからなかった。夕霧も振り向いて,剣が砕けたことを知った。虎丸も唖然とした。


 小芳は,目を爛々と輝かせた。念話を聞いている彼女は,銀次のイメージと命令で水香が実行したことを知っている。


 小芳は,銀次や水香の能力は,神界の連中に匹敵する,いや,それ以上の強者ではないかと思った。まさに驚愕のなにものでない。だから,弟の禍乱にも勝ててしまうのだ。小芳は,ともなく,妖狐の小芳として,銀次や水香に従って,強者の道を歩くことにした。もう,愛鈴会の仕事のことなど,どうでもよくなった。


 銀次「今は,刀身を破壊しました。もし,彼女たちの首だったら,どうなっていたか,容易に想像つくと思います」

 

 夕霧は,水香が桜川城を壊滅した妖怪だと信じた。彼女は,驚愕と恐れ,恐怖,悲しみの感情を,どう整理していのかわからなかった。夕霧に,彼女の従者や部下が,もっと力があれば,銀次の言いなりになる必要はまったくない。でも,それは無理だ。


 あの桜川城の戦力でさえ,目の前にいる水香に抵抗できなかった。夕霧が自由にできる戦力など,無意味に等しい。


 それでも,霧仁の切断された頭部のことが頭をよぎった。


 夕霧「霧仁,いえ,昨日までの霧仁の頭部を返してもらえますか?」

 銀次「わかりました。水香,お出ししなさい」

 水香「了解しました」


 水香は,霊力の触手をくり出して,背負っているリュックを開けて,中から霧仁の頭部を取りだして,夕霧の前に置いた。触手が見えない夕霧らは,あたかも,頭部がひとりで空中を浮かんで夕霧の前に来た。


 女性剣士「キャーー!」

 女性剣士「うそーー!」


 女性剣士らは,恐怖のあまり,尻餅をついて,体を震えていた。


 でも,さすがに夕霧は,そこまでの動揺は示さなかった。でも,目から涙がこぼれた。


 不肖の息子だったが,愛する息子だ。彼女は,その頭部を持ち上げて,しっかりと抱いた。


 夕霧「水香さんは,霊体と話ができるのでしょう? 今,霧仁と話ができますか?」

 水香「話ができるのは,強い怨念を持っている場合です。霧仁さんには,もう何の怨念も,仇もいないようです。幸せな人生だったのではないでしょうか?」

 夕霧「そうですか,,,霧仁は幸せな人生だったのですね」


 夕霧は,その場で涙が流れた。


 夕霧は,腰を抜かしている女性剣士に綺麗な白の布地を持ってくるように命じた。


 しばらくして,白地の布を受けとって,この布で頭部を綺麗に覆った。


 夕霧「いったん,ここで打ち合わせを終了します。明日の朝から,打ち合わせを再開します。いいですね?」

 銀次「了解です。ですが,変なことは考えないでください。わたしは,新しい霧仁です。霧仁として,母上の望む人生を歩みましょう。母上の望む栄華栄達をお見せしましょう」


 夕霧は,ほんの少し微笑んで,大事そうに色い包みをしっかりと抱いて自分の部屋に戻った。


 銀次は,夕霧が自分を受け入れると判断した。夕霧が仮に武力で訴えるような行動に出れば,返り討ちするだけのことだ。


 銀次たちも,幽霧庵に戻った。



 ー 幽霧庵 ー

 幽霧庵に戻った銀次たちは,早速,この世界の常識を理解するため,虎丸から説明を受けることになった。


 虎丸は,いったん自分の部屋に戻って,参考となる書籍を持ってきて説明した。


 まず,この世界の地図だ。それは,楕円形をした地図で,北の頂点に梅山城がある。その左側に桜川城がある。そんな感じて,8城の城が点在していた。


 虎丸「これがこの世界の地図です。まだ詳しく分かっていないところもありますが,だいたいこんな感じだと言われています。霧仁様は,この地図を見るのが好きでした。口癖のように,この世界を自分のものにしてやと言っていました」

 銀次「なるほど,,,それで,一番,脅威になる城はどれかな?」

 虎丸「城の防衛力は,どこも似たり寄ったりです。問題は,どれだけ,強者を雇えるかだと思います。最終的には,経済力の最も豊かな城が生き残るでしょう」

 銀次「強者って,仙人とか天女のことか?」

 虎丸「はい,彼らは伝説ですので,現実的には,S級レベルの強者を雇傭できるかにかかっていると思います。それに,桜川城を壊滅した妖怪,水香さんのことですが,その驚異的なパワーは,なるべく見せない方がいいです。水香さんが妖怪だと分かれば,伝説であっても,仙人や天女は,放置しないと思います」

 銀次「過去にそのような事例はあったのですか?」

 虎丸「わたしは経験していませんが,童話に出てくるのです。しかし,その童話は,決して作り話ではないと云われています。かつて,この国のすべての城を破壊しようとした大妖怪が出現しました。すると,どこからともなく,仙人や天女が出現して,大妖怪を討伐して,この国を救うという物語です」

 銀次「なるほど,では,われわれは,新しい童話を,新しい物語を創ってあげよう。虎丸,どうだ,その物語を間近で見たいとは思わないか?」

 

 虎丸は,燦々と眼を輝かした。


 虎丸「はい!ぜひ,見たいです!」

 銀次「まあ,口で言うのは簡単だ。かつ,水香のパワーに頼らない方法で戦力を強化したい。いい案はあるか?」

 虎丸「この地域は,剣流術が盛んな地域です。『気』のパワーを強化して剣術に応用する流派です。『気』を強化するもっとも単純な方法は,『聚気丹』を呑むことです。ですが,下級聚気丹でも,一粒金貨200枚(200万円相当)以上はします。気安く買えるものではありません」


 銀次「夕霧荘では,その煉丹術を修練しているところでしょう? 聚気丹を煉丹することはできないのですか?」

 虎丸「聚気丹は,少なくとも上級煉丹師のレベルが必要です。柚葉でも中級煉丹師です。この梅山城下町で,上級煉丹師は,第3夫人の夕霧様と,他2名しかおりません。それに,材料に貴重な『冬屍夏草』を用います。つまり,土葬された遺体から生えくる特別な植物の葉を材料にします。100体の遺体から,生えるのは,多くて2株だと聞いています。『冬獣夏草』でもいいのですが,かつて発見された例はないと聞いています。

 つまり,聚気丹でレベルアップする方法は,現実的ではありません」

 

 銀次は,水香を見た。水香の能力,ヒトをミイラにする能力は,とりもなおさず,冬屍夏草の能力だと思った。ならば,,,水香流の聚気丹ができるのではないか?


 銀次「実は,冬屍夏草と同等の材料を,もうすぐ手に入れることができます。でも,煉丹術の心得はありません。小芳にその煉丹術を仕込んでくれませんか?」

 小芳「え? わたしが?」


 小芳にとっては,寝耳に水だった。でも,命令であればしょうがない。受け入れるしかない。


 小芳は,虎丸に連れられて柚葉の元に送られた。その後,虎丸は,銀次の元に戻った。


 銀次「虎丸,この城の兵力を詳細に説明しなさい」

 虎丸「はい,まず梅山城主の親衛隊が50名ほどいます。第1夫人の長男,藤斗様の親衛隊が15名,第2夫人の長男,勇馬様の親衛隊が10名,わが第3夫人の霧仁様が10名です。わたしは,その親衛隊の隊長の身分ですので,わたしの部下は9名おります。

 その他に,この後宮だけを護衛する後宮護衛隊が30名います。また,軍隊が1200名ほどいて,そのうち200名は,城下町の治安維持を担当しています。憲兵隊を兼務している感じです」

 銀次「彼らを掌握するのは,城主にならないとダメなのですか?それとも,カリスマ的な人物はいるのですか?」

 虎丸「そうですね,,,軍隊長は,その資格はあると思います。ですが,藤斗様,雄馬様もアプローチをかけていますが,一切の誘いを断っています。色仕掛けもダメです。もっとも,そうでもないと軍隊長は務まりません」

 銀次「そっか,,,では,後宮護衛隊の30名は,どうかな?どこかの派閥についているのか?」

 虎丸「後宮護衛隊は,特に派閥はないですが,強いて言えば,第1夫人と云えるかもしれません」

 銀次「つまり,今からでも,後宮護衛隊30名をわれわれ陣営に引き込める可能性はあるということですね?」

 虎丸「可能だと思います。もっとも,いい餌があればという条件付きですが」

 銀次「では,虎丸,最初の任務を与えます。後宮護衛隊の隊長,副隊長の身辺を探ってください。どんな情報でもいい。集めなさい。期限は1週間,その間,わたしの護衛は不要です。わたしには,この国最強の水香がいますから」

 虎丸「・・・」


 虎丸は,すぐに任務に赴いた。

 

 この部屋には,銀次と水香だけになった。銀次は,早速,あの行為を要求した。だが,銀次のあの部分は,まったく反応しなかった。彼は,一晩中,どうすれば反応するかをいろいろと水香と一緒になって試すという,ある意味,ノンビリとした時間を過ごした。


 ・・・

 次の日の朝,

 

 ー 夕霧荘 ー


 貴賓室には,銀次と水香,そして,第3夫人の夕霧の3名がソファにいる。


 夕霧「虎丸と昨日いた美しい女性の従者の方は?」

 銀次「それぞれ,仕事を与えました。母上こそ,女性剣士を連れなくていいのですか?」

 夕霧「まだ,母上と呼ぶには,まだ,あなたを新しい霧仁だと認めておりません」

 銀次「そうですね。すいません。でも,認めてもらいたいと思います」

 夕霧「ふふふ,そうね。でも,いいわ。わたしの結論を言います。条件を3つ挙げます。その最初の条件をクリアすれば,新しい霧仁として認めます」

 銀次「では,その条件とは?」

 夕霧「最初の条件,それは,今から1時間後に,有名な医師を呼びます。S級煉丹師です。その時に,あなたは,病気を偽装しなさい。あなたは,治療不能な致死の病にかかり,1週間後に死亡するという病です。

 それが出来たら,あなたを新しい霧仁として認めます。桜川城を壊滅したあなた方なら,そんな簡単な条件,簡単にクリアできるはずでしょう? 

 第2,第3の条件は,それが達成してから伝えます」

 

 銀次「なんで病気を演出するんですか? 殺したい人物がいるなら,すぐにでも暗殺してあげます」


 夕霧「病気を演出するのが大事なのよ。致死に至る病気で死ぬことが大事なの。もっとも,今回,霧仁は,奇跡的に病から助かるというストーリになるけど。

 桜川城を壊滅したあなたがたなら,病気を演出することくらい簡単でしょう?それまでは,あなたは,暫定的に,病気療養中の霧仁という身分になります。話は以上です」

 

 夕霧は,さっさと要件だけを言って去った。


 銀次と水香は,ポカンとした。これまで,切った張ったのことしかしてこなかった。病気を偽装するなどしたこともない。水香は当然として,銀次だって,そんなことしたこともない。


 銀次は,水香に質問してみた。


 銀次「水香,病気の偽装はできるのか?」

 水香「この体,前世も含めて,すこぶる健康です」


 パチン!


 銀次は,自分の顔にパンチを食らわした。


 銀次「フフフ,なんて,バカなんだ,俺は。水香,お前に質問なんて意味がないのに」


 銀次は,深呼吸をした。銀次の支配している胴体は,まだ心臓が動いてるし,肺呼吸もしている。深呼吸も可能だ。


 銀次「水香! お前にできないものはない! 水香は万能の神だ! 水香! お前は,ボクの持つ具体的なイメージを,忠実に実現するだけでいい」

 水香「はい!! ご主人様!!」


 銀次「よし,水香,いい返事だ」


 銀次は,水香を連れて幽霧庵に戻った。銀次は,まったく新しい病気の症状を創り上げることにした。



 ・・・

 1時間後,,,


 多紀という名の名高い医師が呼ばれた。彼は,S級煉丹師であり,上級煉丹師である夕霧の師匠でもある。この国でS級煉丹師は,10人いるかどうかだ。もちろん,梅山城下町では,彼しかいない。


 中級煉丹師の柚葉が,多紀医師に最上の礼をした。


 柚葉「S級煉丹師の多紀様,ようこそおいでくださいました。後ほど,夕霧様との会食を準備しております。その前に申し訳ありませんが,夕霧様のご子息様の病を診ていただきたいと思います」

 多紀医師「夕霧との会食か。久しぶりだな。まあよい。確か,霧仁とか云ったかな? 彼の場所に案内しなさい」  

 柚葉「はい,どうぞこちらに」


 柚葉は多紀医師を幽霧庵に案内した。


 幽霧庵の寝室では,銀次が死にそうな状況で横になっていた。濡れタオルが銀次の顔の半分を覆っていたので,銀次の顔をはっきりと見えなくした。そのそばには,水香が銀次をかいがいしく世話していた。


 柚葉「水香,霧仁様の様子はどうですか?」

 水香「ご主人様は,重病になってしまいました。発汗,発熱があります。このメモに,昨晩,発症してから今までの症状の状況を記載したものがございます。どうぞお受け取りください」


 水香は,そういって,その紙を両手で持って,多紀医師に手渡した。彼も,片手で受けるのは失礼だと思って,両手で受けとった。


 その時,水香は,わざと彼の両手を自分の両手で触った。


 その瞬間,彼は,意識を飛ばされてしまった。その後,新しく想像した病気『ダイヤ病』の情報を,彼の頭の中に送っていった。その情報は,膨大なもので,症状や対処療法はもとより,これまでの3人の患者の具体的な症例に関する情報も送った。


 3分後,,,


 柚葉は,多紀医師がまったく動かないので,彼に声をかけた。


 柚葉「多紀医師様? いかがなされましたか?」

 

 この言葉に,ハッと我に返った多紀医師は,慌てて水香の手を振り払った。


 多紀医師「え? あ? 今,一瞬,意識が飛んでしまったようだ。ごめん,ごめん」

 柚葉「あ,いえ,なんともなければいいのですが」

 

 多紀医師は,受けとったメモを見た。昨晩からいままでの症状の経緯が事細かく記載されていた。


 多紀医師「なるほど,,,このメモからでも,霧仁様の診断が可能のようだが,,,」

 

 彼は,確認の意味で銀次の体にあるダイヤの形状をした赤斑を診た。


 多紀医師「霧仁様の体には,ダイヤ状の赤い斑点が3個あります。ということは,あと6個発生すると,赤斑が黒斑に変わり,死に至ります」


 柚葉「ええー? 死に至る病気ですか?」


 多紀医師「これは,ダイヤ病という名の病気です。発汗,発熱が1週間ほど継続し,最後には死に至ります。わたしは,これまでに3例ほどの患者を診ました。最初の患者は,10歳の少女でした。胸にダイヤの赤斑が2箇所見つかりました。その後,毎日,赤斑が1個ずつ増えていき,赤斑が9個になった時,黒斑に変化しました。その後,彼女は息を引き取りました。その後,2例の患者を診ましたが,同様の症状を呈して死亡しました。体力の回復を図る精力や,解熱丹,滋養強壮丹などを処方しました。ですが,効果はほとんどありませんでした」


 この言葉に,柚葉がビックリした。


 柚葉「ええーー? じゃあ,霧仁様は,あと,1週間しか生きられないのですか?」

 多紀医師「まだ事例が少ないので,生存率までは,わかりません。でも,わたしが診たこれまでの3例の事例から判断すると,患者は,皆,1週間前後で死亡しました。今,できることは,体力を回復させる精力丹と滋養強壮丹を毎日飲ませることで,なんとか,患者の負担を軽減させることくらいしかないと思います」


 水香は,眼から涙を浮かべた。


 水香「ご主人様,,,気をしっかり持ってください。最後の最後まで,わたしが,誠心誠意看護をさせていただきます。ご主人様,死ぬことは怖くありません。わたくしが一緒に死んでお供します。その時は,わたくしを冥婚の花嫁にしてください」


 水香は,そう言って,銀次の体に顔を埋めて泣いた。この国では,冥婚の悪習が色濃く残っていることは,虎丸から教えてもらっていた。


 銀次「そうか,,,ありがとう,水香。もう泣くな。死の恐怖はさほどない。水香,昨日会ったばかりなのに,そう言ってくれると,ボクもほんとうに嬉しい。男冥利につきる。少し眠くなった。しばらく寝る。水香も少し休みなさい」

 水香「はい,ご主人様。ゆっくりお休みください」

 

 水香と銀次のやり取りを聞いて,柚葉はもらい泣きした。


 多紀医師も医師でありがなら,延命する治療方法がない。この場にいるのがいたたまれず,彼は柚葉と共に,この場を離れた。


 多紀医師と柚葉が完全に去った後,水香は,銀次の体表に展開した霊力の層を回収した。


 銀次「水香,情報パッケージを彼の頭の中に転送する技術,見事だった」

 水香「はい,ありがとうございます! ご主人様! もっと褒めてください。水香,褒められると,もっと伸びるタイプです」

 銀次「でも,今回の件で,偽の情報と記憶を相手に埋め込めることが判明した。作戦の幅が大きく拡がる」


 水香「はい,ご主人様。ご主人様から具体的なイメージを送ってもらったので,わたしもそれを霊力の帯へ転写するのが容易でした。あとは,その帯を相手の頭の中に送って,それを相手の記憶脳に再転写するだけでした」

 銀次「よし,水香,服を脱いでここに来なさい。ボクのあの部分に刺激を与えなさい」

 水香「はい,ご主人様」


 この訓練で,銀次が支配している別人のあの部分の感覚を徐々に掴むようになった。


 1時間後,銀次は,水香に別の指示を与えた。

 

 銀次「水香,以前の肉体で,母乳を出した時のイメージを明確に描きなさい。それを強く自分の胸に投影しなさい」

 水香「はい,ご主人様」


 水香は,以前の肉体では,かなりの母乳を出していた。そのイメージするのは簡単なことだ。


 しばらしくて,膨満な胸の乳首から母乳が滲み出てきた。水香がこの体を得て,初めて滲み出した母乳だ。でも,まだ,数滴程度だった。


 銀次「水香,あなたの思い描いたことは,すべて実現します。不可能なことはない。だって,水香,あなたは,神様なんですよ。最強にて,万能の存在なんです。フフフ。

 でも,まずは,母乳を,霊力と混合した母乳を徐々に出していくようにしましょう」

 

 銀次は,水香に,『なんでもできる』ということを何度も言い聞かせた。そうすることで,水香は,ほんとうに,そのような存在になることを知っている。


 その後,銀次は,煉丹術を習得中の小芳を呼びつけた。


 銀次「どうだ?煉丹術の習得状況は?」

 小芳「いやー,もう,覚えることが多くて,頭がパニクっます」

 銀次「煉丹術もいいが,小芳には,強くなってもらわないといけない。『気』はどの程度,扱える?」

 小芳狐「気を体内に巡らして,怪我の治療なら,かなりのレベルに達していると思います。攻撃面では,多少,筋力の強化と,皮膚の硬化ができる程度です」

 銀次「では,皮膚の硬化を実演してみせなさい」

 小芳狐「はい」


 小芳狐は,拳に気をためて,硬化していった。


 銀次「水香,小芳の硬化レベルはどんな感じだ?」


 水香は,すでに小芳狐の体全体に霊力で覆っていたので,彼女の気の流れを完全に把握していた。


 水香「ご主人様がわたしに求める最強レベルの硬度を100とすれば,小芳のレベルは,0.1くらいでしょうか」

 

 それを聞いて,銀次はがっくりきた。小芳狐としては,拳の硬度なら,そこそこのレベルになっていると,少しは自信があったらのだが,水香の言葉に,少なからずショックを受けた。


 銀次「ガッカリしても始まらない。水香,小芳の体に霊力を流しなさい。小芳は,水香が流した霊力を感じる訓練をしなさい。まずはそこからだ」

 小芳「霊力って,よくわかりませんが,はい,よろしくお願いします!」


 小芳は,とにかく肯定的な返事をした。


 水香は,小芳の体内に霊力を流した。小芳狐は,すぐに霊力の存在を感じた。小芳は,気を扱えるので,その延長線上で,霊力を感じるのは容易だった。


 小芳狐「ご主人様,水香様,これが『霊力』なのですね? はい,霊力を感じます! 体内に流れています」

 銀次「なるほど,これなら,霊力を扱うのは容易だな。小芳,今日のところは,霊力をうまく操るイメージトレーニングをしなさい」

 小芳狐「はい,ご主人様」

 銀次「明日,また,訓練方法を説明します」

 小芳狐「はい,ご主人様,よろしくお願いします」



ーーー

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