第10話 琴弥の実力


 剣上仙人は,ヒカルを気覇宗に連れてきた。というのも,剣上仙人は気覇宗出身だからだ。気覇宗の宗主は,剣上仙人の弟子にあたる。


 ヒカルは毒矢にやられていたようだが,毒の後遺症がどうなるのか,剣上仙人にもわからない。ヒカルがいまだ意識を取り戻していないからだ。


 気覇宗での剣上仙人の立場は,宗主よりも偉い。しかし,宗主だけが,彼を仙人レベルと知っているが,他の長老や門弟たちは,そんなことは知らない。


 剣上仙人とヒカルは,剣上仙人がいる間は,貴賓扱いの豪華な貴賓館に住んだ。住んだと言っても,ヒカルは,寝たきりの状態なのだが。


 剣上仙人は,宗主に,年齢が10歳から12歳くらいで,面倒見のいい少女を一名,半年ほど貸してほしいと依頼した。その目的は,ヒカルに面倒を見させるためだ。

 

 でも,その少女にとっては,なんのメリットもない。


 宗主「ですが,少女にとって,なんの褒美もないのでは,まずいのではないでしょうか?それに,男女がしばらく一緒に生活させる環境にしてしまうと,過ちも起こってしまうかもしれません」

 剣上仙人「過ちが起きたら2人をそのまま夫婦にさせればいい。それよりも褒美だが,すべての図書の閲覧する権利,気含石を6個,占有する権利を与えてはどうかな?」

 宗主「でも,そのヒカルという少年にそこまで肩入れする理由は何ですか?」


 剣上仙人「大妖怪を押さえ込める切り札になるかもしれない。もっとも,可能性は低いがな」

 宗主「そうですか,,,では,適当にそんな少女を探しましょう」


 気覇宗では,他の宗門と同じように,雑役,外弟子,内弟子,直弟子というふうに分かれている。毎年,300人ほど採用する。そのものたちは,成績に応じて,雑役と外弟子に分かれる。後は,実力次第だ。


 入宗するのに年齢制限はない。女性のほとんどは,煉丹師か符篆師を目指す。煉丹師を目指すことは,医者か薬剤師を目指すのと同じ意味を持つ。上級精力丹を煉丹できれば,それで医師を名乗ってもいいほどだ。


 気覇宗には,東峰,西峰,南峰の3部門に分かれていて,それぞれがひとつの宗門のような機能を持っている。北峰はない。実際はあるのだが,昔,猛獣によって襲われた過去があり,施設が破壊されたままになっている。


 宗主は南峰の峰主を呼んで,10歳から12歳前後の女性で,一番成績が悪く,門弟として落第の少女を1名連れてくるように依頼した。その少女は,罰として,ヒカルの面倒を看させるためだ。


 その峰主は,事務的に雑役係の管理者に,最近のテストで最低の点数を取った者を,宗主のところに行くように指示した。その管理者は,テスト結果表を見て,0点を取った琴弥という少女を行かせることにした。


 一番成績の悪い雑役係の少女,琴弥が宗主邸に呼ばれた。ちょうど試験の時に,風邪を引いてしまい,テストを受けれなかっただけなのだが,そんな細かいことは峰主や宗主は知らない。


 ー 宗主邸 ー


 宗主は,琴弥を見た。超がつくほど可愛くて,愛らしく,胸もEカップとプロポーションもいい。かつ,利発的な顔立ちをしている。とても,成績が最下位とは思えない。


 ヒカルの世話をさせるにはもったいないと思ったが,まあ,やむを得ない。


 宗主「琴弥,残念だが,あなたは成績がよくない。このままでは,退宗してもらう」

 琴弥「・・・」

 宗主「でも,気覇宗に残りたいのなら,体の不自由な少年の世話を半年間してもらうのが条件だ。どうする?」

 琴弥「わかりました。それで結構です。半年間でいいのなら,世話をします」


 琴弥にとって半年間の世話など大したことではない。


 宗主「その少年は,ヒカルという少年で12歳だ。今は,貴賓館にいて,いまだ意識が戻らない。毒矢に犯された体だ。精力丹を飲ませてたが,効果があるかどうかよくわからん。目覚めても体が不自由になるかもしれない。

 そのため,一緒の部屋で寝泊まりしてもらうことになる。男女が同じ部屋で過ごすのは,他の門弟に影響がある。


 そこで,今は使われていない北峰で,まだ破損が少ない宿舎に寝泊まりしてもらう。そこには,ある程度の備蓄食料があるはずだ。1,2ヶ月程度は,それで持つと思う。無くなったら,また,わたしに言えばすぐに補給させる。後で,馬車を貸すので,彼を北峰の適当な宿舎を選んでそこでに移動させなさい。


 彼の存在は,内緒にしなさい。尚,ヒカルを世話している間は,授業を受けることを禁止する。その代わり,煉丹術や符篆術に関する書物は読んでよい」


 宗主は,事前に集めた煉丹術や符篆術の書物10冊ほどを琴弥に渡した。さらに,数十種類の薬草,煉丹に使う炉,さらに,中級気含丹を煉丹するに足る気含石6個を琴弥に渡した。符篆術に関しては,猛獣の血,符篆筆,符篆紙など,符篆術を独学で学べる程度の資材を渡した。


 琴弥は,ヒカルと聞いて,まさか,あの立華の子どものヒカルとかとも一瞬思ったが,その可能性はないだろうと思った。だって,ヒカルは,仕事をしなさいと立華に命じられたはずだ。このような場所に来るわけがないからだ。


 それよりも,気含石6個がもらえる。それが嬉しかった。


 琴弥「え? 気含石? しかも6個も? そんな貴重なものまで?」

 宗主「半年も面倒みてもらうからな。その迷惑料とでも思ってほしい」


 宗主は,一通の手紙を琴弥に渡した。


 宗主「この手紙は,ヒカルが目覚めたら,渡してほしい。もし,彼が字を読めないなら,琴弥が代読しなさい。」

 琴弥「わかりました。この手紙,今,わたしが読んでもいいですか?」

 宗主「構わない。今の状況がよりはっきりするだろう」

 琴弥「はい,ありがとうございます」


 琴弥は,その手紙を読んだ。


 『ヒカル,目覚めたか?お前は,毒矢にやられた。それでも,死ななかったのは,水香という大妖怪が,妖力を使って一部解毒したのかもしれん。もっとも,わしもそれなりに気を流して治療してあげたがな。フフフ。


 さて,ここは,気覇宗の敷地内だ。ひとりの世話係を付けさせる。半年ほどは,ここに留まれるように宗主にお願いしている。


 お前の体は,たぶん,完全に元通りになることはないだろう。武道を極めることは困難だと思う。だったら,煉丹術か符篆術を習得しなさい。半年間,死に物狂いで修練すれば,うまく行けば,基礎レベルくらいにはなれるかもしれない。就職するにも,多少は役立つはずだ。もし,才能があれば,気覇宗に残れる可能性もある。


 俺がヒカルにできることはここまでだ。後は,自分で自分の道を切り開け。


 尚,ヒカル,お前は,俺にも気覇宗の宗主にも,大きな恩を受けたことを忘れるな。いずれ,なんらかの形で返してもらう。

  

  以上 剣上仙人 』


 これを読んだ琴弥は,宗主に聞いた。


 琴弥「これって,わたしが煉丹術や符篆術をヒカルという少年と一緒に独学するってことですか?」

 宗主「そういうことになる」

 琴弥「・・・,わかりました。2人で勉強するなら,寂しくないし,頑張れると思います」

 宗主「それはよかった。では,馬車のアレンジをする。ついてきなさい」

 琴「はい,宗主様」

                   

 その後,琴弥は,宗主のアレンジで馬車を借りて,貴賓館に行き,ヒカルが寝ている部屋に入った。


 そこには『ヒカル』が寝ていた。


 琴弥『え? ヒカル様!! やったー! ヒカル様だー! 超ラッキー! ヒカル様,わたしのすべてを差し上げます!!』


 琴弥は,湧き上がる喜びの気持ちを抑えて,平静を保ちつつ,意識のないヒカルをお姫様だっこして馬車に運んだ。琴弥は,体中に気を巡らして筋力を3倍にすることができる。そのため,ヒカルくらいの体重なら余裕で持てる。


 琴弥は,見かけは10歳とかなり若いが,気の扱いではすでに上級後期レベルに達していた。彼女が本当に10歳なら,超天才級レベルと言ってもいい。もっとも,彼女は本当の実力を隠して,初級中期のレベルに偽装している。


 剣上仙人がヒカルを連れて来てから1週間後に,やっとヒカルが目覚めた。ヒカルの傍には,世話係の琴弥がいた。


 琴弥「ヒカル様,お目覚めになりましたか? よかったです。もうかれこれ,1週間ほど意識のない状態が続きました」

 ヒカル「・・・,え,あれ? 琴弥? なんでここにいるんだ?」

 琴弥「へへへ,何ででしょう? 神様のイタズラでしょうか?」

 ヒカル「そうか,,,ボク,,,死ななかったのか? え? 毒矢の毒は?」

 琴弥「大妖怪が解毒した可能性があると剣上仙人は,推測していました」

 ヒカル「大妖怪?」

 琴弥「はい,水香という名前の少女だと手紙に書いていました」


 琴弥は,宗主から預かった手紙をヒカルに渡した。ヒカルは,一度読んでも,すぐに理解できなかったので,2度,3度と読んだ。


 ヒカル「そうか,,,水香さんが助けてくれたのか,,,」

 琴弥「あの,,,水香もそうですが,剣上仙人も,何時間もヒカル様の体に気を流していただきました」

 ヒカル「手紙にも剣上仙人と書いてありますが,彼はどんな人なんですか?」

 琴弥「はい,宗主の説明では,桜川城では,ご意見箱の管理人という身分に扮していました。この地,気覇宗にヒカル様を連れて来られたのも,剣上仙人です」

 ヒカル「あの剣上様が,,,そうだったのですか。剣上仙人にお礼を言わないといけませんね」


 琴弥「慌てなくていいです。剣上仙人は,大妖怪との戦いで,気力をほとんど使い果たしてしまったそうです。それで真天宗で静養すると云って去っていきました」


 ヒカル「そうですか,,,このまま横になっても,体がなまってしまします。体を起こします」


 ヒカルは,体を起こそうとした。しかし,足や腕の感覚はあるものの,体が反応しなかった。


 ヒカル「え? 体が動かない?」

 琴弥「急には無理です。リハビリをしましょう。わたしが,マッサージをしてあげます。慌てないでください。まずは,1週間ほど,わたしのマッサージを受けて,徐々に体に刺激を与えていきましょう」


 琴弥の提案を受けて,ヒカルは同意した。それから,琴弥はヒカルの食事の世話から,下の世話まで,甲斐甲斐しく面倒をみてあげた。極めつけは,マッサージをする時だ。琴弥は,全裸になって,Eカップにもなる胸をヒカルの体全体に押しつけながら,腕や脚をマッサージしていった。


 ある時,ヒカルは琴弥に聞いてみた。


 ヒカル「あの,,,どうして,琴弥は裸でマッサージをしてくれるのですか? そも,,,嬉しのは嬉しいのですが,,,」

 琴弥「はい,早く回復させるには,胸を殿方の体に押しつけるのが,どんなマッサージよりも効果があるとのことです。その甲斐あって,ヒカル様のあそこは,わずか3日目に,反応してきたでしょう?」

 ヒカル「・・・」


 ヒカルが琴弥のリハビリを受けて,1週間後,なんとか,松葉杖を使って,歩けるようになった。


 その間,煉丹術や符篆術に関する本を,理解できないまでも,とにかく,一度,読み通すことにした。大雑把な内容は理解できることを期待した。

 

 ーーー

 琴弥がヒカルの世話をして10日目だった。


 琴弥は,朝,昼,夜と3回,ヒカルの体をマッサージする。その夜のマッサージの時だった。


 琴弥もヒカルも共に全裸だ。ヒカルのあの部分はすでに反応していた。


 琴弥も,何度もその部分を見てしまうと,なんとかしてあげたいという気持ちになった。


 琴弥「ヒカル様? あの,,,よかったら,,,あの,,,」


 ヒカルは,あの行為は愛情を伴なって行うものだと思っている。でも,すでに,ヒカルが意識を取り戻してから10日ほど,毎日,自分の傍にいて,寝るときも全裸で,Eカップの胸を自分に押しつけてくる。すでに我慢の限界だった。しかも,琴弥は,超可愛い! でも,琴弥は,ヒカルにとっては,乳母みたいなものだ。でも,乳母に恋してもいいのではないのか? ヒカルはそんな感情に流された。


 ええい! ままよ!


 ヒカルは,琴弥の体を抱いた。それは,堰を切ったような荒々しい愛撫だった。


 ヒカルのあの部分から粘液が琴弥の体の中に流れた。


 若い男女があの行為を覚えてしまうと,もうそれしか頭になくなってしまう。3日3晩,あの行為を続けた。腹が減ると,生の食材を食べることで餓えを凌いだ。


 ただ,奇妙なのは,ヒカルは琴弥と唇でキスすることを拒んだ。ヒカルは唇どうしでキスすると何かとんでもないことが起きそうで怖かった。


 保存食はまだあるものの,干肉はもう底をついた。琴弥は,なぜか,異常に精子への渇望があった。だが,その源になる食材がない。


 琴弥「ヒカル様,わたし,野生動物を狩ってきます。それを食べないと,出るものも出ないでしょう? ヒカル様は,体のリハビリに精を出してください」

 ヒカル「・・・,わかった。そうする」


 ヒカルは,愛の行為を延々とすることによって,気の流れを琴弥の体の中に巡らすことで,体調が急激に改善した。ヒカルの体内に侵入した毒は,完全に解毒されたようだった。かつ,手足のしびれもほぼ解消された。


 でも,完全に回復したと言ってしまうと,琴弥はもう看護をしてくれない可能性がある。


 そこで,ヒカルは,ウソを言って,左足と左手に麻痺が残っているという症状を偽装することにした。


 琴弥は,胸にサラシを巻いて,簡単に着物を羽織って,腰紐で縛った姿で,背中に背負子を背負って,裏山へ野生動物を狩りに出かけた。


 気覇宗は,気を氷結弾,炎弾,水の矢になどよって攻撃する技を得意とする流派だ。琴弥も,初級中期と偽装しているが,その実,実力は,上級後期に達している。正真正銘の強者だ。


 琴弥は,実は,妖猫族だ。実年齢は20歳。妖猫族は寿命がヒトの2倍ほどあるので,ヒト換算で10歳くらいだ。たかが,野生動物ごとき,容易に倒せる自信があった。


 しばらく裏山を歩いていると,一頭のウサギを発見した。


 パシュー!


 琴弥は,超速の速度で氷結弾を発射した。それは,見事にウサギを射止めた。


 でも,その自らが行った行為に驚いた。


 琴弥『え?わたしって,こんなに早く速射できたっけ? いつの間にか,レベルアップできてしまったの?』

 

 琴弥は,背負子にウサギを固定させて帰ることにした。


 「フフフ,見事な手際だな。お前,どこの弟子だ?」

 

 その声の方向を見ると2人連れの内弟子の服を着た門弟だった。内弟子の甲と乙だ。


 琴弥「あっ,これは,内弟子様,ご苦労様です。わたし,雑役係です。ちょっと,ウサギを狩っていました」

 内弟子甲「大体,ここは立ち入り禁止区域だぞ。規則違反者は,保全部に出向いて罰を受けないとだめだ。一緒に保全部に来い」

 琴弥「あの,,,わたし,,,」


 内弟子たちは,卑猥な顔をしていた。


 琴弥は,まだ外見が10歳くらいで,身長が135cm程度しかないが,Eカップのグラマーな体をしている。見る者が見れば,かなりエロチックな体だ。内弟子も性の対象として琴弥を観た。


 琴弥は,そもそもヒカルの存在を隠さなくてはならない。ならば,自分の存在も隠す必要がある。ここは,北峰の施設と反対側に向かって,一気に逃げることにした。逃げるが勝ちだ。


 琴弥は,一目散に逃げた。


 内弟子甲「追いかけるぞ!」

 内弟子乙「へへへ,彼女,雑役係って言ってますが,ウソですね。この施設への侵入者でしょう。やっしゃいましょう」

 内弟子甲「なるほど,そうだな。侵入者だ。よし,捕まえて犯してしまえ!」


 彼らは,気を体内に展開して,筋力を2倍にして,琴弥を追った。


 さほど時間もかからずに,琴弥は追いつかれた。琴弥も筋力を何倍かにすれば逃げ切れると思った。でも,そうしなかった。


 琴弥は,逃げる速度を遅くして,とうとう逃げるのを止めた。


 内弟子甲「お?逃げるのを止めたな?諦めたな? 結構,結構」

 内弟子乙は,鞘から剣を出して,琴弥の首に当てた。


 内弟子乙「おい,この場で服を脱げ。動作はゆっくりおこなえ」


 琴弥「はい,脱ぎます」


 琴弥は,ゆっくりと動作で,腰紐を解いた。着物が垂れて,胸元がはっきりと見えた。サラシを巻いているのがわかった。


 琴弥は,着物を脱いで,サラシに手をかけて,ゆっくりと,Eカップにもなる胸に巻いたサラシを巻き取っていった。


 まさに,乳首が見えるというその時,,,彼らは,目をギンギンにしていた。その一瞬を琴弥はついた。


 ドス! ドス!


 琴弥は,手に持った匕首で彼らの喉を刺して絶命させた。


 今の琴弥は,加速10倍速が使える。常人の目で追えるレベルを超えている。こんな2名の内弟子など敵ではない。


 琴弥は,その場で,土を掘って遺体を埋めて土を被せた。財布の中身は,ちゃっかり奪った。剣や短剣などは,別の場所に埋めた。


 琴弥「ごめんなさいね。妖猫族の掟なの。やられたらやりかえす。殺されそうになったら,必ず相手を殺す!フフフ,ごめんね」


 この時,琴弥は,1km先にヒトがいるのを察知した。


 琴弥「え? わたしって,こんなに察知能力が高かったかしら?」


 琴弥は,ヒカルとあの行為を何度もしてから,自分の能力が何倍にも引き上げられているのを感じた。もしかして,ヒカルって,相手の能力を引き上げるような得意能力があるの??


 琴弥は,自分の引き上げられた能力をもっと試してみたかった。そこで,ヒトのいる方向に移動した。



 敵が視界の中に入ってきた。黒服を着ていて覆面をしていた。総勢12名。どうも,気覇宗の連中ではないようだ。気覇宗の誰かを闇討ちするつもりのようだ。遠くからでも,彼らの力量が,最低でも上級レベルの『気』の使い手であることは理解できた。


 琴弥は,木陰に隠れて,敵の様子を見守ることにした。


 ・・・

 黒服のひとりがボスに小声で声をかけた。


 黒服A「門弟4名が来ます。予定通りです。女性1名,男性3名です」


 その声にボスは,前方の4名に注力した。


 ボス「では,手はず通りだ。女は生け捕り,男たちは人質とする。抵抗すれば殺す」


 部下たちは全員軽く頭を下げた。


 そのやり取りは,琴弥にも聞こえた。


 4名の門弟たちの中で,女性は,気覇宗の花と呼ばれている宗主の直弟子である彩華,17歳,上級中期の使い手だ。天才と云ってよい。


 3人の男性は全員が内弟子で,中級後期2名,上級前期1名の構成で,いずれも彩華の取り巻きだ。


 彼らは楽しくおしゃべりしながら,黒服たちが待ち伏せしている方向に歩いてきた。


 サササーー!


 黒服たち12名が姿を顕して,4名の門弟たちを囲った。彼らは,剣を持って,剣先を門弟たちに向けた。


 彩華は,黒服が顕れたとき,すぐに,非常連絡用の急信符を発動させた。彼女の持っていたのは,中級通信符だ。半径30kmの範囲なら,緊急信号を送れる。羅針盤を使うことで,だいたいの位置を示してくれる。


 彩華は,黒服たちに問いかけた。


 彩華「これは何のマネですか?すでに,通信符を送信しました。まもなく仲間がきます」


 その問いかけに,ボスが返事した。


 ボス「ほほぉ,準備はいいようですね。でも,10km以上も離れているのですよ。いくら早く来ても,1時間くらいはかかってしまうでしょう。それだけの時間があれば,あなたをいくらでもなぶりものにしてあげますよ。フフフ」


 彩華「何が狙いですか? わたしですか? だったら,他の3名は逃がしなさい」

 上級内弟子「彩華様! 何をいうんですか! 一緒に戦いましょう!」

 中級内弟子A「そうですよ。彩華様を置いて逃げるなんてできません!」

 中級内弟子B「わたしもです!」


 ボス「フフフ,女に格好いい所を見せるのはいいけど,命あってのものだねですよ。

 彩華,お前は,俺の言うことを聞きなさい。ならば,男たち3名は,殺すことはしない。用が済んだら,男たちは五体満足で返してあげましょう。あなたも生きて返ることができますよ。

 5分だけ考える時間をあげましょう。われわれに投降するか,それとも,ここで戦って死ぬかの二者択一です」


 彩華は,敵の戦力を測った。感じる僅かな威圧から,男たちは,少なくとも上級の力量だ。ボスともうひとりは,S級のレベルに達しているようだ。そんな大物が自分を捕獲する理由はただひとつ! 彼女の父親の商売に関係している。


 桜川城下町が火の海になって,城の役人もほとんどが殺された。それでも,当日,不在にしていた役人が中心になって,城下町の再興に着手し始めている。まだ,新しい城主は決まっていないが,未来の新しい城主に,生き残った役人が有能だと知らしめる必要がある。そうしないと,すぐに職を失ってしまうからだ。


 当面の急務なことは,城下町の建物の残骸処理を進めることだ。この残骸処理の権益は膨大な利益を生む。いくらでも手抜きが出来,水増し請求が可能だ。その権益を持っているのが,彩華の父親,権堂兵八郎だ。


 彩華は,父親から,襲われる可能性が高くなっているので,十分に気をつけるようにと言い含められていた。でも,彩華はすでに上級レベルの強者だし,しかも宗主の直弟子だ。まさか,自分に手を出すバカはいないだろうと高をくくっていた。でも,父親の憂いは現実になってしまった。


 彩華や3人の内弟子は剣を持っていない。気覇宗では,剣を使わない武術を基本とするからだ。例外はもちろんあり,剣を指導することもある。


 彩華たちは,5分間を使って相談した。でも,初めから方針は決まっていた。徹底抗戦だ。その方策を相談していた。


 5分後,,,


 内弟子のふたりが,煙幕丸を地にぶつけた。


 モアモアーー


 周囲に灰黒色の煙が立ち上った。それだけではない。そこには,催涙効果を促すタマネギ成分が大量に含まれていた。


 彩華たちは,このような事態に備えて,目の周囲に気による透明の防御膜を覆っている。


 上級レベルの彩華と,同じく上級レベルの内弟子の2名は,仲間の肩を使って,飛び上がり,上空から,氷結弾を敵の頭部に放った。しかも連弾攻撃だ。


 パシュー!ーーー


 頭部は,普通,気で皮膚を硬化させる場所ではない。もともと頭蓋骨で守られている。でも,初級ならいざ知らず,中級の氷結弾でも,骨を貫き通す。ましてや上級では尚更だ。

 

 この先制攻撃で,彩華は黒服3名を倒し,上級内弟子が黒服2名を倒した。


 黒服の包囲網が崩れたので,中級内弟子2名はその隙に乗じて包囲網を突破して彩華たちと合流した。


 今は,背を向けて逃げる時ではない。背を向けると背後からの攻撃を避けることができない。


 気覇術は,遠距離攻撃に優れる武術だ。とくに,氷結弾の連弾攻撃の連続発射する間隔の短いことが特徴のひとつだ。


 彩華は,念話で内弟子たちに命じた。


 彩華『しゃがんで,敵の足に氷結弾を集中発射しなさい』

 内弟子たち『了解!』

 

 パシュー!---


 地表すれすれの部分は視界が良好だ。そこをうまくつく作戦だ。


 「うあわー! 足をやられた!」

 「くそったれめ!」

 「ちくしょう!」


 などの罵倒の声が響いた。地に倒れた黒服に向かって,今度は,黒服の体に向けて氷結弾を放った。彼らは,それらを防御できなかった。足がやられたとこで,気の操作を中断してしまったからだ。


 この攻撃で,さらに5名が参戦不能状態に陥った。


 だが,その足への攻撃をも,気の防御で防いでいた連中がいた。ボスと副ボスだ。


 ボスはS級中期,副ボスはS級前期レベルだ。剣流宗で修行した逸材だ。彼らが望めば,どこかの軍隊の大将にだってなれるし,城主になることも夢ではない。だが,彼らは,それを望まなかった。


 彼らは,レイプと殺人が大好きだ。特に,修行してきた女性をいたぶるのが趣味だ。だから,こんな仕事も引き受けた。


 ブワー!ブワー!ーー


 ボスが剣で,何度か水平に空中を切った。すると,その風刃が煙幕を切り裂いて,その部分から視界がはっきりと見えた。


 剣流術でも,遠隔攻撃は可能だ。剣に気を纏わせて,剣先から出る風刃を何倍もの威力にさせる。


 上級内弟子『やばい,視界が確保された。おまえら,彩華様を守れ!俺は,爆裂符でやつらをなんとかする!』

 中級内弟子A『え?爆裂符?』


 爆裂符でも,初級,中級,上級に分かれるが,通常は,中級爆裂符を指す。でも,距離をある程度おかないと,自分がその爆裂に巻き込まれてしまう。この状況で使うことは,自爆に等しい。相手は,S級レベルの気の使い手のようだ。防御力も相手が上。つまり,犬死にする可能性もある。


 でも,すでに敵の黒服を10人も殺した以上,残りの黒服2名を倒す以外に方法はない! 殺すか殺されるかだ!


 上級内弟子は,爆裂符を持って,敵に近づいた。爆裂符の欠点,それは,飛ばすことが難しい点にある。そのため,彼は,棒に爆裂符を巻き付けて,投げやすくしている。しかも先端部には矢を仕込んでいる。それを使う時は,生死に関わる時だ。


 彼は,その爆裂符を巻いた矢の棒をボスに向かって投げた。それと同時に,自分の体全体に気の最大防御を構築した。


 視界がある程度戻ったボスは,そんな攻撃など屁でもない。彼は,剣を何度か空中に切って剣風刃を飛ばした。


 ボー―ン!


 その爆裂符は,風刃にとって破壊されて,空中で爆破した。その爆風で上級内弟子は,数メートルほど吹き飛ばされた。


 ボスと副ボスは,気の防御で爆風を防いだので,なんら外傷はなかった。


 上級とS級のレベル差は,やはり半端ない。中級爆裂弾など,傷を負わすことさえ困難だ。


 副ボスは,彩華と中級内弟子の3名に向かって,剣気による風刃連弾を放った。

 

 パシュー!パシュー!ーー


 彩華の前で陣取った2名の中級内弟子は,自己最大の気の防御で,それをむかえ打った。だが,その攻撃に耐えることが出来ず,剣風刃によって,体が切られて,その場に倒れた。


 ボスは,ひとり残った彩華に言った。


 ボス「彩華,ここで降参しろ。お前を殺すことはしない。命はひとつしかない。大事にしろ。素直に,この気爆首輪を付けろ」

 彩華「・・・」


 気爆首輪,それは,一定量の気を感じると爆破するというものだ。つまり,相手の気を封じる道具だ。


 彩華は,辱めを受けるくらいなら自殺する覚悟だ。それに,気を体内に流すだけで自殺することができる。ならば,ギリギリまで逃げ出すチャンスを待つことにした。


 彩華「わかったわ。それをつけましょう」

 ボス「ものわかりがいいな」


 ボスは,気爆首輪を彩華に投げて渡した。彩華は,それを受けとって,自分の首につけた。気爆首輪は,有名な道具なので,使い方はだれでも知っている。


 ボスと副ボスは彩華のところにきて,彩華の両手を背に廻して,両手首を縛った。


 ボス「よし,では,ついてこい。あの峰を越えて迂回する。丸1日歩く程度だ」

 彩華「あなたたちは,仲間を助けないのですか?」

 ボス「あれだけ深手負った以上,助けても使い物にならん。放置する」

 彩華「白状なんですね」

 ボス「フフフ,なんとでもいえ」


 ボスたちと彩華は,その場を去った。


 少し歩いた後,副ボスが人の気配を感じて,後ろを向いた。


 副ボス「あれ? 人の気配を感じたんだけどな? 気のせいかな?」


 その自問自答の言葉に,琴弥は,木陰から声を出した。


 琴弥「いいえ,気のせいではありません」


 身長135cmとかなり小さく,Eカップの少女が姿を現した。琴弥だ。彼女は,加速に絶対の自信がある。もともと,100メートル5秒で走れる。その彼女の加速10倍は,通常のヒトなら,30倍速に相当する。


 どう転んだって,勝てないと分かれば逃げればいいだけのことだ。だから,今の自分の強さを知る絶好の機会を逃す手はない。


 琴弥「あの,,,黒服のお2人さん,わたしと一対一の勝負をしてください。わたしは,まだ,さほど強くありません。今なら,あなたがたが強いかもしれません」

 

 ボスは,目の前のチビを睨んだ。どうも,冗談を言っているようではないようだ。


 ボス「断ったら?」

 琴弥「それでもいいですよ。徹底して,不意打ちを狙ってあなた方を殺します。四六時中,防御結界なんて張ることは無理でしょう?」

 ボス「どうやら,本気のようだな。お前のその自信,どこから来るんだ? 上級には達しているようだが,S級ではあるまい」

 琴弥「はい,たぶん,上級後期だと思います。でも,わたし,加速が得意なんです。加速だけなら,S級レベルを超えるかもしれません」

 

 それを聞いて,目の前の少女は人間でないと判断した。


 ボス「そうか,,,お前,人間ではないな? わかった。では,1対1の勝負を引き受けよう。ただし,お前が勝っても,俺たちを殺さないでくれ。俺たちが勝っても,お前を殺すことはしない」

 琴弥「それは,いいのですが,この条件だと,本気を出してくれそうもないですね。どうでしょう? 賭けをしませんか? わたしが勝ったら,あなた方はわたしの奴隷になる。もし,わたしが勝ったら,あなた方を奴隷にできる。どうでしょうか?」


 琴弥は,そう言ったものの,負けそうになったら,逃げればいいので,最悪,引き分けにできるとの判断だ。


 ボス「わかった。ただし,奴隷期間は1ヶ月までだ。それなら引き受けよう」

 琴弥「はい,それで結構です」


 ボス「了解してくれてありがたい。では,副ボスが先に相手する」

 琴弥「了解です。時間は3分間としましょう」

 ボス「それで構わない」


 副ボスが,数歩前に出て,剣をしっかりと持った。彼が使うのは,剣気による風刃,つまり剣風刃だ。彼は,早速,剣風刃の連続技を放った。


 その剣風刃は,高速で琴弥を襲った。だが,彼女はそれをなんなく躱した。


 可愛らしい顔をした琴弥は,ニコニコしながら,10倍速で副ボスに近づいた。


 副ボスは,直感的に琴弥の気配に気がついて,剣をその気配の方向に放った。


 だが,彼の剣は空を切るだけだった。琴弥は,剣の軌道を目視することができた。彼女は,手刀を彼の腹部に向けた。


 だが,彼女の手刀は,彼に届かなかった。彼は,事前に自分の体の周囲に強固な気の防御結界を構築していた。


 琴弥『あらら,S級の気の防御って,こんなにも強固だったの?』


 琴弥は,改めてS級のすごさに驚いた。琴弥の攻撃は,敵の強固な結界によって防御された。逆に,敵の攻撃も,まったく琴弥にカスリもしなかった。


 お互いの攻撃が功を奏さずに3分間が経過した。


 ボス「はい,そこまで! 3分が経過しました」


 琴弥は,わざと早く息をすることで,体力の回復を図った。さすがに,加速を3分も持続させるのはしんどかった。


 琴弥「副ボスさん,ご苦労様でした。あなたの気の結界,なかなかすごいですね。ちょっとびっくりです」

 副ボス「びっくりなのは,わたしの方です。その年齢で,超がつくほどの加速,ちょっと異常です。やはりあなたは人間ではなかったのですね」

 

 その言葉に琴弥はニヤッとした。


 同じく驚愕な眼で眺めている人物がいた。宗主の直弟子,彩華だ。彼女は,宗主と時々腕試しをする。琴弥の動きは,宗主の速度を遙かに凌駕していた。それにくらべて,彩華は,加速ができても,せいぜい1.5倍程度だ。


 彩華『あの少女,いったい誰なの?同じ門弟なの? 門弟なら,直弟子にはいないし,内弟子でもないわ。じゅあ,外弟子か雑役? そうなら,実力を隠していたのね。でも,どうして?』

 

 彩華は考えても分からないので,考えるのを止めた。


 琴弥「次は,ボスね。ちょっと疲れたから,10分休憩よ」

 ボス「ならば,木製人形をくり出していいかな?」

 琴弥「何?それ?」

 ボス「人形に故人の意識が乗り移ったものだ。剣技はわたしよりも強い」

 琴弥「わたしを殺さないなら,何でもいいわ」

 ボス「了解した」 


 ボスが背負っている背負子を地に降ろして,そこから剣士人形を出した。背の高さ1.6メートル,体はすべて軽い素材の木製だ。頭部は,頭蓋骨の構造をしている。もちろん,頭部も木製だ。胸に陣盤が埋めてあり,その中に,気含石が10個ほどが収納してある。気含石が動力源で,陣盤が頭脳の役割をするようだ。


 腕や脚に関節部分はない。だから,バラバラだ。頭部,胴体,手,前腕,上腕,太もも,スネ,足,全部で14個のパーツがバラバラになっている。特に手の形状は,手刀の形をしていて,剣など握る構造をしていない。


 ボスは陣盤を起動した。すると,そこから『気』のパワーが溢れだして,バラバラになったパーツを気で覆っていった。そして,それぞれのパーツが,ヒトの形になって連結した。


 頭部の眼の穴から,キラッと光る光点が見えた。


 ボス「剣豪・斬四郎様,お目覚めですか?」

 斬四郎「んん? われを起こすのは誰かな?」


 その声は,木製の躯体全体がスピーカーになったかのように聞こえた。


 ボス「わたくし,笛吹仙人様から,縁あって,あなた様を預かった者です。人形の体を準備させていただきました。そこで,模範試合をしていただき,その体の出来具合を確認していただきたいと思います。もし,ご指摘点があれば,そこを改善して,次回はもっといい体を提供します」

 

 斬四郎「そうか,これが新しい体か。少し動かしてみよう」


 ヒュー!ヒュー!


 その木製の体は,あたかも,通常の男性が10倍速で動くような動作をした。


 これには,ボスだけでなく,副ボス,琴弥,彩華たちもびっくりした。


 斬四郎「よし。この木製の体,まあまあの出来だ。では,模範試合の相手は誰かな?」

 ボス「はい,手前にいる少女です。超がつくほどの加速技を使いますので,気をつけてください」

 

 斬四郎は琴弥を見た。


 斬四郎「ほほう,なかなか性感的な体をしているな。どうだ?わたしに負けたら,俺様の奴隷になりなさい」

 琴弥「では,わたしが勝ったら,あなたを奴隷にしていいのね?」

 斬四郎「構わない。でも,わたしを動かすには,大量の気含石が必要となる。それを購入できるほどの財力はあるのかな?」

 琴弥「今はないけど,その内,大金持ちになってみせるわ」


 斬四郎「フフフ,わかった。その言葉を信じよう。では,参る!」


 斬四郎は,10倍速で琴弥を襲った。彼は蹴り技を展開した。


 琴弥『え? この速度,超速い! でも,わたしの方が上よ!』


 琴弥も10倍速でその攻撃を躱した。琴弥の10倍速は,斬四郎の10倍速を上回った。そのため,斬四郎の蹴り技はヒットしなかった。


 彼は,攻撃を止めて,数メートル引き下がった。


 斬四郎「なんと見事な加速技だ。わたしの加速をも上回るとは,お前,人間ではないな?」

 琴弥「わたしが人間でなくたっていいでしょう。でも,わたし,人間の子どもだって産めるのよ」

 斬四郎「ハハハ,そうか。すまない,すまない。では,次の攻撃に移る」


 斬四郎は,再度,10倍速で琴弥に向かい,手刀を繰り出した。


 琴弥は,そんな手刀など,軽く躱せると思って,彼の速度を上回る10倍速で,それを躱した。いや,躱したと思った。


 斬四郎の手刀から,気の剣が伸び出した。その長さ,2メートル!


 シュパー!


 その気の剣は,見事に琴弥の体にヒットして,琴弥の両方の乳房を水平に切断した。


 ドバッ!

  

 琴弥の乳房から血がドッと流れた。だが,琴弥は,すぐに気の防御を乳房に集中させて,出血を止めた。


 琴弥「なるほど,,,気を展開するのって,そういうことなのね? よくわかったわ」

 

 琴弥は,もう遠慮はいらないと思った。琴弥の必殺技を繰り出す時が来たと感じた。


 その必殺技,『超速剛氷結矢』! なんてことはない,単純に,通常の氷結の矢よりも10倍ほど速く飛び,かつ,強度も10倍に引き上げたものだ。


 ただ,問題は気を練るのに3分もかかってしまうのが欠点だ。誰も3分もの長時間待ってくれる者はいない。


 でも,琴弥は,すでに試合を始まる前から,1発だけ準備していた。今,その威力を試す時!


 琴弥は大きな声をあげた。


 「超速剛氷結矢!」


 ピキューーン! 


 それは一瞬のことだった。その特殊な氷結矢は,斬四郎の胴体の中央に設置された陣盤のど真ん中を貫いた。


 斬四郎「え? 何が起こった? 陣盤が貫かれた? これでは,あと10秒もしないで動作不能になってしまう」


 幸いにも,陣盤が破壊されても,十分な気が木製人形に流れている。10秒程度は稼働が可能だ。


 斬四郎は,琴弥に向かって,木製の手から,気で剣を構築して,空を切って強烈な風刃を放った。その風刃の威力,S級レベルを越えて仙人クラス!


 今の琴弥は,もう加速技は使えない。乳房を切られたため,加速の無理な動きでさらに傷口が拡がるからだ。


 琴弥「気の防御!3重結界!」


 琴弥は,最近やっと実現させた3重の気の結界を構築した。


 パリン!パリン!パリン!


 3重の気の結界は,尽く破壊され,その剣風刃は,勢いをある程度弱めたものの琴弥を襲った。加速が使えない琴弥など,ただの上級後期の使い手に過ぎない。


 ギャーー!


 斬四郎の剣風刃は,琴弥の体にヒットにして,体中を切り裂いた。


 これ以上,試合を続けると琴弥が死んでしまうと思ったボスは叫んだ。


 ボス「そこまで!」


 ボスは両者の試合を止めた。


 斬四郎「まだ,数秒,気を展開できる! なぜ止めた!」

 ボス「これ以上,攻撃すれば,あの少女は死んでしまいます」

 斬四郎「殺し合いだから当然だろう」

 ボス「約束に反します」

 斬四郎「・・・,どうやら,わたしもここまでだ」


 バラバラバラバラーー!


 斬四郎の木製人形から,気が消滅してバラバラになって地面に落ちた。


 ボスは,胴体部に設置した陣盤をみた。その陣盤は,中央部が貫かれていて破壊されていた。中央部に装填されていた気含石も破壊されていた。

 

 ボス「なんと,,,陣盤だけでなく,気含石まで破壊されていたとは,,,人形でなかったら,即死していた」


 満身創痍の琴弥は,体中につけられた傷部に気を流して,出血を止めていた。斬四郎が放った剣風刃は,3重の気の結界を破壊したことで,威力が大幅に低減されたため,琴弥の体を切断したものの,さほど深い傷にはならなかった。


 バラバラの人形を回収しながら,ボスは琴弥に言った。


 ボス「お嬢さん,この勝負,どうでしょう? 引き分けにしませんか? あなたは満身創痍,わたしの人形も,陣盤が破壊されてしまいました。修理に1ヶ月はかかりそうです」


 琴弥「そうね,,,加速を封じられたら,わたしって弱かったのね。了解です。この勝負,引き分けにしましょう」


 ボス「フフフ,それはよかった」

 琴弥「あの,,,気爆首輪を付けられたお嬢さんですが,解放してあげることはできませんか?」


 ボスは,琴弥が,満身創痍の状態ではあるけれど,超強烈な氷結の矢攻撃ができることを知っている。ここで,反対すれば,殺されるかもしれない。ボスは,リスクを避けることにした。


 ボス「わかりました。今は,あなたの顔を立てることにしましょう」


 ボスは,副ボスに命じて,彩華に取り付けた気爆首輪と手首のヒモを外させた。


 ボス「では,これで失礼します。早く怪我を直してください」

 琴弥「はい,今回は,正々堂々と戦ってくれて,本当にありがとうございました」

 ボス「いえいえ,お礼には及びません」


 ボスと副ボスは,軽く頭を下げてから,この場を去った。


 自由の身になった彩華は,琴弥のそばに駆け寄った。


 彩華「ありがとうございます。あなたは,命の恩人です!」

 琴弥「いえいえ,当然のことです。 あの,すいませんが,何か,布きれなど,包帯代わりになるものはありませんか?」


 彩華は,太ももを少し怪我していて,そこに包帯をしていた。


 彩華「じゃあ,わたしがしている包帯を使ってください。わたしの怪我なんて軽いので」


 彩華は,自分のしていた包帯を解いて琴弥に渡した。琴弥は,それを受けとって,一番ひどい怪我部の乳房部分をしっかりと覆い,ばらばらになった服の切れ端を繋いで,腹部の切り傷部分を包帯で覆っていった。


 それでも全然包帯が足りなかった。そこで,彩華は思いきって,自分の来ている着物を脱いで,それを琴弥に渡した。


 琴弥「すいません,下着姿にさせてしまって」

 彩華「大丈夫よ。死ぬよりは,はるかにマシよ」

 

 琴弥は,その着物を包帯代わりにすることで,なんとか,乳房,腹部,太ももなども切り傷部分に包帯を巻くことが出来た。


 琴弥「あの,,,すいませんが,最初に黒服に襲われた場所まで,わたしを負ぶって連れていってくれませんか?」

 彩華「お安い御用よ」


 彩華は,琴弥を負ぶってゆっくりと歩き出した。


 彩華「わたし,宗主の直弟子で,彩華と言います。あなたは?」

 琴弥「わたし,琴弥です。でも,わたしは,身分を明かしてはいけないと宗主様に言われてします。わたしのことは,内緒にしてください。ここでわたしに会ったことは,宗主にも内緒にしてください」


 彩華「わかりました。ここであなたに会ったことは内緒にしておきます。ですが,別の場所であなたに会ったことにして,もし,宗主様の了解が取れたら,あなたに会いに行ってもいいですか?」

 琴弥「それなら構いません。ですが,おいしい料理を手土産に持ってきくてください。それなら歓迎します」

 彩華「フフフ,大丈夫ですよ。たくさん持っていきますから」

 

 琴弥たちは,最初に黒服に襲われた場所に戻った。


 琴弥は,ここからは,なんとかひとりで歩くことにした。傷口が痛む。でも,それはしかたのないことだ。


 彩華に別れを告げて,背負子を隠した場所に戻って,背負子を背負って,ゆっくりとした歩調で去っていった。


 琴弥が去った後,間もなくして,救援信号を受けた門弟たちが駆けつけて来た。彩華からの要請なので,他の内弟子や直弟子だけでなく,指導教官や3名の峰主と宗主も駆けつけた。総勢,30名ほどの人数が来た。


 彼らは,黒服が10名,内弟子3名が倒れていているのに気がついた。


 内弟子3名については,すぐに,生死の確認をおこなった。幸いなことに2人とも瀕死の状態だったが,死んではいなかった。すぐに上級精力丹を与えて体力の回復を図り,傷口がある場合は,回復系の気が使える南峰の峰主が治療にあたった。

 

 ほかの門弟たちは,黒服の状況を確認した。その報告はその場で大きな声で報告された。


 「この黒服死んでます」

 「こちらの黒服も死んでいます」

 「こちらの黒服は,毒を飲んだようです。助からないと思って自殺したと思います」

 

 他の黒服も似たり寄ったりだった。


 この場で状況を正確に把握しているのは,彩華だけだ。

 

 10名を倒した状況,及び3名の内弟子が倒された情報を説明した後,琴弥のことを隠して,水知らずの老人がどこからともなく現れて彩華を助けて去っていったと説明した。


 その老人は,10倍速が使え,副ボスと引き分け,ボスが取り出した人形が人外のパワーで10倍速もの速度で老人を攻撃したこと,老人もそれに対抗して,氷結の矢で反撃したことなどを詳しく説明した。その話は,琴弥を老人にすり替えただけで,後は真実の内容だ。

 

 その説明は,すぐには納得できないものだったが,彩華の口から,笛吹仙人とか,普通,知り得ない人物の名前が出てきたことから,真実だったと言わざるを得なかった。


 とにもかくにも,門弟たちに死者が出なかったことは幸いだった。


 その後,現場を片づけて,彼らは戻った。


 ーーー

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