第8話 ヒカルの死

 数日後,露天料理屋の店主と女将が,桜川城に来た。彼らは,牢獄にいるヒカルと面通しを行い,彼が『人食い妖怪』の連れで間違いないことが判明した。


 その後,彼らは,桜川城主,後宮の護衛隊長,軍隊の大将,副将,ご意見箱の管理人らに,『人食い妖怪』を目撃した内容を詳細に語った。


 彼らの語った内容で,特に注目すべき点は,人をミイラにするという点だ。さらに,火炎までも使える術者だ。


 気覇術上級中期の腕前である大将は,自分の考えを述べた。


 大将「この『人食い妖怪』は,気覇術で言えば,ミイラにする能力は別にして,中級レベルの術者だと思われます。われわれの戦力で充分に倒せるものと思います」


 一方,同じく気覇術上級中期の腕前である女性の後宮護衛隊長は,別の意見を述べた。


 護衛隊長「目撃情報からだけだと,大将の意見通りだと思います。

 ですが,わたしは,ミイラにするという能力に着目します。その能力は,人間から精気をすべて奪う能力に他なりません。その能力を身につけるには,並々ならぬ修行を実践した妖怪だと判断します。

 気覇術でいえば,S級であっても対処できないでしょう。伝説の仙人,天女クラスに匹敵する大妖怪だと愚考します」


 ご意見箱の管理人,名を剣上というが,彼も意見を述べた。


 剣上「城主様,お二人の意見は,共にごもっともだと思います。ですが,まずは,その人食い妖怪の連れからも,詳しく話しを聞いてはいかがでしょう。さらに有益な情報が手に入るかもしれません」

 城主「おお,そうだったな。すっかり忘れていた。彼をここに連れてまいれ」


 その命令を受けた護衛隊員は,ヒカルをこの場に連れて来た。ヒカルは,露天料理屋の店主と女将もこの場にいるのを見た。彼らが,なんでこの場にいるのかすぐに理解した。水香がごろつきどもを倒した様子を一部始終見たためだろう。


 ヒカルへの尋問は,剣上が行った。剣上は,まず最初に露天料理屋の店主と女将が目撃した内容を彼に伝えた。


 剣上「ヒカル,あなたは,人食い妖怪が,そのような能力を持っていたのは,知っていましたか?」


 その説明を聞いて,ヒカルは,全然驚かなかった。充分に予想された範囲内だった。


 ヒカルは,もう隠し立てはできないと思った。


 ヒカル「いいえ,ボクは,彼女の能力を見ていません。でも,前後の状況から,そのような能力があってもおかしくないとは思っていました」


 ヒカルは,ここで,一息ついてから,水香に最初に会ったときからの経緯をすべて,正直に話した。


 ヒカル「以上,話した内容が水香さんと別れる前までの経緯です。

 城下町に入る日になって,検問が非常に厳しいと分かりました。それで,わたしたちは,別々に行動することにしました。それからの彼女の行動はわかりません。

 でも,真夜中に城下町に侵入すると彼女は言いました。その方法を聞こうと思ったのですが,怖くて聞けませんでした。

 彼女は,娼婦の仕事しかできないと言って,娼館街の場末の娼館で,ボクが迎えに行くのをずっと待っていると言ってくれました。というのも,彼女は,ボクが軍隊に仕官できるように支援したいと申し出てくれたんです。

 その言葉は,嬉しかったのですが,,,でも,彼女は,『人食い妖怪』だと,わたしも内心思っていたので,正直言って,ありがた迷惑でした。でも,彼女の好意を断るわけにいかず,,,もし,断ったりしたら,,,殺されてました」


 剣上「なるほど,,,どうやら,ウソは言っていないようだ。あなたに,別にこれと言って罪はないようだ。でも,『人食い妖怪』の連れである以上,すぐに釈放するわけにもいかない。もう,数日,我慢してしてほしい」

 ヒカル「・・・,わかりました」


 剣上「ところで,水香という少女は,何か,剣とか弓とか,武器になるようなものは持っていましたか?」

 ヒカル「いいえ,見たことがありません。最初に会ったのは,前にもいいましたように,盗賊団の牢獄です。そこで彼女を救ったときに,樹木の皮で作ったリュックを大事そうにしていました。彼女の持っていた荷物はそれだけです」

 剣上「その中身は何か知っていますか?」

 ヒカル「別にたいしたものは入っていないと思って,聞きませんでした」


 剣上「そうですか」


 剣上は,城主や大将たちの顔を見た。彼らからの質問はないようだった。


 剣上「では,今日はここまでにしましょう。また,何かあれば,質問します。戻っていいです」


 ヒカルは,また牢獄に入れられた。また,露天料理屋の店主と女将も,報奨金をもらって帰された。


 ・・・

 ヒカルの話から,『人食い妖怪』である水香の居場所が判明した。城主らは,まずは,彼女の動向を詳しく探ることから始めることにした。


 それと同時に,後宮護衛隊長の意見を取り入れて,気覇宗の総本山に出向いて,S級レベル,もし,可能なら仙人・天女クラスの強者を雇傭すべく行動した。


 もっとも『仙人』や『天女』は,伝説なので,ほんとうにそのようなものがいるのかは,一般には知られていなかった。


 ・・・

 『人食い妖怪』の水香の動向を探ると,すぐに水香という女性が,ヒカルの言葉通り,場末の娼館にいることが判明した。その後,水香を買った客のその後の足取りも詳しく調べた。


 数日後,大変なことが判明した。水香を買った客は,自宅に戻ると,遺書を書いて自殺してしまった。しかも,歳が何十年も取ったような状況になっていた。


 すでに,自殺者は20人以上にものぼった。中には,役人の高官も数人いた。このままでは行政機能が麻痺してしまう。


 急遽,役人に対して,水香のいる娼館には出入り禁止措置を施した。


 かつ,民間の殺し屋を雇って,水香を襲わせることにした。失敗したところで,城主たちが絡んでいるのはバレないとの腹づもりだ。それに水香の強さも分かる。


 ・・・

 雇われた殺し屋は,早速,水香のいる娼館を訪れた。そこの女将に金貨1枚を渡して,水香に手紙を渡してくれと依頼した。女将は,気前よく了解して,水香にその手紙を渡した。


 水香がその手紙を広げた。


 『水香様


 1時間後に,西門から出て,まっすぐ行って1kmほど離れた場所でお待ちしております。

 

 もし,来なかった場合,女将に,あなたの素性をバラして,そこに居れないようにします。ヒカル様があなたを迎えることもできなくなるでしょう』


 その手紙を見て,水香は,ヒカルが敵の手に落ちたことを知った。


 水香「女将,西門って,まだ開いているの?」

 女将「世の中,金次第よ。この時間なら,銀貨1で出入り自由よ。中には,その通行料を割り引く娼館もあるわ」

 水香「そうなのですか,,,女将,用事を思い出しました。しばらく留守にします」

 

 水香は,樹皮製リュックを背負って出ていった。


 ちなみに,これまで,客からもらったお金や奪ったお金は,金貨500枚ほどにも達してしまったので,リュックがそこそこ重くなってしまった。


 ちなみに,頭部だけの銀次は仮死状態のままだ。

 

 水香は,数日前に,女将を通して,仕立屋にもっと便利なリュックを作ってもらうように依頼したが,まだ完成していない。


 水香が出かけるときは,常にリュックを背負うことにしている。いつ何時,元の世界に戻るかもしれないという淡い期待もある。


 水香は,西門の門番に銀貨1枚を支払って出た。今の水香は,常に見張られていると見ていい。飛翔能力は知られないほうがいい。


 今宵は,満月に近い快晴だ。夜目の利くものなら,日中とほとんど違いないほどだ。水香も夜目が利く。もっとも,他人も同じように夜目が利くと思っているのだが。


 しばらく歩いていると,ある若者が水香に声をかけた。


 若者「お嬢ちゃん,こんな夜更けにどこに行くの?どうせ,体を売りに行くんだろう? 俺の家に来てもいいんだぜ? 俺も通行料払わなくていいし。フフフ」

 

 手紙をよこした相手は,すでに監視しているだろうから,この若者についていくのも悪くないと思った。果たして,相手はどう出てくるのか?


 水香「はい,お願いします」

 若者「え? ほんとうにいいのか?」


 まさか,ほんとうについてくるとは思ってもみなかった。こんな若くて美人で豊満な体をした娼婦,まず,夜道を一人で歩くことはまずない。でも,この若者は,この辺に来るのが初めてで,その辺の常識はなかった。


 水香「はい,ほんとうにいいです。そこの樹木の裏に行きませんか?」

 若者「わかった。そこでいい。月を見ながらするのもいいもんだ」


 水香は,ときどき,興が乗ると,若者の夢を聞く。もし,ヒカルの夢よりも大きな夢なら,その若者のためにつくしてもいいと思っている。でも,これまでは,誰も真面目に答えなかった。


 水香「あの,あなたの夢はなんですか?」

 若者「夢? そうだな,,,もう,農家なんかしたくもない。理想は,城主になることだ。そして,この地域を統一する。もちろん,毎日,美女を集めて,俺だけの後宮を作る」

 水香「その夢,実現させてあげます」

 若者「ハハハ,まあ,酒のつまみにはいい冗談かもしれん」


 水香は,相手を信じさせるのは,自分の能力を開示しないとダメと思った。でも,それはできない。


 水香は,その若者を殺すことはしなかった。若者に自分の体を触らせて,水香を抱いたという幻覚を植え付けた。もっとも彼の寿命を10年ほど奪った。それでも控えた方だ。


 水香「わたし,場末の菊葉娼館にいます。水香と言います。また,わたしを抱きたくなったら,来てください。その時は,あなたの夢,もっと詳しく聞かせてください」

 若者「わかった,そうしよう。でも,俺,やっと女を買える金を貯めたんだ。次,会えるとしても1ヶ月後になる」

 水香「はい,いつまでも待ってます」

 

 若者は,水香にやっと貯めた金貨2枚を渡して去っていった。彼が何事もなく歩けるのも,精気や寿命エネルギーを奪った後に,回復魔法をかけてあげたからだ。


 その若者が去って,脱いだ服を着直している時に,背後から声が聞こえた。


 刺客「おめえ,あの客も自殺させるのか?」


 水香は,振り返りもせずに返事した。


 水香「あの人,ちょっと面白い夢を持っています。自殺は思いとどまってもらいました」

 刺客「ほほう,お前,意外と面白い妖怪だな。殺すには惜しい」

 水香「では,見逃してくれますか?」

 刺客「俺も,商売でな。そういうわけにはいかない」

 

 水香は,服を整えて,樹皮製リュックを背負って,刺客の方に向きなおした。


 刺客は,水香が戦闘準備の体勢が整ったものとみて,剣の鞘を抜き払った。その剣には,うっすらと炎が覆っていた。


 水香「その炎はなんですか?」

 ボス「気覇術,剣技の舞,第1式,炎の舞だ。妖怪さん,殺される心構えはいいかな?」

 水香「ちょっと待ってください。今,準備しますから」


 水香は,触手の刃を2体,背中から繰り出した。刺客には,水香が繰り出した触手が見えた。


 刺客「なんだ? その触手は?」

 水香「え?触手が見えるのですか?」

 刺客「見えるもなにも,背中から出ているじゃねえか」


 刺客は,何もしなくても霊力が見える眼をしていた。希に,1億もの色を識別する4色型色覚細胞の目を持つ者がいる。女性に多いのだが,彼は,男性にして,その4色型色覚細胞を持っていた。


 水香「そうですか,,,見えるのですか。わたしの優位性が無くなってしまいました」

 刺客「なるほど,お前が人食い妖怪と言われるわけだ」


 刺客は,触手のリーチが長くなると予想して,接近戦を避けることにした。


 刺客は,剣を下段後方に構えて,気を溜めた。そして,,,


 シュパー!


 刺客は,10メートルほど離れた距離から,剣から火炎弾が発射された。その速度は,剣を振るう速度に異存する。


 水香は,触手で自分の体を覆った。水香は命じられたことならほとんど何でもできる。でも,自分では,せいぜい触手でなんとかすることしか考えない。なんとも,頭の硬い子だった。


 その火炎弾は,触手にヒットして触手を燃やした。燃えるように見えた。


 水香「え? 触手が燃えた?」


 水香は,触手が燃えるのを見たが,もともと,触手は発火機能をもっており,炎ごとき,なんら影響することはない。でも,ちょっと,ビックリすることにした。


 水香「わたしの触手が燃えた,,,」

 刺客「伊達に気覇術剣技の舞,上級を名乗っていない。でも,こんな状況でも,お前は全然慌てないんだな」

 水香「・・・,炎の攻撃を見て,わたしも炎が使えること思い出しました」

 刺客「はぁ? お前,バカか?」


 水香は,学業の成績はあまりよくない。記憶力もよくない。小さい頃から,よくバカと言われた。ただ,おっぱいが大きくて,それも嫉妬の対象だった。そんな,いじめれてきた過去を思い出して,眼から涙が出てきた。


 水香『わたし,変な世界に飛ばされても,やっぱり,バカって言われるのね』


 水香は,ひとしきり泣いた後,涙を拭いた。泣くと少し気持ちがすっきりした。


 刺客は,剣に,さらに高温度の炎を纏わせた。剣の表面が熱で溶けないように,表層を青の炎で包み,さらにその周囲に赤の炎で覆った。2種類の炎に興味が沸いたので,水香は質問してみた。


 水香「なんで青と赤の炎があるのですか?」

 ボス「お前,やっぱりアホだな? 赤だけなら,高熱で剣が溶けてしまうだろう。だから青の炎でその高熱を防ぐんだ」

 水香「・・・,青の炎は防御結界のようなものですね? 青の炎に勝てる炎はないのですか?」

 ボス「あるにはある。紫色の『壊劫(えこう)の炎』や黒色の『業火の炎』だ。いずれも,伝説と言われている炎だ。俺はまだ見た事ねえ。『仙人』や『天女』なら繰り出せるかもしれねえがな」

 

 ボスは,もともと真面目な性格だから,正直に答えてあげた。具体的なイメージをもっとも与えてはいけない人物に,そのイメージを与えてしまった。


 水香「わたし,黒よりも紫が好き。だから,壊劫の炎にするわ」

 ボス「はぁ? ほんとに,お前はバカだな。聞いただけでそんな伝説級の炎を出せるなら,この世の中,もう世紀末だぜ」

 

 その言葉がボスの人生の最後の言葉だった。


 水香は,なんどもバカとかアホとか言われて,さすがに少し怒った。


 水香「『壊劫の炎』,その姿を露しなさい。バカ,アホと言っている彼に,あなたの炎の味を味あわせてあげなさい!」

 

 その言葉に導かれるように,紫色の壊劫の炎が水香の周囲に出現して,その紫色の壊劫の炎は,アーチを描いてボスを襲った。

  

 あああーー

 

 ボスは,その場から消炭さえも残さないで消滅した。


 水香は,自分が思い描く強いイメージは,ことごとく実現することを知っている。水香が自分で考えることを止めたのは,そのあまりに異様な能力を暴発させたくないのも一因だ。

  

 彼らの観戦を,望遠鏡で見ていた連中がいた。軍隊の連中だ。でも,望遠鏡と言っても精度があまりよくなく,かつ,離れ過ぎているので,詳細な内容までは把握しきれなかった。それでも,刺客が剣から火炎弾を放って,水香を攻撃したのはわかった。その後,水香の周囲から炎らしきものは見えたが,紫色の炎など,炎と認識できなかった。いったい,何が起こったのかも分からない。とにかく,刺客は,その場から姿を消した。勝つことができずに,逃げ去ったものと判断した。


 観戦者「小隊長,どうやら,刺客は,戦闘を中止して逃げたようです。彼の放った剣による火炎弾攻撃がうまく功を奏しなかったようです」

 小隊長「なるほど,,,あの妖怪は,刺客をして,逃げ出させるほどの強者か。となると,S級戦士か,伝説の『仙人』か『天女』の出番かもしれん。さて,気覇宗に行った連中は,うまく強者を雇用できただろうか?」

 


 この刺客による水香暗殺失敗という一報は,すぐに城主に報告された。しかも,気覇宗に出向いた連中も,雇用失敗という報告も届いた。雇用金額が全然足りなかった。


 城主は,すぐに関係者を集めて善後策を相談した。ご意見箱の管理者,剣上がある提案をした。


 剣上「城主様,いっそ,ヒカルを牢から出して,ヒカルに家をあてがって,彼に妖怪を家に呼んではどうですか? そして,,,」


 剣上は,ひそひそと,自分のアイデアを述べた。


 城主「よし,その作戦なら,失敗したところで,ヒカルにすべてを押しつけれる。すぐに準備にかかれ」

 剣上「御意」


 ・・・

 それから,1週間後,,,


 ー 場末の菊葉娼館 ー


 女将が慌てて水香の部屋に駆けて来た。


 女将「水香! 待ち人のヒカルが来たわよ! 仕官して,城主様の軍隊に入隊したんだって」

 

 女将は,水香が喜ぶだろうと期待した。だが,水香は無反応だった。


 水香は,ガッカリした。仕官させるのは,水香の助けがあって実現させるものだ。それが,すでに実現してしまったのでは,水香の存在価値がないに等しい。


 水香「そうですか,,,でも,もう会う必要もなくなりました。なんか,悲しいです」


 水香は,自分の生きる術を失ったように感じた。


 女将「何バカ言ってるのよ。迎えに来たのよ,迎えが! さっさと荷物整理して行きなさい!」

 水香「わたしは,蓮黒天女の直弟子,水香です。ヒカルの待ち人の水香ではありません」

 

 女将は,ヒカルに金貨5枚ももらっている。おいそれとは,引き下がれない。


 女将「水香! 今すぐにここから出ていってちょうだい! もうあなたの居る場所はありません!」


 これには,水香もどうしようもない。服装を整えて,リュックを背負って,娼館から出てきた。そこには,もちろん,ヒカルが待っていた。


 ヒカル「水香さん,長らく待たせてしまいました。わたし,誤認逮捕されましたけど,疑いが晴れました。でも,その縁で,軍隊に仕官できました。この城下町で,部屋を借りることもできました。水香さん,一緒に来てくれますか?」

 水香「・・・」


 水香は,がっかりした。もう,わたしの助けなど必要がない。ヒカルと一緒に行く理由がなくなってしまった。


 水香「わたし,ヒカル様のお手伝いをしたいんです。ヒカル様は,仕官の他に,何か望みはありますか?」


 ヒカル「え? 仕官以外の望み?」


 ヒカルは,すぐには答えが出なかった。


 ヒカル「水香さん,その話は,あとでゆっくりしよう。一緒にに来てくれないか?」

 水香「わたし,,,もう,用なしなんですね。ずーーと待っていたのに,自分で望みを叶えてしまって,,,」


 水香は,涙が出てきた。生きる意味を失った感じがした。


 ヒカルは,水香が自分と一緒に来ないので,少々,焦ってしまった。ほんとうのことを言えば,ついてくるのか?


 でも,ヒカルとしても,水香が動こうとしない以上,どうしようもない。すべてを白状することにした。


 ヒカル「すまない,水香さん,謝る。ウソをついてしまった」

 水香「え? 仕官したのはウソなのですか?」

 ヒカル「すべてウソです。そのように水香さんに言えば,ホイホイとついてくるって言われて」

 

 ヒカルの目からも,涙が溢れた。


 水香「わたしがヒカル様についていけば,ヒカル様はどうなるのですか? 仕官できるようになるのですか?」

 ヒカル「いや,そうは言われていない。命だけは助けてやると言われた。たぶん,城下町から追放されると思う」


 水香は,眼が輝いた。


 水香「ヒカル様,仕官するのは,ここでなくてもいいのではありませんか?」

 ヒカル「・・・,そうだけど,,,でも,,,」


 ヒカルは,水香がすでに軍隊によって,包囲されていることを知っている。ここから逃げることなどまず無理だ。


 ヒュー!ーー


 弓矢が四方八方から飛んできた。弓の射手は,娼館の屋根上から水香を狙った。狙い撃ちだ。


 当初の計画では,ヒカルが水香を指定の建物の中に誘き寄せて,そこで,床が落ちて,水香を落とし穴に落とすという案だ。底面には,毒を塗った竹槍が仕込んである。


 しかし,水香が一向にヒカルと行動をともにしないので,作戦を見抜かれたと判断した。


 そこで,この場で,水香を毒の仕込んだ矢で殺すプランに変更した。


 水香は,矢などまったく怖くない。体表に霊力の層を展開するだけだ。


 ところが,,,


 ヒカル「水香さん,危ない!」


 ヒカルは,水香をかばって,水香を抱くようにして,地面に倒れた。


 ドスドスドスーー!


 幾多の毒矢がヒカルの背中に当たった。


 水香「え? ヒカル様? どうして,こんなことに!」

 ヒカル「ごめん,水香さん,,,俺,,,水香さんを騙そうとしていた。自分でも情けない。毒矢を身代わりに受けることで許してほしい,,,」


 ヒカルは,力尽きたかのようにして,頭が地に倒れた。


 ヒカルは呼吸を止めた。最後に,水香をかばった行動をとった。


 水香は,すぐに自分とヒカルの周囲に霊力の防御層を展開した。それによって,これ以上,矢は当たらなくした。


 水香「ヒカル様? しっかりしてください!」

 

 水香は,自分の霊力をヒカルの体に注入して,肉体強化を図った。毒を消す方法などわからないので,そんなことしたできなかった。


 だが,,,ヒカルの心臓の鼓動は,徐々に弱っていき,とうとう止まってしまった。それと同時にヒカルの体が急速に冷えていった。


 その状況を知って,水香はヒカルが死んだものと思った。


 水香「ヒカル様,,,もう死んでしまったのですね,,,ヒカル様の望み,,,叶えらずに死んだのですね。無念だったでしょう。

 

 ヒカル様,仇は取ってあげます。手始めに弓の射手からです。そのあと,お城の連中や,この城下町の連中も血祭りにあげます。見ててください」


 水香は,道路の左右に並んでいる娼館街の屋根上にいる射手の人数をざっくりと数えた。百人程度はいるようだ。


 水香のいるところから,距離にしてせいぜい40メートル程度。水香の触手は1本だけなら数km先まで展開できる。霊力の場なら半径1kmの範囲で展開可能だ。こんな短距離,4本の触手を同時に展開可能だ。水香は,4本の触手を展開して,その先を鋭利な鎌状の刃にした。


 シュパー!ーーー


 射手たちが不幸だったのは,屋根の一番いい足場に立って,一列に並んでいたことだ。首の位置が,水平に一直線上だった。


 4本の触手が40メートル先まで伸びで,水平方向に,鎌状刃を振り切るだけの単純な作業だった。


 その時間,わずか1秒!


 悲鳴さえも聞こえず,屋根から頭部と胴体,さらに血の雨が降ってきた。


 娼館内の娼婦や客は,すでに,異変を察知して退避していた。そのため,悲鳴などは聞こえなかった。


 水香に命令を与えるであろうヒカルを殺されてしまった。もうこんな城下町,まったく未練はない。あとはお城を潰すだけだ。


 ーーー

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