第2話 寿影組

 翌日の朝頃,禍乱は,気を失った仁を連れて,自分がお世話になっている娼館に戻った。彼は,女将の了解をとって,仁のために一部屋を使わせてもらうことにした。


 仁は,しばらくして目覚めた。


 仁「いてててーー,後頭部がいてーー,あれって,禍乱にやられたのか?」


 仁は,あの時の状況を思い出して,禍乱の行動は,自分を助けるための行動だったのではないかと思った。仁は,部屋から出て,禍乱を探した。


 禍乱は,中庭で洗濯の仕事をしていた。その隣には,可愛い世志乃がいた。彼女は少し涙顔になっていた。


 仁「禍乱,てめえ,可愛い少女を,なんで泣かしているんだ?」

 禍乱「あっ,仁さん。目覚めたのですね? よかったです」


 禍乱は,何事も起きなかったかのように返事した。それを聞いて,仁は,ちょっと調子狂ってしまった。


 仁「まあいい。ところで,仲間が殺された件,組長には報告したのか?」

 禍乱「いえ,仁さんと一緒のほうがいいと思って,まだです」

 仁「そうか。では,禍乱,一緒に来い。昨日の件,お前からも話してもらう」

 禍乱「了解です」


 禍乱は,涙顔の世志乃に言った。


 禍乱「世志乃ちゃん,もう泣かなくていいよ。とにかく,ボクがなんとかするからね」

 世志乃「うん。大丈夫。だって,この涙,嬉し涙なんだもの。禍乱,気をつけてね」

 禍乱「大丈夫。ボク,自分の強さ,分かったから,心配無用だよ」


 禍乱は,洗濯の仕事を世志乃にお願いして,仁と一緒に,この地域一帯を仕切っている盗賊団寿影組の組長のところに向かった。


 仁は,世志乃の「気をつけてね」という言葉に,ちょっと違和感を覚えた。


 ここから,組長のいる寿影組のアジトまで,徒歩で30分程度だ。その道すがら,禍乱は,仁に昨日,何が起こったかを説明した。


 禍乱「昨日,あの場で,仁さんを気絶させた理由ですが,,,」

 仁「それって,俺をあの女性剣士から助けるためか?」

 禍乱「それもあります。もうひとつの理由は,わたしの強さを仁さんに隠すためだったんです」

 仁「なに?」

 禍乱「そうです。わたし,あの女性剣士よりも,圧倒的に強かったようです」


 その言葉に,仁は,歩みを止めた。


 仁「待て待て! あの女性剣士,明らかに,S級レベルはあったぞ! それよも強いって,どういうことだ?」

 禍乱「文字通りの意味です。もっとも,いつでもそんな力を発揮できるわけではありません。昨日は,たまたま異常な力を発揮できて,仁さんを女性剣士から守ることができました」

 仁「・・・」


 仁は,ふたたび,歩き始めた。


 仁「そうか。とにかく,禍乱にお礼を言わないといけないな。禍乱,ありがとう。お前は,命の恩人だ。この償いは、後日,なんとかしよう」

 禍乱「仁さん,償いをしてくれるなら,今日1日だけでいいので,わたしの命令に従ってください。それだけでいいです」

 仁「ほう? それはいいが,何をする気だ?」

 禍乱「盗賊団,寿影組の組織を牛耳ります。組長を殺します」


 仁は,ふたたび,歩みを止めた。でも,すぐに歩き始めた。


 仁「それは,あの洗濯仲間の可愛い少女と関係があるのか?」

 禍乱「半分程度,関係があります。世志乃ちゃんを自由の身にさせたいと思っています」

 仁「残り半分は?」

 禍乱「自分のためです。寿影組を牛耳って,天下の美女を集めて,後宮を造ります」


 仁は,ふたたび歩くのを止めた。


 仁「組長は,以前は,S級の気法使いだったと聞く。その後,気の暴走があって,かなり気のパワーが低下したらしい。それでも,上級中級レベルはある。そう簡単には殺せないぞ」

 禍乱「そうなんですか? でも,世の中には,不意打ちというものがあります。予想もしていない弱者からの攻撃は防ぎようがないのでは?」


 仁「お前,ほんとうに,寿影組を牛耳るのか?」

 禍乱「はい,ボクは,本気です。仮に仁さんが手伝ってくれなくても,ひとりでやります」

 仁「・・・,そうか。わかった。昨日,禍乱がいなかったら,俺は死んだ身だ。仮に,今日殺されても,お前を恨まない」


 仁は,また歩み始めた。


 禍乱「仁さん,死ぬなんて思わないでください。組長を殺した後は,仁さんには,組長の手下どもを,ボクの傘下に入るように説得してほしいんです」

 仁「言っている意味はよくわかる。しかし,世の中,飴と鞭が必要だ。鞭だけではヒトは動かない。飴がいる」

 禍乱「さきほど言ったじゃないですか。わたしが組長になったら,天下の美女を集めるって。いくらでも,美女を抱き放題ですよ。もっとも,わたしが最初に抱きますけど」

 

 仁「天下の美女を集めるか,,,それって,この蒼青大陸のすべての城主に対して,宣戦布告をするようなものだ。

 でも,まあいい。組長は,護衛を4名連れている。いずれも上級前期の腕前だ。わたしと同格レベルだ。禍乱とわたし2人で,不意打ちなら,,,そうだな,五分五分と言った感じで,組長と護衛を殺せるかもしれん」

 禍乱「五分五分から,やるべきでしょう。返り討ちにあって,殺されても,後悔はしません」

 

 この言葉で,仁もなにか吹っ切れることができた。

 

 仁「確かに,そうだな。やるしかないか」

 禍乱「はい,ぜひお願いします」


 ・・・

 その後,彼らは,寿陰組のアジトに着いて,彼らは,応接室に通された。


 その後,組長とその護衛4名さらに,副組長,さらに,組長の女秘書も同席した。


 組長「仁さん,昨日は,ご苦労さまでした。それで,うちのせがれ,坊厳はどうしたのかな?」

 仁「はい,そのことで,報告にあがりました」

 組長「ということは,あまりいい話ではないようだね」

 仁「はい,,,実は,,,」


 仁は,自分が知っている内容を詳しく説明していった。と言っても,女剣士が出現して,目に見えた死体は4体だけという内容だ。ただし,その中には,坊厳の死体が含まれていた。

 

 組長「ん? それで,どうして,仁さんは助かったのかな?」

 仁「はい。その辺の事情については,隣にいる禍乱から説明させていただきます」


 その言葉を受けて,禍乱が口を開いた。


 禍乱「はい,わたしは,その女剣士を見たとき,仁さんでは,勝てないと判断しました。そこで,仁さんには,申し訳ないのですが,不意打ちをして,気絶してもらいました」

 組長「ほほぉー,なんで,そんなことをしたのかな?」

 禍乱「はい,実は,わたし,短時間ですが,S級をも超えるパワーを発揮できるのです」


 組長「フフフ」

 

 この言葉に,組長は,冗談だと思って,笑ってしまった。その笑いに,禍乱はカチンと来た。禍乱は,再び,自分の指輪に気を流した。


 フィーーン!


 禍乱の体の周囲から,異常な気の流れが発生した。


 組長「なんだ? それは?」

 副組長「ええ? まさか仙人?」

 

 4名の護衛は,すぐに剣を抜いた。女性秘書は,あまりに驚いて,両手で自分の口を塞いだ。仁もびっくりして,体をよけぞった。


 その次の瞬間,,,


 シュパーー!ーー


 組長と副組長の首が飛び,4名の護衛も首を胴体から離して,倒れた。


 禍乱「・・・,この力,ほんとうは,使いたくなかった。でも,組長が笑ったので,ついつい使ってしまった」

 

 仁は,禍乱のあまりの異様さに驚いたが,なんとか気持ちの整理をして,彼に言葉をかけた。


 仁「その形態はいつまで続くんだ?」

 禍乱「30分間だけです」

 仁「そうか。では,すぐに,下の階に移動して,組長の手下どもにお前のその異様さを見せてやれ」

 禍乱「はい!」


 それからは順調だった。誰でも,禍乱の目視できるほどの気の流れを見ることで,すぐに禍乱に対して恭順の意を示し,彼の配下になることを誓った。


 30分経過後,禍乱はいつもの状態に戻った。戻ったと言っても,かなり疲れた状態にはなるのだが,歩けなくなるほどのことでもない。


 禍乱は,新任の組長になり,前任の女性秘書をそのまま秘書に採用し,仁を副組長に就任させた。


 禍乱は,早速,副組長の仁に次の命令を与えた。


 ①11歳の世志乃を自由の身にさせて,禍乱の世話係にさせること

 ②禍乱の新しい護衛4名を採用すること

 ③後宮を造るための専門チームを組織し,1週間以内に天下の美女を集めるための効率的な方法を1週間以内に提示すること

 ④優秀な煉丹師を採用し,避妊丹を大量に煉丹させること

 ⑤仙人クラスに到達した大妖怪の情報を,すみやかに収集できるネットワークを構築すること

 ⑥その他,問題となる点を列挙して提示すること


 仁は,こんなことを考えるのは大嫌いだ。そこで,女性秘書に丸投げして,彼女に采配を振るってもらった。彼女は,前任組長の秘書でもあるし,彼女の話なら,部下も納得して積極的に動いてくれるとの判断だ。


 仁が女性秘書に仕事を振ったのは大正解だった。彼女は有能な秘書だった。


 まず,2日後には,世志乃が自由の身になり,寿影組組のアジトに連れて来られた。


 世志乃は,禍乱から,事前に寿影組を牛耳るとは聞いていたが,うそだろうと思ったものの,その言葉だけで嬉しくて涙を流した。でも,まさか,本当に実現するとは思ってもみなかった。


 世志乃は,組長室に連れて来られて禍乱に会った。


 世志乃「禍乱,,,あの話,ほんとうだったのですね?」

 禍乱「ああ,そうだよ。本当だよ。世志乃ちゃんは,これからは,ここで,わたしの世話をすればいい。お客さんが来たら,お茶出しくらいはしてもらうけどね」


 世志乃は嬉しくて,また,涙が流れてきた。

 

 世志乃「はい,禍乱のためなら,なんでもします。何でも!」


 世志乃はあまりに嬉しくて,その場で立っていられずに,大泣きしてしまった。


 女性秘書は,泣きじゃくる世志乃をソファーの場所に移動させた。

 

 女性秘書「もう泣く必要はありませんよ。もう自由の身ですからね。しばらくは,組長の身の廻りの世話をしていただいて,これからの身の振り方をゆっくり考えてください」

 

 世志乃は,涙声で答えた。


 世志乃「はい,,,はい,,,わたし,禍乱の奴隷です。禍乱の命令にすべて従います」

 女性秘書「・・・」


 女性秘書は,世志乃のことはほっといて,禍乱に直近の問題を提示した。


 世志乃「組長,正直に言います。お金がありません!」


 この言葉に,禍乱は,何のことかよく分からなかった。女性秘書は,禍乱が理解していないと思い,具体的に説明した。


 女性秘書「組長が殺した護衛ですが,いかなる理由であれ,護衛が死亡した場合,その家族に,金貨500枚を支払うという契約があります。4名で金貨2000枚になります。それと,世志乃さんを身請けしたお金,金貨200枚も,予定外の出費でした。

 さらに,数日前,殺された弓矢隊員ら5名の遺族の方にも,それぞれ一時金として,金貨300枚,合計1500枚が必要になります。

 この寿影組の予備の蓄えを崩しても,金貨2000枚ほどが不足してしまいます。

 後宮を作れとか,美人を集めろとか,どうしたら,そんなおかしな発想が出るのすか? 目の前の問題に直面してください!」

 

 禍乱「寿影組って,金持ちの組織でなかったのか?」


 女性秘書「この組織は,大変,良心的に運営されていました。そのため,利益もさほど出さずに,従業員に還元するという方針をとっていました。今回みたく,大勢の職員が死亡してしまうと,その補償金で,財政がパンクしてしまいます。

 その責任の一端って,確か,組長が原因でしたよね。自分で撒いた種は自分で刈り取ってください!」


 禍乱「・・・」



 禍乱は,現実問題に直面してしまった。


 いったい,いつになったら,後宮に天下の美女を集めることができるのか??



 ーーー

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