水香の悲哀

@anyun55

第1話 神界


ー 神界 ー


 天帝の4番目の子どもである巫女が,天命を占っていた。その結果を父親である天帝に報告した。


 巫女「強大なパワーが,近々,凡界に出現するとの占いが出ました」

 天帝「そうか,,,では,『仙人殺し』を誰にしてもらうかだが,,,」

 

 天帝の第2夫人が声を出した。


 わたしの息子が,気呑術をマスターしました。禍乱(からん)に行かせてはどうでしょうか?


 天帝「乱暴者の禍乱か。確かまだ2歳じゃなかったのか?」

 第2夫人「この神界では,生まれてからこんなに成長が早いなんて思ってもみませんでした。確かにまだ2歳ですが,外見だけならもう12歳くらいです。

 正直言って,もう,わたしの手に負えません。『仙人殺し』の仕事の傍ら,しばらく凡界で,愛する女性でも見つけれてくれれば,心根も変わるかもしれません。凡界では,神界のパワーは100分の1に低減されますから,いくら乱暴者でも,そんなに悪さはできないでしょう」

 天帝「よし,禍乱をここに連れて来なさい」


 しばらくして,大虎の背に乗った禍乱がやってきた。


 禍乱「親父,何用でしょうか?」

 天帝「ここでは,天帝と呼びなさい」

 禍乱「はいはい,天帝様。それで? 何の用ですか?」

 天帝「お前は,この神界では,手持ち無沙汰のようだな。では,お前に,凡界で仙人殺しの任務を与える。大妖怪を討伐してこい」

 禍乱「はぁ? 凡界? 仙人殺し?」

 天帝「そうだ。凡界に行き,仙人レベルに到達した大妖怪を見つけて退治しなさい。凡界の治安維持のための大事な任務だ」

 禍乱「え?でも,凡界では,力が削減されてしまうのでしょう?」


 天帝は,自分がはめている指輪のひとつを外して禍乱に投げ渡した。禍乱をそれを受けとって,左手の薬指にはめた。


 天帝「それをしなさい。気を流せば,30分ほど元の力を発揮することができる。ただし,使用制限がある。1日1回までだ」

 禍乱「え? 1日1回までですか?」

 天帝「それでも多すぎるくらいだ。期間は,そうだな。大妖怪を討伐するまでだ」

 禍乱「でも,大妖怪って,どうやって判別するのですか?」

 天帝「お前,そんなことも分からんのか。大妖怪になると,ヒトから精気を奪えるようになる。つまり,精気を奪われた死体をみたら,大妖怪が現れた証拠だ。思う存分暴れられるぞ」

 禍乱「でも,でも,どこに行けば大妖怪に遇えるのですか?」

 天帝「そんなの,自分で探しなさい」

 禍乱「えーー? そんな無茶なーー?」

 天帝「いいか,大妖怪を討伐するまでは,戻ることは許されん。大妖怪の討伐が成功すれば,迎えをよこしてやる」

 禍乱「えー? もし,凡界で殺されたら,どうなるのですか?」

 天帝「死んだら,転生するだけだ。もっとも,転生先は,凡界か,仙界か神界になるのか,まったくわからん。神のみぞ知るって感じだ」

 禍乱「あの,,,われわれが神じゃなかったのですか?」

 天帝「凡界から見れば神と呼ばれているが,われわれは,所詮は人間だ。凡界から仙界に昇り,さらに気法術を極めて神界にまで昇ってきただけのことだ。それと,絶対にしてはならないことがある」

 禍乱「それって?」

 天帝「凡界では,お前の子どもを造るな。もし,それがわかったら,その子どもを抹殺することになる。お前も,地獄牢で一生暮らすことになる」

 禍乱「えええー?」

 天帝「そりゃそうだろう。その子どもは,凡界で,神のパワー全開で使えることになる。そうなれば,凡界は壊滅したも同然だ。その罪は重い!」

 禍乱「はいはい,了解でーす」


 禍乱は,どうせそんなことにはならないと思ったので,適当に返事した。


 天帝「では,さっさと凡界に行ってこい!」


 天帝は,手元にある転送陣法を起動させた。


 ブィーーン!


 禍乱「ええーー? ああーー!」


 禍乱は,気持ちの整理もできないまま,足元に展開された亜空間に引き込まれた。


 それを見た第2夫人は,やっと,ほっとして溜息をついた。


 第2夫人「やっと疫病神を追い出すことができたわ。しかし,あの子,凡界で無事にやっていけるのかしら?」

 天帝「まぁ,大丈夫だろう。神の力を1日30分でも発揮できれば,凡界では絶対的強者だ。まず死ぬことはないだろう」

 第2夫人「そうならいいんですが」


 ・・・

 ー 凡界 ー

 着の身着のまま,禍乱は,凡界に追いやられてしまった。


 禍乱は,凡界の上空に姿を現した。


 禍乱「えええーー? 上空? 落ちるーー!!」


 ドドーーン!


 禍乱は,自分の周囲に強固な気を纏わせたので,かろうじて,地表への衝突に耐えることができた。それに,比較的に柔らかい土壌だったのも幸いした。


 禍乱「いててーー,ひどい目にあった。ここは?」


 禍乱は,周囲を見渡した。禍乱が落ちた場所は,畑のようだった。四方が山々で囲まれていて盆地の様相を呈していた。


 禍乱「幸い,近くにヒトや妖怪はいないようだ。まずは,身を隠す場所を確保するか」


 禍乱は,畑になった場所を抜けて,近くの山林に入り,身を隠せる場所を探した。途中,ウサギを発見したので,風刃を放って殺した。


 禍乱「へへへ,これで夕食は確保できた」


 ある大樹の幹の部分が空洞になった場所があったので,そこを仮のねぐらにすることにした。


 ウサギを丸焼きにしながら,禍乱は,自分がこの凡界で,能力の制限を受けた状態で,いったい,どれだけ強いのか,まったくわからなかった。下手にちょっかいをかけて殺されでもしたら,目も当てられない。


 日が沈んできて,月明かりもなく,真っ暗になった。禍乱は,夜目が利く。母親が妖猫族なので,その特性を受け継いでいる。まあ,云ってみれば,妖猫族にとっては,禍乱や彼の母親は,仙人や天女よりも位の高い神様みたいな位置づけだ。でも,禍乱は,母親が妖猫族ということも知らないし,気にしたこともない。日々,遊びや喧嘩三昧で,それどろではなかった。


 喧嘩三昧してきたので,戦いには慣れている。でも,力が制限される凡界では話が別だ。いくら1日30分だけ神の力を発揮できると云っても,使わないにこしたことはない。天理に反する力を使えば,反動が生じるのは世のことわりだ。どんな反動が生じるのか分かったものではない。


 禍乱は,夜になって,小高い山から,盆地全体を見渡した。家々から灯りが見えた。それとは別に,薄暗い灯りではあるものの,ヒトがよく集まる一角があった。彼は,そこが娼館だとすぐに分かった。仙界にも神界にもあるからだ。


 神界では,禍乱は,娼館に行くことを禁止されていた。


 禍乱「へへへ,もしかして,俺,娼館に行けるのか? まてよ,俺,金がまったくないじゃないか。じゃあ,誰か,弱そうなやつを襲うか。襲うの失敗しても,人間は夜目が利かないというし,闇夜に逃げれば,こっちのものだ」


 禍乱は,一目につかないように,娼館通りの近くに移動して,物陰に潜んだ。えてして,弱そうな男は,体がか細いというのがお決まりだ。


 しばらくして,ひとりで歩いている男が歩いて来た。禍乱は,彼をターゲットにすることにした。果たして,自分は,どれほど強いのか。


 禍乱は,物陰から姿を現して,その男の前に立った。禍乱は,まだ外見から,背の低い13歳くらいの少年だ。だから,ターゲットにされた男も,禍乱を見ても,なんら脅威を感じなかった。


 男「ん? ボク? どうしたの? 道に迷ったの?」


 ボクと呼ばれた禍乱は,調子が狂った。でも,ボクと呼ばれた以上,自分のことをボクと云うことにした。


 禍乱「ボク,実は,お金持っていないんです。あの,お金ください」


 禍乱は,正直に自分の要求を言った。


 男「あっ,もしかして,どこぞの娼婦の子どもか? 可哀想に! ほら,銅貨1枚あげるよ。これでアメでも買いなさい」


 そう云って,その男は,禍乱を避けて娼館街へと急いだ。


 禍乱はポカンとした。


 禍乱『え?どうして? 襲うタイミングを逸してしまった』


 禍乱は,通貨に,銅貨,銀貨,金貨の区別くらいあるのは知っている。銅貨では,ほとんど何も買えないのも神界と同じだ。


 禍乱は,方針を変更した。娼館で,掃除でもなんでもいいから仕事を探すことにした。少なくとも,家の中で寝泊まりができればいい。


 禍乱は,「なんでもします!ご飯と寝泊まりができばいいです」と訴えて,10件目の娼館でやっと雑用係として採用された。


 ただし,食事は,朝と昼の2回のみ。寝るのも,暇になる真夜中の2時頃だ。


 それでも,禍乱にとっては天国だった。やっと,ベースともなるべき場所を発見した。


 そこで,真面目に掃除,洗濯,食器洗いなど,忙しく働いた。こんな仕事をするのも初めてなので,彼にとってはとても新鮮だった。


 1週間ほど経過した。女将は,禍乱がまじめに仕事をするので,無給というわけにもいかず,お給金を渡すことにした。1週間で金貨1枚だ。安いといえば安いが,2食で宿つきを考えれば,そこそこのお給金といえよう。


 この1週間で,禍乱は,同じ洗濯仲間の世志乃という少女,11歳と知り合った。彼女は盗賊に金貨10枚で売られたらしい。盗賊は,この娼館に金貨50枚で売り,娼館は,彼女に,衣装代,1ヶ月の生活費込み込みで金貨100枚の借金を負わせた。まだ,幼いけれど,2,3ヶ月後から客を取る予定だ。


 世志乃は,禍乱に,冗談半分でよくこんな言葉を言った。


 世志乃「禍乱,わたしを連れてここから逃げてくれる?一生,禍乱の性奴隷になるわ。禍乱のためだったら,わたし,娼婦にだってなれる。でも,このまま娼婦になるのはいや」

 

 そんなこと云われても,今の禍乱は,自分の強さもわからないし,彼に協力してくれる仲間もいない。


 禍乱「ありがとう,そんなこと云ってもらうの,生まれて初めてだ。うれしいよ。でも,もうちょっとまってくれないか?まだ時間があるのだろう?」

 世志乃「最初に客を取る日は,だま決まっていないけど,1,2ヶ月後くらいになるわ。それ以上,引き延ばすと,借金の利子が貯まってきて,いくら稼いでも借金を返せなくなるって言われたの」

 禍乱「そうか,,,わかった。それまでに,なんとかしてあげたい」

 世志乃「え? ほんと? 信じていいの?」 


 女の子からそう言われては,いやとは言えなかった。


 禍乱「う? うん,,,まあ,なんだ。うん。なんとかしてあげたい,,,いや,なんとかしてあげよう」


 世志乃は,自分の体を禍乱に押しつけて言った。


 世志乃「世志乃,嬉しい!じゃあ,信じて待っているね」


 それから,洗濯をするたび,禍乱は,世志乃といろいろなことを話し合った。


 日中は,一番暇な時間帯だ。各娼館には,用心棒が最低1名いて,娼館街全体にも用心棒が3名ほどいる。


 用心棒は,気法術が使える。中級後期から上級前期程度の腕前だ。つまり,『気』を練って,風刃や氷結の矢程度は,発射させることができる。だが,実践では,普段から体を鍛えていることがものをいう。いくら『気』の才能に恵まれていても,努力しない者は弱いのだ。


 禍乱がいる娼館にも用心棒の仁がいる。顔見知りになった禍乱は,仁にときどき,武術の手ほどきを受けている。その際は,気法術を使わないのが約束だ。仁の考え方として,中途半端な気法術は『百害あって一利なし』という考えがある。


 稽古を通して,禍乱は仁にいろいろと質問できるほど親密になったので,いろいろと質問してみた。


 禍乱「気法術の達者な者と,武術が達者な者とでは,どちらが強いのですか?」

 仁「気法術が使えなくても,武術を極めた者はかなり強いぞ。下手な気法術など,糞の役にもたたん。気法術で役立つレベルは,上級でも中期以降のレベルになる。上級中期レベル以上の気法術使いなら,どんな武芸者よりも強いと云えるだろう」


 禍乱「では,仁さんは,どんなレベルなんですか?」

 仁「わしは,上級前期だ。だから気法術は使わないようにしている。使うだけ,体力を消耗してしまう。その体力があるなら,剣を振るうほうに廻したほうがいいからな」

 禍乱「なるほど,そういうものですか。あの,すいませんが,上級前期で放てる氷結の矢を見せて貰えませんか?」


 仁「そうだな。ときどきは『気』を練らないと,ほんとうに使えなくなるかならな」


 仁は,気を練って,氷結の矢を手の平から出現させて,それを空中に放った。10メートルほど飛翔した後,静かに消滅していった。


 それを見た禍乱は,制限を受けた自分でも,今見た氷結の矢以上の威力を放てると思った。つまり,制限を受けた禍乱の気のレベルは,少なくとも上級中期レベルだ。つまり,気を扱えないどんな武芸者よりも強いことを意味する。


 禍乱は,ニヤっと微笑んだ。

 

 禍乱「仁さん,上級中期のレベルになるのって,大変なんですか?」

 仁「そりゃそうだ。才能がある者でも,早くて20歳くらいにならないと達成できないだろう。それに,上級中期になれば,どこぞの城の軍隊に入っても,すぐに隊長か副隊長に就くことだってできるぞ」

 禍乱「へぇ,そうなんですか。仁さんは,どうして,こんなことろで用心棒をしているんですか?」


 仁「まあ,いろいろあってな。俺も,昔は,軍人だった。でも,左腕に怪我を受けてしまい,左腕は,ほとんど使い物にならなくなった。箸と茶碗くらいなら持てるが,それ以上重いものは持てなくなった。それで,軍人を辞めたってわけさ。まあ,よくある話だ」

 

 そんな会話をしていると,娼館街の自衛を担当している用心棒がやってきた。


 用心棒「仁さん,今日は,仁さんの当番ですよ。同行お願いします」

 仁「あれ? そうだったか? わかった。すぐ行く」


 仁は,禍乱に言った。


 仁「禍乱,どうだ?一緒に行くか?」

 

 禍乱は,どこに行くかも知らないまま,「はい!お供します!」と返事した。こんな時は,とりもなおさず,「はい!」と返事するに限る。それに,洗濯の仕事は,世志乃がカバーしてくれるので,多少,戻りが遅れてもあまり影響しない。


 仁と禍乱は,用心棒と一緒に,彼の仲間と合流した。その結果,仁,禍乱,用心棒3名,弓矢隊3名の8人編成のチームとなった。リーダは,弓矢隊のボス・坊厳だ。


 彼らは,馬1頭を従えて,徒歩で山を越えるルートに入った。その道すがら,仁は,禍乱に坊厳の素性を説明してくれた。


 仁「坊厳は,ここの盗賊団,寿影組の組長の次男坊だ」

 

 この時,禍乱は,この地域一帯が寿影組の管理化になっているのを初めて理解した。


 禍乱「仁さん,ところで,われわれは,どこに向かっていくのですか?」

 仁「わからん」

 禍乱「・・・」


 禍乱は,仁さんでさえも知らないのかと思った。


 仁「わからないが,目的は知っている」

 禍乱「その目的って?」

 仁「盗賊団がする仕事だ。つまり,婦女子誘拐だ。若くて処女なら最高だ。禍乱みたく小せがれでもいいし,中年のババアでもいい。大人の男はダメだ。抵抗するからな」

 禍乱「なるほど,そういうもんですか」

 仁「でも,われわれ盗賊団は良心的だ。誘拐された連中は,皆,誘拐されて良かったと言っている。組織的にしっかりしているし,娼婦を買う客層も裕福で金回りがいいからな」

 禍乱「え?あんな辺鄙な盆地で,客が来るのですか?」


 仁「あの盆地には,隠れ温泉がある。定期的に,城下町の金持ち連中を集めて,団体客を隠れ温泉に連れてくる。客層が裕福な連中が多いから,恵まれているのさ」

 

 禍乱「へえ,でも,いくら隠れ温泉があっても,娼婦の質が悪いとダメですよね」

 仁「城下町の娼館では,娼婦になるには15歳以上と決められている。でも,ここに来ると,10歳からでもできる。だから,スケベ連中が,丸1日の行程を苦にせず,後を絶たずに来るってわけさ」


 禍乱は,世志乃が11歳で身を売るはめになる理由を少し理解した。


 禍乱「盗賊団って,さらに組織を大きくしていったら,どうなんるのですか?」

 仁「さあな。それはわしにも分からん。近隣の桜川城か,梅山城から,討伐隊が派遣されるかもしれん。でも,そこまでして,討伐はしないだろう。たぶん,どちらかの傘下に入って,税金を収めることになると思う」

 

 そんな会話をしていると,そろそろ近隣の村が近くに見えてきた。家屋を直接襲うことはしない。山菜採りに来ている婦女子を狙うのが基本だ。


 山菜採りは婦女子の仕事だ。近隣の山林なら,獣が出ることもないので,さほど危険ではない。しかし,最近では,盗賊が出るという噂があるので,この村では,ひとりで山林に入ることはせずに,女性の護衛をつけていた。彼女の名は立華。


 そんな事情とは知らな坊厳は,予定通りの行動に出た。


 坊厳「よし,ここで,各自バラバラになって散らばれ。婦女子を発見した場合,近くの弓矢隊に通報すること。大人の男を発見したら,場所を変えなさい」

 

 この命令で,仁と禍乱は,奥の方に移動して,近隣に婦女子がいるかを探った。

 

 ギャー!


 誰かの悲鳴が聞こえた。男の声だった。


 仁と禍乱は,お互い,顔を見合わせた。なんで男の声で悲鳴が聞こえるんだ?


 また,しばらくして,ギャー!という声が再び聞こえた。仁と禍乱は,声がした方に移動した。


 そこには,4名ほどの男たちが血を流して倒れていた。その中には坊厳もいた。その傍に,ひとりの返り血を浴びた女性がいた。右手に鋭い剣を持っていた。一目で女性剣士だと分かった。


 仁と禍乱は,われわれのチームで,彼ら以外の全員が,この女性剣士によって殺されたことを理解した。


 仁は,自分のレベルでは彼女に勝てないと思った。でも,せめて,禍乱だけでも生き延びさせたい。


 仁「禍乱,お前は逃げろ。俺は,時間を稼ぐ」

 

 禍乱は,どうしようか迷った。女剣士は,明らかに仁よりも強者だ。それは,一目見ればわかる。禍乱は,已むなく,非常手段をとった。


 禍乱「仁さん!」

 仁「なんだ?」


 仁は,視線を女剣士から離さないで返事した。


 ドス!


 禍乱は,手刀で仁の後頭部を強打して,仁を気絶させた。それが,仁を女剣士から守る手段だ。


 女剣士・立華は,ポカンとした。なんで仲間割れなんかするの?


 禍乱は,こんなところでは殺されたくない。そこで,指輪に気を流した。


 ファーーー!


 禍乱の周囲に,どんどんいと気が溢れだしてきた。その気は,肉眼でも認識できるほどだった。その溢れんばかりの気の流れを見た立華は驚いた。

 

 立華「え?何?少年,,仙人なの? いや,,,それ以上の存在?!」


 立華は,数歩退いた。だが,もう遅かった。


 立華は,その場から消えるほどの超高速に移動して,立華の背後に移動し,彼女の後頭部を強打した。彼女は,その場に倒れた。


 一度,もとのパワーを発揮できる状態になると,30分は持続する。しかも,もとの凶悪な性格ももとに戻る。神界では,婦女子を襲うことは禁止されていた。襲うこと,即,斬首刑となる。だから,したくても出来なかった。


 でも,凡界は違う。地面に倒れている女性は,大妖怪ではない。大妖怪がこんな弱いはずがない。それに,精力も吸収していないようだ。ならば,殺すことまでは止めよう。


 禍乱「俺が神界でしたかったこと,,,それは,美人の女性をむちゃくちゃして犯すことだ。しかも,気を全部呑み込んで,フフフ」


 禍乱は,意識のない立華の服を剥いでいった。美しい裸体が顕れた。


 禍乱「こ,これはすごい。うちの娼婦たちの裸よりもはるかに豊満だ!」


 彼は,超嬉しくなった。彼は,彼女の体をさんざんいたぶって彼女を犯した。


 ・・・

 立華は処女を失った。


 禍乱が,次にすること,,,それは,気呑術を使うことだ。禍乱は,立華と唇を合わせて,彼女の体に纏う気を吸収していった。立華は,S級前期のレベルだ。この凡界でS級に達する者は,100人にも満たないほどに優れた気法術の使い手だ。その気を禍乱は,ことごとく吸収していった。


 吸収される時,立華は全身に違和感が走り,その変な感覚で意識を取り戻した。


 立華『え? 何? キスされている? 股間も痛いわ。え? もしかして,気が吸われている?』


 立華は,気が吸われていることを理解した。この時,立華は,一生に一度しか使えない妖蛇女王として受け継がれた能力を発動させた。


 彼女は,三帝森林の一角を成す妖蛇女王だった。過去形なのは,単為生殖で産んだ自分の子を,新しく妖蛇女王としたためだ。自分は,女性の姿に変えて,梅山城に職探しに行く途中で,アルバイトがてら,この村で護衛の仕事をしていた。


 立華は,心の中で叫んだ。


 『異能複製!』


 立華は,禍乱に犯されながら,かつ,気をどんどんと奪われながらも,最後の抵抗,すなわち,禍乱が持つ気呑術の能力をコピーした。


 立華の気を十分に吸収した禍乱は,ちょうど,神のパワーが切れて,制限された状態に戻った。


 禍乱「もはや,これまでか」


 禍乱は,すぐに,立華から離れた。


 禍乱「ん? 意識を取り戻したのか?」

 立華「・・・,はい,,,でも,気が奪われて,立ち上がることもできません」

  

 禍乱「まあ,そうだろうな。数ヶ月もすれば,気は元に戻るから心配するな」

 立華「あの,,,わたしを犯したのですね? もし,妊娠したら,どう責任とってくれますか?」

 禍乱「そんなの知らん。これ以上,文句言ったら殺すぞ!」


 立華は,彼の言葉は,冗談ではないと思った。


 立華「・・・,わかりました。せめて,名前だけでも教えてください。それと,あなたは,仙人ですか神人ですか?」


 禍乱「ほほぉ,仙人は,まだ凡界でも知られているが,神人の存在を知っているとは驚きだ。

 そうだな。お前を犯したのだから,少しは教えてあげよう。俺は神人と呼ばれる存在だ。我が名は禍乱。神界の天帝の次男だ。

 ちょっと暴れすぎて,この凡界に追いやられた。今は,大妖怪を討伐する任務を与えられている。『仙人殺し』という役職だ」

 立華「仙人殺し?」

 禍乱「そうだ。誰でもいいから,仙人レベルになった妖怪を討伐すれば,神界に戻れる」

 立華「わたしも,神界に行くことはできるのですか?」

 禍乱「神人レベルになれば,自ずと,神界に行く方法がわかる。フフフ,もし,お前が神人レベルになったら,お前の云う責任とやらをとってあげよう」

 立華「約束ですよ。わたし,必ず,神界に行きます!」

 

 禍乱「ハハハ」


 禍乱は,大笑いした。


 禍乱「仙界に住む仙人でも,神界に来れるのは,100年に1人いるかどうからしいぞ。そうだな,,,3年以内に神界に来れるなら,お前のいう責任をとることにしよう」


 立華「3年以内ですね? わかりました。必ず,あなたに責任を取ってもらいます。生まれて来る子どもは連れていけるのですか?」

 禍乱「凡界に生まれた以上,特例はない。その子も,神人レベルに達しないと,神界に行くことはできない」

 立華「わたし,特異体質で,精子を体内に長期間貯めることが出来ます。だから,確実にあなたの子を妊娠します。

 何か,この子のために,ひとつでもいいので,記念になるものがほしいのですが」

 禍乱「ほんとうにわたしの子なら,そんな記念になるものは必要はない。生まれてくるにしても,半年もしない内に,11歳か12歳くらいの少年くらいの大きさになる。もの覚えもいいはずだ。その後は,ヒトの成長速度になる。そういうわたしも,生後2年だ。つまり2歳だ」


 立華「ええーー?」


 禍乱「もっとも,普通のヒトとの間に生まれた場合は知らんがな」


 この時,禍乱は,急に苦い顔になった。


 禍乱「あっ,,,思い出した。俺,この凡界で子どもを作るのは禁止されていたんだった。どうしよう。バレたら,その子ども,確実に殺されてしまう。俺も,終生,地獄牢行きだった。やべーー!」


 禍乱は,自分がしたことを後悔した。


 禍乱「いや,待て! お前を殺せばいいだけか?! それなら,子どもは生まれない。うん,そうしよう」


 禍乱は,右手から気を流して,短剣を形成した。それを,立華の首元にもっていった。


 立華は,ほんとうに殺されると思った。ここは,なんとしても誤魔化さなくてはいけない。


 立華「まっ,待ってください! 待ってください! 」

 禍乱「ん? 命乞いか? 無駄だ。俺は,地獄牢暮らしはしたくない。お前を殺すしかない!」


 立華「わたし,さきほど云いましたように,特異体質です。あなたの精子を貯蔵することができるということは,隔離もできるのです。だから,この後,他の男性とあの行為をすれば,その男性の子どもを産むことができます! だから,あなたの子どもは生まれません。安心してください!」

 

 禍乱「これは,口からのでまかせではすまないぞ!」

 立華「はい,でまかせではありまん。天地天命に誓って,ウソは云いません!」


 『天地天命に誓う』という意味は,それを反古にすると,天からの雷撃を受けて,死亡するという意味だ。非常に重い言葉だ。

 

 だが,その誓う内容が曖昧だと,全く意味のない誓いになってしまう。今回,誓った内容は,他の男性の子を産めば,禍乱の子は産まないという意味であって,他の男性の子を産まない場合は,禍乱の子を産んでもいいことになる。実質,無意味な誓いだ。


 禍乱「そうか。そこまで云うなら,今,殺すのは止めて,3分後に殺すとしよう」


 禍乱は,立華のお腹に跨がった姿勢で,短剣を立華の乳房に面白半分に刺してしった。


 立華は,とにかくも3分間だけ生き延びることができた。この3分で,とにかく,禍乱を説得せねばならない。乳房を刺されながら,その痛みに耐えながら,彼女は,必死の説得を試みた。


 立華「禍乱様,いや,ご主人様! ご主人様は,この国の一番の強者です。だから,強者の特典を得るべきです!『仙人殺し』もいいですが,まずは,全国から特上の美女たちを集めて,後宮を造るのはどうですか? 子どもを産むのが禁止されているなら,煉丹師を採用して,美女たちに避妊丹を飲ませればいいんです。毎日,極楽の生活を送れますよ。毎日,天下の美女をとっかえひっかえすることができますよ。それこそ,天下の英雄がすることです!ご主人様は,天下の英雄です!豪傑です!そうあるべきです」


 立華は,若い男が夢を持つであろう後宮(ハーレム)のことを説明した。


 この説明に禍乱は心が動いた。禍乱は,短剣で乳房を刺す行為を途中で中断した。多少,乳房から血が流れたが,太い血管が流れていないので,しばらくして血の流れが止まった。


 禍乱「そうか,俺は,ここでは,英雄なのか。うん,後宮を造って,天下の美女を集める,,,悪くはない。でも,神界にバレたらまずい。でも,秘密裏に進めることはできるかもしれん。その前に,今いる組織を牛耳る必要があるな,,,」


 禍乱は,気で形成した短剣を解除して,しばらく考え込んだ。


 禍乱「よし,その意見を実行に移すとしよう。では,お前は,そのアドバイスに免じて,命だけは助けてやろう」


 立華は,命を繋いだ!


 立華「ありがとうございます! わたし,名前を立華と云います。3年以内に,必ず,神界に行きます。待っててください」

 禍乱「立華か。まあ,神人になるのは到底無理だろうが,来れるんものなら来なさい」

 

 禍乱は,そう言って,立華を開放した。


 彼は気絶した仁を背負って,来た道を戻っていった。


 立華は,なんと,神人の天帝の次男・禍乱に犯されてしまった。しかも,仙人でも上級仙人でないと修得できないとされる気呑術をコピーしてしまった。

 

 失った気は,時が来れば解決してくれる。それよりも,今は,体力の回復が大事だ。


 「立華さん,,,大丈夫ですか?」


 山菜採りに一緒に来ていた少女が,隠れていた茂みから出てきた。


 立華「どうやら,殺されなかったわ。乳房の血を止めたいけど,なにかある?」

 

 その少女は,自分がしている腰帯を解いて,着物を脱いでそれを立華に渡した。立華は,それを切り裂いて,帯状にして包帯がわりにして胸に巻いた。


 立華「ありがとう。ちょっと起こしてくれる? 気力を失って動けないの」

 少女「はい,わかりました」


 その少女は,立華をなんとか抱き起こして,自分の肩を貸して立華を村まで連れ戻した。


 立華が禍乱に説明したように,彼女の体は特別だ。受けとった精子を子宮内に蓄える機能がある。確実に両性生殖で産卵するためだ。産卵と言っても,卵胎生で産むので,見かけ,人間が赤ちゃんを産むのと同じ感じだ。


 立華は,すでに体内に単為生殖で産む準備ができている卵があった。そこに,精子を大量に流し込んでいった。だから,その卵は,両性生殖の卵に変化していった。


 立華は,1ヶ月もすれば,禍乱の遺伝子を継いだ赤ちゃんが生まれてくることを知った。でも,それは,絶対に内緒にしなければならない。


 ならば,誰でもいいから,代理の『父親』を見つけることにすればいい。


 立華は,村で1週間ほど過ごして,なんとか気のパワーを初級前期レベルに戻した。気はまだまだ回復していないが,剣術の腕は超一流だし,体力は回復しているので,そんじょそこらの男どもには負けないという自負がある。


 立華は,村の護衛の仕事を止めて,当初の目的通り,梅山城で仕事を探すことにした。ここで,ともかくも,『父親』を見つけることが大事だ。生まれてくる子どもに,誰が父親かを言う必要がある。禍乱を父親としていうのはダメだ。禍乱に迷惑がかかるし,彼の言葉が真実なら,生まれて来る子どもは神界からの討伐の対象になってしまう。


 だいいち,一般人にとっては,神人がほんとうに存在するとは思っていない。


ーーー

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