第12話

 昨晩は金曜日の夜だと言うのに、飲みにも行かずに真っ直ぐ帰宅した。

 気分が優れないのは勿論、今日の臨時役員会が気になって何も手につかなかったのだ。

 寝付きも悪かった。寝起きも悪かった。

 何か魘されて目を覚ましたのだが、どんな夢をみていたのかは、直ぐさま忘れた。

 おれは重い気分で出社した。

 土曜日という事もあり、社内は空いていた。

 ディレクターが二三人、宣伝マンが一人出社してるだけだった。

 しかし、これからがおれの会社員人生の岐路なのだと思うと、得も言われぬ緊張感と圧迫感を感じた。

 今までの事からして、今日の臨時役員会では、おれが吊し上げられる公算が高い。

 おれはそれをどうやって切り抜ける?

 おれにはその場その時で何とか対応するしか思い浮かばなかった。

 午前九時五十分に社に着くと、おれは自分の社用ノートPCを持参してA3会議室に行った。

 会議室にはすでに全員が揃っていた。

 社長・専務・経理部の四人。そして竹富部長。

 会議室は十人掛けでテーブルがロの形に配置されている。

 その上座に草野社長と栗原専務、窓側に経理部、反対の入口側に竹富部長がいた。竹富部長の前にはノートPCがあった。

「失礼します。お待たせして申し訳ありません」

 おれは竹富部長の右隣に座り、ノートPCを開いてスマホをデスクの上に置いた。

 まだ約束の午前十時には二分ほどあったが、流石に役員が出席する休出の会議は、皆さっさと終わらせたいという思惑があったのだろう、出席はいやに早かった。

 草野社長と栗原専務は休日という事もあり、いつものスーツ姿ではなく二人ともカジュアルなシャツ姿だった。それが新鮮に見えたが、その中身はいつもの会社役員であるのは変わりない。いくら姿形が普段と違うとはいえ、その会議の緊張感はいつも以上だった。

 播磨部長が「これで全員ですかね」と竹富部長に目線を送って訊いた。竹富部長は小さく「はい」とだけ応えた。

 竹富部長が大きめの口調で口を開いた。

「えー、皆さん休日のところおいでいただいてありがとうございます。今日、緊急でお集まりいただいたのは、前回の臨時役員会での議題、巨額横領事件の捜査に進展がありましたので、その経過報告と今後の対応について、皆さんにご検討願いたいからです」

 会議室内は静まりかえった。

 普段のWRAPレコードの会議では、会議と言えどもどこかフランクな風があるのだが、今日に限ってはそんな事は全くなく、その代わりに苛立ち・焦燥感・怒りの気配が満ちていた。

 その嫌な雰囲気の中、竹富部長の中間報告、いや演説が始まった。

「結論から申しますと、吉岡君が第一の容疑者と判明しました」

 場の空気が一気に緊迫した。全員の視線がおれに集まる。いくらおれを見たところで事実はそうじゃない。

「ご存じの通り我が社にはAS/400という主に経理部が使うサーバとLinuxシステムという主に営業部が使うサーバがあります。犯人は何らかの手段によってLinuxサーバの管理者権限を乗っ取り、そこを経由してAS/400へアクセスしていたのが判明しました」

 誰も身じろぎ一つしない。まだおれを凝視したままだ。

 播磨部長が質問した。

「そのLinuxサーバは社外からアクセス可能なんですか」

 竹富部長は浪々と応えた。

「Linuxシステムは外部のネットワークと基本的に遮断されています。ですから外部の人間による犯行の可能性は極端に低くなります。しかし、社員の使うPCは外部とのネットにアクセスできますので、その社員のPCを踏み台にしてLinuxシステムにアクセスした可能性が大です。しかし、そこから社内のAS/400を探し出し、操作して犯行におよぶためには、よほど社内のネットワーク構成に精通し、かつ我が社のAS/400の内部データベースの構成にも通じた者しか犯行におよべません」

 播磨部長は呆気にとられた。

「そこで各サーバのアクセス記録を調べたところ、吉岡君のPCからLinuxシステムにログインした記録が出てきました」

 草野社長が言った。

「システム部の部員なんだから、各サーバの保守のためにしょっちゅうログインするのは当たり前なのでは?」

 竹富部長の目が輝いた。

「仰ると通りです。ですがアクセス記録以外にも、そのサーバでどんな作業をしたのかの記録も残っています。それも調査したところ、吉岡君のPCからLinuxシステムへログインし、そこを経由してAS/400へログインし、操作した記録が見付かりました。念のめたにその日付時刻も参照したところ、同時刻であるのも判明しました」

 磯田さんが質問した。

「という事は、単に吉岡君のPCが誰かに乗っ取られた、というのが分かっただけで、吉岡君本人の犯行と決定づけるのはまだ早いのでは?」

「その可能性も調べました。吉岡君には申し訳ないですが、吉岡君の社用PCの内部を調べました。結果、マルウェアやウィルスは発見されませんでした。不審な実行ファイルもありませんでした。それにもし外部から不正アクセスしたのであれば、社内のルータにもその記録が残ります。が、それも見付かりませんでした。つまり、外部からの犯行の線は消えます。吉岡君本人、あるいは吉岡君が離席中に誰かが吉岡君のPCを操作しなければ記録と合致しません。事実上、吉岡君以外の人間が吉岡君のPCを使うのは不可能ですので、吉岡君が操作したというのが現在証拠から分かっている推察です」

 全員の視線が痛い。しかしおれも反論した。

「竹富部長は頭から私が犯人であると決めてかかっていらっしゃいますが、私は実際そんな事はしません。社内のPCやサーバが業務を滞りなく遂行できるよう管理するのが私の仕事です。そういった倫理観をもって業務に当たっているのに、あらぬ嫌疑を掛けられるのは不適当です。私は入社以来、我が社のコンピュータの安全管理を第一に職務を遂行してきました。その私が、守るべきサーバを攻撃するのは、倫理的にも道義的にも反します。私はそんな事はしません」

 自分でも苦し紛れの言い訳に聞こえた。おれの言ったのは証拠に基づくものではなかった。要約すれば、ただ「信用してくれ」と言っているに過ぎなかった。

「しかし、竹富部長がその証拠を見付けてしまったからにはねえ……」

 栗原専務が腕組みをして渋面を作った。

 竹富部長が栗原専務に言った。

「具体的な証拠をお見せしましょう」

 竹富部長はプロジェクタにノートPCを接続してスクリーンにPCの画面を投影した。

「これが実際のアクセスログです」

 スクリーンにWindwosの画面が映し出された。

 竹富部長はターミナルエミュレータでAS/400にQSECOFRでログインし、アクセスログを表示した。その後、Linuxサーバにrootでログインし、同様にアクセスログを表示した。

「これが二月十六日のアクセス記録です。

吉岡のPCは午後三時五十七分にLinuxサーバにログインしています。その後5250ターミナルエミュレータを起動して午後三時五十九分にAS/400にログインしています」

 確かにIPアドレス172.16.0.92が表示されていた。間違いなくおれのIPアドレスだ。

「その後、AS/400内で論理ファイルを作成して二月の売上の集計をしています。で、ここが肝心なのですが、その後、仮想通貨Moneroの取引所へ送金しています」

 スクリーンにはその一切合切が映し出された。

 しかし、こん証拠を提示されても素人目には何が表示されているのか理解できないだろう。

 竹富部長はそれも承知の上でプレゼンしているのだ。

 理解できなくても専門家がこうであるとその証拠を滞りなく提示してくる。素人を誤魔化すには最善の手だ。

「次に三月四日の記録をご覧いただきます」 竹富部長はまたPCを操作してアクセスログを表示した。

 先程と日付が違うだけで同じ英数字の文字列がスクリーンに映った。

 正に動かぬ証拠を、竹富部長は役員会で提示して見せた。

「犯行の記録は以上になります。ですが……」

「他にも何かあるのかね?」

 草野長が食いついた。

「じつはポートスキャンの記録もあります。恐らく犯人は犯行の隠蔽を図り。正攻法ではないアクセス手段も探っていたようです。これがそのポートスキャンの記録です」

 竹富部長は二月二十三日午前六時のポートスキャンのログを表示した。

 笹尾がスクリーンを見て言った。

「ポートスキャンをするという事は、うちの社内システムを理解していない証拠になりませんか? うちの、特にシステム部の方でしたらどのポートが開いているか既にご存じだと思うのですが」

 竹富部長は頷きながら応えた。

「うちLinuxシステムは外注業者のリモートメンテのためにsshだけ外向きに開いています。ですからうちのLinuxシステム全体を統括しているのは実は外注業者のイノダシステムの部長と担当者の二人だけなんです。これはあまり言いたくないんですが、我々システム部でもうちのLinuxシステムがどんなdaemonが動いているか、本当に必要最低限のサービスだけ開いているかは、イノダシステムに一任しているんです。ですから犯人は既知のサービス以外のポートから攻撃を仕掛け、まるで外部の第三者からの攻撃であるように振る舞おうとしたのかもしれません」

 竹富部長はこういった反論も想定内だったのだろう。その竹富部長の顔はいつもとは違う、どこか半笑いをしていた。

「それと、これは吉岡君が見付けたのですが、sshで不審なログインの形跡がありました。午後十時二分にログインして一分後にログアウトしています。つまり、何の作業もせずにログアウトした訳です。これは第三者が行った可能性が非常に高いです。念のためイノダシステムに連絡してパスワードは変更してもらいました。ひょっとすると犯人は我が社のシステムの全容を手中に収めているのかもしれません」

 おれは思った。相原さん、早く登場してくれ!

「ここまでの説明で、犯人はすでにうちのシステム関連に造詣の深い人物でないと犯行におよべないのがご理解いただけたと思います。皆さん、いかがでしょうか」

 竹富部長はまるでおれが真犯人であるのを導こうとしているように見えた。

 この場にいるのは全員いい歳した大人である。が、竹富部長もいい大人だ。しかも部長職の人間が言っているのである。その弁舌に疑いを持つ方がおかしい。

 奥田さんが質問した。

「証拠の記録を見てもよく理解できなかったのですが、うちのシステムに詳しい人でないとできない犯行だというのは分かりました。という事は外注業者も容疑者になりませんか」

 竹富部長はきっぱり言った。

「AS/400はJBD社に、Linuxシステムはイノダシステムにお世話になっています。両社には直接的にも間接的にも繋がりはありません。ですからLinuxシステムとAS/400を横断しての犯行は実際のところ現実的ではありません。実際、両社の担当者には自分の担当のシステムしか触らせていません。IT業界ではこういった責任分岐点を重要視します。それに外注業者の犯行でしたら、それこそ会社対会社の問題に発展しますし、外注業者として、それこそ手痛い損失になるのは目に見えています。会社としてそんな社員を見過ごすような体勢をとっていません。ですから外注業者の線も消えます」

 おれのスマホにLINEのメッセージが来た。

 相原さんからだ。

「いまWRAPレコードさんに着きました」

 おれは慌てて「ちょっと席を外します」と言って会議室を出た。

 恐らく言い逃れができない状況に陥って気が動転したと思われただろう。

 しかしそんな思惑はどうでも良かった。

 相原さんはシステム部のあるオフィスの出入り口にいた。

「相原さん、お待ちしてましたよ!」

 おれは救いの女神が降臨したかのように相原さんを出迎えた。

「お待たせしました。で、会議はどこまで進んでますか?」

「竹富部長が私のIPアドレスで犯行におよんだのとポートスキャンされた事、sshで不審なログインがあったところまで説明してました。あと外注業者の犯行ではないとの説明もしました」

 相原さんはちょっと笑った。

「で、会議の出席者はみんなそれを信じたんですか」

「そりゃそうでしょ。なんせ竹富部長のプレゼンなんですから」

「状況は分かりました。それじゃあ会議室へ案内お願いします」

「こっちです」

 おれは相原さんをオフィス内に連れ込んでA2会議室へ向かった。

 おれはドアを二回ノックして「失礼します」と形だけの挨拶をした。

「昨日まで竹富部長と一緒に今回の事件を捜査していたERテクノロジーの相原さんです」

 相原さんは「失礼します」と軽く一礼して会議室に入った。竹富部長の左隣に座った。

 全員が驚きの顔をした。特に竹富部長は驚きと焦りを顔に出した。

「初めまして。昨日突然御社に解雇されたERテクノロジーの相原です」

 相原さんは全く物怖じせず会議室の空気を一変させた。

 播磨部長が相原さんを一瞥した。

「ちょっと待った。この会議に部外者が入るのは如何なものかね」

 おれは反論した。

「相原さんは竹富部長と共同作業で今回の捜査に当たっていただきました。ですから竹富部長のご意見だけではその論拠に不足が生じるかも知れません。捜査に当たった両名が揃って初めて今回の捜査の結論の両翼が揃う訳です。社長、相原さんの参加を許可していただけませんか?」

 草野社長は渋々ではあるが首肯した。おれは浅く「ありがとうございます」と言った。

 早速、相原さんが切り出した。

「竹富部長、アクセスログの説明をなさったそうですね」

「ええ」

「ちょっと見せていただけませんか」

 竹富部長はさっきのアクセスログの画面を表示した。

 相原さんはスクリーンを一瞥してあっさり言った。

「ああ、このアクセスログなら改竄されていますね」

 一同が無言でざわついた。

「フォーマット自体は正規のものと合致しますが、改竄した記録が残ってるんですよ」

 相原さんは「ちょっと失礼」と言って竹富部長のノートPCを取り上げた。

 相原さんはLinuxサーバにある自分のホームディレクトリへcdし、そこにあるアクセスログのバックアップファイルを表示した。

「これで皆さんお分かりになりますか?」

 だれも首肯しなかった。

「御社のLinuxシステムに最初に触った時、私個人のアカウントをすぐに作ってそれ以降アクセスログを定期的にバックアップしていたんです。ところが後日、Linuxシステムに残っているアクセスログと私のバックアップのログのdiffをとると、つまり差異を調べてみると、一致しなかったんですよ」

 相原さんは実際にdiffしてその結果をスクリーンに映した。

「で、どこが一致しなかったかというと、IPアドレスの部分、つまりどのPCからアクセスがあったか、という部分のみ更新されていたんです。具体的には172.16.0.16から172.16.0.92へ書き換わっていたんです。こんなのはsed一発で書き替えられるんです」

 一同が今度は声に出してざわめいた。

「で、この172.16.0.16のPCはというと……」

 おれは相原さんの横からIPアドレス一覧のファイルを開いた。

「竹富部長のPCですね」

 形勢が一気に逆転した。

「つまり竹富部長の犯行で、その罪を吉岡君に押し着せようとしたと?」

 栗原専務が眼光鋭く相原さんに訊いた。

「いえ、そうとも言い切れません。クラッカーが複数のアカウントを奪取して使い分けるのはよくある手口なんです。そもそも犯人が竹富部長のIPアドレスを乗っ取って吉岡さんの犯行に見せかけ、捜査を攪乱しようとしたのかもしれません。それに……」

 一同が息を呑んだ。

「bashのhistoryを見ても竹富部長のIPアドレスで証拠隠滅を企てていますね。普通、bashはデフォルトで過去五百個のコマンド履歴を記録していますが、犯人は犯行後に無駄なコマンドを丁度五百個入力してます。ですが私が/etc/bashrcと、念のためrootのホームディレクトリの.bashrcも書き換えて一万個までの履歴を取るようにしていましたので、その手口は丸見えです」

 相原さんはそのコマンド履歴をスクリーンに表示して見せた。

「恐らく犯人は五百個の無駄コマンドを手入力せずにスクリプトを書いて入力させたのでしょう。これぐらいの仕事はコンピュータに詳しければ簡単です」

 場の空気がおれを攻める雰囲気から竹富部長への不審へと変わっていった。

「それとポートスキャンの件ですが」

 相原さんは続けた。

「外部業者がそんな手間を掛ける必要がないのはご理解いただけますよね。なんせ自分たちで立ち上げたシステムですから。そのシステムに侵入するにはどうしても正規のssh以外の道を探さなければならない。犯人は竹富部長と吉岡さんのアカウントが凍結された時の予防線を張っていたのかもしれません。こう言っては失礼かもしれませんが、御社のLinuxシステムを膨大なネットの海の中からピンポイントで見つけ出して攻撃するような物好きなクラッカーはいないでしょう。これも恐らく同一犯がやったと思われます。もし私が犯人だったら、二回の犯行が気付かれた後にアリバイ作りのためにもう一度横領事件を起こし、自分では不可能だ、と言うでしょうね。その下準備としてポートスキャンで穴を探してこっそりと三回目の犯行におよぶでしょう」

 一同は相原さんの言葉にクラッカーの行動原理を見出しただろう。それにしても、この相原さんという人物、いやにクラッカーの動勢に詳しい……。

「竹富部長、他に吉岡さんが容疑者であると目される証拠はありますか?」

 相原さんは笑顔だった。まるで賞金稼ぎが賞金を目の前にして謎解きしているかのように。

 竹富部長はなんとか口を開いた。

「そういえばsshで不審なログインがあったとか……」

「ええ。その件ですね。調べたんですよ。sshdのタイムスタンプは同じでしたが、バイナリファイルのサイズが正規のものより大きかったんです。きっとtouchして日付を誤魔化しておけば気付かれないと思ったんでしょうね。それでsshdのバイナリファイルをGCCで逆アセンブルしたんですが、そこで『123qwe』というキーワードが見付かったんです。試しにパスワードに『123qwe』を入れてみたんです。どうだったと思います? ちゃんとsshでログインできたんですよ。犯人は自分でソースを書き換えて御社のシステムでコンパイルができて、daemonをインストールする権限を既にもっているようですね。そういう人物は謎の第三者を除いて、ほんのごく数名しかいませんよね」

 竹富部長は明らかにたじろいでいた。

「いや、なぜ犯人は二回も犯行におよんだのか……」

「ああ、それなら簡単ですよ」

 相原はあっけらかんと応えた。

「真犯人は複数犯で金の分配で揉めたんじゃないでしょうか。それで一回の犯行の予定が二回になってしまったと。それとも一回目で味をしめてもう一度、とか」

 竹富部長は黙ってしまった。

 草野社長が相原さんに訊いた。

「そもそもの犯行の動機は何だと思いますか?」

「金ですよ。金。それ以外に御社に要がなかったんじゃないですか。取り敢えず御社のシステムに通じてて金が欲しい人物。それが真犯人なんじゃないでしょうか」

 相原さんは結果的におれを擁護するというより、おれを容疑者から外し、竹富部長を容疑者リストに加えるのみで、真犯人には迫らなかった。

 だが場の雰囲気では竹富部長を真犯人と目していた。

「相原さん、結局、あなたは真犯人を誰だと判断します?」

 播磨部長が相原さんに詰め寄った。

「御社のシステム部のお二人。あるいはどちらかお一人」

 草野社長と栗原専務は頭を抱えてしまった。他はただコンピュータの専門用語の羅列の前にポカンとしていた。

 草野社長は眉間に皺を寄せて言った。

「竹富部長、これは一体どういう事かね? 正直に言おう。私は君を容疑者リストの先頭にもってきているんだよ……」

 竹富部長ははっきりと困惑を隠していた。いや、その困惑の色は漏れ出していた。

「社長、システム部の部長を信じられないなんて仰らないでください。私の仕事は我が社のコンピュータを管理し……」

「もういい」

 栗原専務が竹富部長を遮った。

「相原さんと仰いましたね」

「はい」

「昨日、うちから解雇されたと言われましたが、今回の事件が解決するまで、引き続き捜査をしていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「はい。ありがとうございます。うちの社長にも報告しておきます」

 草野社長が宣言した。

「竹富部長、今回の件は君がリーダーとして調査してもらっていたが、たった今からこちらの相原さんにリーダーをやってもらう。相原さんの指示は私の指示と思って従ってほしい。いいかね」

 竹富部長の顔は硬直していた。言える言葉はこれしかなかった。

「はい。承知しました」

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