第8話
午後の早春のオフィスには暖かい温和な風が吹いていた。ともするとそれは倦怠にもなりかねないのだが、おれはそれと共に軽い眠気を催した。腹の皮突っ張れば目の皮弛むの言葉通り、オフィスには緊張感よりも柔らかい午後の陽射しが差し込んでいるようだった。
要するに気分が弛んでいるだ。
システム部としてはあと四日以内で巨額横領の犯人を突き止めねばならないし、またいつPCのトラブルが舞い込むかもしれない。
しかし。今その時にはなんの緊張感ももてなかった。
というのも、相原さんという助っ人と竹富部長の仕事を信頼していたのと、デスクワークという退屈な仕事に神経が鈍磨していたからだ。
こうして何事もなくトラブルが起きず、事件が解決してくれればなあ。
おれは自分の部署に降りかかった緊急事態を部長の竹富さんに丸投げし、実際はその緊急事態から締め出されたのをいい事に、昼食後の腹ごなし程度の仕事をのんびりとやっていた。
システム部のデスクに映像ディレクターの久山さんが飛んできた。おれより十も離れたベテランのディレクターだ。
「吉岡君、ちょっとちょっと」
久山さんは慌てていた。
「急にネットが遅くなったんだけど」
何⁉ おれは倦怠感も眠気も吹っ飛び緊迫した。
久山さんとおれは映像制作のフロアにすっ飛んでいった。
「今ここで確認してみますね」
Googleのアドレスをブラウザに入力した。
六秒後にGoogleのトップページが表示された。
明らかにおかしい。
YahooもYoutubeも同様。確かに回線が重すぎる。
「久山さん、ちょっとお時間もらっていいですか? うちの回線に何かあったみたいです。竹富部長と緊急で調査します。後で何があったか報告しに行きます」
「分かった。待ってればいいんだね」
「すいませんがそれで」
「じゃ、後はよろしく!」
はい、と言っておれはすぐにサーバルームに駆け込もうとした。
システム部のフロアに着くと内線電話が鳴っていた。
おれはこんな時に、と忌々しく思ったが、平静を取り戻して受話器を上げた。
「第二営業部の大橋ですけど」
営業マンの留守番をしている大橋課長だ。
「なんかネットが遅いんだけど、何かの不具合?」
「たった今、久山さんから同じ報告を受けました。至急対応しますのでもうしばらくお時間ください」
「あっそう。じゃあ、頼みますよ」
「失礼します」
おれはサーバルームに飛び込んだ。
「竹富部長! 社内のネットワークが重いと二件、連絡が入りました!」
竹富部長は振り返っていつもの笑顔で事もなげに応えた。
「ああ。今ちょっとルータ弄ってるから」
おいおいおいおい、ちょっと待った!
そういう大事は通常勤務時間外にやるのがセオリーでしょうが!
「どうします?」
「そうだねえ。午後四時までは緊急メンテで、って事にしといて」
おれはちょっと怒りを覚えた。
「実際、どんな作業してるんですか」
「ルータの再設定」
だーかーらー!そういう事は勤務時間外に……。
「まあ、そういう訳だから全社にそう連絡しといて」
相原さんは竹富部長の隣で黙々と端末に向かっていた。まるでおれと竹富部長の遣り取りが耳に入っていないようだ。
「……分かりました」
そういう大事は事前に連絡してくれっての!
おれは自席に戻ってTeamsで全社同報を打った。
「皆様
システム部吉岡です。
ただいま緊急メンテナンスにつき、東京本社のネットワークの遅延or切断が発生しています。
16:00に復旧予定です。
それまではご不便をかけますがご了承のほどお願いいたします」
送信ボタンを押して大きな溜息が出た。
なにが緊急メンテだ。
竹富部長が何をやらかしたが知らないが、ルータなんて普段は弄るもんじゃなかろうに!
いや、待てよ。確かに今は普段とは違う。
三十六億一千万円を横領した犯人詐探しの真っ最中だ。
ついに尻尾を掴んだか?
いや、それならおれがサーバルームに入った時に、そう言う筈だ。
その後もシステム部へのクレームの電話が三十分続いた。
オーディオ制作の橋川さん・立石さん、映像販促の石川さん・大迫さん、営業一課の長谷川さん、二課の本多さん・本山さん・久保田さん、経理部の奥田さん、印税管理部の大塩さん、映像宣伝の酒井さん・西岡さん……。
みんな、おれの連絡後に直接システム部へ内線で連絡してきた。
既にTeamsで連絡済みなのだが、その連絡に気付いていなかったのだ。
まったくもう。Teamsにチャットが入ればモニタの右下にポップアップが出るでしょうに。まったく、見て欲しいものは見てくれないんだから!
しかし内線は三十分で済んだ。ここから先は竹富部長と相原さんの腕を信用するしかない。
クレーム対応はちゃんとやっときますから、あとはお願いしますよ。
おれは内心でサーバルームの二人へ無言で叫んだ。
あれ? ちょっと待てよ。
おれの頭の中に、うちの会社のネットワーク図が思い浮かんだ。
おれの記憶が正しければ、経理部と印税管理部のネットワークと他部署のネットワーク別だったよな。
つまり、営業部や制作部、販促部がネットワークに繋がらないのは理解できる。何かしらの原因でそのネットワークのルータが不調を来していると予想できる。
が、経理部と印税管理部までネットが遅いというのはおかしい。
経理部と印税管理部のPCは社内のネットワークの中でも独立してる。これもセキュリティ強化のためだ。
もっと正確に言えば、経理部と印税管理部のPCは社内のファイル共有サーバとAS/400にしか繋がらないように独立しているのだ。
この二つの部署からクレームが来るのがおかしい。おれの記憶違いか?
それを確認するため、うちのネットワークの概略図のファイルを開いた。
うん。おれの記憶違いではない。確かに経理部と印税管理部だけは他部署のネットワークと繋がっていない。
という事は、今現在、竹富部長と相原さんは(本当はどちらか一人かもしれないが)同時に二つのルータを弄っているという事になる。
しかし、そんな必要があるか?
二人が何を画策しているのか知らないが、何かよろしくない事態になっているのは確かだ。
ここでおれはちょっとルータの設定を眺めに行こうとした。
が、すぐ止めた。
というのも物がルータだけに誰かがルータを弄っている以上、別の誰かがルータにアクセスすると、それこそ不正アクセスと捉えられかねないからだ。
ここは押しの我慢で切り抜ける他ない。
事実としてルータの再設定をしているなら、ネットワークの切断はあり得るが、回線遅延はどう説明できるのだろうか? 再設定の必要性は?
結果から推察すると、何者かが二台のルータにクラッキングに成功した可能性がある。
となると、すでにWRAPレコード社内の二つのネットワークが、クラッカーの自由になっていたという結論が導き出せる。
しかし本当にそんな致命的なミスが発生したのか? いや、したから現状があるのだ。
システム部の内線が鳴った。大阪営業所からだ。
「はいシステム部」
「おっ、その声は吉やんだね」
声だけで誰か分かった。同期入社で営業マンの西原だ。
「ああ、西原? 久しぶりー」
「元気にやってるか」
「それどころじゃねえよ。今、トラブルの真っ最中だ」
「でも電話に出る余裕はあるやん」
そう来たか。
「緊急事態だからこそ電話から目が離せない」
「なんや知らんが機械のトラブルやて?」
「そうらしい」
「らしいとはなんや。詳しく説明でけへんのか?」
「できないんだなこれが」
つい本音が出てしまった。
「なんでやねん」
「実際に作業に当たってるのが竹富部長と外注の業者さんで、おれはお留守番」
「そんなん、ガキの使いやん」
そう言われても仕方ない。どうして竹富部長はおれに何の情報もくれないのか。そこはおれも竹富部長に食い下がりたい。
「そういう言い方はしないでくれ。クレーム対応と言ってほしいな」
「分かってへんのに十六時には復旧って、チャットに書いてあったで」
「それは竹富部長の言伝をそのまま書いただけ」
「ほなガキの使いやん」
相手を怒らせて本音を引き出そうという手にはのらない。
「原因不明のトラブルってのもシステム部に持ち込まれるんだ。ワーストケースで時間を見積もるのがシステム関連の仕事の常套句なんだよ」
おれは極真っ当な事実をぶつけてみた。
「竹富部長やったっけ? 吉やんにも言われへん事、しとるんちゃうか?」
ただの勘で喋っているのか、何らかの噂を聞きつけてなのか、判断に迷う。しかし西原の一言は正鵠を得ているのかもしれない。
「作業の事後報告はよくある事なんだ」
「おっかしいなあ。コンピュータは理屈でできてんのんちゃうか?」
「うん。理屈ででききてる」
「ほな、理屈で説明しいや」
おれの経験上、コンピュータは基本的にコーディングされている通りに動く。しかし、原因不明の挙動が多発するのも事実だ。IT業界ではそれを「相性問題」「再現性のないバグ」と呼んだりする。しかしコンピュータの素人にその理屈は通じない。
「それは後回し。今やるべきは、いち早い回線の修復だ」
「そこが分からん。お前もシステム屋ならまず理屈で説明しいや」
いやに食ってかかるな。やはり長谷川課長と同じ噂を聞きつけたのだろうか。
「そう食ってかかるな。本当に今のおれには何の情報も齎されてない」
「それほど重篤な病気に機械がなったんか」
ちょっとは折れてくれたか。
「その可能性はある」
「可能性か。上手い方便やな。お前もサラリーマンらしゅうなったな」
「お互い様だろ。さっきからクレームの電話があちこちからかかってきたけど、食い下がってきたのはお前だけだ」
「はははは。大阪で営業マンやっとると、自然とこうなる」
さっきまで理屈で押し通そうとした口が言う事か?
「大阪こえー」
「東京もんには分からん理屈で大阪は動いとるんや」
「正確な情報が出せないのは申し訳ない。だが部長職の人間が具体的に数字でメンテ終了時刻を宣言したんだ。これは確実な数字とみていい」
「よう分からんが、頑張りや」
「ありがとう」
「ほな」
「おう」
おれは受話器を置いた。
西原は西原で何かしらの事情があっておれに電話してきたのだろう。実際、東京以外の拠点まで今回のネット問題は波及していない筈だ。だから西原がおれにこのタイミングで電話をしてくるのには、それなりの理由があるとみていいだろう。
良いのか悪いのか、今のおれはただのガキの使いだ。
ここは西原の言った通り、竹富部長がおれには言えない作業をしているのだろうか。
しかし社内の人間、自分の部下にも言えない作業を、外注業者のすぐ隣でできるだろうか。
竹富部長と相原さんが共謀しているとも思われない。
相原さんはあくまで外注業者だ。契約に則って仕事に当たっている。その相原さんが竹富部長の言いなりになる目算はない。外注業者は決して発注元の言いなりになるものではない。倫理的にできない事、ましてや違法や脱法まがいの仕事はきっぱり断らなければならない立場だ。
いや、もしかしたら、相原さんにも秘密の作業を依頼しているのかも……。
狭いサーバールームで隣り合って同時に作業しているとは言え、すぐ横でどんな作業をしているのかを覗き見している余裕はない。こと、相原さんに関してはその高時給のために余計な作業は一切できない。一分一秒にも神経を尖らせて仕事をしてるのだ。それに相原さんの端末を操る姿から察するに、自分の仕事に猪突猛進していくタイプに見える。
そんな二人だけの密室で何が起こっているのか、知る術はない。
ただその結果のみを見て、その工程を推測するしかない。
しかし、その結果の全てを把握できないのがコンピュータ関連の仕事の厄介なところだ。
こういった緊急事態の作業では、最も端的なオペレーションが要求されるが、そのシンプルすぎるワンライナーのスクリプトでさえ、システムのどこにどう影響を及ぼすのか、計り知れないのだ。
その結果は最悪、/usr/lib以下のライブラリの破損・/usr/bin以下の実行ファイルの破損などが挙げられる。上記の破損は通常のツールが使えなくなるのを意味する。
そうなると作業効率は一気に悪くなる。
Llnuxシステムであればパーティションで区切った/usr/sbin以下のツールを使う事になるのだが、通常の使い慣れたツールではないので、作業能率は格段に下がる。
それを慮ってEmacsenではなくvi系のエディタを常用する管理者もいるぐらいだ(もっともEmacsの代替としてnanoという小型エディタもあるが)。
「そもそもEmacsが使えないほどのトラブルを抱えたLinuxは修復するより再インストール・再設定した方がコストが安い」という向きもあるが、Linuxシステムは基幹業務のために運用されている場合も多い。即ち、クライアントPCのように、容易に「再インストールして復旧しました」という手は使えないのだ。それにRDBに蓄えられた巨大なデータ群を再構築するのは、時間的にあまり現実解とは言い難い。
という訳で、Linuxシステムの管理者には高度な復旧技術が求められる。これがGPLのいう「自己責任でご使用ください」の実態なのだ。
だからといってAS/400に運用面の利便さで分があがる、というものでもない。
AS/400の場合は外注業者がリモートで、その管理者の役割を担っているだけなのだ。この一面をもって、クライアント企業に負担を掛けない事によって「AS/400は堅牢で安定している」と判断するのは間違いだ。
結局、どちらのシステムを使っても、壊れる時は壊れるし、それを誰が直すかの違いでしかないのだ。
であるから「Linuxが飛んだら自分たちだけで解決してね」というの訳でもない。今回のようなLinuxシステムのトラブルの場合、ディストリビューションがRed Hat社製のなので、RedHat社の代理店に修復を依頼すればいい。RedHat社のLinuxシステムを導入する際の契約にメンテナンスの条項も入れてあるのが普通だ。
ネットに転がるLinuxシステムは、ほぼ全てがGPLで配布されている。ユーザサイドから見れば、どれも「自己責任でご使用ください」なのだが、そのユーザーサポートを担って一般企業に売り込みをかけているのがRed Hat社だ。
だからRHELユーザは、なにも無理してシステムの復旧を試みる必要はないのだ。
しかし、おれが見た範囲では、今回のネット周りのトラブルは、単にサーバだけのものでなく、ルータにもその調査対象が向けられている。
ということは、やはり外部からの攻撃があったと見るのが正しいだろう。
竹富部長が「導入以来、パスワードを変更していない」と言っていたが、それは世間的にはあまりに杜撰な管理と思われるだろうが、実際は同じ運用をしている会社もかなり多いだろう。この点において、確かに竹富部長に瑕疵はあるが、責め立てるのはお門違いだ。
外向きのサービスを提供している以上、こういったクラッキングの危険に、常に曝されていると思った方が良い。それより、今まで上手く稼働していた実績を褒めて欲しい。
相手が何を目的としてWRAPレコードに侵入を試みたか分からないが、WRAPレコードはただのレコードメーカだ。そのたかがレコード屋に侵入して何が得られるというのか? 無論社外秘のドキュメントは社内中にある。情報解禁前の宣材だったり、新アルバムのデモテープだったり、もちろん会社組織なのだから経理情報もある。
こういったデータを盗んでなんの利益があるというのだろうか?
見たところ、今回のネットワーク問題は、そういった会社の秘匿情報を狙ったものとは思われない。
やり方が正面突破なので、単純なクラッキングに見えるのだ。
犯人はこれといった目的意識もなく、ただ有名企業をターゲットとした、と判断する方が納得がいく。
今頃は竹富部長と相原さんとで、そのルータからの侵入者がWRAPレコード社内のどこまでの情報を不正入手したか、あるいは臨時に社内サービスを停止して情報流出を食い止めているのであろう。
この作業は慎重に手早く、正確に行わなければならない。というのも、社内向けといえ一時サービスを停止するのだ。業務の円滑な遂行に支障がでる。それを未然に防ぐのが本来のシステム部の仕事だ。
未然に不備が見付けられなかった今現在、社員には申し訳ないが回線の遅延には甘んじてもらうしかない。
不思議なのが外向きのルータだけに留まらず、社内向けのルータもメンテしている点だ。
いや、結果論で行こう。
クラッカーは外向けのルータの奪取に成功。社内のシステムを巡回走査しているうち、社内向けのルータも発見。そこにもクラッキングしたのかもしれない。
そういう事であれば印税管理部と経理部の回線遅延も説明がつく。
しかし、普通のクラッカーがどうしてルータを狙って攻撃してくるだろうか?
もしおれがそのクラッカーだったら、社内の共有ファイルサーバを狙うだろう。
そこのありったけのファイルをコピーしてきて「秘匿情報を公開されたくなければ身代金を寄越せ」と脅迫するか、共有フォルダを荒らしまくって元のファイルを再現不能にするだろう。
が、クラッカーはそうはしなかったらしい。
クラッカーの目的が愉快犯だとしても、ルータだけ狙うのは考えにくい。金銭目的なら前述の方法をとるだろう。
これもただの希望的観測か?
蓋は開けてなければ分からない。
こうしている間にも竹富部長と相原さんは黙々と作業を続けている。
今の作業はルータがらみだというのは容易に想像できた。しかも二人がかりだ。一方が外向きで他方が社内用とも思われる。
おれの希望としては社内用ルータのメンテは通常営業時間外にして欲しかった。何と言ってもこの年度末の時期に経理部の仕事が滞ってしまっては会社の運営に支障が来す。
まさか給与の遅配の原因になったりしないだろうな?
おれはブラウザにGoogleのURLを入れっぱなしにして、時折再読み込みをかけてみた。
当初は酷い遅延で、その次は接続断。このままじゃ仕事にならんと竹富部長を激励しにサーバルームに駆け込もうとしたが、止めた。
コンピュータの仕事は機械相手の仕事だ。叱咤激励して作業者の奮起で事が勢い良く前進するものではない。
ひたすら待つしかなかった。
その時間がじりじりする。
おれは仕事をしている振りをして竹富部長からの連絡を待った。
午後三時四十三分、竹富部長がサーバルームから出てきた。その足取りは重い。
何があったんだ?
竹富部長は真っ直ぐおれに向かってきた。
溜息を一つ吐くとおれに言った。
「いやー作業終了。ちょっと動作確認してみて」
おれはGoogle、Yahoo、Youtubeで適当に動画を開いた。
「問題ないですね」
「ああ、よかったあ」
「じゃ、復旧しましたのチャット、流しておきます」
「よろしく頼むよ」
「で、何が原因だったんですか?」
「ルータのルーティングテーブルの一部が書き換えられてた。元の設定に書き換えたら、書き間違えちゃってさあ……」
竹富部長らしくないミスだ。
「でも、もう大丈夫だね」
「そのようですね」
「いやあ、ちょっと休憩」
竹富部長はそう言うと、同じフロアの別室の休憩所へ向かった。缶コーヒーでも飲んで一呼吸するのだろう。
おれはまた全社に向けてチャットを流した。
「皆様
お疲れ様です。システム部吉岡です。
さきほどネット回線の復旧作業が終わりました。
長時間に渡りご迷惑お掛けしまし、申し訳ありませんでした。」
ここまで書いて送信ボタンを押した。
ここでおれはちょっとした思いつきの行動に出た。
おれはサーバルームに入った。
案の定、相原さんが黙々と作業を続けている。
「相原さん」
おれの声が意外だったらしく、態度には出さなかったが少々驚いたようだった。
モニタを見るとvimが起動しており、文頭には「#!/usr/bin/perl」とあった。何かしらのスクリプトを書いていたようだ。
「今夜、竹富部長には内緒で仕事の相談というか、指示を相原さんにしたいんですが、お時間ありますか?」
相原さんは単調な声で返事をした。
「仕事でしたらいくらでも。でも竹富部長に聞かれたくない事なんてあるんですか」
「あるんです。それに相原さんは竹富部長個人に雇われているんじゃなくて、株式会社WRAPレコードのシステム部に雇われてるんですよね」
「ええ。そうです」
「それじゃ私の指示で更に時間外労働という事で」
「その代わり、何時にここの仕事が終わるかお約束できませんが」
「全然大丈夫です! ミーティングルームは押さえておきますから。それから夕飯、奢りますよ」
普通の女性の中には「飯を奢る」言われると靡く人もいるが、相原さんはそうではないらしい。
相原さんはちょっと不思議そうに言った。
「仕事にかこつけてのナンパですか」
半分正解だ。
「半分正解です」
おれはつい馬鹿正直に言ってしまった。
相原さんは目だけで笑って見せた。
「ここの仕事が終わったらB2会議室へ来てください。あ、もちろん竹富部長には内緒ですよ」
「承知しました」
おれはそそくさとサーバルームを出た。自席に戻って数分すると、竹富部長が戻ってきてサーバルームに入室した。
今回の仕事の山場は実は今夜の相原さんへの指示かもしれない
しかし時間がない。草野社長と栗原専務の言っていた「一週間」では不足かも知れない。が、前に進むしかない。計画は綿密に、罠は巧妙に、そして迅速に。
今夜、おれは竹富部長に勝負をかける。
明日以降、それが上手くいくかどうか、それは相原さんの協力次第だ。
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