オカルト部の愉快な仲間たち


「桃園さんに……物部くんじゃないか! 久しぶり。来てくれて嬉しいよ!」


 オカルト部が部室として使っている空き教室に入るなり、ぼくに気づいた男子部員が顔をほころばせ、手を上げて近寄ってきた。


「中西先輩も受けたんですか? 脅迫」


 ザ、優男という見た目の彼は、部長目当てで入部した男子部員がほとんどの中、純粋にオカルトを愛する数少ない男子部員だった。ぼくにとって部内で先輩と心から尊敬を抱けるのはこの人くらいだった。


「ああ、それ男子だとぼくだけ受けてないんだよね。正直、ちょっと期待してたんだけどなでも怪奇現象チャンスはまだ続いてるからね。この時期にくるなんて物部くんもわかってるねぇ」


 ニコニコと肘で突っついてくる中西先輩に、いや、もう退部しようと思ってるんです、とは言えず、ぼくは曖昧な笑みを浮かべた。


 ぐるりと教室を観ると、もう一人見知った顔を見つけた。


「えっと、黒井もひさし」「どうして、どうしてわたしの前には訪れないんだ。おかしいおかしいおかしい。わたしが一番、一番オカルトを愛してるのにっっっっ」


 怪異も逃げ出しそうな血走った目で呪いを吐いているのはぼくのクラスメイトだ。

入学当初の自己紹介で、黒魔術で彼氏を召喚するとのたまったちょっとおかしな奴である。けれど、今は彼女の頭よりも、彼女が本当に悪魔を召喚してしまう可能性の方が心配になってくるのだから不思議なものだ。


 さて、なぜぼくが部室に来ているか。脅迫文から犯人が特定できなかったからである。


 昨晩、それぞれの脅迫文から痕跡を追い辿り着いた先は、すべてそれぞれの被害者の自宅だった。最初は自作自演を疑ったものの、部長が「集団催眠で根掘り葉掘り聞いたけど、部員は全員シロだったからそれはありえないよ」と言い出した。ぼくはドン引きした。


 まあそんなわけで、ぼくらは手がかりを求めて部室まで出向いたわけだ。


 「それにしても少ないですね」


 教室はガラリとしていた。もっとわらわらと群がってくるイメージだったのだが、今話した二人の他には、見覚えのない女子生徒がぷらぷらと足を遊ばせているだけだった。というか、こんな部員いたか?


「部員はシロってわかってるわけだし、あんまり居ても調査の邪魔になるだけでしょ? だから今日は部活は休みにしたんだよ」


 と言われ納得しそうになるも、休みだとするとなぜ彼らはいるのだろうかという新たな疑問が浮上する。


「今日いるのは部活関係なくポルターガイストに遭遇したい人ってこと。勝手に来るのは止められないから」


 ああ、なるほど。つまりここにいる人達は全員ガチの人、というわけだ。

 ぼくはちらりと机に腰掛けた見覚えのない女子生徒に目を向ける。というか、その派手なファッションピンクのショートボブが嫌でも目に入ってしょうがなかった。こんな目立つ髪の部員いただろうか? それともこれが夏休みデビューというやつなのか? と眺めていると、


「どうも、ビビビですナ」


 ぼくの視線に気づいたらしく、こちらを振り返った彼女は、およそ人の名前とは思えない自己紹介をした。怪訝な顔のぼくに気づいたのか、


「あれ、初めてなの? この子は新入部員の一年のビビビちゃん。今年の夏休み前に入部したんだ」

「ああ、そうなんですか」


 一年生なのか。こんな目立つ髪を全校集会でも見たことがないのだが、やはり夏休みデビューか。


「でも物部くん、ビビビちゃんと同じクラスなんじゃないの?」

「は? 違いますけど」

「えー、だって黒井ちゃんと同じクラスらしいから」

「黒井とは確かに同じクラスですけど」


 ぼくは黒井を見る。


「おな、同じクラスなのに、存在を認知されてないとか哀れだな。この、電波女」


 黒井が聞き捨てならない事を言いながら、ひひひと陰湿に笑う。


「うわぁ、物部くんサイテーだよ。確かに夏休み前に転校してきたって聞いてるけど、それでも一ヶ月も経たずこんな可愛い子を忘れるなんてっ」


いや、確かに教室だと寝ていることが多いものの、こんなインパクトのある奴を忘れるなんてあるのか? 

 髪は染めたで説明がつくものの、顔にもまるで見覚えがない。 狼男になった影響で記憶系統になにか悪影響でも出ているのだろうかとすこし不安になってきた。


「ふむ。モノベさん、あなた、最近どこかで頭をぶつけたりしましタ?」


 転校生かつクラスメイトらしいビビビの質問にすこし考え込む。


「別にないな」

「では謎の飛行物体に連れ去られタり?」

「あるわけねえだろ」

「ふむふむ、それは不可解ですネ。まあそういうケースもあるということにしておきマスかね」

 

 とビビビはなにやら小声でブツブツ言いながら、しきり頭を捻っていた。


 ……まあ、変なやつが多いのは、今に始まったことではないか。ぼくは他のメンツを眺めてそう納得することにした。


 それからぼくらの話題は、今回の脅迫状の送り主が、どうやって誰にも気づかれずに脅迫文を被害者の前に置いたかに移っていた。


「肉眼で見えない霊的ななにかがいる。それしかないよ。できればぼくに憑いてほしいんだけど︙︙霊感無いんだよぁ。いままで色んな心霊スポットに行ってきたけど、いっつもこういう霊障系、ぼくだけなんともないんだよね」


 これでも寺の修行体験とか行ってるんだけどなぁと中西先輩がため息をつく。


「私の日課の悪魔召喚が上手くいって、イケメン悪魔が召喚されたに違いない。そして私が気に食わない目障りだと思ってた男子共に罰を与えた。それ以外に考えられない」


 黒井はそうだそうに違いないとぶつぶつと自分の世界へと入り込んで戻ってくなくなった。


「ワタシにはわかりますとモ。ズバリ、光学迷彩ですヨ! 宇宙人の間ではマストアイテムデスからネ」


ビビビは「しかし、個人での使用は禁止されているはずですがネ。まったくとっ捕まえなくてハ」とプンスカと拳を握り込む。

 

 全く信じられないぜ。なにが信じられないって、彼らの推論をありえないと笑い飛ばせない自分が本当に信じられない。狼男になった弊害がこんなところにもあるとは。


 さて、持論を展開していないのは、ぼくと部長だけになった。


「部長はどう思います?」


 特に意見もないぼくは、とりあえずパスだ。先輩はうーんと頬に指をあてる。


「私は結構ビビビちゃんに近いかも」

「ホウホウ!」


 ビビビが嬉しそうな声をあげる。


「まあ私は光学迷彩じゃなくて、透明人間なんじゃないかって思ってるけど」

「ホウホウ……」


 声が沈んだ。鳥かよ。


「まあ、全員犯人が目に見えない存在ってのは一致しましたね」

「そうだねぇ。そうなると案外この教室にも居たりして」

「みんなでほうきでも振り回して確かめますか」

「それはナイスな考えですヨ物部さん」

「実体がない可能性もあるから、清めの塩をつけないとね」

「わたしの悪魔のイケメンフェイス、早く、早く見たい……」


 そう冗談めかしてぼくらが話していると、ガタッと音をたて、一つの机がひとりでに動いた。みんなの視線が、一箇所に集まる。


 風……なわけがない。エアコンのため窓は全部閉まっているし、エアコンの風が直あたりする場所というわけじゃない。そもそもエアコンの風程度で机は動かない。


 続けて、扉に近い方の机がまたひとりでに動く。まるで、焦って教室から逃げようと見えないなにかが動いているように。終いにガラリと勢いよく扉が開かれたのが決定打だった。


「追えー! 透明人間だ、殺せー!」


 部長が叫ぶ。殺しちゃだめだろう。


「どっち行ったかわかんないから二手に別れよ!」

「私ひらめきました! 両手を横に伸ばして走れば追いついた時わかりますよ!」

「イケメン、私のイケメン……ッ」


 廊下に出た三人の声と足音が遠ざかっていく。教室の中に残されたのはぼくと中西先輩だけだった。少なくとも見かけ上は。ぼくはすぐに開いた扉を閉める。それを見て、中西先輩も反対側の扉をとうせんぼうした。

 

 ぼくがもし犯人だったならなら扉だけ開いてここに待機する。で、バカどもが行ったあとで安全に脱出する。ぼくは手当たり次第に手を回すと、なにかに当たった。飛びかかった。触った感触はしっかりするらしい。

 

「痛い痛い痛い、痛いじゃないか。降参! 降参するからやめてくれ!」


 てっきり裸の人間が現れるというぼくの予想に反し、人間に見える男はしっかりと服を着ていた。この学校の制服だ。部外者だったら即通報だが、どうしたものだろう。


「とりあえず自己紹介してもらえますか?」

「私の名前は透。B大学一回生の、室伏透だ。そしてこのオカルト研究部の前部長でもある。つまりOBだ。決して部外者などではないのだよ君!」

「それで、許可はとってますか?」


 自称OBは黙ってしまった。やっぱり部外者じゃないか。

「そうだ中西くん、君は私のことを覚えているだろう!?」

「って言われてますけど。あの、中西先輩……中西先輩?」


 反応がない。顔をあげると、そこには目をうつろにして俯く中西先輩の顔があった。


「そんな、なんてことだ。人間が触れられる。つまり、幽霊じゃないじゃないか……」


 駄目だ、深い失望のあまりまるで使い物になりそうにない。



 喚く男をなんとか一人で抑えていると、ようやく息を切らせた部長たちが戻ってきた。


「あれ、もしかして透明人間って、室伏さんだったの?」

「ああ桃園くん!」


 男は部長が目に入った途端、嬉しそうに声をあげる。 顔見知りということは、OBというのもあながち嘘じゃなさそうだった。


「……なんだ、ステルス迷彩じゃなかったんですネ」


 ビビビは目が痛くなるようなファッションピンクの髪を指でいじくり、ガッカリした様子でつぶやいた。

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