過去に縋り付く大学生

「やっぱり。私の前に部長だった中西さんだよ。中西くんも知ってるでしょ?」

「あ、ああ。知ってます。すみません。幽霊じゃなかったってショックでそれどころじゃなくて」


 透明人間? の室伏氏は完全に部外者というわけではなく、昨年度卒業したこのオカルト研究部のOBであるのは本当らしい。現在は地元の大学の一回生とのことだ。まあだからといって制服を来て無断で入り込んだ不審者という現実は依然として揺るぎないわけだが。


ちなみに黒井は透明人間の正体が悪魔でもイケメンでもないことに気づき、舌打ちをしてそのまま帰ってしまった。ぼくもさっさと家に帰ってアカメと映画を観たい。


 しかし、野生の吸血鬼の次は野生の透明人間か。いったいこの街はどうなっているのだろうか。



「それにしても透明人間なんて非常識な存在が本当にいるとハ」

「本当、信じられないよねぇ」


 吸血鬼のくせしてしれっとそんなセリフを吐けるあんたのほうがぼくは信じられないよ。

 あとさっきから中西先輩は「幽霊……幽霊」とうわ言のように呟いている。そっとしておこう。


「あの、ひとまず透明うんぬんは置いておいて、どうしてわざわざ卒業した学校にきて後輩を脅すようなことをしたのか聞きませんか?」


 と、ぼくは控えめに手をあげた。当初の目的はそっちのはずだ。


「いやそれにはその、深い事情がだね……」


 もごもごと室伏さんは言い淀む。部長に催眠でもかけてもらえば楽なのだが……。ぼくの視線に気づいた部長は目を赤く光らせながら首を横に振った。催眠は効かなかったか。まあ、狼男であるぼくに効かなかったのだ。透明人間に効かなくても仕方がない。


 どうしたものかと考えあぐねていると、突如ビビビが、「ハァッ」と声を張り上げた。


「ビビッときましタ。見えル。あなたの思考が電波となって、はっきりくっきりと伝わってくルっ」


 どうやら頭がおかしくなったらしい。


「自分にも優しく接してくれる後輩、桃園恋華。わたしの青春は、ここからはじまるのかもしれない。そう思ったのもつかの間。無常にも、あっという間に卒業の時はきてしまう」


 唐突なモノローグが始まった。


「あの頃はよかった。もう一度戻りたい。彼女なら、やっぱり彼女しかいないのだ。そうして私は、懐かしい学生服へと手を伸ばした\……」


 くわっとビビビが目を見開く。


「あなた、大学デビューに失敗しましたね!」


 いやぁ、まさかそんな情けない動機なわけがないだろうと透明人間室伏さんの反応を伺う。


「ぐ、くうぅ!!」


 号泣寸前だった。泣きそうだった。この反応を見るに、まことに意味不明なことだがビビビの話は図星の可能性が高い。彼女には名探偵の素質があるのかもしれない。


「でもビビビちゃん。仮にそうだったとして、どうして男子生徒に脅迫文を送るなんて話につながるの?」


「密かに舞い戻った青春の場。しかし蓋を開けてみれば、そこには彼女にすり寄る大量の男子生徒が! 貴方は当然怒りに燃えたことでしょう」


「そうさ。君の言う通りさ。今まで生きてきた中で、ぼくに優しくしてくれた女性は母と桃園くんだけだったんだ! ぼくの青春は、ここにしかなかったんだ。なのに、彼女が入部したとたんに浅ましいモンキー共の入れ食い状態だ。ぼくと彼女の二人きりの時間はあっという間に終ってしまった。なのに、オカルトに興味もなさそうなモンキー共がベタベタと! そんなの許せない、ずるいじゃないか!」

「だ、そうですヨみなさん」


 そんな悲劇のように語られたところで、つまるところは部長にすり寄る男子を見て嫉妬したってだけだろう。ああ、だからオカルト一筋の中西さんや女子は被害に遭っていないのか。


「個人的に、女性に優しくされたいと言うのなら、まず女性を君付けするところから直すことをオススメしますヨ」


 というビビビのトドメの一撃によって、すんでのところで耐えていたダムが崩壊し、室伏さんは本格的に号泣し始めた。全面的におまえが悪い状態ではあるものの、なんだかあまりにもいたたまれない。部長なんて号泣する彼に声をかけることもせず、「これで一件落着だね!」って満面の笑みを浮かべてるんだぜ? 鬼だよ。


「あの、せっかく透明になれるんなら、それを活かして大学でなにかしてみればいいんじゃないですか。例えばほら、マジックとか」



 服を着ているってことは、自分以外のものも消せるってことだろう。物を消したり、物体を空中に浮かせてる風に見せたり、長距離をいつのまにか移動したように見せかけたり。なにせ種も仕掛けもない本物のマジックだ。大学生は飲み会やパーリナイに勤しむ生物らしいし、それで青春できるかは置いておいて、良い話のタネくらいにはなるんじゃなかろうか。


 狐につままれたような表情になった室伏さんがよろよろとぼくの方へと歩き寄ってくる。


「そ、そそ」

「はい?」


 彼は戸惑うぼくの肩を両手でがしっと掴み、その涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をぐいっと近づけてくると、


「そ、それだーーーー!!」


 と叫び声をあげた。


 こうしてオカルト部のポルターガイスト騒動は幕を閉じた。

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