命名の儀

今日も今日とて、部長はもはや当たり前のように我が家に転がり込んで少女をいじくり回している。


最初は部長にいじられると怯えた様子でぼくに助けを求めてきた少女だが、さすがに度がすぎると怒るくらいには部長に慣れたらしい。今では多少弄られるくらいじゃものともしないようになっていた。


「うー!」


が、今まさに度々ちょっかいをかけてくる部長に耐えかねたらしい少女が手を広げて部長を威嚇している。


「ねえ弘明くん。そろそろこの子の名前決めてあげない?」



 正直、ぼくも名前がないのは不便だなと思っていた。ただ、吸血鬼とはいえ子供には当然親がいるはずで。赤ちゃんならともかくここまで成長していたらすでに名前がついていそうな気もする。


「もう名前があるかもしれませんよ。ぼくらが知らないだけで」

「もしそうなら本当の名前がわかるまでの仮初の名ということにすればいいよ。本当の名前があるなら、そっちは吸血鬼の真名ってことにすればかっこ良くない?」


 それは確かにかっこいい。まあ、記憶喪失だからなあ。仮の名は必要かもしれない。


「それなら、名前決めますか」

 ただ、急に名前と言われても特にこれというものは浮かばない。


「見かけは外人っぽいので、カタカタの名前にしたほうが違和感ないですかね」


 実際は外人じゃなくて人外なんだけど。


「あー、それはそうかも。じゃあ牙が生えてるからキバコちゃんとか!」

「バリバリ和名じゃないですか……」

「まあカタカナにすればオッケーオッケー」


 確かに外人っぽいからと英語らしい名前にこだわる理由もないか。むしろ、ここは日本なのだから、英語っぽい名前のほうがむしろ浮いてしまうのかもしれない。


部長とぼくとで名前の候補をいくつか紙に書いて箱に入れ、くじびきを行った結果、少女の名前は『アカメ』に決まった。


「あー、わたしの書いた名前じゃなーい」


部長ががっくしとうなだれる。


 そう、これはぼくが考えた名前だった。部長の書いていた『ミルク』と『ブラッドレディ』にならなくてよかったと内心ホッとしている。


 ちなみに名前の由来は目が赤いから。ぼくも大概だけど、部長よりはマシだろう。

「というわけで、おまえの名前は今日からアカメだ」


「ああう……」「ああう!」「ああう!」


 アカメは自分のことを指差して、何度もそう叫ぶ。多分、覚えたと思う。


 一応「あ」と「う」以外の発音練習も毎日しているのだが、成果はまだ出ていなかった。

 

 自分の名前を反復している(と思う)アカメは、心なしか嬉しそうだ。少なくとも、アカメという名前は嫌がられることなく受け入れてもらえたらしい。


「アカメちゃーんおいで」


 手を叩いて自分の名前を呼ぶ部長に、アカメはすっとぼくの背中に隠れた。


「あれー、まだ名前覚えてないのかなー」


 部長は首をかしげた。多分そういう問題じゃないと思う。


 部長は懲りずにまた「アカメちゃーん」と手を叩く。


 アカメはぷいっとそっぱ向いて、おしゃぶりを咥えた。


「あんまり構うと嫌がられますよ」


 というか、すでに大分嫌がられてるからこの忠告は手遅れかもしれない。


「えー嫌がってるのが可愛いんだよー。もっといじめたくなっちゃうよね」


 確信犯だったらしい。なんとも趣味が悪いというか性格が悪いというか。まあ部長は色々悪いことだらけの悪女なので今更か。


「部長は妹や弟ができたら嫌われるタイプですね」

「えー、よくわかったねえ」


 どうやら部長には妹もしくは弟がいるらしい。ぼくは見ず知らずの部長の兄弟にすこしばかり同情した。

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