身体測定

「さて弘明くん。この部屋のどこかにわたしの服を隠しました。匂いをたどって見つけてみてください」

 部長がアカメをお風呂に入れてくれたあと、外に出ていたぼくが部屋に戻ってくるなりそんなことを言いだして、思わず「は?」とマジトーンの声が漏れた。


「ぼくは犬じゃないんですが」

「狼も犬も似たようなもんだよ。ほら早く変身して」


 部長は懐中電灯の光をぼくの目に照射する。若干イラっとしながらも、ぼくは狼に変身した。


 ぼくは無理に決まってるだろうと思いながらも鼻に意識を集中して、ぎょっとした。


 色のついた煙のようなものが、急に視界に映ったから。


「なんだ、これ」


 その煙をたどると、キッチンの棚へと続いていた。開けてみると、そこには女物の上着が置いてあった。


 つまり急に視界に映ったこの煙は、匂いを可視化したもの……なのか?



 色々と検証したところ、狼に変身しなくても、かなり嗅覚が鋭くなっていることがはっきりした。


 また、詳しいことはわからないが、ある匂いを辿ろうと意識すると、煙のようなものが可視化される。これは、狼に変身しなきゃ無理だったけど。


 あの煙は、嗅覚というよりも部長が使う催眠や怪力と同じ異能のようなものだと思う。匂いがどうこうという範疇を超えて、そのものに残った痕跡から、本体の場所を繋いでいるような、そんな感覚だった。


 ぼくは以前部長が持ってきてくれた、アカメが最初に来ていたドレスの匂いを辿ってみる。煙は、アカメと部長にしか続いていない。母親……かはわからないけど、元の持ち主の匂いは残っていないようだった。


「手がかりにはならないか……。ごめんなー」


 アカメの頭を撫でる。


「あー?」


 アカメはきょとんとした顔をしていた。


 狼男は吸血鬼と違って、一定時間しか変身できない代わりにデメリットが少ないと思っていたぼくだが、先日意外なデメリットを見つけてしまった。


 人間のときでも、鼻が敏感すぎるのだ。


 その日、ぼくは二駅離れた場所にある図書館に行こうと電車に乗った。


 しかし乗って数秒でぼくは酔ってしまった。


 乗り物ではなく匂いに酔ったのだ。自分の向かいの席、あとは三つ前の席、果ては隣の車両。色々なところから漂う香水や整髪料の匂いが混ざり合って、ぼくは耐え難い気持ち悪さに襲われた。すぐに電車を降り、ぼくは駅のトイレで嘔吐した。


 香水の匂いで気分が悪くなる人がいるというは聴いたことがあるが、その延長線なのだろう。マスクで対策することでいくらかマシになったものの、これはきつい……。もともと人混みは好きじゃなかったが、これからは徹底的に避けた方が良さそうだ。学校が始まったらどうなってしまうんだろうか。


 クラスのワックスをつけてるイケイケ系の男子や、制汗剤をよく使う運動部の女子を思い浮かべて、ぼくはげんなりした。



「大丈夫ですかね。この姿観られたらヤバいどころか、最悪ショック死する人もいると思いますけど。」


 部長に「狼男の身体能力を確かめよう!」と連れ出された深夜の公園。狼男に変身したぼくはきょろきょろと周りを見渡した。


「大丈夫、近くに設置してあるAEDの場所は覚えてるから」

「それ、相手が心停止する前提じゃないですか」


ドラゴンボールがあれば生き返れるみたいな楽観的思考はやめて頂きたい。


「それに弘明くんなら匂いで人が近づいてることを察知できるんじゃないの?」

「ああ、確かに」


 そんな便利な使い方もあったのかとぼくは関心した。なるほど、それなら心置きなく狼男の力を試すことができそうだ。



体を動かすと、まるで自分のものじゃないように体が軽かった。ジャンプは空高く飛び、走ればワールドレコードを軽々と超えてしまった。握力測定代わりに小石を握りしめれば、パキリと割れた。


「これは、まさに怪物って感じですね」


 人の域を明らかに超越した能力だ。


「どう力加減はできそう?」

「多分部長と同じだと思います。必要だと思ったら使える感じで」


 だから我を失うようなことがなければ、暴発してしまう心配もないだろう。


「それにしても、なんで狼男なんですかね」


 吸血鬼に噛まれたら、吸血鬼になりそうなもんだが。


「女は吸血鬼で男は狼男になるとか?」

「うーん、色んな可能性があるけど、確かめるには新たな犠牲者が必要だからねー。どこかに死にかけた人でもいれば、人名救助と銘打って実験できるんだけどなあ」


 部長はマッドな考えを垂れ流した。

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