谷 和弘 5
何だったんだろうか……
相馬が窓から落ちていくのを見て、華奈ちゃんは短い悲鳴をあげ気絶してしまう。
奇しくも、そのおかげで身体が動いた。
急いで窓に駆け寄り下を見るが、ここからではよく見えない。
部屋を出て廊下を走る。
「なんで……相馬…………」
エレベーターがなかなか来ない。
こんな時に……
待っていられない。
諦めて階段に向かう。
肺が痛い。
こんなに走るのなんていつ以来だろうか。
すれ違う人が驚いている。
申し訳ないけど、今はそんなことにかまっていられない。
1階まで一気に駆け降りた。
俺らのクラブ室があるのは東側。
5階の窓からでも見える大きな木が目印になるのですぐに部屋の真下がわかった。
壁に手をついて呼吸を少しでも落ち着かせながら辺りを見回す。
相馬は、いない。
周りの学生たちも、何事もなかったように歩いている。
むしろ、息を荒くしている俺のことを不思議そうに見ている。
確かに、落ちるのを見た。
俺が寝ぼけてたわけじゃない。
華奈ちゃんは悲鳴をあげて気絶しているんだ。
絶対に夢なんかじゃない。
どこか途中の階に引っかかった?
上を見上げると、5階の窓からこちらを見ている池町と目があった。
途中に、引っかかるような所も無い。
絶対に、夢じゃない。
---------------------
訳がわからず呆然としながらクラブ室へと戻ると、床に横たわった華奈ちゃんを介抱している松岡がいた。
「あ、谷さん……」
池町に聞いたのだろうか。
松岡も何とも言えない顔をしている。
俺は、何も返せず椅子へ座り込んだ。
誰も喋らない。
沈黙がしばらく続いた。
「……ん……あれ?松岡くん?」
華奈ちゃんが目を覚ました。
「わたし、寝ちゃってた?あれ?なんで床に?」
「そうだ。松岡くん、私すごい怖い夢見ちゃったんだ。みんなで動画見てたんだけど、相馬さんがね、急に---」
話していて、思い出しつつ部屋の変な空気を感じたのだろう。
言葉が止まる。
「夢、ですよね?」
「…………………」
「だって、相馬さん……窓から…」
「………………夢かもしれない」
「……は?3人揃って同じ夢を見たって?そんなわけないでしょ!」
「じゃあなんで下に相馬の死体がなかったんだよ!お前も上から見てたよな?死体どころか血の跡も無いし、誰も騒いでない!現実じゃないとしか思えないだろ⁈」
「え?相馬さん……落ちたんじゃ?」
「わからない。急いで下に見に行ったけど、相馬はいなかった……俺ら、本当に同じのを見てた、んだよな?」
話したって何も解決はしなかった。
だって、誰にも理解できないことが起きたのだから。
夢だと、信じたい。
どちらかなんてわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます