谷 和弘  4


相馬は、そのまま窓際の席に座って携帯をいじりはじめてしまった。

聞いても、何も答えてくれなさそうだ。

とりあえず、話を松岡の事に戻す。


「じゃあ、もう少ししたら松岡も来るんだよね?準備だけしとこうか。今回のはマジで早くみんなに見てもらいたかったんだよね!」


「あ、それなんですけど、なんか観ちゃっていいって言ってましたよ。相馬さんが気利かせてくれたからって。最後それだけ言って電話切っちゃったからよくわかんないんですけど……」


「なにそれ?相馬なんか言ったの?」


「…………え?あぁ、そう。松岡は大丈夫だから先に見ちゃおうぜ」


大丈夫って、なにが大丈夫なんだろうか?


でも、良いっていうなら先に観るか。

どうせ巻き戻したりで何回か観ることになるだろうし、そのうちに来るだろう。


持ってきたノートパソコンをモニターに繋いで動画を準備する。


「じゃあ、いい?とりあえず再生するよ?」


皆の顔を伺う。

なんだ、相馬元気ないと思ったけど、楽しみにはしててくれたんだな。



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始めは映っていた手のことは何も言わずに、そのまま再生した。

単純にわいわい見返すだけでも楽しいから。


脱衣所のシーンになっても、誰も映っている手の事に触れることはなかった。

気づかなかったかな?


そのまま子供部屋、寝室、廊下での待ち、動画は進んでいく。


「えっ⁈」


帰るために1階のリビングに降りたシーンで、池町から声が上がる。


「え?なに?」


「なんです?何か映ってました?!」


「え……今ソファーのとこ……」


え?

ここにはなにも映ってなかったはず。

見落としてたのか?


「相馬さんはわかり----え?ちょっと!なにしてるんですか!」


急な大声に驚き、華奈ちゃんを見るとすごい形相で窓の方を見ている。

華奈ちゃんの見ている方へ顔を向けると、

いつの間にか開けた窓に、外へ足を出す形で座っている相馬がいた。


見た瞬間、意味がわからず言葉が出てこなかった。

相馬はまっすぐ前を見たまま、何かブツブツと呟いている。


「なに……してんの?」


かろうじて声が出た。

すぐに近づいて部屋の中へ引っ張り込まないと。

ここは5階だ。

落ちたら怪我どころの話じゃない。

頭ではわかっているのに、何故だか身体が動かない。

他の2人も動こうとしない。


「……--……-…」


「…………え?」


相馬の声が段々と大きくなっていく。


「……らな……」


「か……なきゃ」


「かえらなきゃ」


「帰らなきゃ」


「帰らなきゃ」


「帰らなきゃ」


あれは、相馬、なのか?

『帰らなきゃ』

ひたすらそう言い続ける。


「帰らなきゃ、帰らなきゃ、帰らなきゃ、帰らなきゃ、かえらなきゃ、かえらなきゃ、かえらなきゃ、カエラナキャ、カエラナキャ」


声が、

相馬の声とは別の、声が聞こえる。

まるで、たくさんの人が一緒に言っているみたいに。


次の瞬間、急に相馬が口を閉じた。


静かな時間が過ぎる。

数秒なのか、数分なのか、時間の感覚がわからない。

誰も、何も、言わない。

目は相馬から離せなかった。


ゆっくりと


本当に、少しずつ


相馬が顔だけこちらを向く。




「…はやく……帰らなきゃ……」




泣き笑いのような顔を浮かべ、

窓の外へ、落ちていった。





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