第3話
この日も、美沙は幼稚園バスで帰ってきた紗那を家の前で出迎えた。
普段なら、先生と挨拶して、すぐにバスは出発する。しかし、この日は先生が玄関先まで紗那を連れてきて、唐突に頭を下げた。
「申し訳ありません」
紗那は居心地が悪そうに、美沙の後ろに隠れて、ぎゅっと服を握った。
「何か、あったんですか?」
美沙は不安が顔に出ないよう、努めて冷静に問う。先生の表情は曇っていて、美沙の頭の中を様々な事態が過っていく。
「今日、クラスの子が紗那ちゃんをからかって、泣かせてしまったんです」
「ああ、そうだったんですね」
ケガをした、ケガをさせたという話ではないことに、一旦胸を撫で下ろした。
「何があったんですか?」
「それが……紗那ちゃん、今日は全然クラスの子と遊ばなくて。クラスの子も、何度か紗那ちゃんを誘っていたんですけど、紗那ちゃんはその度に『けんちゃんと遊んでるから』と言って、断っていたようなんです」
美沙は背中がスッと冷えた。
「……それで」
「そのうち、一人が『さなちゃんはおかしい』と言い始めて、その言葉がクラスに広がってしまったんです。みんな、紗那ちゃんを傷付けようとしていたわけではないんですが、やはり紗那ちゃんは傷付いて、泣き出してしまいました。私がみんなを注意して、その場は落ち着いたんですが、紗那ちゃんは納得できない様子で」
美沙は言葉を探したが、うまく見つからず、唇を噛み締める。
「『けんちゃん』なんて、いないんです」
「わかっています」
先生の言葉に、美沙は頷く。クラスの名簿には無い『けんちゃん』は、他の子には視えない子だと気付いていた。
しかし、それを紗那に説明することが難しく、後回しにしていたのだ。紗那が傷付いたのは、クラスの子のせいではない。自分のせいだ。美沙はそう思い、後悔し、自分を責め始めた。
「うまくフォローしてあげられず、申し訳ありませんでした」
改めて頭を下げられ、美沙も頭を下げ返すことしかできなかった。
霊が視えることを理解してくれる人がどれくらいいるのか、見当もつかない。美沙の周りで霊が視えるのは自分と紗那だけなのだから。
テレビで心霊特集をやっていることもあるし、YouTube等で心霊系のチャンネルがあることは知っている。だから、ある程度は認知されているだろうし、理解がある世界になりつつあるのだろう。
でも、それは有名な人だから、受け入れられているに過ぎないのではないだろうか。視えない人にとって、未知の世界だから興味があるだけで、実際には受け入れてもらえないのではないだろうか。
強い猜疑心が、美沙の不安を煽り、一番守りたいはずの紗那を守ることができなかった。
「あと、これを言ってもいいのか、迷ったんですが……」
先生の言葉の先を予感し、美沙は紗那の両耳を覆った。
「紗那ちゃん、精神的に不安定になっていて、架空の友達を作ってしまったんじゃないかと思うんです」
「そう、かもしれませんね。紗那とよく話をしてみます」
先生は心配そうな表情を浮かべたものの、それ以上は何も言わず、頭を下げてバスに戻っていった。美沙は紗那の手を強く握り、家の中に入った。
靴を脱ぐことも忘れ、美沙は紗那の身体をぎゅっと抱き締める。
「ママ?」
この突然の行動に、紗那は不思議そうに首を傾げる。
「紗那……ごめんね」
「ママは何も悪いことはしてないよ?」
「ううん、ママが悪かったの。ずるかったの」
頬を伝った涙を気付かれないように拭う。
「紗那に大切な話をしなくちゃいけないの。でも、少し待ってくれる?」
今すぐに話さないことを不思議に思うかもしれない。そう心配したが、紗那は素直に頷いた。
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