第2話
翌日は秋晴れの心地良い日となった。休日ということもあり、三人は少し遠くにある大きな公園へピクニックに行くことにした。美沙が早起きして作ってくれたお弁当を持ち、紗那のお気に入りの帽子も忘れないように被せた。
目的の公園は自然豊かで、季節ごとに変わる花々に、木陰を作ってくれる大木、青々と茂った芝生は寝転ぶと気持ちがいい。三人のお気に入りの場所だ。
ピクニック日和ということもあり、公園は人で賑わっていた。あちらこちらから楽しそうな笑い声が聞こえ、その雰囲気だけで、こちらの心も躍り始める。
「パパ、見て! きれいだよ」
悠人は紗那の声に我に返り、彼女の指差す方へ視線を遣った。秋の花が咲き誇る花壇が広がっている。色とりどりの花の間を蝶々が舞い、風が薫りを運んでくる。悠人は大きく深呼吸をした。
「そうだね。きれいだね」
「ちょうちょもかわいい!」
はしゃぐ紗那と手を繋いでいる美沙が空を見上げ、大きく息を吸った。
「空気も気持ちいい」
悠人は美沙の言葉に頷き、同じように空を見上げた。どこまでも続く青空に、ひつじ雲が浮かび、優しい陽射しが世界を照らしている。
「こんな日が、ずっと続けばいいのに」
そう言った美沙の声に切なさが混じっている気がして、悠人は美沙に視線を戻した。美沙はまだ空を見上げている。その横顔に陽が当たり、もともと美人な美沙がさらに美しく見えた。横顔からは、切なさは感じられない。視線の先に清々しい空が広がっているだけだ。
「うん、続くといいね」
悠人が返事をすると、美沙は悠人を見つめ、微笑んだ。悠人はその笑顔に違和感を抱いた。いつものかわいい笑顔だ。どこにもおかしなところはない。
しかし、美沙の目の奥に隠された思いがある気がして、悠人は口を開いた。
「美沙、どうかした――」
「ママ、あの人、どうしたのかな?」
悠人の言葉は紗那に遮られ、行き場を失った。何かあれば、また話してくれるだろう。悠人と美沙は付き合い始めてからずっと、隠し事はしないこと、思っていることは溜め込まずに話すこと、と決めている。美沙が言って来ないということは、まだ話すタイミングではないのかもしれない。そう考え、悠人は紗那の方へ意識を移した。
紗那の指の先には、大きな木が立っている。そう。木があるだけで、悠人から人の姿は見えない。
「紗那、どこ?」
「あの木の下だよ。女の人が一人で立ってるの」
そう言われ、悠人はもう一度、紗那の言う女性の姿を探したが、やはり見当たらない。
「ねえ、ママ。あの人、なんだか悲しそうだよ。大丈夫かな?」
美沙は紗那の隣にしゃがみ、小さな背中に手を添えた。
「誰かを待っているのかもしれないね」
「ずっと待ってるのかな。だから、悲しいのかな」
「そうかもしれないね。ちょっと遅刻しているのかもね。あんまり見ていると、あの人も恥ずかしくなっちゃうから、そっとしてあげようね」
紗那は美沙の言葉を呑み込むのに、少し時間をかかった。
「……うん、わかった」
恐らく紗那が放っておけないと思わせるような雰囲気を漂わせているのだろう。無理やり納得したような様子が心配になり、悠人は美沙に視線を遣った。悠人の視線に気付いた美沙は、困ったように肩を竦める。そこでようやく、悠人は確信した。
「俺には視えない存在、か」
悠人の小さな独り言は、二人には聞こえなかったようだ。美沙が紗那の気を逸らすため、手を引き、歩き始めた。悠人は僅かな疎外感を抱きながら、その後ろを着いていく。
美沙と紗那の秘密。それは、幽霊という存在が視えることだ。もちろん悠人には視えない。それどころか、美沙と出逢うまで、幽霊の存在に懐疑心さえ抱いていた。
美沙から初めて『幽霊が視える』という話を聞いたのは、何度目かのデートの時だった。二人で歩いていたら、突然、美沙が何かに驚いて、
周りには誰もいないし、車も通っていない、夜の横断歩道でのことだ。当然、悠人は意味がわからず、反射的に抱き寄せた美沙の肩を
そこで聞かされたのが、幽霊が視えるということと、今、美沙が視たことだった。
男性が走って横断歩道に飛び出し、車に撥ねられ、何メートルも飛ばされたシーンだったという。悠人は信じることができなかったが、美沙が嘘をつかない人であると知っていたし、何より顔面蒼白で震えている美沙の様子は異常だった。
それからも、時折、似たようなことがあった。
美沙はあまり話したがらないから、悠人が知るよりも視ている回数は多いはずだ。加えて聞いたのは、美沙にははっきり視え過ぎて、幽霊と人の区別がつかないということだった。
大人になるにつれ、なんとなくわかるようになったが、意識していないと区別できずに、混乱するらしい。そんな力を、紗那は受け継いだ。
紗那はまだ幼く、人と幽霊の区別がついていない。ただ、区別の仕方を教えたくても、言葉で説明することができずに教えられないのだと、美沙はずっと悩んでいる。
そこに悠人の出る幕はなく、悩む美沙を慰めることと、紗那を混乱させないように、紗那が幽霊の話をしていると気付いた時は口を噤むことしかできないでいる。
この時、二人が視た幽霊は木の下で佇む女性だったと知ったのは、夜になってのことだった。
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