第13話
サーシャ・ハミルトンはマリアベール・アラベスク公爵夫人や自分の母親とお茶会で会話をしていて、少し心がざわついていた。
サーシャが弟のラルフロッドとカーミラ・アラベスク公爵令嬢の顔合わせに無理を言ってついてきたのは、ラルフロッドと離れたくないためだ。
この「離れたくない」というのは単なるこの顔合わせの期間という時間的・空間的なことだけではない。
王太子の誕生会の時や、カーミラ様とアラベスク公爵とカフェで会ったときのカーミラ様を見て、ラルフロッドや両親だけで、アラベスク公爵家を訪れたら、もうラルフロッドはサーシャの事を見なくなると思ったのだ。
サーシャはラルフロッドの事を愛している。
だけど、結婚とか子供を作るなんてことはできない。
サーシャだって、そんなことは分かっている。
愛って難しいな。
私もカーミラ様のように、ラルフロッドと結婚とかできるような関係だったら、良かったのにな。
サーシャは、紅茶が入ったカップを手に持って、はしたないとは分かっていたけど、スプーンでグルグルとかき回していた。
カップの中で揺れる紅茶がサーシャの心を表しているようだ。
アラベスク公爵夫人のミレイ様が、そんなサーシャの様子を見て、話しかけてくる。
「ごめんなさい。ハミルトン伯爵夫人とばかり、話をしていたからサーシャ様を退屈にさせてしまったかしら?私としたら、ホスト失格ね。」
サーシャは慌てて、
「いえ、私はお茶会にあまり参加したことがなくて、不慣れで申し訳ありません。」
母親のマリアベールも、
「この子は家でも剣術ばかりで、不作法で申し訳ありません。」
アラベスク公爵夫人は、頭を下げる2人を問題ないというように、手で制して、
「いえいえ、批判をしているわけではないのです。こちらこそ退屈させてしまい申し訳ありません。」
サーシャも慌てて、
「いえ、退屈なわけではなくて、ラルフロッドのことが気になっていて。」
アラベスク公爵夫人は、サーシャの言葉を聞いて、あらっと笑って、
「噂には聞いていましたけど、やはり、サーシャ様は弟さんのラルフロッド様のことが大好きなのですね。」
アラベスク公爵夫人の言葉に、母親のマリアベールが頷き、
「はい。私が言うのも何ですけど、ハミルトン伯爵家は家族愛に溢れていますけど、特にサーシャはラルフロッドの事を溺愛していまして、小さな頃から何処に行くのも一緒でして。」
サーシャは母親の言葉に昔を思い出す。
〜〜〜〜〜〜〜
サーシャが部屋に入ると、ラルフロッドがベッドの上にいて、お昼寝から起きたばかりなのか、少しボーッしていた。
サーシャが部屋に入るとラルフロッドはにぱーっと笑って、
「お姉様、おはようございます。」
サーシャはラルフロッドが言う「お姉様」がまだ舌っ足らずで「おねえたま」に聞こえるのが、可愛らしくて、気に入っているので、ラルフロッドにはお姉様と呼んでってお願いをしているのだ。
ラルフロッドは小さな頃は、例えお昼寝でも一度寝て起きたら、翌日と勘違いしていて、おはようと言っていたのだ。
「うん。ラルフ君、おはよう。お庭にね、綺麗なお花が咲いていたの。お花、見たくないかな?」
ラルフロッドはうーんと少し考えて、
「うーん。ちょっと見たい。」
と言ってきた。
サーシャは知っているのだが、ラルフロッドはそんなに花を見るのが好きではない。
だけど、サーシャが見たいと言っているから見てみようと思ったのだろう。
すると、サーシャが、
「じゃあ、お菓子を持って行って身見に行こうか?」
サーシャがそう言うと、ラルフロッドは、
「お菓子!食べたい!」
ラルフロッドはとても喜んでいた。
やはりどう見ても、花を見るよりはお菓子を食べる事を喜んでいる
サーシャはメイドに頼んで、お菓子
を包んでもらい庭に出ることにした。
ラルフロッドは姉のサーシャがとてもお気に入りだ。
何処に行くのも一緒、夜、寝るときも一緒のことが多いのだ。
普通は母親に懐くところを姉であるサーシャに懐いているみたいだ。
姉であるサーシャが剣術のトレーニングなどで居なくなるとラルフロッドは寂しくなって、サーシャを探しに歩くこともあった。
「お姉様、お菓子楽しみだねぇ。」
ラルフロッドは花を見ることは忘れて、お菓子を食べることを楽しみにしている。
サーシャはラルフロッドが楽しみにしているなら良いかなと思い、花を見ることは諦めて、庭にある適当な石の上に座り、ラルフロッドと2人でメイドが包んでくれたクッキーを食べた。
「お姉様、美味しいねぇ。」
ラルフロッドがニコニコしてクッキーを食べている。
ほっぺにはクッキーのカスが付いている。
「ほら、ラルフ君、ほっぺにクッキーがついているよ。」
サーシャがほっぺのクッキーを取ると、ラルフロッドは、
「お姉様、ありがとう。お姉様はいつも優しいね。」
サーシャはにっこりと笑い、
「うん。ラルフ君もいつもかわいいね。ずっと一緒に居ようね。」
サーシャがそう言うと、ラルフロッドはニコニコして、うんと頷いていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は昔を思い出すと、やはり、まだカーミラ様には、ラルフ君は渡せないなぁと改めて思う。
だけど、いつかはラルフ君の隣には、私ではなくてカーミラ様がいるだろう。
ひょっとしたら、その時にはラルフ君やカーミラ様の腕の中には、2人の間にできた子供がいるかもしれない。
カーミラ様は羨ましいなぁ。
素直に気持ちを出せて、そして、ラルフ君のの隣にいることを周りの人に勧められたり、喜ばれたりして。
私はアラベスク公爵夫人と母親の話をしているところを横目で見ながらカーミラ様を思う。
私も小さな頃の約束のようにラルフ君と結婚したり、ずっと一緒に居たいなぁ。
いや、それとも、ラルフ君を超える人が私の前に現れてくれるかな?
そうしたら、ラルフ君はちゃんと嫉妬してくれるかな?
今の私のように。
私の持つ、カップの中の紅茶は、今は揺れていない。
そこには、少し寂しそうだけど、少しだけ、スッキリとした私の顔が映っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます