第6話


僕はメイドさんにアラベスク公爵邸内を道案内され、カーミラ様と庭に移動する。前を歩くメイドさんは姿勢がよくて綺麗な感じだったけど、無表情で冷たい感じだった。

自分からはほとんど喋らないけど、話しかけられると答える感じだけど、僕にはまったく喋りかけてくることはなく、逆に少し睨まれるくらいだった。


僕は、このメイドさんとはまったく会った記憶がないので、僕のことを嫌う理由はわからないので、不思議に思ったけど、僕は万人に好かれようとは思ってはいないので、害がなければ良いかなと思って、メイドさんとは話さないようにしていた。


そんな不思議なメイドさんに、案内されながら、僕とカーミラ様はゆっくりと歩きながら庭に植えられている花々を眺める。


僕は花や植物を見るのは嫌いじゃない。

植物の中には、薬の元となる種類もあるので、採取する。


僕は領地では産業として薬草栽培を検討しているので、このように、自生している植物を見ていると食性が気になるのだ。

 


ここはアラベスク公爵邸内なので、危険はないと分かってはいるけど、カーミラ様をエスコートしながら庭を歩く。


しばらく歩くと、目の前に別れ道があり、右側の道は短い下り階段があり、左側の道は緩やかに傾斜している下り坂だった。


僕が前を見るとメイドさんが何故か少し迷った感じで止まったと思ったが、すぐに歩き出して右側の階段のある道を通った。


カーミラ様は公爵令嬢ということもあり、かなり高価なドレスを着用されていたので、足元が見えずに階段を踏み外すかもしれないので、僕は、カーミラ様よりも先に進んで階段を降りつつ、カーミラ様に向かって手を差し出した


もちろん、カーミラ様は僕が手を出した意味を分かったのか、僕の手を取り、


「ありがとうございます。」


と頬を赤らめながら、僕にお礼を言って、階段を降り始める。


カーミラ様が無事に階段を降りたので、僕が前を向くと、メイドさんが、よしって感じで拳を握っていた。そして、一仕事しましたという感じでニヤリと笑っていたので、僕はこのメイドさんって、笑うことができるのか、という感じで見てしまった。


僕の視線に気付くとメイドさんは一瞬、しまったという顔をしたが、すぐに元の無表情で冷静な感じに戻り、また前を向いて歩き出した。


そして、ドレスを着ているカーミラ様を気遣ったのか、少し庭を歩いたら、僕たちを応接室に案内して、僕たちが部屋に着いて、椅子に座ったら、メイドさんは手馴れた手つきで僕たちに紅茶を入れてくれて、美味しそうなクッキーを出してくれた。


僕は出されたクッキーを見ると美味しそうだが、カフェに出てくるようなクッキーとは違い、やや形が歪な感じだった。


すると、カーミラ様は少し顔を赤らめながら、


「実はあの時、ラルフロッド様にお会いした時から、私も辛い物だけでなく、苦手な甘いお菓子も食べるようになったのです。王太子妃教育の時は、健康管理のために、甘いお菓子は身体に良くないから、とんでもないって教師や王妃様から言われていましたけど、婚約破棄してからは、太らない程度に食べるようになりました。そうしたら、先ほどから私達の道案内をしてくれていた私の側付きメイドのフラウが簡単なお菓子を作ってくれるようになったのです。」


カーミラ様の言葉で、僕は先ほどのメイドさんを見る。

するとメイドさんが、無表情ながら頭を下げる。


僕もとりあえず頭を下げる。

カーミラ様はその様子を見てクスッと笑い、


「フラウは私が太らないように砂糖を少なめにして、代わりにハチミツなどを利用してくれたりして、無表情で怖そうですけど、中々優しいのですよ。」



僕はカーミラ様の言葉に思わず、カーミラ様のお腹辺りに目が行こうとするのを咄嗟に止めた。


これは姉さんや母さんに鍛えられたおかげだ。

全ての女性がそうだとは言わないけど、女性の美に関する執念は凄いものがある。

この場でカーミラ様のお腹辺りを見るのは悪手だ。


代わりに僕はメイドさんのお手製のクッキーを見て、


「カーミラ様、そのフラウさんのお手製のクッキー、興味深いですね。僕も食べてみても良いですか?」


カーミラ様はニッコリ笑って、


「はい!もちろんです。最近はかなり美味しくなってきましたよ。」


僕はカーミラ様の言葉に頷き、クッキーに手を伸ばそうとすると、いきなりフラウさんに伸ばした手を掴まれた。

僕は呆気に取られて声が出なかったけど、カーミラ様が代わりに声をあげた。


「フラウ!何をするのです!ラルフロッド様に無礼は許しませんよ!」


すると、フラウさんが相変わらずの無表情で、


「カーミラ様、私のクッキーをラルフロッド様が食べてしまうとラルフロッド様は私を好きになってしまいます。」


えっと、どういうことだろう?クッキーに変な薬物が入っていたりとか魔法でもかかっているのかな?

カーミラ様もフラウさんの言葉に呆気に取られて、怒るのも忘れてしまったのか、


「フラウ、その言葉、どういう意味ですか?」


と普通に聞いていた。

するとフラウさんは、当たり前の事を話すように、


「私は母から、男性の心を掴んで離さない秘訣は胃袋を掴むことだと聞いて成長してきました。つまり、私の美味しいクッキーを食べてしまったら、ラルフロッド様は私を愛してしまうことになってしまいます!」


フラウさんは


「そんなの私には耐えられません!」


と言って泣き始めた。

カーミラ様はフラウさんを優しい目で見て、


「フラウ、大丈夫です。ラルフロッド様はあの王太子とは違います。無節操に女性に手を出す人ではありません。」


僕はフラウさんの言葉に呆気に取られていたけど、フラウさんがこっちを見て、ほら、お前も何か言えって感じの目線を向けるので、僕は


「大丈夫ですよ。僕はカーミラ様の事を好ましく思っているので、フラウさんのクッキーを食べても心を動かせられることはありません。」


フラウさんはまぁ及第点だな、って感じで頷き、さっきまで泣いていたのが、嘘のように、スッと立って僕とカーミラ様に頭を下げ、


「無様な姿を見せてすみません。またラルフロッド様には手を掴むなどの無礼を働き申し訳ありません。カーミラ様、私はラルフロッド様に無礼な行いをしてしまいました。どうか、罰を与えて下さい。最悪、解雇でも問題ありません。」


カーミラ様はそのフラウさんの姿を見て、何か悟ったようだ。


僕その様子を見てカーミラ様とフラウさんに向けて、


「僕はフラウさんが無礼な行いをしたとは思っていませんので、気にしないで下さい。その上で、カーミラ様が思うようにして下さい。」


僕の言葉にカーミラ様は頷き、


「では、フラウ、貴女に罰を与えます。貴女はこれからも美味しいクッキーを私に作ること、今度は、もう少し見栄えの良いクッキーを作って下さいね。」


そう言ってニッコリ笑った。

僕はその笑顔を見てますますカーミラ様に心を惹かれるようになった。


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