第4話

アラベスク公爵家からハミルトン伯爵家にカーミラ・アラベスク公爵令嬢の釣書きが届けられた時のこと。

使者の来訪を告げる先触れがきた後、ハミルトン伯爵家は突然出てきた見合い話に騒然となった。


なぜなら、例え王太子との婚約が破棄されたとしても、公爵家はあくまでも公爵家であり、伯爵家とは歴然とした差があるのだ。


公爵家から伯爵家への降嫁は歴史上少なく、過去、公爵家の人を迎えいれた伯爵家では、同じ貴族とはいえ身分差があり、対応に困ったという。


そんな話もある中で、アラベスク公爵令嬢はと王太子との婚約については王太子側の有責で婚約破棄となっているが、衆人環視の下で、アラベスク公爵令嬢が断罪もどきの事をされたことは、貴族達の間で有名な話であり、ハミルトン伯爵当主の父親は次男や長女からは、アラベスク公爵令嬢に助力したとは聞いていたが、感謝状が届く程度と思っており、まさか、次男に釣書きが届くほど、気に入られたとは思ってはおらず、母親に至っては、次男を公爵家に婿養子にしようとしていると勘違いし、愛する息子をさらっていく魔女を相手にするがごとく、釣書きを持ってきた公爵家の使者に食ってかかろうとしていたが、


公爵家の使者は老齢ながら胆力に優れているのか、人も殺せそうな目つきで、睨んでくる伯爵夫人を相手ににこやかに、笑顔を浮かべ、


「いやいや、ハミルトン伯爵夫人のご心配はごもっともです。普通なら例え、王太子に貶められたとしても公爵家の令嬢が伯爵家を継ぐ可能性が少ない次男に嫁ぐとは思いません。しかしながら、カーミラ様はラルフロッド様に救っていただいて、その優しさや聡明さに惹かれ、時間を経ることに、家や血統などの貴族的な考えはカーミラ様の頭の中からは消え、ラルフロッド様と結婚をして幸せな家庭を築く事を第一に考えるようになったのです。」


その使者の言葉にハミルトン伯爵夫人も怒るに怒れなくなったところで、ハミルトン伯爵が、使者を歓待すべく酒宴の場に案内しようとした。


例え使者といえども相手は公爵家の人間だ。

この国では、訪れてきた相手の爵位に見合ったもてなしをしなくては、対応した側が礼儀知らずと言われてしまう。


過去の話だが、とある公爵家の子息から絶世の美女と名高い伯爵家令嬢への見合いの釣書きが届いた時、伯爵家のもてなしが、十分ではなかったとして使者が騒ぎ出した。


この騒動で公爵家側が伯爵家では絶世の美女と名高い令嬢を家から出したくないのではとか、娘の美貌を売りにして公爵家の金を毟り取るつもりだと、陰口を叩かれるようになり、見合い話は無くなってしまったという。


後に公爵家の使者が賄賂を要求したのだが、清廉で有名だった伯爵側が賄賂を渡さなかったことに使者が腹を立てて騒ぎ出したことが分かり、公爵家側が謝って話は終わったのだが、両家には凝りが残ってしまった。


この話から過度なもてなしは不必要だということになったが、残念ながら貴族とは見栄をはる生き物である。


アイツは金がないから、過去の話を持ち出して、もてなしができない言い訳にしているのだろう。

と言われるのが、たまらなく嫌なのだ。


ハミルトン伯爵家も貴族なのである。馬鹿にされて黙っていればそれだけ相手につけ込まれることになるので、張るべき見栄は張ることにしているのだ。


しかし、残念ながらハミルトン伯爵家もそんなに裕福ではない。

しかし、使者を歓待せねば、(目の前の老齢で温厚そうな使者の様子からすると可能性は少ないと思うが)アラベスク公爵家やその類族まで敵に回すかもしれない。


という訳で、悪習と言われながらもいまだに残っている慣習のために使者を歓待することも、向こうが要求すれば、少額だが、賄賂を渡すことも辞さないつもりでいたハミルトン伯爵は、


「では、使者殿、こちらの部屋に宴の用意をしたのでどうぞ。」


と、促したが、老齢の使者は少し困った顔をして、


「ハミルトン伯爵様、私への歓待のための宴はしなくて大丈夫です。私は、伯爵様にカーミラ様の釣書きを渡した時点で、休暇をいただくことになっています。釣書きを渡した今、私は休暇中であり、もう使者ではありませんので、歓待をしていただくわけにはいきません。」


ハミルトン伯爵側の人達が、使者の言葉に驚いている中、唯一冷静だった伯爵が使者だった老齢の男性に尋ねる。


「慣習により、細やかではありますが、歓待の宴を用意しておいたのですが、我々の歓待を受けたくないと言われるのですかな?」


アラベスク公爵家の使者だった男性は困った顔をして、


「その件については、料理を作られた方や部屋の用意をされた方、そして何よりハミルトン伯爵様には大変申し訳ありません。アラベスク公爵からは、後ほどお詫びの手紙とかかった費用を全額お支払いいたしますとの伝言を承っております。」


伯爵は、少し笑顔を浮かべ、


「かような事をされる理由を伺ってもよろしいかな?」


伯爵が尋ねると、使者だった老齢の男性は、頭を下げ、


「伯爵様にはご迷惑や入らぬご心配をおかけし申し訳ありません。実は私はアラベスク公爵家で家宰をいたしておりますヨーゼフという者です。」


ハミルトン伯爵や伯爵夫人はその言葉を聞いて、普段から表情をあまり動かさずにいて、考えを読み取られないよう訓練をしている貴族とは思えないようなとても驚いた顔をした。


家宰とはその家を家長に代わって取り仕切る者を指し、例え、公爵令嬢の釣書きと言えども、使者となるような身分の者ではない。


公爵家の家宰と言えば、収入面でみたら、そこら辺の下級貴族などよりも多い場合もあるのだ。


「何故、ヨーゼフ殿のような家宰の方が使者をするなどということになっているのですかな?」


伯爵が尋ねると、ヨーゼフは嬉しいそうに語り始めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜アラベスク公爵家当主執務室〜


「公爵様、カーミラ様からの話をお聞きしましたが、どのようにしますかな?」


アラベスク公爵は少し難しい顔をして、


「うむ。影からの報告によると、向こうの次男殿は微妙スキルを授かったが、才気に溢れており、家族仲も良好だそうだ。ただ母親と娘には気をつけろとなっているな。私としては、娘の気に入った者と結婚してもらいたいとは思っているし、元々は嫁に出すつもりだったので問題ないが、できれば、家を継げるような者と結婚してもらいたいのだが。」


アラベスク公爵の話を聞いてヨーゼフは首を振る。


「公爵様その考えはなりませぬ。私はカーミラ様のために、公爵以下の貴族の跡取りと言われている若者の情報を調べていますが、カーミラ様の嫁ぎ先となれば、なかなか厳しゅうございますぞ。カーミラ様と年齢が合いそうな方で性格が良い方は既にほとんどの方は婚約者がおり、かなりランクを下げる必要があるかと。因みに、このランクとは爵位ではなく、人としてのランクです。」


アラベスク公爵はヨーゼフの言葉に頷き、


「うむ。確かにな。それにしても忌々しきはあの王太子よ。あの間抜けめ、カーミラを幸せにしてくれるのならと、送り出した5年前の自分自身を殴りつけてやりたいわ。あの悪夢の5年間がなければ、カーミラは今頃、幸せな結婚をしておったものを!」


ヨーゼフは首を振り、


「公爵様。過去を振り返っても良いことはありません。我々はカーミラ様のためにも未来を見て行かなくては、ラルフロッド様の事は私も調べておりますが、かなり評判は良いですぞ。何より性格が良いかと。ただし、影の言うとおり伯爵夫人と姉君はラルフロッド様を溺愛しすぎているとの調べがついております。これはカーミラ様にも話をしなければなりませぬな。カーミラ様がラルフロッド様を奪うような形になれば、伯爵夫人と姉がカーミラ様と敵対してしまうやもしれませぬ。」


アラベスク公爵はヨーゼフの言葉に頷き、


「そのことはカーミラからも聞いている。あの馬鹿王太子から助けられたときも、姉が側にいたらしくて、かなり過保護気味だったと言っておったわ。しかし、その時、話した感じでは問題なさそうであったと言っておったぞ。後は、母親だな。これは釣書きを渡す使者は、よく選考せねばならぬな。伯爵や次男殿本人は良くても、伯爵夫人や姉が反対をすれば、この話は無くなってしまうかもしれぬからな。ただでさえ、王太子との婚約破棄の件で、カーミラの評判は良くないからな。」


アラベスク公爵はため息をつく。


「公爵様、仕方ありませぬ。近頃の若い男性貴族は、自分よりも能力が高い女性貴族を避ける傾向にありますからな。それに、王太子ほどあからさまではないですが、女遊びもするような輩も多いと聞きます。そのような輩は、カーミラ様のような経験がある女性だと、今度は自分が訴えられると思ってしまうのでしょう。それよりも、釣書きを持っていく使者の選定ですな。これはよく選定せねばなりませぬな。しばし、お待ち下さい。」

そう言って、ヨーゼフは頭を下げ、執務室から退室する。


〜〜2時間後〜〜


執務室の扉をノックする音にアラベスク公爵は入室を許可する。

すると、ヨーゼフと息子で執事見習いのサムと共に執務室に入ってくる。

ヨーゼフは頭を下げながら、アラベスク公爵に話しかける。


「公爵様、カーミラ様の釣書きを届ける使者が決まりました。」


アラベスク公爵はにこやかに笑みを浮かべ、


「おお!使者はサムか!確かに君なら礼儀正しくて、弁舌も立つから問題なかろう!」


アラベスク公爵の言葉を聞いて、サムは苦々しく笑みを浮かべ、ヨーゼフは何言ってんだ?こいつ、というように首を傾げる。


「公爵様、使者は不真面目で愚鈍で会話下手なサムではありません。」


アラベスク公爵は心の中で、おいおい言い過ぎじゃないか?などと思いながら、ヨーゼフに尋ねる。


「では、使者は誰かな?この前雇った私の護衛のマクガイバーかな?」


ヨーゼフは首を振り、


「マクガイバーでもありません。カーミラ様の釣書きを届ける使者はあまりにも希望者が多かったので、決定するのに難航しました。カーミラ様の家庭教師だった65歳のミザリーや15歳の庭師見習いのマイクまで希望しましたからな。しかし、私は皆に言ったのです。過去の悪習のせいで、昨今の釣書きの使者には賄賂や歓待の宴などに惑わされない公明正大な心、ハミルトン伯爵様の領地は近いとはいえ、3日はかかる道程なので強靭な体力、使者として伯爵様に相対するための礼儀作法、さらに、ハミルトン伯爵や伯爵夫人にカーミラ様のことを聞かれた際にしっかりとカーミラ様の良い所をアピールできる機転や昔のカーミラ様の事などもちゃんと知っていないとなりません。これらを話していくうちに、該当者が1人また1人といなくなってしまいました。」


アラベスク公爵は、えっとまだこの話続くの?

という感じでヨーゼフを見る。


「そして私ははたと気付いたのです!」


ヨーゼフは髪が少なくなった自分の頭をぺちっと叩く。


「公明正大な心、強靭な体力、礼儀作法や機転、そして何よりもカーミラ様の昔の事を知っている事、それらを全て兼ね備えた者は私しかいないことに!」


アラベスク公爵は驚いてヨーゼフを止めようとする。


「ヨーゼフ!家宰のお前が使者な「あぁ!公爵様!ご心配なされますな!カーミラ様の釣書きを届けるという大役は私が果たしますぞ!!」」


ヨーゼフはアラベスク公爵の言葉を遮って叫ぶ。

そして息子のサムの肩に手を置き、優しく諭す。


「サムよ、良いか。カーミラ様の釣書きを運ぶ使者という大役に比べたら、アラベスク公爵家の家宰などは大したことではない。真面目で見識があり、理路整然と話すお前なら必ずできるからな。」


アラベスク公爵はヨーゼフが先ほどと息子の評価がまったく異なることに気づいている。


「公爵様、カーミラ様の釣書きの文章は、先ほど考えておきましたので確認をお願いします。」


ヨーゼフがサムを促し、釣書きの案文を持ってこさせる。


アラベスク公爵は案文を確認したが、完璧な文章であり、この釣書きであれば、カーミラは間違いなく、ハミルトン伯爵には気に入られるだろう。

ヨーゼフはアラベスク公爵の様子を見て頷き、


「問題ないようでしたら、公印をお願いします。後、ハミルトン伯爵様は律儀な方とお聞きしております。釣書きを届ける旨の先触れを出せば、愛するラルフロッド様の縁談を潰すことを避けると思われます。そのため慣習に沿って、宴や賄賂の準備を行うでしょう。私めは辞退しますが、料理などの費用はかかってしまいますので、かかった費用は全額負担する旨の手紙も書いて下さい。」


ヨーゼフはアラベスク公爵がまだ当主を継ぐ前から、アラベスク公爵家に仕えており、公爵が若い頃は教育係として厳しく指導していたので、アラベスク公爵は当主になった今でも、あまりおかしなことでなければ、基本的には逆らえないのだ。


「後、私めはハミルトン伯爵様に釣書きを渡したら休暇をいただきますので、よろしくお願いします。」


アラベスク公爵は頷き、


「うむ。釣書きを渡した後は、休暇ということにしたら、もうアラベスク公爵家の釣書きを持ってきた使者ではないから、歓待を受ける理由はなくなるからだな。」


ヨーゼフはアラベスク公爵の言葉に笑顔で頷き、


「はい。そのとおりです。私はその後、ハミルトン伯爵の領地内で借り住まいのための家を選定して賃貸契約をしてきますので、釣書きを渡した後、引き続き2週間ほど休暇をいただきます。」


アラベスク公爵はヨーゼフの言葉に驚き、


「おい。ヨーゼフ。待て、どういうことだ?」


ヨーゼフは何、驚いているの?みたいな顔をして、アラベスク公爵の問いに答える。


「どういうことも何も、カーミラ様が無事にハミルトン伯爵のご次男、ラルフロッド様と御成婚なされたときには私めも付いて行き、カーミラ様の秘書として勤務いたします。ラルフロッド様はご次男であらせられるので、しばらくは、伯爵家にいらっしゃるとは思いますが、ゆくゆくは領地内もしくは、王都等にカーミラ様とご一緒に住まわれるでしょう。私めはカーミラ様とラルフロッド様が何処に住まわれても良いように、賃貸物件に住んでおき、いつでも付いて行けるようにしておきます。もちろん、ラルフロッド様には、将来的にラルフロッド様の秘書もしくは執事として、雇って頂けるように交渉いたします。そうすれば、通いの秘書あるいは執事として賃貸物件に住み勤務いたします。まぁ、ラルフロッド様やカーミラ様のことですから、すぐに立派な御屋敷を建てると思いますので、その時は私の部屋を一室頂けるように交渉いたします。」


アラベスク公爵は、ヨーゼフに恐る恐る尋ねる。


「ヨーゼフ、お前、カーミラに付いていくつもりなのか?お前、アラベスク公爵家はどうするのだ?」


ヨーゼフは少し困った顔をして首を傾げる。


「約5年前、カーミラ様が王太子妃教育と称し、あの馬鹿な王家にその才能を搾取されていた時、私はあの、マヌ・・・王妃の言い分、『他家との公平性を保つため』という言葉を信じ、アラベスク公爵家からは誰もカーミラ様には人を付けなかったのですが、私は今でもその事を強く後悔しております。ハミルトン伯爵家やラルフロッド様については問題ないとは思いますが、私はカーミラ様を生まれた時から見ております。カーミラ様の幸せのために残りの僅かな人生を捧げるつもりです。」


アラベスク公爵はヨーゼフの顔を見て頷き、


「分かった。ヨーゼフ、改めて頼む。カーミラの釣書きをハミルトン伯爵に届け、必ずこの縁談を成功させてくれ。」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ハミルトン伯爵と伯爵夫人はヨーゼフの言葉を聞き、


「ヨーゼフ殿、今は休暇中との事だが、改めて誘おう。是非とも、本日の宴に参加してくれないか?使者としてではなく、私の友人としてだ。貴方は将来、息子の執事となるかもしれない人だ。これから仲良くしておきたい。」


そう言って、ハミルトン伯爵はヨーゼフに向かって手を出す。

ヨーゼフはその手を握り返し、


「こちらこそよろしくお願いいたします。老齢で非才の身ですが。ラルフロッド様やカーミラ様のために全力を尽くします。」


こうして僕にカーミラ様の釣書きが届けられたのだ。

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