第2話
ハーラン王太子の誕生会の約半月後、アラベスク公爵家当主からハミルトン伯爵家当主(僕の父親)経由で僕の元に、カーミラ・アラベスク公爵令嬢の釣書きが届いた。
これは王太子の元婚約者から釣書きが届く記録があったら(そんな記録は多分ないけど)最速ではないだろうか。
カーミラ様はあの後、誕生会が終わる前(誕生会自体は、王太子も浮気しているミラノ男爵令嬢といなくなるし、カーミラ様もいなくなるしで、グダグダだった。だけど、料理長の料理は完璧だったよ。)に会場を立ち去り、その足で、王妃様の執務室に行き、婚約破棄の申し立てを行ったらしい。
王妃様も最初は婚約破棄を渋ったけど、カーミラ様が王妃に申し立てをした2日後の夕方に、アラベスク公爵から、国王並びに王妃宛に至急報と記載された手紙(国の制度で公爵から至急報と記載された手紙が届いた場合、国王と王妃にはどんな夜遅い時間でも届けられ、国王と王妃は必ず読まなければならない)が早馬で運ばれてきた。その日は朝から何故か青ざめていた国王と王妃だけど、アラベスク公爵からの手紙を読んで王妃は直ぐに、王妃会議の開催を関係者に通知したらしい。
因みに早馬で手紙を運んだのはアラベスク公爵軍の近衛騎士団の団長だったらしい。
王城の門番もさぞ困っただろう。普通、早馬の使者といえば、優秀ながらも若手の騎士が
務めるものだ。
アラベスク公爵家の騎士団長といえば、他の騎士達から、アラベスク公爵領を奪うより、団長を倒すことの方が難しいと言わせるほどの腕前の持ち主であり、どう考えても早馬の使者などに当てられるような人物ではない。
これには理由があり、アラベスク公爵が早馬の使者を誰にするか騎士団長に相談したところ、団長自身が志願して使者となる旨を上申したらしい。
アラベスク公爵は一旦は断ったが、騎士団長が、アラベスク公爵の前で、跪きこう頼んだそうだ。
「カーミラ様は幼き頃より、私のような武骨な者にもよく懐いてくれておりました。真に失礼ながら、私はカーミラ様を実の娘のように思っております。そのカーミラ様が嘲笑され、身に覚えのない罪で婚約破棄や国外追放をされるなど、私には耐えられません。どうか私を早馬の使者に当ててください。手紙を届けた後、そのままカーミラ様の護衛に当たります。」
アラベスク公爵は騎士団長の手を取り、涙ながらに頼んだ。
「お主のような国の護りに重要な人物を早馬の使者として出すには大変申し訳ない。だが、愛する娘が衆人環視の下で嘲笑され、無実の罪状で婚約破棄や国外追放などの罰を受けようとしている。私からも頼む。お主が行って、この手紙を国王と王妃に届けた上で、娘を護ってくれないか?お主が行ってくれるならば娘は傷一つつかず、私達の下に帰ってこられるだろう。」
騎士団長も泣きながら
「当主様が、私に対してそのような気を使うことはありません。この身に代えてもカーミラ様を護ってみせます!」
と応えたそうだ。
騎士団長は優秀な駿馬を持っており、その能力と駿馬を利用して、カーミラ様が王太子に婚約破棄を告げられた2日後の夕方にはアラベスク公爵からの手紙を国王と王妃に届けることができたわけだ。
アラベスク公爵から、国王や王妃に宛てた手紙には
「お前達のバカ息子が私の愛する娘を衆人環視の下、愚かな言いがかりをつけて侮辱してくれた事を諜報員から聞いて、私は心を痛めている。我が領地は昔から、この国の食糧庫とも呼ばれており、この国の五割にも及ぶ小麦の供給を始め、その他多くの食糧品を供給しているが、私は心痛のあまり、食糧品輸出量の桁を一つ間違えてしまうかもしれない。いや、もしかしたら、輸出をすることを忘れてしまうかもしれない。この心痛が癒えるのには、一時でも早く会議を開いて、娘の要望どおりにしてもらうことが必要だと思う。それと、お前達のバカ息子が、自分の頭の蠅も追えないくせに、己の下半身の欲望に従い、嘘を並びたて我が娘が有責かのように、婚約破棄や国外追放などと言っているようだが本気か?アラベスク公爵家やその類族の全てを敵にまわしたいのなら別だが、よく考えてどちらが有責かを判断しろよ。お前達も密偵や貴族達の噂である程度は分かっているだろうが、娘が有責だと判断したら、後悔させてやるからな。念の為にこの手紙が届く当日の朝に我らの影から王太子の悪行の証拠をお前達の枕もとに置いておいたはずだから分かっていると思う。あまりにふざけた対応だと、次は騒動の発端となった王太子の股間の物を切り取ってお前達の枕もとに置いてやるからな(意訳)。」
というような意味合いの言葉をややこしい修飾語や歪曲的な表現方法使って、実に回りくどく、貴族的な言い回しで書かれていたとのことだ。まぁ、色々あったけど、ハーラン王太子とカーミラ・アラベスク公爵令嬢の婚約は無事に王太子の有責で破棄をされたとのことだ。
まぁ、貴族なんて、時には上品な破落戸と言ってもあながち間違えではないからね。
そして、今の僕と姉さんの前には、上品な破落戸・・いや、アラベスク公爵とその娘であるカーミラ様がおり、2人共、笑顔を浮かべ、僕と姉さんに色々と話しかけている。
どうして2人が、僕達の目の前にいるかと言うと、釣書きを僕に送った後、アラベスク公爵家の家族中が、ハミルトン伯爵や僕の反応が心配だったそうだ。そこでカーミラ様と当主であるアラベスク公爵は、次期アラベスク公爵家当主の長男が止めるにも関わらず、ハミルトン伯爵領地まで、こっそりと来たらしい。(貴族らしからぬバイタリティだよね)
そこで、僕の様子をみた後に、長男から先触れを出してもらい、今着きましたって感じで会いたかったらしいけど、カーミラ様が気晴らしに散歩して、少し疲れたので、休憩するために入店したカフェのケーキがあまりにも美味しかったので、連れていた従者に、宿で休んでいた父親(アラベスク公爵)を呼んでもらって、ケーキを2人で楽しんでいたら、偶然にも僕と姉さんが入店してくるのが見えたので、僕に声をかけたらしい。
でも、僕が聞いた噂だと、アラベスク公爵は甘い物が苦手で、普段甘い物はあまり食べないし、カーミラ様も辛い食べ物が好きで、他のご令嬢達とは違い、どちらかといえば、ケーキなどはあまり食べない方だったらしい。
今だって、ケーキが美味しいからってカーミラ様に呼ばれたはずの、アラベスク公爵の前にはケーキは無いし、カーミラ様の前にもケーキがあるが、ほとんど手がつけられていない。
まぁ、この状態で、僕達と偶然出会ったという言葉を素直には信じられないよね。
だけど、僕だって貴族の一員だ。貴族の事はよく理解している。
嘘と建前は貴族にとって空気のようなものだ。取り入れない者から死んでいく。
僕は笑顔を浮かべ、
「アラベスク公爵とそのご令嬢にお会いできるなんて何たる幸運!釣書きをいただいて緊張のあまり食事も喉を通らなかったほどで、そのため、今日は姉とお気に入りのカフェにケーキを食べに来たところでした。」
って言っておけば、誰もが幸せな世界が訪れる。
姉は僕の横で、童話に出てくる氷の魔女さながらの目つきをしているけどね。
流石のアラベスク公爵も姉の目つきには、少し狼狽えながらも(計算高い貴族ほど短絡的な人間に苦手意識を持つ)ぎこちない笑顔で話しかけてくる。
「ご当主のハミルトン伯爵を差し置いて、いきなり、君に問いかけるのも無粋なのだが、率直に言って娘はどうかね?親バカで大変申し訳ないけど、どこかのバカ息子にケチをつけられたが、それ以外は問題ないと思う。釣書きに添えた手紙にも記載していたが、君のことは噂で聞いていて、こちらは君のスキルやご家族の事はある程度知っているよ。それを知っていてもこちらとしては婚姻関係を結びたいと思っている。」
カーミラ様は心からの笑顔で僕に話しかけてくる。
「この前、お話したとおり、私はあの一件以来、ラルフロッド様のことが好きになりました。ラルフロッド様の意向にもよりますが、私としては貴方様の下に嫁ぐ事も考えています。もちろん、ラルフロッド様がアラベスク公爵家を乗っ取りたいと思っていらっしゃるなら、私もラルフロッド様を支えて、長男を打倒したいと思います!」
アラベスク公爵の笑顔がさらにぎこちなくなるけど、カーミラ様はかなりの良い笑顔を浮かべているね。
しかし、もう既に僕の事は微妙スキルの事も含めて知られているみたいだね。まぁ、約半月もあったら、アラベスク公爵家なら調べられるだろう。
自分のことを調査されるのが嬉しいわけではないけど、こちらの問題点を知って、なお、僕に好意を持ってくれるのは単純に嬉しい。
僕がそう思っていると横の姉が口を開く。
「我が国の宝石とも讃えられたアラベスク公爵令嬢に気に入られるなんて、我が弟にとって身に余る光栄ですわ。ですけど、我が弟は残念ながら、次男ですので、ハミルトン伯爵家の跡取りではありません。収入の面でもアラベスク公爵令嬢を迎え入れるには難しいかと思います。」
そう、それだね。
僕は現当主の父や次期当主の兄の秘書という立場だ。
それなりの報酬は貰っているけど、公爵家の令嬢を受け入れるほどの収入ではない。
公爵家に婿養子として入れば、逆玉の輿なんで嬉しい限りだけど、アラベスク公爵家には先ほどから何回か話しに出ているけど次期当主がいらっしゃるので、僕が婿養子に入る意味はほとんどない。
カーミラ様は姉の言葉を聞いて我が意を得たり、といった感じでぽんと手を叩き、口を開く。
「それなんですけど、私に良いアイデアがあって!」
僕と姉はカーミラ様のアイデアに驚くことになる。
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