婚約破棄現場の横でお菓子を食べている貴族の次男について

鍛冶屋 優雨

第1話



「アラベスク公爵令嬢!度重なるミラノ男爵令嬢に対する虐めとも言える仕打ちにはもう我慢ならない!お前とは婚約破棄だ!」


そう言ってアラベスク公爵令嬢に指を突きつける。


ハーラン王太子の誕生会での出来事だ。

最初、ハーラン王太子がエスコートをしてきたのが、婚約者のアラベスク公爵令嬢ではなく、ミラノ男爵令嬢であったことに周囲の貴族達は驚くよりは、


「あぁ、やっぱりね。」


という感じであった。


ハーラン王太子は学院に通っている間も婚約者のアラベスク公爵令嬢とはまったく話さずに、ミラノ男爵令嬢とばかり、話をしたり、食事をしていることは周囲の同級生たちには有名であり、同級生達からその家族や友人に話が伝わり、今では、貴族中にハーラン王太子とミラノ男爵令嬢の浮気話は知れ渡っていた。




そして、今もその噂を肯定するがごとく、ハーラン王太子の左腕には、ミラノ男爵令嬢がベッタリと引っ付いている。


周りの貴族たちはアラベスク公爵令嬢を可哀想な目で見ている。


アラベスク公爵令嬢は王太子に突きつけられた指を気にせずに冷静に佇んでいる。


僕はそんなアラベスク公爵令嬢が

貴族として、どんなに蔑まれても、誇りを拠り所として不様なところを見せない。そんな素敵な女性に思えた。


そんなアラベスク公爵令嬢の様子にも気付かず、ハーラン王太子とミラノ男爵令嬢は悲劇の男女を演じている。



ミラノ男爵令嬢は泣きながら、周囲に聞こえるような大きな声で、


「アラベスク公爵令嬢は私に対して、多くの人の前で品が無いとおっしゃるのです。私はハーラン王太子殿下に教えて戴いたことを行っていただけなのに!」


ハーラン王太子はミラノ男爵令嬢の手を取り、


「おお!なんという酷い仕打ちだ!ミラノ男爵令嬢の努力をまったく認めないなんて!アラベスク公爵令嬢、婚約破棄だけでは生ぬるい!お前は国外追放だ!」


そんな茶番劇を固唾を呑んで見ている貴族達の横で、僕は王太子の誕生会ということで、料理長が卓越した技術を使用し、作りあげたケーキを観察しながら、常に持っているお菓子手帳に、その外観を素早く描く、こういうときは僕が神様から与えられたスキル『絵心』が役に立つのだ。


このスキルは絵に関する能力が向上するというスキルで、いわゆる微妙スキルというやつだ。


本来なら僕みたいな貴族がこのような微妙スキルを授けられると、抹殺や追放をされてしまうのだけど、僕の家族・・・、ハミルトン伯爵家の皆は、僕のことを愛してくれており、当主の父は、


「どんなスキルを授けられようとラルフは私の息子だぞ!例え次男だといえ、どこかの貴族の婿養子に行くこと必要はない!我が領地の気候の良いところに居を構えて、そこで嫁を取れば良い!」


長男である兄のクリスロッドも、


「ラルフは僕の最愛の弟だ!今もハミルトン伯爵家を守るために僕の手助けをしてくれているし、父の言う通り、領地のどこかでも良いし、なんならハミルトン伯爵家の敷地内に別の建物を新しく建ててそこに住んでもらっても良いよ!」


母親はいつもニコニコしており、


「私の可愛いラルフちゃんはいつもお父さんやお兄さんのことを手伝ってくれているからね。どこの馬の骨か分からない女に盗られて、婿養子として相手の家族に邪険にされて虐められるなんて絶えられないから、ずっと私の側にいてほしいわ。」


と言って、時折、目が怖くなるけど、僕に優しいし、姉も、


「お母様、大丈夫よ。ラルフ君は、私がずっと面倒をみるからね。ラルフ君を私から奪おうとする女は絶対に許さないから・・・。」


と、公言しており、今も僕の横に居て、可愛いらしく、ケーキを頬張っているけど、姉の目は常に周囲を警戒している。



僕はハミルトン伯爵家の現当主である父のグリムウェルと将来の後継者である兄のクリスロッドの2人の秘書として、領地経営を手伝っている。


2人とも僕の考えをよく聞いてくれて、領地経営の参考にしてくれている。

4年前の飢饉の際には、僕の意見を採用してくれて、小麦などの食糧を買い占めをしようとしていた商人を牽制、緊急時のために領主軍で備蓄していた食糧を定期的に開放、市場に流れる食糧の供給量を安定させたり、不当に値上げをする小売り業者の取り締まりや、真っ当な商人には緊急時のため一時的な税の免除、領地にある村々の経済立て直しのために税率の見直しなど僕の考えが随所に反映された。


僕は王国法も少しだけど勉強しているので、領民の訴えなども聴いて治安維持も心がけている。


僕の前で、ハーラン王太子は最初発言をしてからも、何回かアラベスク公爵との婚約破棄や国外追放を公言している。


僕はハーラン王太子のしつこさに辟易しており、先ほど、たまたま口にしたケーキのあまりの美味しさについ、


「両方とも無理ですね。」


と呟いてしまった。


僕は周囲に聞こえるないようにボソッと呟いたつもりだったけど、会場内は、思っていたよりも静まりかえっていて、僕の呟きはほんの少しだけど周囲に聞こえていた。


そして、ハーラン王太子にも僕の言葉は届いていて、


「誰だ!今、無理だと言ったのは!」


ハーラン王太子は周囲を見回して呟いた言葉の主を探している。


僕は知らない振りをして手に持ったケーキを食べようとしたけど、僕の周囲の人がハーラン王太子の剣幕に肝を冷やしたのか、僕の方を見るものだから、ハーラン王太子に呟いた人物が僕だと分かってしまった。


ハーラン王太子は凄い勢いで僕の前まで来て、


「お前!さっきの言葉はどういうつもりだ!」


と言って詰め寄る。


僕はハーラン王太子の剣幕に慌てるよりも、横にいる姉がフォークを密かに持ち替えたことに気付いたので、ハーラン王太子を姉から守るために、姉の動きを制しながら


「これはこれは、王太子殿下においてはご機嫌麗しく、私が口にしましたその件を話すと少し長くなりますけど、良ろしいでしょうか?」


と言って、姉に大丈夫だよとアピールするために、手に持ったお皿から、フォークを使ってケーキを一口食べる。


横で姉が、


「ラルフ君、やっぱり落ち着いていてカッコいいわ。私と結婚して・・・。」


と、僕だけに聞こえるように囁いている。

姉さん・・・、僕達は血がつながっているから結婚出来ないからね。


ハーラン王太子は僕達2人の様子に毒気を抜かれたのか、少し冷静になり、


「構わない。どうしてそのように言うのか言ってみろ!」


といい、横にミラノ男爵令嬢を呼び寄せる。


ミラノ男爵令嬢も慣れたものなのか、アラベスク公爵令嬢にはばかることなく、ハーラン王太子の横にきて、その腕に寄り添う。


僕は、その様子に呆れたけど、ため息をつくわけにもいかず、ケーキを更に一口食べて、このような場であっても美味しいケーキに感嘆の声をあげる。


そして周囲を見渡し、一息ついてから話しはじめる


「まずはアラベスク公爵令嬢を国外追放の件ですけど、アラベスク公爵令嬢はおよそ5年前から王太子の婚約者と認定されて、王太子妃教育を受けています。」


ハーラン王太子は僕の話をイライラしながら聞いており、


「分かりきったことを言うな!」


と忌々しそうに文句をいう。


ハーラン王太子のその剣幕にアラベスク公爵令嬢は眉を顰め、僕を、心配そうに見つめる。


ミラノ男爵令嬢はうっとりとハーラン王太子を見つめている。


因みに、姉は僕を見ているアラベスク公爵令嬢の視線に気付いており、ドレスの隠しポケットから投げナイフを取り出そうしていたので、僕はやんわりと姉を止めて話を続ける。


「これは失礼しました。だけど、これは重要なことであり、アラベスク公爵令嬢は王太子妃教育を進めて行く中で、国政にもかなり深いところまで関わっています。そんな国の内情をよく知っている人をわざわざ外国に追放?どう考えても無理でしょう。国の情報を相手に只で渡すようなものですよ。」


僕の言葉にハーラン王太子は少し狼狽えながらも、口調は強く、


「王太子の婚約者だとしても、どれだけ政治に関わっていると思っているんだ?!私と同じで国政にはほとんど関わっていないはずだ!」


僕は王太子の言葉に少し呆れながらも、


「失礼ながら、アラベスク公爵令嬢は王太子である貴方よりも、遥かに多く国政に関わっていますよ。まぁ、それは王太子である貴方がミラノ男爵令嬢やその他の女性と遊び呆けていたからなんですけどね。本来なら王太子といったら次期国王なのだから、もっと政務に関わっていないのはおかしいと思っていただきたいですね。」


本来、王太子が執るべき政務を放棄していたから、王太子の婚約者であるアラベスク公爵令嬢が代わりに執務をしていた。


このことをハーラン王太子は何も思わずに遊び呆けていたのだろう。


「まぁ、婚約者だった女性を大した理由もなく、国外追放にする国は他国からも信頼されなくなるから、国王様も承認されないと思いますよ。」


僕は皿に残ったクリームをフォークで綺麗にとり、口に入れる。

隣を見ると姉さんも残りのクリームを食べていたけど、頬にクリームが付いていたので、僕はハンカチを取り出し、姉さんの頬を拭く。

あまり強く拭くと、姉さんの頬に塗ったチークも取れちゃうので優しく拭かなくてはね。


ハーラン王太子は、ぐぬぬって劇場の悪役しか言わないような唸り声をあげていた。


「後、婚約破棄も難しいと思いますよ。」


僕の言葉にハーラン王太子だけでなくミラノ男爵令嬢も意外そうな顔をする。


アラベスク公爵令嬢は相変わらず、冷静に佇んでいる。

心なしか僕のことを熱心に見ていて、僕の言葉の続きを持っているかのようだ。


そんなアラベスク公爵令嬢の様子を見て、隣の姉さんがぐぬぬって唸り声をあげていた。


あれ?ハーラン王太子と劇場の悪役だけかと思ったら身内にもこんな声をあげる人がいたよ。


「そもそも、王太子の婚約については王妃様を筆頭とする王妃会議で決定した候補者を国王様も審査された事項なので、例え王太子だからといって一人で叫んでも簡単に婚約破棄はできないですよ。」


王妃会議とは、王妃様が公爵夫人や貴族の女性当主を集めて、王室内の重要事項を決定するために行う会議であり、王家の未婚者の婚約者の選定なども行う。


例え、王族と言えども家内のことなので、女性が決定するという意味で王妃様が決定するのだろう。


因みに、王妃会議は女性が参加するのだが、派閥や地位による一方的な決定が為されていないかどうかを審査するために、発言権はないが、会議には宰相や有力な男性貴族も参加し、決定事項については国王様の審査が必要だ。

因みに婚約に関する事項については国王の審査後にもう一つ手続きがある。


「王太子妃や婚約者については王家の予算が年間で計画されているので、今更、婚約破棄してミラノ男爵令嬢を婚約者や王太子妃にというのも難しいですしね。」


僕は手近にいるメイドに紅茶を入れてもらい、一口飲み、喉を潤す。


「申し訳ないですが、アラベスク公爵令嬢とミラノ男爵令嬢を比較すると、ミラノ男爵令嬢は教養、礼儀作法、外国語能力、政治的センス等々、どれを見ても、何段階も劣ると思います。再度、王太子妃教育を1、いや0からしなくてはなりません。つまりは王太子妃に関する予算は跳ね上がるということです。そうすると、予算の裁可は下りないでしょう。そもそも、先の王妃会議で候補者にすら選定されていないミラノ男爵令嬢が王太子の婚約者に選ばれるとは思いませんしね。」


ハーラン王太子は僕の言っていることが理解できたのか、膝をついて項垂れてしまう。


アラベスク公爵令嬢はそのハーラン王太子を見て、この場で初めて口を開く。


「確かに、そこのお菓子の騎士様がおっしゃるように婚約破棄は難しいでしょう。ただし、一つだけ例外があります。それはお互いに婚約破棄を願えば婚約破棄は叶います。」


そう、それが国王審査後の最後の手続きだ。

婚約には相手がいる。一人だけでは成立しない。


婚約に関しては王妃会議で決定し、国王の審査後にお互いの同意を得た後に成立する。


婚約破棄については多少、手続きが違い、お互いに破棄の同意を得た後、王妃会議で婚約破棄の案件が出されて、国王の審査となる。

因みに、王妃会議でも国王審査でも基本、否とはならない。


だって、お互いに嫌いあっている夫婦が国の頂点に立たれたら国民が困るからだ。


アラベスク公爵令嬢はハーラン王太子に向かって、


「ハーラン王太子様、私は貴方の婚約破棄を受けます。婚約破棄の件は明日にでも・・・いや今からでも、王妃様に告げたいと思います。」


ハーラン王太子はその言葉にえらく喜んで、


「そうか!アラベスク公爵令嬢、ありがとう。」


ハーラン王太子はミラノ男爵令嬢の手を取り、誕生会の会場から出ていく。

先ほど膝をついて項垂れていたのが嘘のようだ。

まるで、アラベスク公爵令嬢と婚約破棄が叶えば、ミラノ男爵令嬢と婚約できると思っているかのようだ。


「ハーラン王太子の思いどおりにミラノ男爵令嬢が婚約者になれるかは分りませんけどね。」


アラベスク公爵令嬢の王太子とミラノ男爵令嬢の背中を見つめてそう呟く。


アラベスク公爵令嬢は2人の背中をしばらく見送った後、彼女は僕の手を取り、


「お菓子の騎士様、先ほどから守っていただきありがとうございます。隣にいらっしゃるのは、弟君を溺愛していることで有名なハミルトン伯爵令嬢のサーシャ様ですよね。サーシャ様には婚約されている方はおられないはずなので、サーシャ様が常に寄り添っておられる貴方様がかの有名なラルフロッド・ハミルトン様ですわね。」


アラベスク公爵令嬢は僕の顔を見てニッコリ微笑む。


「私はカーミラ・アラベスクです。正式にはまだですけど、先ほど、王太子とは婚約破棄となりました。でも、幸いな事に私のお相手だった方には別の女性がおりましたので、私とはまだ手を繋ぐだけの清い関係でした。」


そこで、アラベスク公爵令嬢・・、いやカーミラ様は僕に向かって、


「私はラルフロッド様とは今後、婚約を見据えた仲になりたいと思います。正式に王太子様との婚約破棄が成立したら、釣書きを送りますね。」


その言葉に、僕より早く横にいた姉さんが反応する。


「そんなの駄目よ!」


カーミラ様は姉さんに向かってニッコリ微笑み。


「だって、こんな衆人環視のもとで婚約破棄をされた私はもう婚約はできないでしょう。しかし、そんな中、一人で私を王太子様から守ってくれたラルフロッド様なら、悪評を気にせず私と結婚していただけると思います!」


姉さんが僕の前に立ち、


「だから、そんなの駄目〜!」


でも、カーミラ様はそんな姉さんの手を取り、


「私は公爵家ですが、幸いな事にアラベスク公爵家は跡取りはいますので、ラルフロッド様のところに、嫁ぐ事ができます!そうすれば、義姉様も義母様もラルフロッド様と一緒にいれますわよ!」


その言葉に姉さんの心が動いたのか、


「それなら良いかも・・・。」


僕は別のケーキを取りながら、カーミラ様と姉さんが延々と僕の事を話すのを聞いていた。


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