第5話 熱
「お前も俺と同じ母子家庭なんだろ。経済的に大変なのはどっちもだ。なのに俺の分までどうして養おうとするんだ!母親の大変さを分かってないんじゃないのか」
春坂はきっと俺の発言に怒った。
自分でも言った時、言ってしまった、と思った。
俺の言っていることは俺の本心だったが、人への配慮が足りていなかった。
あいつは善意で、俺の飯を作ってくると言ったのだし、もう少し、柔らかい言い方とかをすればよかった。
ずっと黙り込んでいる春坂を見ていると、自責の念に駆られた。
先に帰ったのも良く無い。あそこで仲直りしていれば、俺と春坂は普通にいつものように一緒に帰れたのではないだろうか。
帰ってからも、もやもやした気持ちだ。
次の日。
だるい体を起こして、双眸を開く。
朝日が目に飛び込んできた。
春坂は屋上に来るだろうか。起きた瞬間一番最初に考えたことはそれだった。
敷布団を畳もうと、立つ。
そしたら、なぜか視界がぐるぐるした。
「あれ?」
視界が暗くなってゆく。
眠いだけだといいきかせながら敷布団を丸める。
視界が暗くなり、体がなぜか横に傾いた。
ばたん
大きな音がした。
数秒して理解する。
自分が倒れたことを。
とてつもない吐き気が襲ってきた。涙も出てくる。
体がぶるぶると小刻みに痙攣している。
俺、死ぬ?
本気でそう思った。なぜか春坂の顔が思い浮かんだ。
その時、どたどたと足音がした。
「ちょっとあんた」
そこで急に痙攣が治った。吐き気はまだある。
頭もぐわんぐわんしていた。
母さんが入ってきたのだとわかった。
「大丈夫?」
大丈夫じゃないけど、頷く。
体が起こせない。畳に体の側面をつけたまま、落ち着け、落ち着け、と唱える。
母さんの足が暗い視界の中で見える。
「大丈夫なのね。じゃあもう仕事行くから。自分で学校行ってね」
そういいながら、慌てた様子で俺の部屋から出て行き、数秒後、玄関の扉が閉まる音がした。
普通の親もそうなのだろうか。息子が倒れているのに、何もせず仕事に行くのだろうか。
そう思ったがすぐに脳から消す。
そんなことを考えてどうなるんだ。そんなこと思うんじゃない、生活費を稼いでくれているんだ。
喉から吐き気が襲ってきた。
畳を汚すのは嫌なので頑張って押さえ込んだ。
やっと、視界が晴れた。
どれくらいあおむけでいただろう。
五分な気もするし、三十分な気もする。
やっとのことで畳の上に立ち、布団を丸め、押し入れに押し込んだ。
水道水をぐいっと飲んだら、吐き気が治った。
学校に行こうと思ったが、どうも体がだるい。
体温計を出す。お母さんが病気した時に俺が買ってきたものだった。
脇に挟んで、体温を測る。
体温計を自分に初めて使った。
やがて、ぴぴっと音がした。
「38、 1……」
完全に熱だ。
熱をほとんど出したことがないから新鮮だった。
咳が一つ出た。
誰もいないリビングに響く。
自転車で学校に行く気力はなかった。
春坂のことが頭に一瞬よぎったが、学校は休むことにする。
仕方ない。
俺は部屋に戻った。
敷布団をせっかく片付けたけどもう一回出す。
布団に入って、眠りにつくことにした。
すぐ、やわらかくて温かい何かに沈むように眠りに入った。
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