第3話 日曜日

 一週間が終わった。俺の今までの人生で一番濃い一週間だった。


 春坂と出会い、ひとりぼっちでよかった屋上が、ふたりぼっちの方が楽しいことに気づいた。


 土曜日と日曜日はひたすらバイトに明け暮れた。母親は家にいたが、家でも仕事をしていて顔こそ見たものの、俺のことを気にかける様子はなく、一回も目を合わせなかった。

 バイトの金で飯を買い、シャンプーやトイレットペーパーなどの生活必需品も俺が母親が気付かないうちにひっそりと買い足していった。

 母親とは一緒の家に住んでいるが、全く喋らないため、一人で住んでいるような気分だ。


 飲食店のバイトの帰り、本屋にふらっと寄った。この後にシフトが入っていたバイトの店の店主がインフルエンザにかかってしまい店がやっていなかったのだ。空き時間をどうつぶすか考えていたが、思い付かず、すぐそこにあった本屋に行ったのだ。


 本屋に人生で初めて入る。


 自動ドアが開き、暖かい空気が体を包む。冬が近い寒さの外とは違い、本屋は暖房が効いていた。

 手前に本が積まれている。全く知らない世界に来たような感じだ。

 少し、わくわくした。


 俺はその積まれた本を手に取る。初めて触る本の感触。題名のところだけつるっと加工されていた。本の表側をまじまじと見つめて、題名の読めない漢字を見る。帯に『10万部突破!本屋大賞第一位!』と書かれている。どうやら評価が高い本らしいと思いながら何気なく裏側をひっくり返す。バーコードと値段が書いてあった。

 本が何円か知らないが、本を読む人は今そこまでいないのだし、そんなに高くないと思った。

「1400円……」

 言葉を反芻する。時給、二回分。コンビニのおにぎり14個分。

 本は所詮、金持ちの娯楽なのだと本に爪をぐっと立てる。わくわくしていた気持ちも地の底に落ちた。適当に置く。違う本が積まれている場所にその本が乗っかった。


 俺は気にせず、空き時間を潰すため、棚をぎりりと睨みつけながら通る。

 人がそこそこ居て、立ち読みしている人や、棚の本をじーっと見ている人……。俺はお構いなしに、その人たち前を通る。舌打ちをしてきた奴がいたが気にしなかった。


 奥の棚に行くと、さっき積まれていた本よりも小さいサイズの本があった。裏をひっくり返してみると700円と記載されている。

 さっきの半分だったが、俺にとっては高い。700円あればなんでも買える。

 心の中で舌打ちをして、金持ちはいいよな、と心の中で思う。本をなんの気なく買える人にはわからないだろう。バイトを高校生から頑張ったり、母親と目を合わせない日が続いた時の気持ちとか。

 棚に戻し、踵を返す。

 自動ドアが素早く開き、事務的な「ありがとうございましたー」の声が聞こえた。

 息が白くなった。霜が降りてきているのだ。

 自転車にまたがる。


 時間はまだたくさんあった。


 そういえば、漕ぎながら気づいた。春坂は本が好きなんだったけ。屋上で時々本を読んでいる。分厚くて俺なら一ページも読めなさそうな本。

 春坂に本をあげたら、喜ぶかもな。少しだけそんな考えがよぎった。だが、砂浜に書いた文字が波によって一瞬で消されるように、その考えはなくなった。俺は人に何かあげれるほど、余裕はない。人のために700円もお金を出せない。母は俺の学費を出すのに手一杯だし、俺は自分の食費を捻り出すので手一杯だ。


 秋の曇り空はどんよりとしていた。秋の風が耳の横をかすめる。


 上り道を立ちこぎでやり過ごし、家路についた。

 錆びたドアノブが氷のように冷たかった。


 

 


 

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