3-22 悪夢再び

 キュクロは夕方になり作業台から立ち上がった。

 そろそろ店を閉めなければ──彼女はそう思いながらも自己嫌悪に悩まされる。

 

 先ほどの騎士に酷い態度をとってしまった。エンディと名乗った女は騎士ではあるが、彼女が祖父からすべてを奪ったわけではない。

 あれはただの八つ当たりだ──キュクロは店のドアに向かう。

 

 そこに独特の雰囲気を持つ二人組が入って来た。

 

「悪いんだけど今日はもう店を閉め──」


 二人組の内、若い男がキュクロの前に進み出る。彼女はその威圧感に後ずさりし、椅子まで追いつめられてしまった。

 

「ちょ、ちょっと──」


 椅子にへたり込んだキュクロの前に、今度は年輩の男の方が近づいて膝を曲げて視線を合わせた。

 

「私はラノヴァ。よろしく頼むよ」


 そう自己紹介した彼はシャツの襟をずらすと、そこに描いてある入れ墨タトゥーをキュクロに見せつける。

 彼女はその界隈・・・・には詳しくなかったが、マフィアの一員だということは分かった。

 祖父が免許を剥奪されるきっかけになった奴ら──キュクロは恐怖を押し隠して睨んだ。

 

クソ・・マフィアが何の用なの」


 キュクロの罵倒に若い構成員が掴みかかるが、年配の男──ラノヴァが手を差し出して止めた。

 

「やめないかチロ。我々は穏便に話し合いに来たんだ」


 チロと呼ばれた若い男は怒りが収まっていないのか不満げに下がる。ラノヴァはいきり立つ彼から庇いようにキュクロの前に移動して話しかけた。

 

「怖がらせるつもりはなかったんだ。最近の若い者は血の気が多くてね」


 キュクロはその弁明に答えずただ黙って睨みつける。

 

「今日は君にお願いをしに来たんだ」

「誰がクソマフィアのお願いなんか。そこ・・に」」


 再度罵倒を放つことで断ったキュクロの口をラノヴァは手で押さえる。

 

「話は最後まで聞いてくれ。我々に武器の設計図を売って欲しい」


 反社会組織に武器やその設計図を売るのは犯罪である。そもそもこのご時世、この東地区では一般人への武器の売買もかなり厳しい規制が敷かれているのだ。

 もっとも、キュクロからすればマフィアと取引する気はさらさらなかったのだが。

 

「お断り。大体……武器関係は全部騎士団に取り上げられちゃったし。もし残っててもアンタみたいなクズ達には売らないよ」


 強気にふるまうキュクロにラノヴァは穏やかな顔を崩さずに交渉を続ける。

 

「それは知っている。だが残っているだろう。そこ・・に」


 ラノヴァは彼女の頭に指をさした。

 

「君は祖父と一緒に仕事をしていたはずだ。当然色々な武器の設計図を見ただろう? それを描き起こして欲しいんだよ」

「ふざけないで! 大体お前らのせいで──」

「この店……だいぶ経営が苦しいみたいではないか。さっきも言ったが言い値で構わないんだよ」


 

 誘拐され狭い箱に閉じ込められたこと、助けるために祖父が武器をマフィアに渡したこと、そしてその結果祖父は全てを奪われた事──キュクロの怒りが爆発した。

 

 こいつらマフィアは自分のような人間から徹底的に搾り取る奴らだ──キュクロは目の前の頬を思い切りぶった。

 

「アンタ達がウチに何をしたと思ってるの! それがいけしゃあしゃあと──」


 ぶたれたラノヴァは再度彼女の口を手のひらで覆う。今度は先ほどより強い力で彼女の言葉を止めて言った。

 

紳士的・・・に行こうと思ったんだがね……チロ、この小娘を抑えてろ」


 若い構成員──チロはキュクロを椅子に引きずり倒すと抑えつける。

 

「ムカつくガキだ。マフィアってのは面子メンツが大事なんだよ。こちらが丁寧に尋ねたのに暴力で答えられたら……面子が丸つぶれじゃないか」


 そう言ってラノヴァはコートからガラスで出来た筒状のものに針がついている道具──注射器を取り出した。

 中に茶色の液体が入っているそれを見せつけるようにキュクロの顔の前に突き出した彼は言った。

 

「出来れば使いたくなかったんだがね。これが何か知ってるか?」


 ラノヴァは注射器のシリンジを押して中身の液体を数滴キュクロの顔に落とす。

 

「これは最近うちが流行らせている・・・・・・・薬でね。こいつを摂取すると今まで感じた事の無い快感が得られる。凄いのはその依存性でね。一度打たれたらもうこのヤクが無ければ生きていけなくなる程だ」

 

 キュクロは必死に身をよじりチロの拘束から逃れようとするが、屈強な彼の体は彼女を離そうとしない。

 

「これを打たれた貞淑な貴婦人が、次の薬欲しさに自分から腰を振る程だ」


 下品な事例を出してキュクロを脅す彼は針を彼女の腕に添える。

 

「これから君はこれ欲しさに、喜んで設計図を売ることになる。だが安心して欲しい。設計図を作る度にこれを打ってあげよう」


 腕に冷たい金属の感触が走った時、キュクロは祖父が言っていたことを思い出した。

 この世は弱いものは一方的に搾取される存在でしかないのだ。祖父はそれを変えようとしたが、彼もその社会構造サイクルに巻き込まれた。

  そして自分もそのサイクルから逃れられないと知るとキュクロは涙を流した。

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