3-21 壊した理由

 満腹になり不機嫌さが消えた彼女に何故壊したかと聞かれたレイは答える。


「彼女の手を見たかった」

「手?」

 

 エンディはレイの言葉に全く分からないと眉を寄せる。

 たしかにキュクロは手袋をはめていたが、懐中時計を修理する時は脱いでいた。

 小さい精密機械を修理する際は素手で仕事するにだろう。エンディはそこまで理解しながら彼の行動の意味を理解できなかった。


「彼女の手なんか見て何がしたかったんだ──そもそも、『手袋を外してくれ』と言うだけではダメだったのか?」


 至極まっとうな意見を言う彼女にレイは馬鹿を見る目つきをして答える。


「あれだけ嫌われているのに、こちらのいう事を素直に聞いてくれると思うか?」

「確かにそうだが……」


 明らかに騎士という存在に敵意を向けていた彼女が騎士こちらの言うことを素直に聞いてくれるとは思えない。

 しかし何故あそこまで敵意を向けてくるのか──そう思ったのはエンディだけではなかった。レイも彼女の態度について尋ねる。


「あのキュクロとかいう店主は騎士をだいぶ嫌っていたが……過去に騎士団とモメ・・たのか?」


 エンディは首を振った。武器屋の管轄は地域課や警邏課だ。それに自分は騎士になって数か月だから詳しくないとレイに答える。彼は「ふぅん」と興味なさげな態度をとってこれからの事を聞いた。


「この後もまた別の武器屋に聞き込みに行くのか?」

「いや、騎士団に戻って新しいリストを貰ってから聞き込みに行く」


 まだ働くのか、とレイは嫌そうな顔をする。


「武器屋ってのは遅くまでやってるのか?」

「騎士団へ急いで戻れば、まだ営業している店には回れるかもしれないからな。ほら、休憩は終わりだ」


 エンディの言葉にレイは一向に動く気配を見せなかった。


「早く行くぞ」

「一人で行ってくれ」


 そう言ったレイにエンディは腕を組んで眉を寄せた。


「いいか、君は騎士の顧問として雇われている。そんな我儘わがままは許されないぞ。しっかり働いてもらうからな」

「働いてるさ」


 そううそぶくが、酒を飲んで働いている素振りを見せない彼にエンディはきつく言う。


「どこが働いてるんだ。ただ酒を──」


 レイは人差し指で自分の頭をこつこつと叩くと答えた。


「俺はここで働いてるんだ。肉体労働はお嬢さんに任せるよ」

 

 エンディはこれ以上何を言っても無駄だとため息を吐いた。

 こうなれば一人でも仕事をするしかない。そこで騎士の規則を思い出したが、レイへの怒りの前に規則がなんだ・・・・・・という気持ちが沸き上がってくる。


「勝手にしろ! 置いて行くからな!」


 そう言ってテラスから出て行こうとするエンディにレイは慌てて声を掛けた。


「おいおい待てよ」


 エンディは心を入れ替えたかとレイの方を振り向いた。彼は困ったような顔で言った。


「ここの会計を頼むよ」


 エンディは財布から出した硬貨をレイに向かって思い切り投げつける。


「危なッ──」


 レイは思わぬ行動に出たエンディに驚きながらも、顔面に投げられた硬貨をキャッチすると呟く。


「なんて野蛮な騎士だ」


 レイはそう言って硬貨を机に放ると店員を呼んで酒のお代わりを貰い、椅子に深く腰掛けるとキュクロの手元を思い出す。


 彼女の手には黒い機械油──メスについていたものと同じ機械油がついていた。

 その油は店内には陳列されておらず、これまでに回った五件の武器屋にも同じ色の油は置いていなかった。


 やはりメスの投擲でクロスボウが壊れたとした推理が当たっている確率が高い。恐らくあの男はその修理をキュクロに頼んだのだろう。

 エンディは幸い・・その事に気付かなかった。もし気付かれたらきっとこれからする事を止められる。


 レイはキュクロの店の閉店時間を狙って彼女の店に押し入ろうと待っていた。

 その目的は一つ。修理を持ち掛けてきた男の素性を吐かせるために拷問する。


 あの店主は見るからに拷問に対する訓練など受けていない。三十分もあれば名前を聞き出すことが出来るだろう。

 聞き出した後はどうする──レイはそれが問題だと悩む。拷問をして騎士にタレ込まれたら終わりだ。


 すべて吐かせた後は死んでもらうか──物騒な思考をしているレイの視界に、彼女の店の前をたむろする二人組が映った。


 老いた男と若い男、彼らは周りを見回すと、ドアにかかっている掛け札を勝手に『閉店』へと変更して店内に入った。

 レイは問題トラブルの匂いを感じ取って頬を歪めると店員を呼んだ。

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